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邪神VS魔王 4


 駆けつけた実剛たち子供チームが見たものは、トントロ煮込みを食べながら魔王と談笑する邪神だった。


 なんだこの絵図、というシーンである。


「伯父さん」

「きたな。実剛に美鶴。お前らも話を聞け」


 魔王が手招きし、次期魔王とその妹も暁貴の後ろに立つ。


「これが俺と同じ血の一族だぜ。ハスター」

「あと、そっちの少女はレラの血が色濃くでてるね」


 絵梨佳を見遣るハスターだった。

 芝家の血統である。


(こころ)みに問うんだけどさ。きみたちにも恋人とか配偶者がいるのかい?」


 この質問に対して、子供たちは返答をためらう理由はない。

 実剛も美鶴も絵梨佳も、ごく当然のように頷く。


「リア充だらけだね。どうしてくれようか」


 笑いながら不穏当な発言をするハスターだった。


「結局、きみたちを殺すというプランは捨てざるを得ないんだよ。言い方はすごく悪いんだけど、未開の惑星の原住民を殺すってだけでも私への評価は駄々下がりになることは確定なのに、夫婦や恋人を引き裂いたなんてことになったら、石をぶつけられるくらいじゃ済まないからね」


「もしかして、今までの監察官が放置してきたのって、そういう理由なんじゃないかな?」


 なんとはなしに身体を前後にゆするこころ。

 こう、ファウルラインが違う相手というのは、けっこうやりづらい。

 価値観が違いすぎて落としどころ(・・・・・・)が探れないのだ。


「そうかもしれないね。しかし私は彼らほどいい加減ではない。きちんと監察官としての職責をまっとうするつもりだよ」

「具体的には?」

「どうしよう?」


 ううむとうなるハスター。

 こいつめんどくせえ、と、こころは思った。

 殺すわけにはいかないとしたら放置するしかないではないか。


「私の本星で保護する、という手もあるんだけどね」

「その場合、澪の血族を全員って話かい?」


 引き裂けないとしたら、全員を連れて行くしか方法がない。

 巫の一族と、芝のー族、それに稲積秀人(いなづみ ひでと)ということになろうか。


「ちなみに、私は一度その提案をしているよ。人間の歴史になんか干渉しないで、異世界なり高天原なりでおもしろおかしく暮らさないかってね」


 こころが肩をすくめる。

 そのとき、実剛がくだした決断は否であった。


「あなたが同じ提案をするのは止めないけどね」


 言って次期魔王に視線を投げる。

 微笑と苦笑の中間のような表情を浮かべる実剛。


 あのとき、彼は陥落寸前だった。

 救ってくれたのは愛しい婚約者だ。

 絵梨佳がいなかったら、ほぼ間違いなく膝を屈していただろう。


「もちろん答えは否だよ。質問を受ける前に応えてしまって申し訳ないけど」


 ハスターを見つめる。

 硬質な拒絶をこめて。


「ちなみに、きみたちが地球(テラ)にこだわる理由を聞いても良いかな? やっぱり母惑星だからかい?」

「質問がグローバルすぎるぜ。母惑星いぜんに、俺らは地球しか知らねえよ」


 呆れ顔の暁貴だ。

 地球の重力に魂を引かれるどころか、いまだ人類はこの星から飛び出せてはいないのである。


「暁貴は海外すらいったことないしね」

「ハワイくらい行ってみたいぜ。きわどい水着きたねーちゃんとかいるんだべなー」

「おキクに伝えておくわね」

「すみません。もういいません。たすけてください。ゆるしてください」


 くだらない会話に没入してゆく暁貴と沙樹。

 代わって美鶴が口を開く。


「一応、私たちの目的は澪の発展だから。みんなが笑って暮らせる街にしたい。バカみたいでしょ」


 人間も、鬼も、女神の末裔も、神も、勇者も、ニンジャも、聖職者たちも。

 違和感なく溶けあい、暮らしていける、そんな街。

 馬鹿な理想。

 そんなものに賭けて、戦って戦って、散っていった者たちがいる。


「だから、私たちは澪を捨てることはないの。見限って出て行ったりもしないのよ」


 仮に住人たちが出て行ったとしても。

 最後の一人がいなくなるまで、澪は澪の血族が守る。

 育てる。

 ともに歩む。


「非常に原始的な君主論だね。むしろ新鮮でさえある」


 感心したようにハスターが頷いた。

 彼らがはるかな昔に捨て去った、幼稚な考え方である。


 しかし面白い。

 精神の高揚を感じる。


「ふふ。私もこの街の空気に毒されたかな」

「そりゃあ。最初に出会ったのがさっちんで、さらに暁貴さんとまで話しちゃったんだから仕方がないね。汚染率は八十八パーセントくらいだよ」

「そのふたりの間には、たしかきみが挟まっていたと記憶しているが? 辺境の神よ」

「それは気のせいだよ。邪推だよ」


 こころが笑った。

 むろん邪推でも気のせいでもないのである。


「ちなみに、きみはどのような解決策を選択したんだい?」


 知恵者に向けた言葉。

 ややほろ苦い表情を、こころが浮かべる。


「拳で語る。鬼たちの考え方らしいよ。私はコテンパンにやられてしまったから、こうして澪に居着いているんだ」


 戦いによって相手を認める。

 えらく野蛮で、粗野で、しかも原始的だ。

 なのに心が躍る。

 わくわくする。


「それでいってみようか。私を撃退してみるといい。きみたちが勝利したら、過剰干渉については静観しよう」

「おうおう。余裕じゃねえか。邪神さまよう」


 さっそく暁貴が噛み付く。

 やる気満々である。


「いっとくけど、俺たちはつえーぞ?」


 煽る煽る。

 ヴァチカンに、バンパイアロードに、米ロ連合に勝利してきた彼らである。

 いまさら邪神ごときにびびったりしない。


 と、はたで見ているものなら思っただろう。

 しかし暁貴は、ほんの一瞬だけこころと視線を交わしている。


 ここが分水嶺(ぶんすいれい)だ、と。

 クトゥルフ神話に描かれるハスターとは、そもそも人間に対処可能な相手ではない。

 設定(・・)だけを考えれば、クトゥルフ神話の神々とは、地球に存在するありとあらゆる神々より強い(・・)のである。


 まあ、いろんな神話をつまみ食いして作られた設定だから。

 僕が考えたさいきょーの神、みたいなもんだ。


 こんなのと戦争ってことになったら、いかな澪とてひとたまりもない。

 いろいろ縛りはあるようだが、それだって結局、ハスターの胸先三寸だろう。

 無差別攻撃なんかされたら、ちょっと目も当てられない。


 だからルールのある戦い(・・・・・・・・)にしてしまう。

 同じ土俵にのせてしまう。

 おそらくそれが唯一の勝機。


 この条件を引っ張り出すために、こころが話術の限りを尽くし、飯を食わせ、この街の空気を味わわせた。

 この街に興味を持たせた。


 ニキサチと最初に出会った、というのも良かった。

 彼女を先に知っていれば、巫暁貴と愉快な仲間、という構図は受け入れやすい。


 ここが勝負どころ。

 一瞬にも満たないアイキャッチで、魔王と知恵者の間で確認された共通認識である。


「自信があるようだね。私もそう弱くはないよ。魔王くん」


 楽しそうに目を細めるハスター。


「日時は、そうだね。一週間後にしようか。この街の主観時間で。きみたちは好きなだけ戦力をかき集めると良い。私は戦闘用ユニット(ビヤーキー)を十体つれてこよう」

「OKだ。けちょんけちょんにしてやるぜ」

「言ったからには、やってみせないと恥ずかしいよ」


 獰猛な笑みを、魔王と邪神が交わした。


 一週間後、場所は澪町町営野球場。

 市街地からはけっこう離れているため、多少あばれたって問題ない。

 そもそもほとんど使っていないので、壊しちゃってもあんまり困らない。


「プロ野球チームがあるわけでもない、高校野球が強いわけでもない、町民が野球好きってわけでもないのに、なんでこんな立派な球場なんて造ったんだろうね。ナイター設備までつけてさ」


 肩をすくめるこころだった。

 とにもかくにも、無駄な施設や設備が多い街なのである。


 そのくせ必要なものがまったく揃っていないのだから、笑うしかないとはこのことだろう。

 まったく同感だったため、暁貴のみならず実剛と美鶴まで両手を広げてみせた。


「さて、話がまとまったところで、私はそろそろ行くけど」

「けど?」

「澪豚ざんぎとトントロ煮込みはテイクアウト用だと書いてあるよね。メニュー表に」


 ちらっちらっと魔王を見る邪神。

 ぷっと吹き出した暁貴。


「山田くーん。おみや(・・・)十人前ずつおねがーい」


 声を張り上げる。

 日曜の夕方にやってる落語番組みたいだった。


 

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