澪を覆う影 6
先陣を切るのは、いつものように佐緒里。
今日のフォーメーションでは、たしかミッドフィールダー的なポジションだったはずだが、鬼姫にそんな理屈は通用しない。
こいつに作戦行動をさせるくらいなら、登別のクマたちに芸を仕込む方がずっとずっと簡単だ。
「貫け! 聖槍!!」
投擲された深紅の槍がソニックブームを巻き起こしながら怪物に迫る。
が、小うるさげに腕を振って叩き落とされた。
槍が墜落し、爆発するように湖面から水がふきあがる。
常識の外側にある攻撃と、常識を嘲笑う防御。
そして非常識はまだ終わらない。
聖槍を追走した鬼姫が、怪物の頭に右回し蹴りを叩き込んだのである。
ものすごい音を立てて、二転三転と怪物が転がっていく。
「やるじゃねえか。鬼っころ」
そして蹴り飛ばされた先に待ち受ける猪八戒。
ぶんと振られた九本歯の馬鍬。
怪物の胴をひと打ちし、その場に縫いつけた。
次の瞬間、孫悟空の如意棒が突き刺さり、沙悟浄の降妖杖が切り刻む。
さすがのコンビネーションだ。
ただ一瞬の遅滞すらない。
が、
『浅いか!?』
声を揃えて跳びさがる。
これだけの打撃を与えておいて、浅いもへったくれもないものだが、そもそも相手も常識外の存在である。
一時後退して間合いを取り直すという構えだが、怪物はそれを許さない。
ぐいと踏み込み、猪八戒の頭を鷲掴みにする。
「ぐあ!?」
そして投げた。
遊び飽きた玩具を子供が投げ捨てるように。
幾度もアスファルトとキスしながら吹き飛んで行く猪八戒。
すかさずゆかりが駆け寄って癒しの力を使う。
「す、すまねぇお嬢」
「ダメージは?」
「一発で首を折られた。頭蓋骨にもひびが入った。バケモンだな。ありゃ」
こいつのセリフもおかしいが、ただの人間だったら頭を握りつぶされていただろう。
転生者だからそのくらいで済んだともいえる。
状況は良くない。
基本的に特殊能力者は即死以外では滅多に死なないが、この怪物は彼らを即死させるだけのチカラを持っている。
怪物がさらに踏み込み、距離を取ろうとした沙悟浄の足を鷲掴みにして、ぐるぐると振り回す。
端で見ていてかすむほどの高速回転。
ちょっと表現しようのない音とともに足が千切れ、遠心力によって飛ばされた沙悟浄が立木を薙ぎ倒しながら止まる。
「ああもう!」
ふたたび駈けてゆくゆかり。
その後ろに玉竜が続く。
足が千切れるくらいの重傷だと、彼女のチカラでは瞬時に回復はさせられない。増幅器の玉竜が必要になるのだ。
手に残った足を不思議そうに眺めた怪物が、ぽいっと孫悟空に投げつける。
無造作な仕草。
しかし回避できるタイミングではない。
やむを得ず如意棒で受けた孫悟空が吹き飛ぶ。
「重っ!?」
その間隙に、ふたたび佐緒里の突進。
投擲したはずの聖槍は、すでに右手に握られている。
もちろん詳しい原理を鬼姫は知らないが、投げても勝手に戻ってくるらしい。
圧倒的なパワーで叩きつけられる槍。
怪物も負けてはいない。
佐緒里もけっこう良い打撃をもらってしまっている。
と、不意に。
なんの前触れもなく、アスファルトがめくれ、錐のような石筍となって怪物の身体に突き刺さった。
幾本も。
「我が伴侶の前に立つ愚者に滅びを与えろ。大地よ」
野戦服のポケットに手を突っ込んだ光則だ。
どすどすと。
次々に生まれる石筍。磔にされた怪物の身体に吸い込まれてゆく。
処刑のように。
かっと口を開く怪物。
苦悶のため、ではない。
暴風が巻き起こり、光則に迫る。
「その芸は、さっき見た」
砂使いの前方に立ちあがる柱。
二本。
正面ではない。
彼と怪物の間には、空間が空いている。
盾にすらなっていない、と、怪物は思っただろうか。
しかし、なんと風は柱を巻き込むように軌道を変え、左右に逸れてゆく。
じっと戦況を見守っていた美鶴が思わず、
「上手い」
と呟いたほどである。
風というのは必ずしも直進しない。
正面に柱を立てたところで、それを巻いて光則を襲うだけだ。
しかもわざわざ自分の視界をふさぐことになる。
だから砂使いは左右二本の柱を立てた。
風は柱に沿って流れ、光則の立っている場所を避けていった。
トリックでもなんでもなく、ごく普通の現象である。
「さすがね。光則さん。最弱の名乗りは伊達じゃないわ」
穏やかな賞賛をこめた言葉。
「いやいや美鶴。ぜんぜん褒めてねーじゃん」
「絶賛してるのよ」
くすりと笑う。
光則は、自身が明言しているとおり、澪の血族としては弱い方だ。
砂使いといういかにも特殊能力なものを使うが、身体能力的には光や琴美にはまったく及ばない。
絵梨佳などと比べたら、可哀想になってしまうくらいだ。
そして光則はそれを知っている。
知っているから、きちんと彼我の戦力を分析して戦うし、常に余力を残した戦い方をする。
それが彼の強みだ。
たとえば光などは、後先なんかまったく考えずに最初から全力で戦うから、後半に息切れしてしまう。
血族以外でも、澪の戦士と呼ばれる人たちには、そーゆーのが多い。
基本的に、脳筋ばっかりだ。
もちろん光則も、どちらかといえばそっち寄りなのだが、ちゃんと考えて戦うというのは大きい。
その砂使いだが、十数本の『大地の剣』を怪物に打ち込んでも、なお間合いを詰めない。
「これでも倒せないのか……」
呟き。
頬を汗が伝う。
普通の人間なら、否、特殊能力者だってこれだけ滅多刺しにされたら、さすがに死ぬ。
ちょっとありえない事態だろう。
「光則! 危ない!!」
叫びとともに飛び出す佐緒里。
同時に、怪物が吠え声を放つ。
身体に埋まっていた石筍が、全方向に飛び散った。
弾丸すら凌ぐ速度で。
恋人の盾になり、深紅の槍を回転させて鬼姫が破片を防ぐ。
すべては捌ききれない。
頬を腕を胴を足をかすめる砂の弾丸。
血がしぶく。
しかし彼女は、断固として盾の役割を手放そうとしない。
「佐緒里!」
肩に触れ、光則が『砂鎧』を形成する。
触れるモノすべてを砂に変える漆黒のプロテクタアーマーが鬼姫の身体を包んだ。
「大丈夫か!?」
「問題ない」
「すまん。油断した」
「光則のツメが甘いのはいつものこと。是非もない」
弾丸のようにつぶてが降り注ぐなか、ふわりと怪物が宙に浮いた。
そして、そのままさがってゆく。
逃げを打った。
「逃すか! 貫け! 聖槍!!」
「佐緒里姉さん。追撃無用」
投擲体勢に入った鬼姫を、鋭く美鶴が制止した。
逃げたいというなら逃がしてしまってかまわない。
「いいのか? 巫美鶴」
小首をかしげる佐緒里に、次席軍師が頷いてみせた。
これ以上戦い続けるのは味方にも損害が出る可能性がある。
というより、普通に考えたらすでに二名が死んじゃっている計算だ。
猪八戒と沙悟浄の。
ゆかりがいたから回復が間に合ったというだけで。
「ちょっと洒落にならない強さよね」
攻撃力もさることながら、打たれ強さが異常すぎる。
これは防御力がすごいのか、ゲーム風にいうならヒットポイントが高いのか。
そのあたりも判らない。
判らないまま戦闘を継続するのは、やはり危険度が高すぎる。
相手が逃亡を選択するというなら、こちらもタイミングを合わせて退くのが上策だろう。
「いちおう撮影もできたしね」
美鶴はただぼーっと戦況を見つめていたわけではない。
胸ポケットに入れた携帯端末が、ずっと怪物の動きを撮影してくれているはずだ。
一本の麦すら収穫できなかったというわけではないのである。
これを情報を持ち帰り、影豚たちや天界一の知恵者に確認させなくてはならない。
「帰還するわ。初戦は痛み分けってところね」
敵というのがどういう陣営かは判らないが、互いに戦力の一端を晒した。
これが有利に働くのか、それとも不利を背負い込んでしまったのか。
美鶴ほどの智者でも、現時点では判らなかった。




