表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
第2章 敵じゃマハラジャ!
12/71

敵じゃマハラジャ! 2


 まあ、いつまでも睨み合わせていても、他の客に迷惑である。


 軽食と飲み物を購入して四人が移動する。

 空いている場所を見つけ、光則がばさっとレジャーシートを広げた。


「貫け。聖槍(ゲイボルグ)


 謎のかけ声とともに、佐緒里が砂浜にビーチパラソルを突き立てる。

 本陣の完成だ。

 さっそく鬼姫がうつぶせになった。


「光則。サンオイル塗って」

「むしろ家で塗ってこいよな。歩いて五分もかからないんだから」


 オイルのボトルを持った砂使いが、ビキニの紐をほどいた。

 まったく自然な仕草で。

 とくにためらいも、照れもせず。


「光則に塗ってもらいたいからに決まっている」

「それはそれで嬉しいがな」


 ぬりぬりとオイルを塗ってゆく。


「う、うん。ちょっときみたち。落ち着こうか。冷静にいこう」


 ぷるぷると震えながら実剛が声をかけた。

 まずはお前が落ち着けって感じである。


「どうした? 巫実剛」


 顔だけを動かす佐緒里。

 さすがにこの状態で起きあがることはできない。


「なんで赤くなってるんだ?」


 光則も首をかしげている。


「や。ほら。いくら恋人だからって、サンオイルとか、どーかとおもうわけですよね。僕としては。いちゃつきすぎって言葉もあることですし」


「むしろ光則以外に塗ってもらうという選択肢はないと思うけど?」

「……ですよねー」


「俺と佐緒里はお前らほどいちゃついていないだろう。なにいってんだ?」

「……ですよねー」


 あっさり撃沈される次期魔王であった。


 砂浜で恋人にサンオイルを塗ってもらう。

 べつにおかしなことなどひとつもない。

 見ていて恥ずかしくなるほどのいちゃいちゃ全開でやっているわけでもない。普通に依頼して普通に応えている。


 ただそれたけの光景だ。

 なのに、どうしてこんなに胸に突き刺さるのだろう。


「……僕の知っている純粋で無垢な光則は、もうどこにもいないんだね……」

「なにいってんだ実剛? 大丈夫か?」

「ウワゴトだから気にしないで」


 滂沱(ぼうだ)の涙を流す次期魔王だった。


「実剛さん! わたしにも塗ってください!!」


 やたらと鼻息を荒くしながら、絵梨佳も寝そべる。

 佐緒里の隣に。


 使うか? と、光則が実剛にオイルのボトルを手渡した。

 どくんと跳ねる心臓。

 震える指先が恋人の背中に触れる。


「ん……」


 絵梨佳が小さな声をあげた。

 吐息にも似た。

 びくりと手を止めてしまった少年だが、意を決して紐をほどく。


 手にたっぷりとオイルを取り、雪のように白い肌に塗ってゆく。

 はじめはおずおずと、次第に大胆に。


「……あれ? だんだん動悸が収まってきた?」

「だろ? 最初だけだぜ。ドキドキするのなんて」


 光則が肩をすくめてみせた。

 恋人の肌に触れる。

 彼だってそりゃドキドキしたし緊張もした。


 しかし、慣れてしまえばただの作業である。

 ビキニの紐をほどくというのはちょっと背徳じみた気もするが、べつにえろい目的があるわけではない。

 オイルを塗るのに邪魔だから外すだけ。


 考えてみたら、色っぽくもなんともないシチュエーションなのである。

 まあ、身体の前面に塗るとなれば話は別なのだろうが。


「俺も一回目だけだ。わたわたしちまったのは」


 残念ながら背中にオイルを塗る作業に興奮するほど、光則も実剛も上級者ではなかったのである。

 ちなみにこの夏、光則は四度ほど鬼姫の背中に触れる名誉に預かっていた。


「ぜんぜん焼けないけどな」

「そーいえば、わたしも日焼けしないですね」


 うつぶせ女性陣が顔を見合わせている。

 佐緒里も絵梨佳も、まったく日に焼けていない。


「なんでなんでしょーね?」


 赤くも黒くもならないのだ。


「絵梨佳ちゃんや佐緒里さんが強いってことじゃないかな?」


 ビキニの紐を結び直しながら、実剛が言った。

 べつに面白くもおかしくもない作業だった。


「ああ。それはあるかもな」


 光則が頷く。


 量産型能力者を生み出す霊薬。その副作用のひとつに、水虫などの皮膚炎がすべて治る、というものがある。

 霊薬のベースになっている澪の血族にも、そのような特性があったとしてもべつにおかしくはない。


 佐緒里は澪の血族ではなく鬼の血統だが、鬼が太陽光ごときで火傷(やけど)などしたらお笑いぐさだ。

 日焼けというのは火傷の一種なのだから。


「つまり僕たちは、まったく無駄な作業に従事したってことだよね。余録は絵梨佳ちゃんの背中を触ることができたってくらいか」

「そんなの、言ってくれればいくらでも触らせますよー 背中でもお尻でもおっぱいでもー」


 婚約者の慨嘆にくすくすと笑いながら、絵梨佳が身を起こした。

 実剛にそんな要求ができるわけがないと知っているのだ。


 光則にビキニを直してもらった佐緒里も座り直す。

 なんとなく四人で笑い合う。

 思春期少年少女の会話としては、ちょっと枯れすぎているかもしれない。


「さて。泳ごうか」


 北の島の夏は短い。

 お盆が近づく頃には、もう海水浴などできなくなる。


 実剛、光則、佐緒里の三人にとっては、高校生活最後の夏休みだ。

 遊べる時間は少ないが、存分に楽しもう。


「絵梨佳ちゃん」


 立ち上がり、恋人へと手を差し出す。


「はい! 実剛さん!」


 にっこり笑った少女が、その手を取った。






「金石耶子に刈屋命なぁ」


 琴美たちからの報告を受け、ふーむと腕を組む暁貴。

 副町長の椅子をぎしぎしと軋ませながら。


「暁貴さんの無駄知識で、正体わからない?」

「無駄とかいうな。無駄だけど」


 可愛い従姪(じゅうてつ)に舌を出してやる。


 魔王の趣味は読書。

 おもにマンガやライトノベルを愛しているが、文芸書や専門書もけっこう読んでいたりするのだ。

 知識の蓄積量でいえば、軍師連中にも引けを取らない。


 ただ、日常生活にも軍略にもほとんど役立たない無駄知識ばっかりなのはたしかだが。


「インド神話じゃねーかな?」

「また適当なことを」


 鉄心が苦虫を噛み潰したような顔をした。

 だいたい魔王(このバカ)は、ノリと勢いだけで根拠もないことを口にする。


「いやまあ、じっさい根拠はねえんだけどよ。金石耶子ってのは、ガネーシャじゃねぇかな、と」


 煙草に火を付けながらのたまったりして。

 ほぼ全館に渡って禁煙の澪役場ではあるが、副町長室とメディア対策室だけは常時喫煙可である。


 あと、会議などを開く際も、たいていは喫煙が可能だ。

 したがって、今日も副町長室はケムリ一族に支配されている。


「そのこころは?」


 鬼の頭領の質問。


「でけー会社だったんだろ? 琴美」


 直接には応えず、暁貴が女子短大生に視線を向ける。


「そうね。ちょっと田舎にはそぐわないくらいの」

「ガネーシャってのは金運の神だからな。それに、名前もなんとなく似てるだろ?」


 かねぃしゃ、こ、と。


「ちょっと苦しくない?」


 苦笑するのは秘書の沙樹。

 琴美の母親である。

 異称は、蒼銀の魔女。

 長い長い澪の歴史の中にあって、最強の名を(ほしいまま)にする戦士だ。


「まあな。でも刈屋ってのとセットで考えると、なんとなくそれっぽい気がしてくるぜ」


 刈屋命。命を狩るもの。

 すなわち、


「カーリー、とかな」


 に、と唇を歪める魔王。


「そうなってくると、受付にいた美人も該当しそうですね」


 口を挟むのは佐藤である。


「なんて名前だったっけ? 珍しい苗字だったとおもうけど」


 記憶層を探るように首をかしげる琴美。

 あの後ひらかれた宴会にもいたし、自己紹介もされた。


「櫛見だよ。アンジー。櫛見あいら」

「ああ。それそれ」

「愛の女神ラクシュミってとこじゃないかな」


 あい、らくしみ、と。


「く、くだらな……」


 思わず笑っちゃう琴美だったが、転生者とはだいたいそんなものだ。

 音を合わせるか、意味を合わせる。

 そうしないと自己同一性(アイデンティティ)が崩れてしまうのである。


 かつて澪にいたアイルランドの英雄神ク・ホリンは、久保(くぼ)リンと名乗っていた。

 住民生活課課長補佐のカトルは、アステカの蛇神ケッツアルカトルの転生者である。


「ほんと、いまさらながら変な街よねぇ」


 やれやれと両手を広げる沙樹だったが、誰も同意しなかった。

 だってホントにいまさらだったから!

 



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ