邪神VS魔王 3
邪神ときいて、地球人はどういう存在を思い浮かべるだろうか。
豚の唐揚げをぱくつきながら、ハスターが説明を始める。
一般的には、悪い神さまだ。
クトゥルフ神話的には、人間の存在など歯牙にもかけない圧倒的な存在ということになるだろうか。
「しかし、それは誤解なのだよ。地球人諸君」
恒星間国家連盟というのは、非常に成熟した宇宙文明の集合体だ。
彼らから見て、地球というのは銀河系という島宇宙の辺境に存在する未開の惑星でしかない。
それは事実ではあるが、知的生命体が存在する希有な惑星であるというのもまた事実だったりする。
「希有というより、奇跡みたいな確率なんだよ。新たな文明が生まれるってのは」
具体的には、ここ百万年近くの間、新たな文明は生まれていないと付け加える。
だから、恒星間国家連盟に所属する星々は、地球というものを非常に大切にしているし、この星に発生した知的生命体である人類のことも、かなり大切にしている。
徒に殺すなど、とんでもない。
「きみたちには業腹だろうが、稀少な保護動物と考えてもらえれば、認識としては近いだろう」
「ほんとに腹立つたとえだけど、言いたいことはわかったぜ」
ふんすと鼻息を吹く暁貴。
クトゥルフ神話に描かれる邪神とは、たしかに違う。
あれらは人間など、そのへんの虫以下の存在くらいにしか思っていない。
少なくとも、いずれは、遠い将来は仲間になってくれるであろう知的生命体だとは認識していないだろう。
「そこで問題になるのは、魔王くん、きみたちの存在なんだよ」
ハスターの話は続く。
監察官と連盟市民の間に生まれた子供たちの子孫。彼らが創り出した人造人間の子孫。
これが地球上に存在しているというのは、非常にまずい。
文明の健常な発達を阻害するかもしれないから。
現在の地球文明よりはるかに発達したリーグの科学技術とかをもちこんじゃったりしたら、ちょっと洒落にならないのだ。
「レラとハイドラも、子供を作るなら本星に帰ってからすれば良かったのに、この星で所帯をもって、この星に骨を埋めちゃったもんだから、話がものすごくややこしくなってしまったんだよ」
「けどよ。俺らにはご先祖の記憶なんかないし、残ってるのは口伝くらいのもんで、そいつもけっこういい加減な話だったぜ」
「だが、きみはクトゥルフ人の能力を受け継いでいる。海洋再活性化能力も、そのひとつだね」
「うおう。そんな名前だったのか」
暁貴の驚きに、ハスターが軽く頷いた。
「でもさ。あなたたちは何万年という時を生きるんだよね? 澪の血族の寿命って普通の人間と変わらないけど、これはどういうことなんだい?」
こころが小首をかしげる。
それだけ長命なのに、子供たちが人間と同じというのはちょっとおかしい。
「たぶんという域を出ないけど、彼らはこの星で普通の地球人として生きようとしたんじゃないかな。だから自らの身体にテロメアを組み込んだ、とか。理由までは知らないけどね」
本人以外には判らないよ、と、両手を広げてみせるハスター。
「じゃあ次の疑問。レラの死後、あなたが現れるまで、監察官とやらは澪の血族にノータッチだった。これはどうして?」
「それは簡単だよ。前任者もその前も、あまり地球に興味がなかった。だから干渉しなったんだ」
「あなたは違うのかい?」
真っ直ぐに目を見ての質問。
深沈と、ハスターが腕を組んだ。
「私としては、監察官と市民の直系が存在しているというのは、過剰干渉だと判断しているよ」
一度、言葉を切る。
それから暁貴を見つめた。
「きみを殺すべきと思って、この街にきてみたんだ」
受け止める澪の魔王は、ふてぶてしい笑みを浮かべた。
「だからイタクァを使って、まずは一戦してみたってことかい?」
「いや。あれは偶発的な事故だよ。魔王くん」
はっきりと苦笑するハスター。
「燃料の補給をしているところを見つかってね。目撃者を眠らせようと麻痺攻撃をおこなったら反撃された。あとは自衛プログラムに従って戦っただけだね」
「プログラムて。イタクァってのは機械なのかよ」
「私が地球に降りるために使っている上陸艇だね。宇宙船といったほうが、きみたちには判りやすいかな?」
地上で宇宙船の姿をしていたら目立って仕方がないから、ああいう形になっているのだと説明してくれる。
あれはあれで目立つ姿だと思うが、それについて暁貴もこころもつっこまなかった。
もうね。いまさらだもの。
だいたい、燃料補給のために水源地の人造湖に現れるって。
何をエネルギーにして飛んでるんだよって話だ。
水は燃えないでしょうが。
「ともあれ、きみたちを殺すべきであるという考えだったんだけど……この『トントロの煮込み』というのも食べてみたいんだけど、いいかな?」
「保留つきか?」
「ああ、きみは結婚しているといったからね」
困った話になった、と。
「なんで困るのか判らねぇな。俺に奥さんがいると何かまずいのか?」
トントロ煮込みとハイボールを注文してやりながら、暁貴が訊ねる。
「きみを殺したら奥さんが悲しむじゃないか」
何を当然のことを訊いているのか、というハスターの顔。
「ふむ。価値観が違うのかな?」
こころが首をかしげた。
政戦両略を語る上で、妻とか恋人とか、わりとどうでもいいことである。
そもそも、誰かが死ねば誰かが悲しむ。
当たり前の話だ。
「そうだね。辺境の神。私たちの間では、愛しみあうものを引き裂くというのは、最低最悪のマナー違反なんだよ。もしそんなことをしちゃったら、恥ずかしくて本星に帰れないくらいのレベルでね」
「なんかすごいね。それだったら戦争なんか起きたらひどいことになるんじゃないのかな?」
敵の兵士を殺すことすらできない。
故郷には恋人なり妻なり家族なりがいるだろうから。
「……ああ、そうか。地球にはまだ戦争が存在しているんだったね」
ハスターの言葉に暁貴とこころが顔を見合わせる。
戦争のない世界。
そんなものが実在するというのか。
「利害がぶつかったりしねーんだべか?」
「どれほど成熟したって、それは不可能だと思うよ? 暁貴さん」
欲望があるかぎり、人は必ず争う。
他人よりいい目を見たい。他人より金持ちになりたい。他人より評価されたい。
それはわりと根元的な欲望だ。
むしろそれがなかったら進歩も発展もないだろう。
かえってグロテスクでさえある。
機械と同じなのだから。
「いやいや。きみたちの頭と口はなんのためについているんだい? 考えようよ。争わなくて済む方法を。互いに言葉にして探ろうよ。共存共栄の道を」
笑うハスター。
このとき、魔王も天界一の知恵者も、絶望的なまでの差を感じた。
知的生命体としての。
考えて考えて他に方法がないから武力を使うのだ。
襲いかかってくるから迎え撃つのだ。
「欲があるのは当然さ。けれど、それをコントロールするために理性というのがあるのではないかな?」
まったくその通りである。
その通りなのだが、それができないから人間ともいえる。
「なんというか、すごいね。あなたたちは」
呆れたようなこころのセリフだ。
「しかし解せねえな。それだったら俺を殺すのだってNGなんじゃねえのかい? 女房がいようといまいと」
「そうだよ。魔王くん。かなりの勢いでダメなパターンだね。しかし、過剰干渉を続けさせるか否かって判断にはなってしまうんだ」
それでも、暁貴が独身で他に係累がいない場合に限られる。
殺してしまうというのは。
「奥さんがいるなら完全に話はべつだよ」
運ばれてきたトントロ煮込みを、嬉しそうに見つめながら言う邪神であった。




