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澪を覆う影 7


「こいつは、たぶんイタクァじゃねーかな?」


 美鶴たちが持ち帰った情報が、会議室のプロジェクターテレビが映し出している。

 主立った幹部たちが参集した。

 さすがに鉄心を呼び戻すことはできないので、魔王の盟友は不参加だが。


「なんだいそれは? 暁貴さん」


 こころが訊ねる。

 聞いたこともない名前だ。

 天界一の知恵者ですら。


 知っている暁貴がおかしいのである。


「風に乗りて歩むもの、ですか? 伯父さん」

「ふむ。実剛まで知っているのか。知らない私がおかしいのかな? 波旬(はじゅん)

「いや。私も寡聞にして知らないな。なんなのだ? 巫」


 声をかけられた魔王ハシビロコウが首を振ってみせる。

 そんな名前の神もモンスターも、第六天の魔王は聞いたことがない。


「まあこいつは神話っていっても、ただの創作だからな」

「つまり?」

「クトゥルフ神話さ」


 軽く肩をすくめる魔王。

 ハワード・フィリップス・ラヴクラフトやオーガスト・ダーレスらによって著された小説群の総称である。

 一作の小説ではなく、設定の集合体と称するのが最も適当だろうか。


 発表された一九二〇年代から今日に至るまで、さまざまに形を変えて愛されてきている。

 まあ、ものが架空の設定であるため、改変とかがやりやすいって側面もあるだろう。


「愛されてって……」


 こころが呆れたような顔をした。


「クトゥルフ神話(テーブルトーク)RPGロールプレイングゲームの影響ってのもあると思うがね。SAN(サン)値って言葉とか、聞いたことがねーかい?」


 端末を操作を担当している沙樹に依頼し、イタクァを検索してもらう魔王。

 秘書が呼び出した画像の中から、笑いながらひとつを選んでスクリーンに映し出した。


 沈黙に包まれる会議室。


 美少女だった。

 高校生くらいの、なんか制服みたいなのを着た女の子が、プロジェクターを通して大写しになっている。


「……すごく訊きたくないんだけどさ。暁貴さん。これは?」


 疲労感を漂わせながらの、こころの質問。

 彼女はまだマシな方で、他の面々などは天井を仰いだりこめかみを押さえたりしている。


 もちろん、SANチェックに失敗したとか、そういうのではまったくない。

 会議室のスクリーンに二次元の美少女を投影した魔王の非常識さを嘆いているだけだ。


「イタクァだよ。画像検索で出てきた」


 そして非常識だったのは、魔王ではなく現実だったと知る。


「ま、こんなもんさ。邪神の眷属ゆーたって、日本人の手にかかればすーぐに美少女化だよ」


 ひどい話だ。


「私たちが会った怪物とは、だいぶ造型が異なってるけどね」


 やれやれと両手を広げる美鶴。


 まったく似てない。

 こんな娘が片手で猪八戒の頭を握り潰しかけたり、沙悟浄の足を千切ったりしたら、どっちっていうと神話というよりホラーである。

 しかもB級のスプラッタホラーだ。


「ま、実物なんて誰も見たことがねーからな。想像つってもてきとーなもんだし。けどよ、特徴は残ってるんじゃねーか?」


 スクリーンを指さす。


「赤い瞳……」

「そういうこった。でっけー人型で、顔は人間に近く、燃えるような真っ赤な目。これがイタクァの特徴だな」

「で、別名は風に乗りて歩くもの。ウェンディゴとも呼ばれています」


 実剛が補足するように口を開いた。

 じつはこいつ、この分野については伯父と同じ趣味を持っていたりする。

 一年ちょっと前、澪の海を浄化するに先だって、暁貴が口走った妄言(もうげん)にも、しっかり反応していたくらいだ。


「ネイティブアメリカンの伝承にある精霊じゃなかったかな? ウェンディゴは」


 首をかしげる天界一の知恵者。

 イタクァとウェンディゴが同じモノなら、彼女が知らないはずはない。


「クトゥルフ神話ってのは、あちこちの神話から適当につまみ食いして、都合良くつぎはぎして作ったものだからね。じつはアレはこの神の化身だとか従兄弟だとか、そんなのがいっぱいあるよ」


 だからこそ、中二病心をくすぐるのだと次期魔王が付け加えた。


「しかし、そこまで判っているなら、簡単に倒せそうだな。御大将」

「ところがそうでもないんですよ。依田さん」


 魔王ハシビロコウの言葉に、実剛と暁貴がはっきりと苦笑を浮かべた。

 クトゥルフ神話に登場する神たちを退ける方法というのは、ほとんど書かれていない。

 人間のチカラではどうしようもない、圧倒的な存在であるとされているため、倒せないのだ。


「それは作品としては不出来ではないかね? 御大将。絶対に勝てない敵などを設定してしまったら、話がつまらないだろう」


 神話ではなく小説だというなら、なおのことだ。

 創意工夫や知恵と勇気で難局を乗り越え、最後は主人公が勝利するという筋でなければ、読んでもまったく爽快感がない。


「そうです。ですからクトゥルフ系の作品はカテゴリ的にはホラーの扱いですね。圧倒的な恐怖の前に為すすべもない人間、みたいな感じのが多いです。そして正直、たいして面白くもありません」

「有名な『インスマスの影』だって、なんだそりゃって結末だしな」


 暁貴が笑い、実剛が頷く。

 おいおいお前らファンなんじゃないのかよって絵図だ。


「ちなみに、僕ははじめて澪にきたとき、インスマスみたいだなって思ったもんですよ」


 インスマスというのは、クトゥルフ系の作品群の中でもトップクラスに有名な『インスマスの影』という小説に登場する架空の街だ。

 著したのは、もちろんラヴクラフトである。


 この中で、主人公はニューベリーポートという街からインスマスに長距離バスでやってくる。鉄道もあるがバスの方が料金が安かったためだ。

 実剛と美鶴もバスで澪に入った。鉄道(JR)より料金が安かったからである。


 そしてインスマスは寂れた漁村だった。

 澪も寂れた漁師町だった。当時は。


 ほぼそっくりの出だしである。


「しかも実剛と美鶴は澪の血族だった。主人公はインスマスの血を引いていた。そのへんもぴったり合うな」

「ですよねー 直後に信一先輩や信二先輩とも知り合いましたし」

「インスマス面!」


 なぜか手を叩いて喜ぶのは琴美だ。


「むう? 俺の顔はインスタ映えはしねえと思うぞ? アンジー」


 首をかしげる魚顔筋肉。

 こいつはそもそも話を聞いていたかどうかすら不明だ。

 双子の弟、魚顔軍師の方は東京の空の下である。


「おしい! 三文字合ってた!」


 きゃいきゃいと幼なじみ同士で騒いでいる。

 インスマス面というのは、インスマスに暮らす人々の身体的な特徴のひとつで、ようするに魚顔だ。

 横目で又従姉たちを眺めながら、次席軍師がため息をついた。


「似ている部分もあれば違う部分もある。その程度のもんでしょ。似てるところだけピックアップしたって意味がないわよ」


 たとえば、ラヴクラフト作品の主人公はひとりだったが、巫兄妹は二人でやってきた。

 根幹部分から異なっているのだ。


 主人公は逃げ去ってしまったが、実剛は伯父の後継者となり、街を発展させようと奮闘している。

 大違いだ。


「ホラー小説と町おこし小説じゃこんなに違うって話」

「町おこし小説ってなにさ。新ジャンルすぎるよ」

「そこに疑問を投げかけるより先に、小説って部分を否定しないなさいよ。相変わらず兄さんはバカね」


 いつもの兄妹に、会議室に集まった面々がひとしきり笑い、その後で表情を引き締める。


 小説ではない。

 いつだって現実との戦いだ。

 びびって逃げ出すわけにはいかないのである。


「ただ伯父さんと兄さんの話から、私もちょっと気付いたことはあるわ」


 ぐるりと一同を眺める次席軍師。


「私たち澪の血族の祖先とされている女神。たしかハイドラって名前だったわよね」


 邪神クトゥルフの眷属である邪神ダゴン。

 その妻の名も、ハイドラという。



 

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