俺はギタリストなんだが、なぜかコーヒーが飲めない#3
さらに雨は強くなってきた…。
この世界は一体どうなってやがるんだ?
なんで我らがSorrys!の哲平とセージが揃ってやってきた...?
ここら辺は奴らの行動圏内ではないはずだぞ。
もしかして、あれか?
俺がもう何年も前のSorrys!のライブ秘話を、あれか?
比喩としてはあんまりなのに不用意に使ってしまったから、あれか?
なんか呼ばれたと勘違いして出てきちゃった召還精霊とか、
魔獣とかそういうののオマージュ的なあれか、あれのドッキリ的なあれか?
ん?そうなのか?
ん?
俺はキャラ変するほど慌てていた。
ハセキョンと、その旦那さんでギタリストのはるちっち氏の登場。
もうその時点で、
かつてないくらい俺のギター向上心が奮起される異常展開と思っていたのに、
なんでお前らまでくる!
度肝抜きのおっちょこちょいが、
とりあえず度肝を抜いてみたは良いものの、次にどうして良いやら分からず、
慌てて逆さまに戻してよこしたような展開だった。
くっ。
このド新米度肝抜きが…… やり方ってのがあるだろうに!
俺はどっかの度肝を抜く係のヤツに悪態をついた。
こいつ素人に違いない。
哲平とセージ二人の登場は、
召還獣がよく”名刺代わりに”とこれ見よがしに投げつけるデカい岩みたいな感じで、
店内のララァがそばにいるかのような
心地よい素敵オーラ空間は簡単に動揺し、さざ波が立っている。
素敵さとはかくもデリケートなものなのだ。
なんつーナチュラルだが甚大な破壊力だ......。
奴らになんの悪気もないのは分かっているが、
ピンポイントでタイミングと存在意義がぶつかる事がこんなにも恐ろしいとは…。
お互いの持っている人間としての何かが、壮絶に違い過ぎている。
何かは説明出来ないってのに、それがこんなにも激しく衝突するとは。
誰も望んでいなかったはずだが、
今このスタバで素敵オーラ使いと
破壊系召還魔獣による魔法戦闘が始まろうとしていた。
哲平が、上着についた水滴を豪快にバッタバッタと払いながら注文を始める。
「ふひぃゅーい。いやー、マジフぁックだな!
この雨は!えーと、俺は…カフェラテね!」
「うーん、じゃぁ俺はぁ…ウーロン茶」
(ありませんと断られている。)
二人は、俺がいることに気がついていない。
もちろん、はるちっち夫妻にも気がついていない。
店内は明らかに妙な雰囲気になりつつある。
ってか、こんなに英語圏の人がいる飲食店でフ●ックとか言うな。
マジ怒られんぞ。
「つーか.........俺は二人に声をかけるべきなのか?」
同じSorrys!のメンバーだって言うのに、
そこから思案しなければならないレベルだ。
か、かけるとしたらなんてかけるんだ?
いや、迷っている時じゃない。
今すぐ立ち上がって、
早々に哲平とセージを外に連れ出さなければ、
声をかけるタイミングを逸するだろう。
俺には分かっていた。
哲平は、そのむやみに鋭い嗅覚で確実にあの夫婦の隣に陣取るであろう事が。
そうなってからではもう遅い!
その時このスタバはゲキ空間と化すだろう。
(※ゲキ空間とは俺がさっき考えたのだが、
劇的な激烈な空間の事だぜ。いいだろ?これ)
いざ魔法戦闘が始まっちまってから俺が実は召還獣サイドの人間だよって事や、
それどころか召還しちゃった本人かもしれないなんて事をカミングアウトするのは、
さっきからずっとここに座って素敵オーラ空間を満喫しひたっていた一人として、
いや人間として色々無理だ。
支離滅裂過ぎる。
っていうか、
俺はギタリストのなんたるかをここで優雅に勉強したかったってのに!!
いや待て、そうだ。
そんな愚痴をこぼしてる時ではない。
時間がない!早く行かなければ!
俺に、俺に勇気をくれ!叉市!!
その時叉市の声が自動再生された。
『ソクラテスの時代は終わろうとしてるんだ』
あ?...はあ?
いや、そうじゃなくってさ、
ソクラテスさんとかの事じゃなくって......。
もっと良いアドバイス あんでしょ?
しかし、まるでその自動再生を合図にでもしたかのように哲平は動いた。
哲平はカフェラテのマグカップを両手で持ち、
ふーふーしながら前も見ずにとことこ歩きハセキョンの隣にドカっと座り、
ドリンク受け取り口にいるセージを手招きしている。
やはりか!!
当ったり前のようにやっぱりあの席を選びやがった。
っつーわけでSorrys!の二人も俺の目の前じゃないかよっ。
見っかんねえだろうなぁ。
わからん。全然わからんが、
この感じはまたも、俺が普通にしていたつもりが何か変に追い詰められる状況だ。
二人は、はるちっち夫妻の存在に気がつかないまま、
その真隣でいつもながらの自分ちにいるかのような振る舞いを続ける。
そう、戦端は開かれたのだ。
店内の多くのお客さん達は、
その中央の大テーブルに図らずも意識を向けてしまっているままの状態だ。
くっ!こりゃとんでもない惨事が起きるぞ。
哲平が脱いだ上着を雑巾みたいに絞りながら、セージに向かってしゃべりだした。
「あー!これはマジでフぁックだ!最高にフぁックだ!」
「いやいや。だから傘を持って行ったほうがいいって言ったじゃん。」
「そんな常識に縛られても仕方ないだろ!雨が弱い時は勝負に出る!」
「しょうぶって......。」
「にしても驚いたよな?
な、まさか強硬だったプーチンが...
あんなにあっさりアメリカと核でがっちり協力するなんてな!」
「え、なに急に何の話?」
「ふぅぁっくぁあーっ。このカフェオレうめ~。
これでもう最高だわ。すでに俺最高だわ。」
「ふーん。良かったじゃん。」
「お前はそうやっていつまでも紅いだけの茶みたいのを飲んでりゃいいんだよ。
このイモめ!」
「はいはい。」
「あ、やばいっ!屁が出るっ!」
ブフッ
……。
彼はこいた。
あんなに美しいヒトの真横で、
哲平殿は屁をば、
こかれたのでした。
大テーブルの彼らの一挙一動が、
図らずもこのカフェテラス全体のあり方に直結してしまっている。
それを当人である哲平とセージだけが知らなかった。
もしかして当のはるちっち夫妻は、屁の事を気にしていない天使かもしれないが
(いや、気にしてるだろう)、
その大テーブルからはるちっち夫妻が醸し出す上質な雰囲気の共感性みたいなもので
うっとりしている人々を、その放屁は無慈悲に蹂躙したのだ。
そして、悪いことに屁をこいたことで二人だけが最高に楽しくなっている!
おい!なんなんだこいつら!
その時には、すでに二人が店内の雰囲気を完全に掌握しているような気がした。
素敵オーラ空間は急激に縮小し、夫婦二人のその周りだけになっている。
おい、哲平、セージ。
なあ、お前達は確かに素敵オーラ使いに勝ったかもしれない。
しかしそれは力による上からの支配でしかない。
強権的独裁オーラ(っていうかガス)だ。
俺は二人に、あの宮マス坂のライブハウスでのやり方を思い出して欲しかった。
お前らは、あの時皆が行きたい方向にギリギリの状況下で導いてくれたじゃんかよ。
あの時お前らはカッコ良かったよ。
哲平、セージ、思い出してくれ!
俺はゼッタイに自分がここにいる事が知られたくないワケだから、
心の中でカッコよく呼びかけた。
こんな時は間違えて実際に声に出したり、
顔をあんまり上げたりすると見つかっちゃうので注意が必要だ。
しかし、そんな召還獣達は自分のオーラの方向性なんか全然気にしないのだ。
もはやその勢いは誰にも止められず、
そのままのテンションであーだこーだと10分くらい
そんな魔獣二匹のビッグショーが繰り広げられた。
彼らがどちらともなく黙ったその時、ちょうど雨が上がったようだった。
雲の切れ間に陽が射して、カフェの中や辺りを急に明るく照らした。
恐らくさっきの一時的な強い雨はゲリラ豪雨だったのだろう。
はるちっち夫妻は黙って席を立った。
その表情は、こんなに店内が明るく照らされているのに、よく見えなかった。
そして彼らは食器を戻しさっさと店を後にした。
カフェにいる人々の意識は、
名残惜しそうに彼らが店を出て行く所まで彼らを見送ったように思えた。
その二人の退場と共に、素敵オーラ空間は幕を閉じた。
夫婦が店を出て行くのをそれとなく見送った哲平は、
ここで驚くべきことを言い出す。
「おい。さっきの、あれじゃね、ヱヴィちゃんじゃね?
いや、絶対ヱヴィちゃんだ!俺の目に狂いはない。」
(ま......間違えやがった!!!)
「へぇー。そうだった?俺は気がつかなかったな。」
(違う)
「いや、絶対そうだ。間違いない。
しかも一緒にいたのはあれだ。旦那のヰノレマリ。ラッパーの人!」
(違う、どんどん違ってる)
「へー、ヱヴィちゃんって結婚してたんだ。」
(お前も気づけ)
「オメェはそんな事もしらねぇのか。全くもって世間知らずだな~!」
(ヱヴィちゃんについては合ってるが今は関係ない)
「いやいや。別にそんなことはないよ。お、雨も止んだみたいだねぇ。」
(今気づいてんじゃないよ)
「お!マジか!あー、マジでフぁックだな!雨!フぁッキンレインだな!」
(晴れたのにフ●ックフ●ック言うな)
「まぁまぁ、晴れて良かったじゃん。」
「よし。じゃさっさと飲んで次の店に行くぞ!」
二人は飲み物を一気に飲み干すと、
すぐに食器をカウンターに戻し、急いで店内から出て行った。
素敵オーラ空間をゲキ空間に変え、
自分達もまた元来た精霊世界に帰っていった。
去ったか。
嵐のようなとは彼らのことだろう。
実際、ゲリラ豪雨とえげつない程がっちりリンクしていたしな。
俺は結局声をかけるタイミングを逸したまま、
PCで仕事している外国人2人だけなった大テーブルをボーっと見ていた。
俺はこれからすぐバイトだし、ま、まあこれで良いか。
っていうか…、何してるんだろうな。あの二人。
はるちっち夫妻とそしてSorrys!の二人、
彼らが現れて目の前で色んなドラマがあり、
そして俺はその度数え切れない色んな気持ちを目まぐるしく体験した。
そして今、外は晴れやかに光が射している。
ーーーーピース。
でも、何かが終わっていないと感じていた。
この感じではコンプリートではない。
何かが足りない。
恐らくだが、叉市と連絡が取れない状況はこのままでは解消されない。
何かがスッキリしない感じだ。
順を追って整理してみよう。
まずシブ谷の地下でギタリストの彼と一緒に渦を見た。
そこからのヒントやら色々で音楽の可能性と言うテーマに思いを馳せ、
自分なりにギタリストとしての進化を模索しようと決意した。
その矢先はるちっち(夫婦)という超有名ギタリストが目の前に現れ、
素敵オーラ空間を現出させた。
これはすごい豪華なお手本が来た。
よくよく勉強せねばと思ったら、
今度は我らがSorrys!の二人が頼んでもいないのに現れ魔法戦闘開始。
俺の学習機会ぶっ潰し、素敵オーラ空間ぶち壊し、
散々自分達のムード撒き散らし、おまけに屁ぇこき散らし。
はるちっち氏とハセキョンは惜しまれながらも退出。
その後哲平とセージはハセキョンとヱヴィちゃんを取り違え、
その調子で旦那さん達も取り違え、
ギタリストとラッパーをも取り違えるという完全試合を成し遂げ彼らも退場。
うーむ。
夫妻登場まではギリでその展開について行けてたように思ったが......。
偶然とは思えない色々が重なって、また重なって、
もっと重なりすぎたせいか結局カオスになってしまっている...。
天の采配とか思ってたのがもう遠い昔のようだった。
ただ、どうも俺には叉市の音信不通と関連した、
やらなくてはならない事がまだ何かあるようだ。
その感覚が取れていかなかった。
このカオスの荒野の果てに俺はいったい何を見つけられるのだろうか...。
ところで、俺はあることに気がついた。
はるちっちとハセキョン発の素敵オーラで、
知らず知らず一体感を持っていた店内の人々の雰囲気が、
どこかギスギスしている。
このギスギス感の正体はあれか、哲平とセージの立ち振る舞い、
ってか、単純に哲平の屁のせいだろうと一瞬思ったが、いや、違う。
哲平のヱヴィちゃん発言に対する鋭いツッコミで、
彼らはもっと強固な一体感を手に入れていたはずなのだ。
あの息つかせぬツッコミ攻勢で見せた見事なチームワーク、
彼らの心はまたがっちり一つになっていた。
それなのに手の平を返したようなこのフィーリング。
こりゃ一体なんだ......。あ。よく見ると、
はるちっち夫妻が座っていた椅子に、
ビニール傘が引っかかったままになっている。
これか...。
これがギスギスした雰囲気のコアか。
店内にいるお客のほとんどがその傘に意識を向けており、
そこで火花が激しく散っていたのだ。
(おいおい、忘れ物しちゃってるよ)
(ちょっと欲しい)
(でも、持って行ったらバレるだろうし)
(取ったらおかしいよな)
そんな周囲の思考が聞こえてくるような気がした。
さっきとはまた別の形で気持ちが重なっていやがる...。
って、なんだこの負の共感性は。
重たっっ。
これがさっきと同じなら、俺もあの傘が欲しいって事なのか......。?
そんな事別にないと思うが、なんなんだこの()内の無数の企み達は......。
飲み込まれる!!
俺はよくあるあれみたいな感じで、
宇宙空間に一人ぽっち素っ裸で放り出された気がした。
宇宙が俺の意識に直接問いかけてくる。
”え?傘?はるちっちの傘?欲しい?欲しいか?欲しいのか?”
”いや”
”別にいらん!”
”俺はいらん!だって俺、自分の傘あるし!”
俺の意識はスタバの店内に戻ってきた。
おお。勝った。
ワケがわからない宇宙的問いに勝った!
ふへへ。勝っちゃったーん。
要らないよー。俺、傘あるもんねー。
あめーよ鉄雄ー。
さ、もうバイトの時間が差し迫ってきている。
俺は食器の乗っているトレイと自分の傘を手に取り、
ゆっくりと席を立った。
その時叉市の声が自動再生された。
『ソクラテスの時代は終わろうとしてるんだ』
自然に、あくまで自然にはるちっち夫妻のいたテーブルを経由し、
椅子に忘れてあるビニール傘を手に取り、
自然に返却カウンターまで行った。
そして、ちょうど返却カウンターにいた店員さんに声をかけた。
「これ。傘の忘れ物です。」
「あ、わざわざどうもありがとうございます。
トレイもお預かりします。」
俺は自然に、ウチから差してきた傘とトレイを店員さんに渡した。
そして俺は店を出た。
手に、はるちっちのビニール傘を持っていた。
ん?
「えー!!」
なにこれ?俺何?なんで?
なにこれ。わけわかんないんだけど。
上空は晴れているように見えるのに、少し雨が降ってきた。
俺はその傘を差してみた。ごく普通のビニール傘だ。
んー......ま、いっか。
なんにしてもバイト先に急がなきゃならない。俺は走り出した。
ただ、意に反してやってしまったこれが、
俺には何かにカッチリはまってくれたような気も確かにしていた。
バイト先につく頃には雨はすっかり上がって、
日差しで透明な傘についてる水滴がキラめいた。
俺は自動扉の前で閉じた傘をちょっとはらって、中に入っていった。
叉市はきっと連絡をしてくるだろうなという気がしていた。
そしてなぜか俺はその日からコーヒーが飲めるようになっていた。