敵じゃマハラジャ! 4
ことに戦闘員の拡充は急務だ。
バンパイアロードとの決戦のときも、米ロ連合の襲来のときも、それより前の闇を狩るものとの戦いのときも、兵員の少なさによって手薄な場所ができてしまった。
そしてそれが結局、戦闘員たちに過度の負担を強いることとなり、損害を増やすことに繋がっている。
高速移動によってカバーするといっても限度があるのだ。
「最終的に第一隊は三百人くらい必要です」
というのは、今は東京の空の下にいる魚顔軍師、信二がかつて言ったことである。
それだけいれば、三つの偽装要塞と出撃拠点にそれなりの数を配置できる。
もちろん役場庁舎の守備にも人が割けるだろう。
現在のように、街の中心たる庁舎の守備人員はゼロ名という、笑い話はなくなるはずだ。
いざとなれば鉄心や沙樹が戦える、なんてのは戦略構想としても防衛思想としても落第点なのである。
「どうしたもんだべなぁ」
がりがりと頭をかき回す魔王。
新山総理に頼めば、また人材は融通してくれるかもしれない。
鋼・スティールハートや仁の故郷である軒猿から、追加で人を送ってもらうことも可能だろう。
「でもそれは悪手だって程度のことは判ってるみたいだね。暁貴さん」
「さすがにそこまで無能だと思われるのは不本意だぜ。こころちゃん」
日本国との結びつきが強くなりすぎる。
七十五名のニンジャの派遣と引き替えに、七十五人分の霊薬を渡しているのだ。
これ以上は、さすがにまずい。
日本国と蜜月関係にある、と、他の陣営から見られるのも、もっとまずい。
「じつはさ。その件について、ノエルから進言したいことがあるんだってさ」
「シスターが?」
ヴァチカンから派遣されているシスターである。
陣営的な立ち位置としては中立。
ただ、シスター・ノエル自身は、幾度も澪の戦士たちと共闘してくれている。
まあこのあたりは、こころも同じではあるが。
「私は止めたんだけどねぇ」
「なんだよ? いったい」
肩をすくめる天界一の知恵者と、首をかしげる魔王。
なんだこの絵図ってシーンである。
やがて、シスター・ノエルが副町長室に招き入れられる。
頭巾と長衣。青い瞳には決意の光がたゆたっていた。
「暁貴さま。私に、澪の戸籍を与えていただきたく思います」
言葉。
魔王が目を見張った。
ノエルは短期滞在の外国人である。
住民票を澪には置いていない。
だが、もちろん彼女は手続き上の話をしにきたわけではない。
「本気かい? シスター」
澪の陣営に帰属する、という意味である。
「友と明日のために」
微笑を浮かべるシスター。
先日の戦い。彼女の背を押してくれた人がいた。
母のように。
神の御許へと旅立った彼女に教えられた。あるいは、思い出させてくれたというべきだろうか。
なんのために戦うのか。なんのために剣を取ったのか。なんのために厳しい修行に耐え、秘術を施されてきたのか。
「あの方が見たかった未来を、私も見たいと思いました。これでは理由にならないでしょうか? 暁貴さま」
慈愛に満ちた笑みで首をかしげる。
知らず、おっさんが目頭を押さえた。
「……いや、充分だ。ノエルちゃん。ありがとうな。ホントにありがとう」
こんなに嬉しいことはない。
唯一神の使徒が、この街の未来を見たいと言ってくれた。
戦うのではなく、否定するのではなく、ともに歩きたいと言ってくれた。
「それで、ですね。暁貴さま」
なんか気まずそうにするシスター。
「なんだ? 給料とかそういう話か?」
たしかに聞きづらいことだろう。
もちろん高給優遇するつもりだ。
闇を狩るものの陣営にいた頃より下がるなんてことは、絶対にない。
「いえ……そうではなく……なんといいますか……」
「なんだよ? はっきりいってくれよノエルちゃん。俺たちはもう仲間だろう?」
にかっと笑うおっさん。
けっこううざい。
「はい……その……私がそのように考えていることを、ジャンヌ様にはもう伝えたといいますか……」
まあ、わりと当たり前の話ではある。
普通の企業だって、退職の手続きをしないで他の会社に移ることはできない。
できないのだが、
「え゛?」
おっさんが固まる。
それ自分で言っちゃったの?
あかんやろ。
個人がおこなう転職じゃないんだから。
組織のトップから話を通さないと。
「ええとノエルちゃん。それはいつのことですかね?」
だらっだら汗を流しながら、暁貴が訊ねる。
空調の効いた新庁舎なのに。
「ぁぅ……すいません……先週です……」
「試みに問うんだけどさ……ジャンヌ怒ってた……?」
「はぃ……かなり……」
「ですよね……」
ぼそぼそと会話が交わされる。
そのときである。
階下でなにやら騒ぎがおこった。ものすごい大音声が響いている。
さすがに何を言っているかまでは判らないが、一瞬ごとにこちらに近づいているようだ。
「なんだろう……嫌な予感しかしない」
「奇遇ですね暁貴さま……私もです……」
呟く二人。
「ちょっとジャンヌ! ダメだって!」
「うっさいサキ! さっさとあのクサレ魔王に会わせなさい!!」
圧して響く声。
ばーんと音を立てて副町長室の扉が開かれた。
むしろ蹴破られた。
立っているのはジャンヌ・ダルクの転生者。
闇を狩るもののトップちかくに君臨する人物である。
「アキタカ! この人たらしのクサレ魔王!!」
怒鳴られた。
一言もなくそろそろと両手をあげる暁貴。
聖女というより、鬼女みたいな剣幕である。
事態の推移を黙って見守っていたこころが、ついに辛抱たまらなくなって腹を抱えて笑い出した。
ジャンヌ・ダルクが澪に送り込んだのは、懐刀ともいえる人材である。
忠誠心も厚く、能力にも優れ、ようするに自分の分身のような人物でなければ澪での駐在任務などつとまらない。
これは、北海道知事が唐澤葉月を医師団の代表として派遣したのと同じ理由である。
それだけ澪というのが重要なファクターだということであるが、同時に人たらしの魔王に籠絡されないように、という配慮もあったりするのだ。
なにしろこのクサレ魔王は、敵対する陣営の人間を次々とたらしこんじゃうから。
澪町役場を襲った三人の人外は、二人が澪についてしまった。
大江山の鬼たちは、全員が澪に降ってしまった。
高天原からは、八意思兼がなんやかや言いつつも澪に居着いてしまった。
先兵として送り込まれた菊理媛神なんて、いまや暁貴の奥さんである。
アメリカ軍は百五十人もが澪に帰属しちゃった。
さらには中華神話。
竜吉公主なんて大物まで澪に寝返る始末だ。
「あきらかに俺の仕業じゃないのも混じってる……」
「あぁん?」
「いえ。さーせん。ほんとさーせん」
ジャンヌ・ダルクに睨まれ、へこへこと揉み手する魔王。
威厳なんか一ミリグラムもありゃしない。
最初からそんなもん全然ないけど、今の状況はひどすぎる。
「どーすんのよ? これ」
ジャンヌもジャンヌである。
初対面のときはいかにも聖女然とした、楚々たる雰囲気だったのに、そんなものは百万光年彼方までぶん投げちゃったようなありさまだ。
「まあまあジャンヌ。落ち着いて」
「サキ……あなたが甘やかすからっ」
「うぇぇっ!?」
飛び火する。
まあ、甘やかしているのは事実だが。
「ジャンヌ様。申し訳ありません」
片膝をつくシスター・ノエル。
ふかーふかーと猫みたいに威嚇していたジャンヌ・ダルクが、視線を向ける。
「どうしても決心は変わらないの? ノエル」
魔王や魔女に対するのとは打ってかわった、慈愛に満ちた声だ。
「私は、好きになってしまいました」
「アキタカを?」
「いいえ。暁貴さまは、どちらかといえば嫌いです。ものぐさですし。いい加減ですし。太ってますし。タバコ吸いますし」
「俺の扱い悪くね?」
誰かが異議を申し立てるが、むろん一顧だにされなかった。
「この街を。人も鬼も異教の神の転生さえも、手を取り合って前へ進もうとするこの街を、好きになってしまいました」




