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邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
第2章 敵じゃマハラジャ!
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敵じゃマハラジャ! 8


 すごい勢いで回れ右したかった実剛と絵梨佳だったが、ここまできて、そういうわけにもいかない。


 にっかーと男が笑う。

 目が合っちゃったし。


 年の頃なら暁貴と同じくらいだろうか。

 伯父ほどぷよぷよはしていない。


 なんでそれが判るかというと、上半身裸だからである。

 ビジネスビルの最上階で!


「……あれ(・・)がウチらの大将の、司馬豪(しば ごう)だよ……」


 絶望の表情で紹介してくれる耶子。


「……わたしと同じ苗字ですね……死にたくなってきました……」


 そして絶望は絵梨佳にも感染した。


「大丈夫だよ芝の姫……漢字が違うから……」

「せめてもの救いですか……」


 ぼそぼそと会話を交わしている。

 深く深く実剛は同情した。


 もうね。なんかね。耶子には同情しかない。

 澪の魔王も相当にあれ(・・)だけど、ここまでエキセントリックじゃないもの。


「司馬ってことは、シヴァ神かな? 伯父さんがインド神話じゃないかって予想していたんだけど」


 ぽつりと呟いた言葉。

 それが地雷だとも知らずに。


 ぎゅりんと音がしそうな勢いで、耶子が実剛を見た。


「あ……」


 その瞬間、実剛は気がつく。

 インド神話の主神シヴァ。その息子とは福の神ガネーシャである。


 今生(こんじょう)での性別はあまり関係ない。

 彼が知っているだけでも、八意思兼や大國魂やク・ホリンが女性に転生しているから。


 あれが父親だとしたら、耶子の苦悩はいかほどのものか。


「でもまあ、あくまで前世的なものの話だし」


 そしてまた地雷を踏む。

 じっと見つめる耶子。

 ガン見だ。


「……え、でも苗字」

「母親の姓を名乗ってるんだよ。察しろよ。殿下」

「……さーせん。ほんとさーせん」


 本当に心から頭を下げる次期魔王であった。

 だって、彼ですら伯父があれで同情されることがある。

 実の親子だったりしたら、どうなってしまうのか。


「おおい! 澪の衆! こっちゃ来々(らいらい)!!」


 呼ばれてしまった。

 覚悟を決め、三人(・・)が近づいていく。


 まず被害にあったのは、耶子だった。


「ぃやっこー! お仕事ごくろうさまー! 愛しているよーっ!!」


 抱きしめられる。


「…………」


 すべてを諦めきった表情で身を任せている、経営コンサルティング会社の取締役。


 なんというか、アニメとかでたとえるなら、瞳からハイライトが消えているような感じだ。

 上半身裸のおっさんに頬ずりとかされても、なんの反応も示さない。


 大きく息を吐く実剛。

 このまま放置するのは、なんぼなんでも耶子が可哀想すぎる。


 咳払い。


「お初にお目にかかります。澪の巫実剛と申します」


 一礼。


「おお!」


 耶子を解放して、向かってくる。


「君が!」


 くるくる。


「澪の!」


 くるくる。


「御大将だねっ!」


 くるくるとステップを踏んで、実剛の前でびしっとポーズ。


 何故に踊る。

 何故に歌う。


「あ、はい。そう申し上げました」


 耐えろ。耐えろ僕。

 まだ怒るような時間じゃない。


「Meは! 耶子の父で! 豪だよ!!」


 ばっと両手を広げる。

 ハグするつもりだ、と、少年は理性によらず悟った。


 咄嗟に絵梨佳がかばうように前に出る。

 身代わりになってでも婚約者を助けよう、という悲壮な決意が大きな瞳にたゆたっていた。


 いけない。

 この変態に僕の絵梨佳ちゃんを汚させるわけには。


 それは究極の選択。

 絵梨佳がハグされるか、自分がハグされるか。

 前者を選べるわけがなかった。


「大丈夫だよ」


 力無く言って、婚約者を押し止め、運命に身を委ねた。


「会えて! 嬉しいよ! 御大将!!」


 抱きしめられる。


「……僕もデスよ。司馬さん」


 平坦な声。

 少年の瞳は、もう何も映してはいなかった。





 司馬は、シヴァ神の転生者だった。


 べつに知りたくもなんともないが、本人が笑いながら、かつ歌いながら語ってくれた。

 で、耶子は司馬の娘で、ついでにガネーシャの転生者である。

 神話での親子が、現世でも親子というのはちょっと珍しい。


「もっとも、ウチは中学を出たらひとり暮らしを始めたけどね」

「……とても気持ちは判ります。耶子さん」


 いままではフルネームで呼んでいた実剛だったが呼び方を変えた。


 共感というか、シンパシィというか。

 とても耶子が他人とは思えなくなっていた。


「ゆーて、高校生でできるバイトなんか限られてるし、金銭的な苦労はけっこうしたよ。これでもね」

「金運の神なのに?」

「そのころはまだ覚醒していなかったさ。とにかく、くそオヤジから逃げたい一心で母親の姓を名乗ることにしたんだ。そしたらさ」

「覚醒した、と」


 ふむと頷く実剛。

 司馬耶子から、金石耶子へ。

 その瞬間、彼女は目覚めた。

 ガネーシャの力に。

 そして父親の正体にも気付いた。


「……ご愁傷様です」

「同情すんな。ともあれ、そこから先は金に困ったことはないさ」


 やる商売やる商売うまくいく。

 それが福の神ガネーシャの特殊能力である。


「羨ましい能力ですねー」


 なんかトロピカルなジュースを飲みながら絵梨佳が笑う。

 司馬を含めた四人か車坐となって寝椅子にくつろぎ、その横に立った美女が大きな団扇で風を送ってくれている。

 かなーり扇情的な服装で。


 当たり前だが、耶子も絵梨佳も、このサービスをまったく喜んでいない。


 実剛だってべつに嬉しくない。

 扇いでくれるのが絵梨佳ならともかく。


「澪に欲しい能力だね」


 くすりと実剛も笑うが、これは社交辞令である。

 神の力で商売繁盛、という未来を、彼は望んでいないから。


「ぃやーこの力で! Meは! うはうは!!」


 豪快に司馬が笑う。


 耶子がげっそりした。

 次期魔王と芝の姫は深く深く同情した。


「耶子さんの力は判ったけど。今回のイベントもお金儲けの一環ってことなのかい?」

「それを説明するには、まずオヤジの能力から説明しないといけないよ」


 ジュースで唇を湿らせ、耶子が語り始める。


 シヴァ神のチカラ。

 それは破壊である。

 すべてを破壊し、その後に一から作り直す。


 そういう権能(けんのう)である。

 ひとくちに言って、ちょっと洒落にならないチカラだ。


「しかもこれは、オヤジの意志とは関係なく発動してまうんだ」


 コントロールできない、という意味である。

 おいおい、と、実剛はため息を吐いた。

 そんな巨大なチカラがコントロール不能とか、笑えなさすぎる。


「何度か発動しかかったんだよ。じっさいね」

「マジですか……」

「十五年前の九月と、五年前の三月。そのとき何があったか憶えているかい? 殿下」

「…………」


 黙り込む実剛。


 次期魔王は知っている。あわや世界戦争の勃発(ぼっぱつ)か、となった大事件と、未曾有(みぞう)の大災害を。


「そんな馬鹿な……」

「残念ながら! 事実だよ! 御大将!!」


 司馬が楽しそうに嘆き悲しむ。

 まるっと謎の光景だ。

 もちろん耶子は説明するつもりである。


「この世界はね。殿下。神々によっていつ滅ぼされてもおかしくない状態なんだよ」


 驕り高ぶった人間ども。

 際限なく地球(ガイア)を汚し、文明も頭打ちとなり、未来への展望もそれほどない。


 日本だけに限ってみても、出生率は低下し、若者は将来に希望を持てず、政治家の腐敗にも政治の腐敗にも歯止めがかからない。


 もう、終末だ。

 どうにもならない。

 ならば滅ぼして、作り直した方がマシだ。


「いやいや耶子さん。ちょっと待ってよ」


 思わず実剛が声をあげる。

 そんな無茶苦茶な話があるか。


 世界は神の箱庭ではない。気に入らないから壊すとか、やって良いことではない。

 軽く耶子が頷く。


「ウチもそう思ったよ。そんな未来は嫌だ。だからそのチカラが発動しないようにするには、どうしたらいいか考えたんだ」


 十五年前。

 テレビの前で呟いた、父の言葉。


「はじまってしまった」


 と。


 覚醒したばかりの耶子は、すぐにその意味に気付いた。

 そして父も、こんな未来を望んでいないと判った。

 彼個人が望まなくても、どうしようもなく発動するチカラなのだ、と。


「回避する方法はね。ひとつしかなかったんだ」

「それは……」


 ごくりと唾を飲む実剛。


「オヤジを退屈させない。ただそれだけさ」


 ガネーシャの転生体。その唇が皮肉げに歪む。



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