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邪神VS魔王 1


 じわり、と、脂がしたたる。


 焼き網に乗せられた牛タン。

 腕を組み、じっと炎を見つめる五十鈴。


 寒河江の当主、義春との会見を終えた鬼と女勇者である。

 仙台牛タン発祥の店、といわれる名店で、食事としゃれ込んでいた。

 デートというには、ちょっと風情がなさすぎるだろう。


 ちなみに寒河江との折衝は、とくに滞りなく終わった。

 そもそも話し合うほどの用件もない。

 澪の幹部として挨拶にきただけだ。


 高木と深雪の結婚は、もちろん私事だが、同時にどちらの陣営にとっても重要な意味を持つから。

 破談になる、という事態は避けたいのである。

 お互いに。


 まあ、実剛と絵梨佳もびっくりの熱愛ぶりを披露しているカップルなので、そうそうそういう話にはならないだろうが。


「焼き方を見ているのか? 五十鈴」

「ええ。鉄心さま」


 鬼の頭領の問いかけに、にこりと笑う女勇者。


「ふ。その顔はなにか腹案がありそうだな」

「内緒にしていてくださいね。まだ」


 言い置いて、五十鈴が内心を語る。

 黒毛和牛に名古屋コーチン。

 敵は強大だ。

 素材という一点において、やはり澪豚の不利は否めない。


 脇役に徹することで料理全体のクオリティーを上げるという発想で作られた生ハムピザは健闘できるだろうが、どうしてもインパクトが弱い。


「山田シェフとも話したんですけど、ここは見た目を重視するのも良いかもしれないって」

「ほほう。見た目とな?」


 小細工に類することだ。

 五十鈴はあまりそういう手を使わない。

 あまりに美味そうで、まず視覚が侵されるというのは頻繁にあるが。


 最初からインパクトを与える目的、というのは、鉄心の知る限り一度もないはずだ。


「私の家庭料理でも山田シェフのフランス料理でもないんですけどね。子豚の丸焼きにしてみようかと」


 烤乳猪(かおるぅじゅう)

 中華料理である。

 屋外のイベントで、豚が丸焼きにされていたら、そりゃインパクトがある。

 おおいに盛り上がるだろう。


「考えたものだな」


 うむと頷く鉄心。

 想像してしまった。


 良い色に焼けた子豚。表面はぱりっぱりだ。

 この皮を北京(ペキン)ダッグみたいにして食べたら、たぶん最強。

 もちろん肉は捨てちゃうなんてもったいないことはしない。骨までしゃぶりつくしてやろう。


「いまから楽しみだ」

「鉄心さまは、イベントにあまり興味がないのかと思っていました」

「お祭り騒ぎに興味はないが、美味い食いものは大好きだぞ?」


 厳つい顔に微笑が浮かぶ。


『秋の味覚大戦 対澪包囲網』と銘打たれたイベントには、耶子陣営の思惑が絡んでいる。

 成功させねば世界が滅ぶかも、というのは剣呑な話であるし、あまり笑えないが、じたばた騒いだところでどうにもならないのは事実だ。


 このあたり、鬼の頭領は簡単に見切っている。

 人智……鬼智の及ぶところではない、と。

 なるようにしかならないのである。


 ただ、五十鈴たちのような料理人が腕を競い合い、切磋琢磨(せっさたくま)するのは、けっこう好きだ。

 鬼である彼は、やはり強さを愛する。


 それは肉体の強さに限定されたものではなく、たとえば魚顔軍師のような知恵であったり、次期魔王のような心の強さであったり、あるいは孤児院(シンクタンク)の子供たちのような向上心であったり。

 現状に満足せず、前へ前へと進むものを鬼は愛するのだ。


「では、鬼の頭領を満足させるような一品を作らなくてはなりませんね」


 ゆったりと微笑する五十鈴であった。






 役場に説得の成功を連絡し、蓮田とかいう若者をつれてニキサチが向かったのは、もちろん暁の女神亭である。

 大シェフたる五十鈴は不在だが、副シェフの山田がいるし。


 さすがにフレンチでホッケは扱わないだろう、などということは彼女は考えない。


 ただまあ、どんな食材でも扱ってみせるのが一流の料理人というものだ。

 渡されたホッケを見て、山田は嫌な顔をしなかった。


 そういう顔をしたのは、たまたま食事に訪れていたこころである。

 今日の随伴(おとも)は、シスター・ノエルと唐澤葉月(からさわ はづき)

 町立病院の仲良しトリオだ。


「……なにものだい?」


 うろんげに問いかける。

 ノエルがさりげなく席を立ち、葉月を守るように立った。

 ニキサチに伴われた若者は、なぜかほっとしたように息を吐いた。


「だよね。そういう反応が普通だよね」

「なにを言ってるんだ? きみは」


 あまりにもおかしな態度に首をかしげるこころだったが、きょとーんとしているニキサチを見て、なんとなく事情を察した。

 どこの神かは知らないが、最初に会ったのがニキサチってのは不運というしかない。


「……野良犬にでも咬まれたと思って諦めて」

「諦めきれないよ!?」

「で、きみはなにものなのかな?」


 改めて問う。


「蓮田さんですよー」

「うんさっちん。きみはちょっと黙ろうか。話が進まなくなるからね」


 気まずい空気を変えようとしたのか、ニキサチが口を挟んだが、ぽいっとこころに捨てられた。

 これ以上彼女が関わると、気まずいどころの話ではなくなる。


「ありがとう。名も知らぬ辺境の神よ」


 なぜか礼を述べる蓮田だった。

 ふむとこころが腕を組む。


 辺境の(ローカル)神と呼ばれたのはまだ良い。や、あんまり良くはないし、面白くもないんだけど、たとえばキリスト教の神などからみたら、日本の神なんてイナカモノなのはたしかである。

 ただ、名も知らぬってのは気にかかる。


 八意思兼(やごころおもいかね)は、天界一の知恵者として、けっこう有名なはずだ。

 じっさい、ジャンヌ・ダルクだって知っていたし。


「きみは私を知らない、そして私もきみを知らない。由々しき事態だね」


 たとえば、と、付け加えるこころ。


「私が魔王の出自(しゅつじ)を知らなかったくらいに、重大だと言って良いんじゃないかな」


 天界一の知恵者ですら知らなかった澪の魔王。

 それは澪の血族が、いかなる神話大系にも属していないから。

 だからこころの知識の中に存在しない。


「つまり、きみも同じってことだろ?」

「や。名乗ったんだよ? 私。ちゃんとハスターと」

「なるほどね。それで蓮田さんか」


 思わず苦笑するこころだった。


「クトゥルフ神話の邪神だね」


 唇を歪める。

 先日のイタクァ遭遇戦から、こころも少し勉強したのだ。


「本来、地球(テラ)人が知っているはずがない知識だけどね。それは。恒星間国家連合(リーグ)にまだ所属していない未開の惑星の住人が、どうして所属国の名前を知っているんだか」


 若者が肩をすくめた。

 知識が流布している。

 間違いなく、この地に漂着したリーグ市民の仕業だろう。

 出身星の名前だし。


「予測の立っている疑問をぶつけるのは意味がないよ。蓮田さん。あなたはなんの目的で澪を訪れたのかな?」

「そっくりそのままのセリフを返そう。辺境の神」


 今度はこころが肩をすくめる番だった。

 すでに彼女は、ハスターの目的に察しがついている。

 澪の血族を滅ぼすつもりだろう、と。


 理由は簡単。

 恒星間国家連盟の存在などは、まだ地球人が知る必要がないことだからだ。

 監察官(インスペクター)と連盟市民の末裔が、未開の惑星に住んでいるのがまずいからだ。


「でもさ。すでに私たちはそのことを知っている。澪の血族のDNA情報から生み出された霊薬も持っている。このあたりはどうするのかと思ってね」

「どうしようかね。限りなく黒に近いグレーなんだよね。そのへんは」


 ふうと若者が息を吐いた。

 すばやくこころが観察する。


 現状、いまここで戦端を開くつもりはなさそうだ。

 そこはありがたい。

 戦闘力を持つのがノエルと自分だけという状況での開戦は、悪手すぎる。

 葉月やニキサチ、一般の客もいるのだ。


「せっかくの新鮮な生ホッケですからね。バジルソースでグリルしてみましたよ。って、あれ? なんです? この空気」


 ワゴンに乗せて料理を運んできた山田が、睨み合う蓮田とこころ。警戒を露わにするノエルと葉月。そして、ただぼーっとしているニキサチに首をかしげる。

 彼でなくても意味不明な構図だろう。


「いきなり襲いかかってきてくれれば、対処のしようもあるんだけどね」


 深く深く、邪神が息を吐いた。



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