表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/71

澪を覆う影 3


「化け物がでる? なんだそりゃ?」


 うろんげな声を出す暁貴。

 今日も今日とて、澪の副町長室には変な報告ばかりがもたらされる。


 鉄心と五十鈴が仙台に向けて出発した翌日だ。


 つい先ほど、白鶴童子との折衝が不調に終わり、シヴァ神の力を封印するための方法について、有効な情報はなかった旨の報告を、こころから受けたばかりである。

 ただ、澪に帰順することに関しては、前向きに検討するらしいとのことであった。


 光と互角以上に戦える戦士である。

 降るというなら大歓迎であるが、去るつもりならべつに止めるつもりもない。


「ゆーて、行く場所(あて)もないだろうけどね」


 とは、沙樹の言葉だ。

 太公望陣営は消滅してしまったのだから。


 ともあれ今は捕虜のことにだけかまっている暇はない。

 やることは山積みになっているのだ。

 くっそ忙しいのである。


 それなのに、化け物だの幽霊だの。


「夏休み怪奇特集か? 広沢」


 報告者をじろっと睨みつけてやる。

 子供の頃は、よく視聴していたものだ。


「噂ですよ。第三水源地(すいげんち)建設の作業員たちが騒いでいます」


 肩をすくめてみせる北海竜王。


 第三水源地とは、リン城を含めた澪の鹿部方面エリア全域に給水するため、新たに作られた水源である。

 この地区は、平成も四半世紀をすぎた現在においても、いまだ上下水道が完備されていない。

 二、三戸しか家のないような集落ではなく、三千人以上が居住する地域が、井戸水を汲み上げて生活し、下水は垂れ流し、トイレは汲み取り。


 笑っちゃうような状況。

 これをなんとかするのが、澪改革の柱である。

 水源地建設もその一環だ。


 ちなみに第三があるということは、第一も第二も存在する。

 聡いものであれば、偽装要塞と同数であることに気付くだろう。


 三つの水源地が相互に連携しあいながら、三つの要塞に給水する。

 澪の防衛構想である。

 いずれかひとつが破壊されたとしても、水が止まることはない。


 水利の達人たる広沢が提案した方法には、もちろん莫大な金がかかる。

 しかし幹部たちは是とした。

 水がなければ、どんな生物も生きられない。


 要塞に籠もって戦うといっても、給水が止まってしまったらあっという間に陥落してしまうだろう。

 気合いとか根性とかでどうにかなる問題ではない。

 水源の確保と上下水道網の敷設。

 最も重要で、かつ手を抜けない分野だ。


 もちろん水源地というのは、でっかい水たまりではない。

 そこに流れ込む川がなければいずれ枯れてしまうし、取水(しゅすい)塔とか、濾過(ろか)設備とか、造らないといけないものはたくさんある。


 現在も急ピッチで建設作業中だ。

 その作業員たちが、化け物が出たと騒いでいるらしい。


「どう思うよ。おたか」

「調査はしないといけないでしょうね」


 副町長の視線を受け、ふうとため息を吐く総務課長。

 当たり前の話だが作業員というのは大人だ。彼らの間で噂になるというのは、子供の遊びでは済まないのである。

 不安が伝播(でんぱ)すれば、士気にだって影響する。

 いささかめんどくさいが、放置するという選択肢はない。


「ったく。化け物くらいでびびんなよな。庁舎きてみろって。魔女だの人面鬼だのがうろうろしてんだから」


 余計なこと言って、暁貴が沙樹にオシオキされる。

 ほほえましい光景であった。


「とはいえ、役場が本腰を入れて調べるほどの案件とも思えませんからね。子供チームに丸投げで良いんじゃないでしょうか」


 とくにかまうことなく、高木が方針案を示した。

 広沢が軽く頷く。

 まず無難な提案である。


 なにしろ学生連中はまだ夏休み中だ。

 暇をもてあましていることだろう。

 羨ましいことに。


「自分も学生時代に戻りたいですわー」

「かなりの線で同意見ですよ。上下水道課長補佐。そうしたら毎週でも深雪に会いに行けるのに」

「その意見には同意しない。とりあえず爆発しれ」


 のろける高木にジト目を向ける北海竜王であった。





 暇で困ってるんだろ?


 という、ひどい理由で、めんどくさい案件を押しつけられた子供チームは、さっそくたまり場(シンクタンク)に集まって対応の協議を始めた。


 ちなみに、まったく暇ではない。

 夏休みとはいえ、実剛などは完全オフの日は一日しか作れなかった。

 受験生なのである。


 幹部としての仕事と受験勉強を両立させなくてはならないのだ。

 次期魔王はつらいのである。


「自分だけ苦労してるっぽいこと言ってるけど、私も受験生よ。兄さん」


 大げさに嘆く実剛に、美鶴が白い目を向けた。

 兄が高校三年生なら妹は中学三年生である。

 立場的にそう変わるものではない。


 血統的には魔王の姪。

 地位継承の序列でいえば第二位だ。加えて次席軍師の重責を担っている。


「でも僕は、きみが勉強しているのを見たことがないよ。愛する妹よ」

「高校受験。しかも澪高ていどで勉強が必要な軍師は、たぶんものの役に立たないかと思うわよ。愛するお兄様」


 嫌味を飛ばし合う。

 うるわしい兄妹愛である。


 ちなみに美鶴は自分の勉強をしていないし、兄の勉強をみてやることも一切ないのだが、恋人たる光の勉強はみてやっている。

 結果として、なんと光は一学期の期末試験で学年十位の好成績をおさめた。


 巫家と羽原家の人々が驚倒(きょうとう)したほどのそれは成績である。

 羽原の家では赤飯を炊いたとかなんとか。

 わりとどうでもいい情報だ。


「おばけ退治! 俺もいく!!」


 その光がいち早く参加を表明する。

 宝探しとか探検とか、大好きな少年である。

 まったく予想通りの展開なので、次期魔王もその妹も軽く肩をすくめただけだった。


「まあ、いつものカルテットだよね」


 琴美、佐緒里、光則、光。

 これを美鶴が指揮統率する。

 最も安定したチームだ。

 多くの局面で投入されてもいる。


「んー」


 瞳に保留の色を浮かべる美鶴。

 安定していて、実績もあるだけに、いつもこの選択肢をとってしまう。


 組織としてはあんまり良い傾向じゃない。

 まして澪は敵襲の可能性のある場所なのだ。この人と組んだことがないから連携がとれませーん、というのはちょっとまずい。


「アンジー姉さんはいずれ兄さんの秘書になるんだから、いっつも現場仕事ってわけにはいかないし」


 ぶつぶつと呟きながら、チーム編成を考えてゆく。

 指揮を執るのは美鶴。これは揺るがない。

 さすがに次期魔王が出馬するような案件ではないのだから。


 光は護衛として常に(はべ)る。実剛と絵梨佳の関係のように。

 そのうえで、実際に動くメンバーとなれば。


「ゆかりさんのチームと、光則さんと佐緒里姉さん。こんな感じでどうかしら」

「それはありかも」


 ぽんと実剛が膝を拍った。

 ビーストテイマーの琴美がいないということは、情報収集という分野では戦力が低下する。


 しかし、回復能力者(ヒーラー)のゆかりが加入すれば、全体的な安心感が違う。

 また、琴美の()ほど万能ではないが、西遊記チームは気配読みができるため、戦力が馬鹿みたいに低下するってことはないだろう。


「ちょっと人数が多くなっちゃうけど、考えようによっては現場で二チームに分かれることもできるっとことだからね」


 美鶴チームとゆかりチームに。


「うん。せっかくだし、今回は新しい編成を試してみよう。美鶴の判断を是とする」

「ご下命(かめい)(たまわ)りました」


 次期魔王の言葉に、恭しく一礼する魔王の姪であった。

 命のかかっていない局面だからこそ、いろんなことを試しておきたい。

 実戦に勝る訓練はないが、ぶっつけ本番というのはなるべく減らしたいのである。


 決定を受け、御劔と仁が安堵の吐息を漏らした。

 夏の初め、実剛みずから金鉱跡地を調査に行くとか言い出して、勇者も義弟も肝を冷やしたものである。

 この次期魔王、戦えないくせにちょろちょろ動き回るせいで、護衛役は気苦労が絶えないのだ。


「足を引っ張るなよ。ポークチャップ」

「誰がブタだ。鬼っころ」


 がるるる、と睨み合う佐緒里と猪八戒。

 いきなり仲間割れしているが、これは仲良くケンカしているだけなのである。


 仲間たちがなまあたたかく見守っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ