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邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
第2章 敵じゃマハラジャ!
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敵じゃマハラジャ! 5


 大きく息を吐くジャンヌ・ダルク。


「それで信仰を捨てるの? ノエル」

「いえ……私は……」


 神への愛は変わらない。

 一点の曇りもなく。

 けれど、澪と闇を狩るものは陣営を(こと)にする。


「あなたは背教者になってしまうのよ?」

「……かまいません」


 震える声で、だがはっきりとノエルが告げる。

 かまわない。


 戻る場所がなくても。

 追われる立場になっても。

 ここが居場所だから。


「あなたはかまわなくても、わたくしがかまうのよ。手塩にかけた子が背教者とか、笑えなさすぎるわ」


 ため息とともに、暁貴に向き直る。


「アキタカ。わたくしたちを否定なんかできないって言った言葉、まだ憶えていますか?」

「もちろんだ。聖女さん」


 ボランティア、救恤(きゅうじゅつ)活動、どういってもいいが、どれほどを世のキリスト教会が担っているか。

 その善意、志を否定することなど、絶対にできない。


「そう。良かった」


 何ともいえない顔で言って、大きく息を吸う。


「仕方ないわ! 同盟よ! ノエルを背教者にするわけにはいかないもの! 相互同盟を提案するわ!! アキタカ!!」


 大声で、早口に、一気に言い切った。


「お、おう?」


 目をぱちくりさせる魔王。


 眼前にぐいっと右手が差し出される。

 思わず握り返してしまう。


「これでもうわたくしたちは友好関係! 中立なんかじゃなくてね!」


 やっと暁貴の顔に理解が広がる。


 この瞬間、闇を狩るものは澪の敵ではなくなった。

 友人となった。

 立場としては、澪と寒河江(さがえ)の関係と同じだ。


「痛み入る。聖女ジャンヌ・ダルク」


 にかっとおっさんが笑う。


「友好の証として、神の戦士を三十人! この街の守護につけてあげるわよ! 感謝しなさい! アキタカ!」


 神の戦士。

 それはすなわち、シスター・ノエルのような特別な訓練を積み、秘術を施された超戦士だ。


 量産型能力者ではないが、ノエルの戦闘力は御劔や鋼を超えるほどである。

 しかも人外と戦う術を知っている。

 そのための存在なのだから。


 もちろんジャンヌの懐刀たるノエルほどは強くないだろうが、激減した澪の戦力を補って余りある。


「友好都市が滅ぼされるのは困るものね! 仕方ないわ!」

「……いいのかい? 聖女さん。そこまで橋を渡っちまって」


 じっとジャンヌを見つめる。


 寒河江は澪との友好の証として金を出した。日本の国家予算の二倍以上という、天文学的な額の。

 さらにはその関係を深めるため、姫である深雪(みゆき)と澪の幹部の婚姻政策をとった。


 闇を狩るものは兵力を出す。


 これはもう完全に同盟である。

 今後、澪と戦うものは、寒河江や闇を狩るものとも戦う覚悟をしなくてはいけない、ということだ。


「ジャンヌって呼びなさいね! これからは! 友達なんだから!」


「ねえ。その三文芝居、いつまで続くんだい? ジャンヌさん。いい加減、見るに耐えないんだけど」


 横からこころが口を挟む。

 半笑いで。


 ぐ、と、聖女が黙り込んだ。


「そんな勢い任せの同盟なんてあるわけないよ。最初から考えていたんでしょ。ノエルの話を聞いたときから。あるいはもっと前かな?」

「どういうことだい? こころちゃん」


 天界一の知恵者へ視線を移す魔王。


「ん。この人がここにきたのは、暁貴さんに咬みつくのが目的なんじゃなくて、握手をするためってこと」

「そうなのか?」

「私より、一回会ったことのある暁貴さんの方が詳しいんじゃないかな? ジャンヌ・ダルクの為人(ひととなり)については」


 こんなふうに激昂(げっこう)するような、感情的な人だったか思い出してみて、と、付け加える。

 ふむと魔王が下顎に右手を当てた。


 まったく違う。

 もっと理知的で、穏やかで、しかし油断できない。そんな人物だった。

 少なくとも、ドアを蹴破って入ってくるような、アウトローな人ではなかったと思う。


「それが答えだよ。この人は、自分をダメな将にしてしまうことで、ノエルの身を守ろうとした。ノエルが生きやすいように場を整えようとした。で、おそらく派遣されてくる三十人ってのも、ノエルみたいに澪と歩んでも良いって考えてる人だと思うよ」


 肩をすくめるこころ。

 愛弟子たちが羽ばたけるように。

 全部、ジャンヌ・ダルクが背負ってやる。


 私の推論は間違っているかな、と、問いかける。


「……あなたは人間関係の機微(きび)に疎くて、幾度も裏切られてきたとききますが、まさにその通りですね。八意思兼。こういうことは気付いても黙っておくのが花なのでは?」


 聖女の言葉は、婉曲的に知恵者の推理を肯定するものだった。

 ふんと、こころが鼻を鳴らす。


「あなたはそれで良いだろうけどね。こっちはそうもいかないのさ。うちの魔王は、教えてやらないとあなたの真意になんて気付かない。ダメな将と思ったままになってしまう」


 そうは問屋が卸さない。

 ジャンヌ・ダルクが情に厚く、部下のことをちゃんと考え、すべての苦労を自分で背負うような人物であると、この場で暁貴に理解させる。


 そういう人物との同盟なのだと、行きがかり上、押しつけられてしまったものなんかではないのだと、ちゃんと把握してもらう。


「そうでないと、あなたが黙って死地に赴いたとき、暁貴さんもノエルも、見捨てるって選択をしてしまうかもしれないからね」

「……本気で性格が悪いですね。八意思兼」


 ジャンヌがああいう態度を取ったのは、暁貴へのポーズであると同時に、ノエルの負担にならないためだ。


 自分のせいで闇を狩るものが不本意な同盟を結んでしまった、と、思い詰めないようにするためだ。


 黙っていればジャンヌ以外は誰も傷つかないのに、こころが暴露してしまったせいで、全員が負い目を持ってしまうことになった。


 もちろん知恵者はそのつもりで話している。

 自分が悪者になれば、なんてかっこつけは絶対に認めない。


「そりゃそうさ。お人好しで甘ちゃんの軍師なんて、ものの役に立つわけないだろ」


 暁貴が椅子から立ちあがる。

 そして今度は、自分からジャンヌに右手を差し出した。


「俺の……俺たちの友達になってくれるかい? ジャンヌ」


 くすりと笑った聖女。


「そういう態度だから人たらしって呼ばれるんだと、死ぬまでに気付けば良いですね。アキタカ」


 力強く握りかえす。






 当たり前の話だが、澪にだって墓地くらいはある。

 けっこうな広さの敷地を持ち、噴火湾を一望できる場所だ。


 そしてここには、それぞれの家の墓の他に、合同墓(ごうどうぼ)建立(こんりゅう)されている。

 家族を持たない、散っていった戦士たちの霊を慰めるためのものだ。

 慰霊碑というと少し語弊があるが。


 その合同墓の前で手を合わせる男。

 御劔である。


 背後から足音が近づいてくる。


「……お前もきていたのだな」


 笑みを含んだ言葉。

 九藤流星(くどう りゅうせい)。勇者のひとりで、第一隊を率いる信一の副将のような仕事をしている。


「ああ。如月(きさらぎ)に報告を、と思ってな」


 振り返りもせずに応える御劔。

 ここには、闇を狩るものとの戦いで死んだ戦士たちも眠っている。


「そうか」


 花束を置き、九藤もまた手を合わせた。


 爆発によって失われた如月の遺体は、ついに回収されなかった。

 彼が守ろうとして守りきれなかった女性第一隊員の遺体も。


「ヴァチカンとの同盟が締結された。お前の戦いは報われたぞ。如月」


 細剣の勇者の唇が、静かに言葉を紡ぐ。


 手を結べるなら、最初から戦う必要などなかったのではないか、そういう意見がぶつけられるだろう。

 しかし、彼らは戦って道を拓く術しか知らない。


 血塗られた道であることを自覚しつつ、共存の道を探りつつ、戦い続けてきた。

 そしてこれからも、戦い続けてゆくだろう。

 先に行った人々と合流する、その日まで。


 熱気をはらんだ夏の風が、ゆらゆらと花を揺らしている。


 まだ来るんじゃねえぞ、と、

 道半ばにすら達してねえぞ、と、語りかけるように。


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