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邪神襲来!? ~潮騒の街から パート3~  作者: 南野 雪花
第1章 対澪包囲網!?
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対澪包囲網!? 1


 寄せてはかえす波。

 吹き抜けてゆく風。


 遠くにかすむのは噴火湾(ふんかわん)の向こう側に存在する工業都市、室蘭(むろらん)。名物の白鳥(はくちょう)大橋の姿も見える。


 ありえないほど円形の湾。

 かつてこの地を訪れたイギリスの海洋調査船プロヴィデンス。

 艦長のウィリアム・ロバート・ブロートンが言ったVolcano(ヴォルケーノ)Bay(ベイ)が名前の由来となった。


 その噴火湾を一望できる坂の上に(みお)町役場は建っている。

 地上五階、地下一階の規模を誇る偉容で、今年の初めに完成したばかりのぴっかぴかの新築だ。

 もっとも、夏の直前にあった襲撃でさっそく傷モノになってしまい、大規模な補修をするはめ(・・)になったが。


「なん……だと……」


 庁舎四階にある副町長室。

 五十歳を目前にしたおっさんがうめき声を絞りだした。


 巫暁貴(かんなぎ あきたか)

 公的な地位職責は、澪町の副町長。

 北海道の片田舎に存在する小さな町の幹部を、しかし北海道知事は知っている。日本国総理大臣も。あるいはアメリカやロシアの大統領さえも。

 それは公的な役職によってではない。


 澪の魔王。

 暁貴の本性である。

 女神の末裔や鬼、勇者にニンジャにスパイに闇を狩るもの、果ては神の転生までが集う澪に君臨するのが、このおっさんなのだ。


 そして、その魔王を絶句させたのが、ありふれた事務机を挟んで立つ女性。

 名を薄五十鈴(すすき いすず)という。

 勇者の血を引く美しい女性であるが、この街に住むものにとっては違う異称の方が据わりが良い。

 (いわ)く、澪の大シェフ、と。


「……本当……なのか……? 五十鈴ちゃん……」

「…………」


 理解を拒むかのように確認する魔王に、沈痛な面持ちで頷く五十鈴。


「どうしてもか……?」

「……はい。よくよく話し合いましたが……」

「なんてことだ……」


 右手で、暁貴はこめかみのあたりをおさえた。

 もれるため息。

 一気に十歳ばかりも老け込んだように。

 それほどの報告を、澪孤児院の院長たる五十鈴は携えて来庁した。


 終わりだ。

 もう澪はおしまいかもしれない。

 信じてもいない神に祈るかのように両手を組む。


「ねえ? その深刻ぶった寸劇、いつまで続くの?」


 呆れたように安寺沙樹(やすでら さき)が両手を広げた。

 暁貴の秘書で、従妹である。


 もっのすごい深刻そうな顔をして五十鈴が入ってきたから、そりゃなにかと思った。

 暁貴に嫌気がさしたから辞めさせてくれ、とか。


 そういう話かと思うじゃん。

 普通。


「一番可能性が高そうだしね」

「しどいね……お前さん……」


 泣き真似をするおっさん。

 かまってやると図に乗るので、沙樹は一瞥(いちべつ)をくれてやったのみである。


「いやいや沙樹さん。けっこう深刻な話ですって」


 苦笑する五十鈴。

 辞める、という話なのは間違いないのだから。

 もちろん五十鈴がではない。


 彼女も懇意にしている、名古屋から渡ってきたという労働者だ。

 なんだそのくらい、と思う人は、まだまだ澪(ツウ)とはいえないだろう。


 この名古屋からきた男がもたらしたみそダレは、たとえば澪を代表する一品である『トントロの煮込み』の味を決定づける決め手となった。

 あるいは、おにぎり具やカナッペの具材としても人気の高い『肉かすみそ』にも絶対に必要な調味料である。

 さらには、『真・トンカツ』という究極の一品を五十鈴に伝えたのも、この男だ。


 澪の味覚の、影の立て役者。


 そういってもさほど過言ではないような男が、昨夜、別れを告げるために澪孤児院を訪れた。

 五十鈴や子供たちが、繰り返し翻意(ほんい)を促したが男の決意は固かった。

 泣き落としすら通用しなかった。


「五十鈴さん、ほたるちゃん、それとみんな。ホント申し訳にゃー。ほんでも、どうにもならせんのだわ。まー名古屋だけはうらぎれーせん。だで、そればっかしは勘弁したってちょーでゃー!!」※1


 涙を流しながら、それでも感傷を振り切るように、走り去ってしまったのである。

 で、ことの顛末を、女勇者が報告にきたというわけだ。


「ごめん五十鈴。いまの話のどこに深刻な要素があったのか、あたしには判らないんだけど?」


 三文メロドラマだって、もうちょっと深刻なんじゃないかってくらいだ。


「でも沙樹さん。あの人がいなくなるってことは、もうみそダレは手に入らないってことですよ?」


 彼に頼んで送ってもらっていたのだから、と、付け加える五十鈴。


「え? まじ?」

「ええ。澪では売っていませんし」

「やばいじゃん! どうすんのよっ!?」


 顔色を変える沙樹。

 ちなみに彼女は、『肉かすみそ』を薄切りバケットに乗せてチーズを散らし、軽く炙ったものが大好きだ。

 あれでスパークリングワインとか飲んだら、たぶん最強。


 ただまあ、この場合の最強は諸説あって、たとえば暁貴だと『澪豚ざんぎ』とハイボールということになるだろう。

 萩鉄心(はぎ てっしん)あたりであれば『トントロ煮込み』と辛口の日本酒ということなる。


「なんてこと……もう手に入らないなんて……」


 最強を(うた)われる蒼銀(そうぎん)の魔女まで頭を抱える始末だ。

 事態がどれほど深刻か判ろうというものだろう。

 魔王のみならず、その秘書まで打ちひしがれている。


「深刻さは増したかもしれんが、滑稽(こっけい)さも増してるぞ。どうでもいいが」


 なんともいえない表情でため息を吐く鉄心。

 暁貴の盟友にして役場顧問。

 鬼の頭領である。






 そもそも、なんでこんな愉快な事態になっているのか、という話である。


 ことの発端は、近隣市町村の合同企画であった。

 秀峰駒ヶ岳(こまがたけ)をぐるりと取り囲む自治体、通称環駒ヶ岳(カンコマ)で、なにか大きなイベントでもやろうという話が持ちあがったのは、澪が海岸の清掃を終え、さあ明日から海開きだ、という時期である。


 開催時期は秋。

 時間的な猶予はほとんどない。

 いかにも思いつきの企画であるが、これは仕方がないともいえる。


 北海道新幹線だ。

 三月に開通した超特急だが、周辺自治体が期待していたほどの集客効果がなかった。

 開業から四ヶ月を経過した現在でも、新函館北斗(しんはこだてほくと)駅の周辺には、たいして観光施設も作られておらず閑散としている。


 もちろん利用者数はそこそこいるのだが、ほとんどが素通りだ。

 普通に、そのまま函館なり札幌なりにむかってしまう。

 この事態に駅を抱える北斗市は危機感を持った。


 なんとかしようと、急遽(きゅうきょ)イベント企画を立ち上げ、周辺自治体に誘いをかけたのである。

 澪はといえば、じつはこの事態を予測していた。


 開業前である二月に、魔王の腹心である高木敦也(たかぎ あつや)総務課長がはっきりと予言したからである。

 新幹線フィーバーなど長続きしない、と。

 そのため、独自の宣伝戦略をとってきたし、充分な成果もあがっている。


 いまさら周囲の自治体に迎合(げいごう)して、準備不足のイベントに参加する理由はあんまりない。

 ないのだが、ことは政略……というか付き合い(・・・・)の次元だ。

 みんなでなんかやろうぜ、ってときに、澪だけ知らんぷりもできなかったりする。

 けっこう消極的な理由で参加を表明した。


 で、北海道の場合、イベントといったらほとんどがグルメものである。

 澪にとっては最も得意なジャンルだ。

 連日の完売御礼(かんばいおんれい)を出している物産館レストラン『暁の女神亭』から、『澪豚ざんぎ』あたりでも出品しておけば良いだろう、と簡単に考えていた。


 ところが、イベントのタイトルが発表された瞬間、おおきく風向きが変わる。


『秋のグルメ大戦! 対澪包囲網!!』


 と。






※1対訳

「五十鈴さん。ほたるちゃん。それにみんな。本当にすまない。でもどうにもならないんだ。俺は、どうしても名古屋を裏切ることだけはできない。それだけはできないんだぁぁぁっ!!」



名古屋弁監修


Swind(神凪唐州) 先生

https://mypage.syosetu.com/582742/

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