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俺はギタリストなんだが、なぜかコーヒーが飲めない#2

地下鉄のドアが開いた。


俺はバイト先に一番近いAKA坂駅でなくて、

シブ谷から直感的に溜池3王に向かい、

そこから乗り換えてRッポン木一丁目にやってきた。

なんで来たかっていうと...。

昨日ニュースを見ていたらRッポン木通りでたくさんの外国人が

古代ギリシャ風の仮装をしてるのが映っていて、

俺はそれを見た瞬間、なんとなく『ソクラテス』って言葉と

パッと頭の中で繋がる感覚があったのだった。


そういうのって人に説明しようとすると、

バカみたいになっちゃうしうまくイカないもんなんだけど…。

ピッ、とかパッ、てきた一回きりの感じを、俺はかなーり大切にして生きている。

その一回性の感覚は説明出来ないが、俺の中には絶対にあって。

それらがいくつか繋がって何かが起こる瞬間には快感っていうか、そういうのがある。

それは俺の人生ですげえ大事な要素だと思ってる。

いや、大げさに言っているのでなくてね。


それに、Rッポン木ならバイト先まで歩いて行けるところだし、

時間潰しにもちょうど良い気がしたわけだ。

改札を出て地上の通りに出ると、雨がぱらついている。

俺は、ビニール傘を差してRッポン木ヒルズ方面に歩きだした。


しかし昨晩は雨の谷間的に晴れていたけど、

この雨の中だと仮装してる人とかいるわけもない。

でもこのまんま歩いてバイト先に行っても、どっちにしろ時間は余る。

...と言って雨の中で傘差して歩き回る感じもしない。

喉も渇いてるしどっか入るかー。と思ったらすぐ目の前にスタバがあった。

ふーん。OK、ここって事ね。


ところで、困ったことに俺はコーヒーが飲めない。

人に話すと「カフェインだめなんだー?」とかよく言われるのだが、

お茶全般にカフェインというのは入っているらしく、それらは大丈夫だ。

だけど、コーヒーだけは飲むと貧血になったようにクラクラしてしまう。

コーヒーに入っているカフェインが他のお茶のカフェインとは違うのか...。

それとも別の何かに反応しているのかはわからないが、

あの真っ黒い液体にはなんらかの魔力があるんじゃないか…

と、俺は孤独に10数年は疑っている。


店に入ると、コーヒーの香りが充満していた。

その匂い自体は香ばしくてけっこう好感が持てるのだが、しかし、ね。

俺はレジカウンターできっぱりとチャイティーラテを注文した。

ちょうど、ソファのゆったり出来る席が空いていた。

でも、なんとなく隅の方のテーブル席が気になったので、傘を引っ掛けて取っておいた。

店内はそれほど混んでいるわけでもない。

そこかしこにハロウィンの飾りつけがされている。

色んな人種の人がくつろいでいた。

俺は椅子に腰を下ろし一息ついた。


壁際には、ティン・バートン展のフライヤーが飾られていた。

体の細いミイラの絵だった。

その時、


『そのママチャリってビリーってお前が呼んでたチャリだろ?

好きなアメリカのバンドのギタリストとかの名前なんだっけ。』


と言う叉市の言葉がいきなり脳内再生された。

俺は確かそれに、

ビリーの由来はグッショアーのリードギター(ビリー・マージン)であると答えた。


『ビリーが盗まれたのって、こないだ新しいギターを買ってからすぐか?』


数週間前に交わした会話のひとコマが、鮮明に頭の中に甦った。

その会話の内容は忘れていたわけではなかった。

でも、こんなにはっきりと聞こえてくるからには意味があるのだろう。

 

叉市に確認したわけではないが、

俺が中学高校と憧れ続けたギタリスト:ビリーに因んで名付けた

ママチャリ:ビリーが盗まれてしまった事、

それと数週間前に俺がSorrys!に入って初めて買い換えたギターの事とが

どこかで関係しているとでも言いたげな言葉だった。


うーむ…ギタリスト、ギター...ね。


ほぉ。

そう言われて見れば、さっき”シブ谷の渦”を目撃した時にもギタリストが隣にいたよな。

彼のプレイを前に見たのはもう何年も前だったが、

その時彼は、テレキャスター(というギターの機種)を使っていたのだった。

なぜ俺が当時の彼のギターの種類まで憶えているのかと言えば、

ちょうどそのライブを見に行く数日前に俺は、

それまで使っていたギターをテレキャスターに買い換えていたからだ。

音色の作り方や演奏方法を参考にしようと、演奏中彼とそのギターばかり見ていた。

 

思い出してみれば、Sorrys!がギタリストを募集しているというので

すぐ選考オーディション的なものを受けたが全然ダメだった俺は、

直感的にまずギターをテレキャスターに買い換えた。

彼のライブを見たのはちょうどその時期なのだ。

 

そうなんだ。

数年前の俺は、当時のSorrys!のサウンドに合わせてテレキャスターを選んだと言える。

彼がさっきシブ谷で現れたのは、まるでそれを思い出させようとしてるみたいに思えた。

そしてここに飾ってあるティン・バートンの絵を見て自動再生された叉市の言葉は、

テレキャスターから今度はセミアコースティックギター(←ギターの種類)に

買い換えた事を思い出させていた。

その両方を思い起こさせる事が今日連続して起こっている。


そういう意味で考えると、今回ギターを買い換えた理由はうまく説明出来ない。

俺は普通のギタリスト達と比べると、そこまでギターに拘らない方だろうと思う。

そこまで、っていうかむしろたぶん全然の部類だ。

コレクター的にギターを何本も部屋に並べる人達もいるが、俺はそうではない。

ギターは必要な音が出るのがあればそれで良いという、

一期一会タイプのギタリストなのだ。

そうだろ?フォレスト。


前回買い換えた時とは違って、

ボーカルがいないせいで活動が止まっているSorrys!には、

今はこれというサウンドがあるワケではない。

そうなると焦ってギターを選ぶ必要はない。

俺もそう思う。


ところがなぜか夏以降、

俺はギターを買い換えなきゃならない気がして、

居ても立ってもいられなくなってしまったのだった。 

俺はとにかく、まず新しいギターを手に入れたい強い衝動にとらわれ続けていた。

とにかく前のギターから買い換えなきゃならない、と。


そうでないと何かがうまく進まないような...。

わからないけど、脅迫観念みたいな感じで、

今考えると、自分でも不思議なくらい熱心にギターを探し、

楽器屋やネット上を見回り散策していた。


夏ごろから叉市と電話で話す機会が少しでもあれば、

その度にどんなギターが良いか、

どんなイメージやスタイルが似合うと思うかをしつこく訊き、

その回答と直感を合わせてやっとセミアコに決めて買ったのが数週間前だった。

その衝動に沿う事にどんな意味があるのかはよくわからないが、

買い換える事で自分の気持ちはようやく落ち着いた。

そしてその新しいギターは、

どうも今日自動再生された叉市の言葉や起こった事と、かなり関係が深いようだ。

 

俺もギタリストなのでどんな経緯であれ、

新しいギターに変える以上は何らかの区切り的意味合いがあるのだろうと思ってはいた。

でも、ビリーが盗まれた事やさっきの”シブ谷の渦”、

それにあの映像なんかを総合すると、

俺が考えるより以上にもっと全人格的な意味があるって事になるんだろうか。

それとももっと何かヤバイ感じの事と繋がってたりするのか…?


いやいや、んなバカな。


いや、まあそこまで行かなくても、

このギターが次のSorrys!のサウンドを暗示しているって事くらいにはなるのかな...。


それにしても、さっきのギターケースの彼の話は妙だ。

アホかっ、て程に意味深過ぎている。

そして彼がそれを語っていた時、あの渦はちょうどクライマックスを迎えていた。


アニメと写真の違い...。

どうもそれの精神的なことについて、頼んでもないのに語っていたようだ。

あの調子だと、油断したらいくらでも語ってしまう、がっつりタイプのあれだろう。


そうだ。

そう言えば、確かグッショアーのギタリストであるビリーも

すっごいアニオタな面があり、特定の作家についてはコレクターであったり、

すごく掘り下げて詳しかったはずだ。


俺もアニメはなかなか嗜む方だと思うが、うーん...。

キザな事を言えば、あれか?

お...俺たちギタリストは音を使って画を描いてるんだよ...とか、

つまりそういう事なの...なのか...?

おおおお......ひゅーひゅー!

いや、照れるじゃないかよお、恥ずかしぃぃぜぇい。


いや、でも...。

現実的に考えてそうかもしれないと、俺はまじめに思い直した。

一瞬、何かに近づけそうな手ごたえを感じた。

チャイティーラテを一口飲んで心を落ち着ける。


店内には軽快なカントリーポップスが流れており、

リラックスし過ぎない適度な雰囲気を作っていた。

確かに音楽は、アニメのように現実にあった歴史的な事柄や事件なんかを

そのまま表す為に用いられる事が時々ある。

だけど、画やアニメの重要な一つの役割は、

見る側の人の常識をジャンプ台として利用して、

まだ誰も目にした事がない状態や構造を見る人の前に表してしまう跳躍だ。

じゃあ、音楽は......?


当たり前だが、音楽は目で見るものではなく耳で聞くものだ。

だけど音楽は、どこかおぼろげながら視覚に訴えてくるものだと俺は思う。

聴き手の想像力を追い風にして、

メロディーなどは景色やその雰囲気を、ふわっと投げかけてくる。

そういう時、それはまたアニメのようにして聴き手側の常識とか知識が大切で、

それがキーになってくる。


聴き手の心の世界のあり方は、一つの音楽に無数の形を与える。

音楽は視覚表現でないからこそ、心の中の画や思い出を彩る事がある。

音楽はその人の心の風景を土台にして、

まるでプロジェクションマッピングのように作用する。

つまり、心の輪郭次第では、まだ見たこともないものに辿り着く事も出来るって事だ。

逆に考えると、その心のありよう次第でもある...という事だけど。


シブ谷で叉市の声と一緒に脳内再生された巨大な魚のようなものは、

俺がそれまで空想した事もどっかで見かけたこともないものだった。

そして俺は、あの魚みたいなやつは今までどこにもいなかったものだと、あの時直感した。

つまり、あれは新種で、しかも何かとんでもないやつで。

どういうわけだか知らないが、俺の心に一瞬パッとその姿かたちを垣間見せた。


それは、どこかの湖だか海底だかに棲んで、

何かの生き物を捕食してリアルに生きているって事じゃない。

そうじゃなく、あれは何か知らんが、ただそういう「存在」......だろう。

生き物以上の何かだ。

たぶん、おそろしいものだ。すごく。

視界の隅でハロウィンの飾りが少し揺れた。


音楽は、その人間の心や知識に反射して、

心象風景に別の陰影を与えて変えてしまうことがある。

でもそれだけじゃなく、

その乱反射は時に当人も見たことのない本当の何かにピントを定め、

映してしまう事があるんじゃないだろうか。


例えば、Sorrys!の音楽で誰かの心にまだ誰も見たことのない知りようのないものを、

偶然にでも映し出す事が出来るという事なんじゃないだろうか。

音楽が視覚表現でないからこそ出来る事だし、

もしかしてそれは音楽の一つの役割と言えるんじゃないだろうか。

それはすごい事に思えた。

色んな条件は必要だろうが、すごい可能性だ!


うーん......。

しかしまず始めに大きな問題がある......。

俺の今のギターの表現でそんな事に挑めるのかという事だ......。

そうか。

だとしたらこれは、

さっき考えていた事と合わせると新しいギターを買ったのだから、

これを機にギタリストとして進化しなければならないという事じゃないか。


ギタリストとしての進化......。

それが課題......。

 

それが今、俺にやれる事か。ふむふむ。


そんな感じで、考えの踊り場的休憩点にやっと辿り着いた俺は、

テーブルの上のスマホを反射的に手に取り、

何か気分転換になるものでも...と、持っているアプリを物色していた。

考えすぎたせいか、頭の中が静かになりすぎている。

パッと切り替わるようなのがいい。 


そういえばいつか叉市から、

ピクスィヴというサイトに無料の漫画やら色々なものが掲載されているので、

目を通しておくよう言われていたのを思い出した。

その漫画を読むためのアプリもあって、

一応インストールだけしておいたが…そのまま放置していた。

不思議と今はなんとなく読んでみる気になった。

そのアプリを開いてみる。


…ほほーーーーう…。


俺が今までの人生でほぼ触れたことのない、

いわゆるオタク的と言っていいような作品がめちゃくちゃたくさん転がっている。

こーゆうの読め、って叉市は何のつもりなんだ…?

とりあえず、適当に一つ読んでみることにした。

うーん、じゃ、これ。

タイトルは『月刊ヤンデレ夫婦漫画』。





ん…


面白いじゃん…




気がつくと、10話分ほどパパッと読んでしまっていた。

え、結構普通に面白いじゃん。

バイトから帰ったらまた読もう。


アプリを一旦閉じ、俺は自然に頭を上にあげて伸びをしようとした。

ちょうどその時、ある客が店に入ってくるのが見えた。

うむ.........。

チラッとしか見なかったが

100%間違いない。

女優の派生側起用子。 

そう、ハセキョンだ。




シトシトと雨は降り続いていた…。

俺はおとなのマナーとして極力見ないようにしていたが、

あろう事か、俺が座っている席のまん前の大きなテーブルの一角に

ハセキョンは陣取ってくれた為、顔を正面に向けるとイヤでも見てしまう。

あの...いや、イヤだなんてゼッタイそんなわけないっスけど!


俺がバイトしてるゴッサムバークスビルディングにも割と有名人が頻繁に来るワケだし、

こういうのに慣れていないわけではなかった。

それに、この辺りはそういう人々がサッと現れても全然おかしくない立地ではある。

当人もごくごく私的な感じでリラックスしているようだ。

そういう注目を集める人が目の前に現れた時には一種特別で、

またそれぞれ独特な華やかさがあり毎回ハッとするのだが、

俺が今回衝撃を受けたのはそれだけではなかった。


生で見る彼女は、そりゃー美しく眩しかったわけなんだが、

彼女がドリンクを持って席に着くタイミングとほぼ同時に、

入り口でビニール傘の雨水を払っていた客がちょっと見えていた。

その客は何か注文し、それを持ってハセキョンに声をかけ親しげに隣に座った。

もうみなさんもお分かりだろう。

彼女の旦那さんである超有名ギタリスト、”はるちっち”氏だった。


ちょ…。

どーゆーこった!?

ギタリストとしての進化とか思っていたとは言え…ちょっと…。

あの…こりゃいくらなんでもリアクションが良すぎるんですけど。

 

いや、落ち着け。俺。

偶然と言うにはあまりにもおかしすぎている。

そ、そうだ、あれだ。

これは天の采配に違いない。


さっきああやって考えていた矢先、

日本屈指の有名ギタリストがさっそく目の前で普通にお茶をしているのだ。

この機を逃してはいけない。

どういう采配か詳細は不明だが、

なにか俺に必ず得るものがあるというシチュエーションなはずだ...。

その立ち振る舞いから何か新しいヒントが見つかるかもしれない。



二人ともメガネをかけたり変装らしきことはしていた。

だが、やっぱり分かってしまう。

この二人の存在に気が付く人々がだんだん増えていく事で、

店内の雰囲気は少しずつ変わっていった。

ただ、店内に半数くらい居る外国人が二人に気が付かないおかげもあり、

雰囲気の変化は一定の慎みの中で収まっている。

そう。それはまるで、前途した宮マス坂のライブでSorrys!がやたら爆発的なステージを見せているというのに、なんと言っても観客が4人しかいない。その全員のボルテージがどれだけ上がろうがメンバーを入れた総人数は7人、頭打ち感ハンパない。そんなやけくそになっても負け、勝負を投げても負けというぎりぎりの状況下でSorrys!の三人とその客達はギリギリまで最高を模索した、その時のあの空間にほんの少し似ていた。

…ってゆうか別に似てないかも知んない。



(顔ちっさいなぁー!)

(はるちっちもやっぱオーラあるわぁ?!)

(生で見るとスタイルいいわー)

(肌きれいなのなー)

(なんか、自然に二人が似合うカップルだよねぁ…)


ほら、ごらん。

耳を澄ますと店内にいる他のお客たちの心の声が聞こえてくるよ。

というか、あれ?これは単なる俺の感想なのか。ララァ?


それくらいにこの二人の芸能人的素敵オーラがお店の雰囲気を先導し、

一つの流れを作っていたというわけだろう。たぶん。


しかし…。

コーヒーの匂いと並行してほんわかと香り、

たちこめるそんな素敵オーラを台無しにし得る出来事が起こってしまった。

服が雨でびしょ濡れの状態で、

明らかに雨宿りのみが目的であろう二人組の男性客がガヤガヤと入店してきた。

入り口にいるだけで、既に雰囲気的に場違い感ハンパないのがビッシビシ伝わってくる。

 

俺は”なんか妙なのが混じってきたなぁ…”

と思い、自然としかめっ面になりながら、新入りのその顔を確認してやろうとした。


...。ん?え?!


哲平とセージじゃねえか!!!

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