敵じゃマハラジャ! 6
「敦也っ!」
新幹線のドアが開き、飛び出した小さな人影。
「元気だったかい? 深雪」
胸に飛び込んできた婚約者を、高木が優しく抱きとめた。
とてもとても犯罪的な光景である。
高木は年齢なりに見えるが、寒河江の鬼姫はぶっちゃけ中学三年の美鶴よりも年下に見える。
少しは大人っぽく見せようと金髪にしているが、むしろ子供っぽくしかなっていない。
ちなみに琴美や水晶と同じ十九歳である。
新函館北斗駅。
澪では最近話題の、あの北斗市に存在する新幹線の駅だ。
もちろん新幹線だけでなく、在来線も乗り入れている。
「犯罪者だ。犯罪者がいる」
「逮捕しましょう。実剛さん」
囃したてる外野。
実剛と絵梨佳である。
深雪が、んべ、と舌を出した。
「うらやましかろう。ねたましかろう」
などと言いながら。
べつに羨ましくも妬ましくもなかったため、次期魔王は肩をすくめただけである。
なにしろ彼だって、最強に可愛い婚約者がいる。
嫉妬させたいなら絵梨佳より可愛くて優しくて気が利く女の子を連れてこいって感じだ。
「おさねっち。絵梨佳っち。元気だった?」
高木の腕から降り、次期魔王とその許嫁に近づいてゆく。
「冬以来だね。深雪さん」
「もっと頻繁にこれたら良いんだけどね。やっぱり北海道は遠いわ」
歩調を合わせて歩き出す四人。
寒河江の姫である深雪が訪れたのは、べつに政治的な理由があるからではない。
ごく単純に、婚約者たる高木のところに遊びに来ただけだ。
ただし、それだけでは済まないのも、また事実だったりする。
澪にとって最大のスポンサーである寒河江である。挨拶抜きというわけにはいかない。
そんなわけで出迎えに参上した。
といっても、長々と二人の時間を邪魔するつもりはない。
実剛だって馬に蹴られて死ぬのは嫌だ。
「今夜、歓迎の宴を設けてるんで。ささやかなものだけど」
「ん。後からお邪魔するよ。魔王城?」
「女神亭の方で」
「てことは、五十鈴っちの料理だね。たのしみだなぁ」
「なんですか深雪さん。わたしの料理じゃ不満なんですか?」
「まさか。けどどうせなら五十鈴っちのが食べたいじゃないか」
わいのわいの騒ぎながら駐車場へ。
実剛と絵梨佳の出迎えはここまでだ。
深雪は高木の愛車でホテルに向かうし、実剛と絵梨佳はポークシャドウで澪に戻る。
ちなみにポークシャドウというのは、澪の機動兵器であるポークシリーズのひとつで、単車だ。
他にはポークコマンダーからポーク03まで、四両の九十六式装輪装甲車が存在する。
本来、偵察任務用の単車であるが、戦場での運用も視野に入っているため、様々な機能が搭載されている。現在位置をつねに出撃拠点に知らせるためビーコンを出していたりとか、人工衛星を使った通信システムがあったりとか。まあ、さすがに武装はないが。
「お。かっちょいいね。ボクこっちがいいなぁ」
とは、停めてあったポークシャドウを見た深雪の感想だ。
ベースは、ホンダのシャドウスラッシャー。
漆黒のボディには、タンク部分に銀の飾り文字で影豚と記されている。
おいおいそれじゃカゲトンじゃねーかって感じだが、格好いいことは格好いい。
鬼姫さまの心の琴線に触れたかもしれない。
「ごめん。深雪。私はバイクの免許は持っていないんだ」
申し訳なさそうに高木が謝罪する。
今から取得したとしても、一年間はタンデムはできない。
まあ、実剛あたりは取得から半年も経っていないのにタンデムしてるけど。
さすがは澪の血族。
人間どもの法律など歯牙にもかけないのである。
「そして僕は車の免許をもってないからね。僕の後ろに深雪さんが乗るってことになっちゃうよ」
「えー やだー 敦也の後ろがいいー」
ひとしきり駄々をこねた後、高木の車へと乗り込む。
ここから先は二人の時間だろう。
軽く手を振って、実剛と絵梨佳が見送った。
「さてと。僕たちもいこうか」
「ですねー せっかくだし遠回りして帰りません? 鹿部方面から」
せっかく恋人とタンデムである。
少しでも長く楽しみたい。
絵梨佳の気持ちに、実剛も大賛成だったため、とくに否やもなく頷く。
遠回りといったところで、到着時間で三十分も違うわけではない。
二七八号線まわりで、ちょっとリン城に寄っていくのも手だろう。
お盆も近いことだし。
「またあったね。次期魔王殿下」
しかし、ささやかなプランは変更を余儀なくされた。
突然降りかかった声によって。
「金石耶子……」
振り返ったさき、愛嬌のあるタレ目が微笑んでいる。
油断なく絵梨佳が半歩前に出た。
彼女が常に一緒なのはラブラブだからという理由だけではない。次期魔王の護衛役を、芝の姫は兼ねているのである。
彼女が不在のときには、光則か御劔か仁が、必ず実剛に張り付く。
「僕になにか用かい?」
どうしてここに、とは、訊ねなかった。
北斗市は金石陣営の本拠地だ。
マークされていたことは万に一つも疑いない。
問題は、このタイミングで接触してきた、その意味である。
「こないだも思ったけど、聞きしに勝る胆力だよね。殿下。本当に高校生かい?」
「じつは本当に高校生なんだよ」
視線で促す。
耶子はまだ実剛の質問には応えていない。
「ウチらの大将にあってみないかい? 殿下」
「あなたがトップではない、と」
名刺には代表取締役社長とあったはずだ。
もちろん社会的な肩書きは、必ずしも陣営内での地位を示さない。
それを実剛は知っている。
彼の伯父も、肩書きの上では副町長なのだから。
「ウチとしては、トップ会談はまだ早いかなって部分はあるんだけどね。大将がさ、せっかく殿下がこっちにきたんだから会ってみたいってね。駄々こねてんのよ」
両手を広げてみせる。
「僕はトップじゃないけどね」
血統の上ではナンバーツー。しかし実務上の権限でいえば、もっとずっと下だ。
せいぜい有事の際に戦闘部隊の総司令官となる、というくらい。
あとは子供チームのリーダーであるが、べつにこれは、澪の公的な役職ではない。
そもそも子供チーム、などという部署も存在しない。
便宜上、十八歳以下の構成員が、そう呼ばれているだけだ。
まあ、『実剛とその一味』という非常にふわっとした分け方である。
「でも殿下は澪のキーマン。これはどの陣営でも知っていることだけどね」
「買いかぶりだよ」
苦笑する次期魔王。
自分のことを、そこまで重要人物とは思っていない。
もちろん澪の幹部としての責任は自覚しているが。
「で、どうするね? お断りになるかい?」
「……いや、先方が会いたいと望むなら、お招きに預かるよ。金石耶子さん」
返答を受け。女がにやりと笑う。
「鋼メンタルは伊達じゃないねえ。逡巡なしかい」
「いやいや。迷ったよ?」
「一秒くらいね。そんな高校生がいるものかね」
伯父をさしおいて敵のトップと会う。
この決断は、じつは実剛としてもけっこう重い。
越権行為とかを気にするような暁貴ではまったくないが、だからといって彼の寛容にべったり甘えるというのも良くないのだ。
ただ、この機会を逃す手はない、という思いも存在する。
もちろん断ったとしても、それですぐに金石陣営との関係が悪化するわけではない。
しかし、トップと会い、その為人を知るのは、政戦両略について幅が大きく広がるのである。
結局のところ、次期魔王としては秤にかけるしかないわけだ。
伯父への気遣いと、今後の布石とを。
そうなると前者を選択するというのは、少なくとも澪の幹部のやることではない。
自己の判断において最善と思われる行動をせよ、というのは、魔王の腹心たる人面鬼が幾度も訓令していることである。
普通の役所とは大きく異なる点だ。
自分で判断せず上司に報告して判断を仰げ、というのが一般的な役人の考え方だし、そう指導もされているから。
澪流はそうではない。
この街には、命令だから戦う兵士はひとりもいない。
いるのは、友と明日のために自ら未来を切り開こうとする戦士だけだ。
この街には、義務だから仕事をする役人はひとりもいない。
いるのは、町民に向きあい自ら解決策を模索する公僕だけだ。
「会うよ。案内してくれるかい? 金石耶子さん」
腹の辺りに力を込め、繰り返すように言う次期魔王だった。