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澪を覆う影 1


 仙台に行きたい。


 そんなことを五十鈴が申し出たのは、深雪が帰郷した直後のことだった。


「めずらしいこともあるもんだな。五十鈴ちゃんから求めるなんて」


 朝の副町長室。

 来訪を受けた暁貴が面食らった顔をする。


 この五十鈴という少女、慎ましいのか遠慮深いのか、自分から何かを要求するということがほとんどない。


 ひるがえって従姪(じゅうてつ)の琴美など、ぬけぬけと車買ってーとかねだってくる。

 ものすごく可愛がっているからって、買い与えてしまうこのおっさんも悪いのだが。


「網焼きの牛タンというのを、食べてみたくて」

「ほほう」


 きらりと光る魔王の目。


 味覚というのは比較だ。いままで食べたものと比べてしか、美味い不味いの判断はくだせない。

 だからこそ、食通や料理研究家と呼ばれる人々は、さまざまなものを食べてみるのである。

 舌に味を憶えさせるために。


 暁貴が見るところ、というか、澪に暮らす全員が認めていることだが、五十鈴には料理の才能がある。

 天賦(てんぷ)の才といっても過言ではないほどの。


 それにプラスして、小料理屋で下働きをしていたという経験が活きている。

 基本に忠実に、下ごしらえに手を抜かず、素材の持つ力を最大限に引き出すように。

 澪豚は、五十鈴と出会ったことにより、味の芸術にまで昇華した。


 しかし彼女は、基本的に家庭料理しか作らない。

 客をもてなすための料理というのを、澪にくるまで作ったことがなかったから。

 だから、料理としては素朴なものばかりだった。


 名古屋からきた男に教えてもらった食材や調味料で、彼女の腕にはますます磨きがかかったものの、やはり基本は家庭料理である。


 これは、たとえば副シェフの山田などとは大きく異なるだろう。

 彼の専門はフランス料理で、客に出すことを前提としたものだ。


 もちろん、ふたりとも根底に流れる精神は同じ。

 食べた人に喜んでもらいたい、というのは共通なのだが、途中過程が異なるのだ。


「研究だな? 五十鈴ちゃん」

「はい。合宿のときに食べた牛タンはとても美味しかったです。本場で食べてみたいと思いまして」

「良いだろう。裁可だ。旅費とかその他諸々(もろもろ)は研修費として計上する。それでいいよな? おたか」


 総務課長に確認する。


「もちろんです。女神亭の大シェフがさらに腕を磨こうというんですからね。町を挙げてバックアップするのは、むしろ当然かと」


 なにを当たり前のことを聞いているのか、と、いわんばかりである。


「ただし、護衛は連れて行ってくださいね? 五十鈴くん」

「は? 私は戦士ですよ?」


 きょとんとする女勇者。

 戦闘員である。


 彼女自身が戦えるのに護衛は必要ない。

 実際、高木が沖縄旅行に出かけた際には、五十鈴が護衛として同行したくらいだ。


「副町長の単独行動に比べればまだマシですけどね。自分で戦えるとか戦えないじゃなく、単身(ピン)での町外行(ちょうがいこう)は避けるべきです」


 この際、それをルール化しませんか? と、提案する。

 暁貴にしても五十鈴にしても、単なる一町民ではない。

 なにかあったら洒落にならないのだ。


 もちろん一町民であればなにかあってもいいのか、という話にはなるが、それとこれとは別問題である。

 街の幹部が単独行動のあげく行方不明になりました。生死すら判りません。というのは笑えなさすぎる。


「う゛」


 胸を押さえて奇声を出す沙樹。


 単独行動して敵に捕まったという経験をもつ蒼銀の魔女である。

 あのときは寒河江が危急を報せてくれたからすぐに対応できたが、何度も何度も幸運は続かない。

 二人一組で動いていれば、何かあったときにすぐ連絡が入れられるし、そもそも危険に巻き込まれる可能性だってぐっと減る。


「たしかにな。沙樹ですら油断していたら足下をすくわれる。俺たちは経験しているのに、そこから学んでいなかったな」


 腕を組む鉄心。


 沙樹が囚われるという実例がありながら、暁貴の一人旅を許してしまった。

 結果としてはなにもなかったし、むしろ御前陣営の先兵を抱き込んでしまったわけだが、まさにそれは結果論である。

 本来であれば護衛を付けてしかるべきだった。


 なんとなーく、蒼銀の魔女なら大丈夫なんじゃね? とか。

 くされ魔王なら切り抜けるんじゃね? みたいに考えちゃっていた。


「さっきから何度も何度も引き合いに出さないでよ」

「そーだそーだ!」


 魔女と魔王が抗議するが、一顧(いっこ)だにされなかった。

 こいつらは前科持ちである。


「ただまあ、誰と組むかって問題は出てくるんですけどね」


 高木が続ける。

 単にセットを作ると考えれば、コンビを組む相手は誰でも良い。それこそ将太くんやニキサチだってかまわないだろう。


 しかし、護衛という部分では、この二人はまったく役に立たない。

 むしろ五十鈴が守っているような状態になってしまうだろう。


「将太とのコンビはありだと思うけどな。知謀の面で充分に五十鈴ちゃんの助けになるだろうし」


 シンクタンクのリーダーである。

 女勇者に適切なアドバイスもできるし、危急の場合でも最善の行動を選択できるだろう。


 もうひとりの方は、はなから候補の外だ。

 ニキサチを連れて旅行とか、そういう苦行はハシビロコウに任せれば良いのである。


「ですね。ですがことが荒立ったとき、五十鈴くんの負担は増えてしまいます。そこが思案のしどころかと」


 魔王の言葉に対して、保留の意を伝える人面鬼。


 もし将太くんがメインとなって進めなくてはいけない局面ならば、彼の護衛に五十鈴という選択はありだ。

 女勇者は無茶や無鉄砲とは無縁な為人(ひととなり)なので、けっこう護衛任務に向いている。


 ただ、このケースの場合、メインになるのは五十鈴である。

 彼女より戦闘力の低い人間をつける意味が、はたしてあるかどうか。


「ならば俺が同行しよう」


 おもむろに手を挙げるのは鉄心である。

 鬼の頭領にして、澪の幹部だ。


「は?」

「いやいや、お前はダメだべや。鉄心」

「ていうか、ふつうに琴美かきららでいいんじゃないの?」


 高木が間の抜けた声を出し、暁貴と沙樹が反対する。

 当たり前である。

 顧問が護衛任務とか、わけがわからなさすぎ。


「この際だから義春(よしはる)どのに会っておこうと思ってな。五十鈴が仙台に行くならちょうど良かろう」

「あー……」


 そうだったーという顔を暁貴がする。


 寒河江の現当主は深雪ではなく義春である。

 姫を(めと)るのだから、澪の幹部が一度は挨拶にいかなくてはならない。

 婚約者の高木や実剛などはもちろんすでに会って言葉を交わしているが、それだけでいささか弱いのだ。


 ごく普通の婚姻ならば高木の両親、というのが筋ではある。

 しかし、まさか普通の人間であるご両親を、鬼の城に出向かせるわけにはいかない。


 そうなると、まず第一候補は暁貴だ。

 最大のスポンサーだもの。

 澪のトップ自らが挨拶に行くのはむしろ当然と言っていい。


「だが、こいつが澪を離れるのはまずかろう」

「だよなあ」


 もし暁貴が動くとすれば、護衛だって一人二人というわけにはいかない。

 沙樹を中心としたチームが編成され、それで臨むことになる。

 さすがに少しばかり仰々しい。


 実際、そういうときのために名代(みょうだい)の実剛がいるのだが、十七歳の少年にそこまで求めるのは酷というものだ。


「義春どのと会うときには、五十鈴が俺の護衛。五十鈴が研究のために動くときには、俺が五十鈴の護衛。これで体裁が整うだろう」

「……そうですね。それが良いかもしれません」


 高木がふうと息を吐く。

 結局、どこまでいっても人材不足の問題がのしかかってくる。

 できるときに、まとめて用事を済ませてしまうしかない。


「という次第だ。五十鈴」

「なんだか、私ごときが頭領さまとご一緒とか恐縮ですが、お弁当は腕によりをかけますね」


 くすりと笑う女勇者。


「楽しみにしておこう」


 釣られるように鬼の頭領も笑った。


「あんたたち、良い雰囲気だけどおかしなことするんじゃないわよ? あんたの歳で五十鈴ちゃんに手を出したら犯罪だからね? 鉄心」


 余計なことを言う沙樹。

 まさに恋に生きる女であった。



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