澪を覆う影 4
投入される機動兵器はポーク03。
リン城に配備されている装甲車である。
操縦は紀舟陸曹長。運転が巧みな女性自衛官だ。
今回の随員ではないものの、巫の姫が乗る車両を自分が運転しないでどうする、と、名乗りを上げてくれた。
客分なのに、ものすごい忠誠心である。
ちなみに、彼女を含めた参加メンバーには、『暁の女神亭』特製弁当が支給される。
五十鈴は仙台に旅行中のため、山田シェフが丹精を込めた逸品だ。
じつのところ、こっちの方がレアリティが高かったりする。
普段は五十鈴が作ってくれるので。
「ローストポークがたっぷり入ってるって言ってた! いまから楽しみだな!」
でっけーリュックサックを背負った光の言葉。
あんたはこれから冬山にでも登るのかってレベルの大きさだ。
中に詰まっているのは全員分の弁当である。
十七人前。
ポーク03に残る紀舟の分の三人前を置いてきたから。
水源地の駐車場に装甲車を停め、まずはぐるりと一周、徒歩で散策中である。
「私らって九人しかいなくないか?」
うろんげな四代目。
西遊記チームが五名。美鶴チームが四名。
ゆかりの足し算が間違っていないなら、九名という計算である。
これに装甲車に残っている陸曹長を足すと十人くらいだ。
どうして二十人分の弁当が用意されたのか。
そもそも、どうして一人しかいない装甲車に三人分を残したのか。
「気にしたら負けよ。ゆかりさん」
「もう負けでいいよ」
あの自衛隊、ぜったい弁当めあてで参加したな、とか思いながらため息を吐く。
いまさらである。
もう慣れっこの光則や佐緒里は、とくに気にしない。
夏の初め、金鉱跡地を探検にいったときだって、こんなもんだった。
「やはり、先頭を歩くのはカメラさんと照明さんではないかと思うのだ。光則」
「相変わらずなに言ってるか判らない」
鬼姫のセリフにやれやれと砂使いが肩をすくめる。
なんでテレビとかの撮影みたいなことを言っているのだ。
「はるかな昔、探検隊の番組があってな」
「はるかなて。お前の知識は、いったいどこから送られてきているんだ?」
人跡未踏の洞窟に分け入っているのに、なぜか探検隊が正面から映し出されていたり。
人跡未踏なのに、なぜか人骨が散らばっていたり。
なぞの吸血コウモリが襲いかかってきたり。
けっこう愉快な番組だったらしい。
今の時代ならは、そんなものに信憑性を求めるような人間はいないだろう。
テレビのカラクリなんて、日本人のほとんどが知っている。
どれほど危険な場所からリポートしているように見えても、事前にスタッフが安全を確認しているものだ。
生放送中に事故なんか起こったら、それこそ洒落にならないのである。
番組ディレクターが辞表を出すくらいで済めば御の字ってレベルで。
ただ、当時の日本の子供たちは、いまよりずっとすれていなかった。
手に汗握って、はらはらしながらテレビ画面を見つめていたらしい。
「いまでは、はなから作り物だと判っているからな。どきどきやわくわくというより、笑いを取る方向に番組はシフトしている」
「いわれてみれば、冒険とか探検とかって言葉自体、あんまりきかないよな」
「そういうものだ」
世界にたくさん存在した不思議には次々と光が当てられ、闇の中に潜んでいたものたちは消滅を余儀なくされている。
人間がいけない場所なんて、どんどん減っている。
へんな言い方になるが、地球は狭くなっているのだ。
冒険や探検なんて、想像の世界からも消えつつあるだろう。
「不思議なんてものは歪みだからね。解き明かしちゃったら存在できなくなっちゃうのよ」
恋人同士の会話に割り込み、美鶴が苦笑を浮かべた。
澪の血族、鬼の末裔。
そういうのだって、いずれ人間は解き明かしてしまうかもしれない。
事実、萩によって霊薬が生み出された。
超人をつくる薬だ。
そして、その霊薬を治療薬に転用するための研究が、現在も澪でおこなわれている。
「なーんかつまんねーな! もっと世界は不思議と怪奇にみちみちていても良いと思うぜ!」
不思議と怪奇を具現化したような男、光が元気に嘆いた。
勝手な話である。
彼ら自身、怪奇を解き明かすために水源地に向かっているくせに。
「めざめよ冒険心」
「ロマンチック献上奉るで候」
にやりと笑い合う鬼姫と巫の姫。
謎のアイキャッチが成立している。
「すまん。お前らの言っていることは、俺にはまったく理解不能だ」
微妙な顔の砂使い。
なんだろう。
今日は自分がツッコミ担当な気がする。
美鶴がボケにまわっちゃったから。
……荷が重い。
「そもそもさ。化け物なんて、澪じゃ珍しくもなんともないだろうにね」
若々しい肉体を野戦服に包み、律動的な歩調で歩きながらゆかりがほやく。
化け物の巣といっても過言ではないような街である。
いまさら驚くような話でもないだろう。
「そうよ」
あっさりと応える美鶴。
しかし彼女の言葉はまだ終わらない。
「驚くような話でもないのに驚いている。そこが問題だって話」
良くも悪くも、澪で暮らす人々は怪奇慣れしている。
極端なことをいえば、水源地の上をUFOが飛んでいたって、「ああ、また役場が変なことやってるな」くらいしか思わないだろう。
「それはそれで問題なんじゃないのかねぇ?」
怪物にも敵襲にも慣れちゃった街。
ホントにいまは平成二十八年なのかって問いたい。
ホントにここは日本なのかってすごく問いたい。
「まあ、それは置いておいて」
「置いちゃうんだ……」
「作業員たちは、その化け物とやらを味方とは思えなかった。どうしてなんだろうね」
「む」
核心をつく美鶴の言葉に、ゆかりが黙り込む。
たしかに言われてみれば引っかかる。
一見して敵だと判るような外見、ということになろうか。
となれば、それはいったいどういうものなのか、という話になっていくだろう。
「悟空が飛びまわってたとか? 金斗雲で」
「んなバカなことしてないよ。むしろそんなアイテム持ってないよ。お嬢」
苦虫を噛み潰したような顔をする孫悟空。
彼は転生者だが、伝説上のすべてのアイテムを使いこなせるわけではない。
転生させた太公望によって、いくつかのチカラは縛られてしまっている。
これは沙悟浄も猪八戒も同じ。
本当はむちゃくちゃ強いのである、こいつら。
伝説通りなら、孫悟空なんて北海竜王くらいはぼっこぼこにできちゃう。
「ふーむ。悟空でないとすると、やっぱり敵なのかぁ」
「まってお嬢。その論理展開はおかしいよね? すごくおかしいよね?」
異議を申し立てるが、相手にしてもらえなかった。
彼ももうすっかり澪の男性陣である。
基本的に女性陣には勝てないのだ。
「ひとつの可能性としては、姿があまりにもおどろおどろしくて、とても味方だと思えないってのがあるわ」
姉御と子分のやりとりを微笑ましく見守っていた美鶴が、ひとつの議題を提示する。
たとえば天使みたいな姿だったら、なんとなーく良い奴っぽく見えるのではないか。
あるいは、暁貴っぽいのだったら、へんなおっさんで済んでしまう。
「うげ、なんだあれ」って思う程度の見た目ならば、作業員たちが危機感を持つのも頷けるというものだ。
「たとえば、あれみたいにね」
すいと指さす魔王の姪。
人造湖の上。
遊弋する影。
けっこう距離があるためはっきりとは判らないが、いちおうは人間みたいな造型だ。
「ほんとにでた……」
かすれた声を、ゆかりが絞り出した。
いないのを確認するための仕事だと思っていた。
「そりゃでるでしょうよ。こっちは鼓笛隊の伴奏までつけてきてあげたんだから」
にやりと唇を歪める美鶴。
一流の造型師が魂を込めてつくりあげたような美少女なだけに、このような表情をすると邪悪さが際立つ。
「美鶴お前……最初から……?」
「調査だと思っていたら、索敵能力の高いアンジー姉さんを外すわけがないでしょ」
荒事になると読んだから、回復能力を持つゆかりの同行を進言したのだ。




