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俺はギタリストなんだが、なぜか満腹中枢が変になってるベーシストにメシを奢ったりする#4.6

無意識的な分岐ポイント……。

例えば俺は、ダグやジェフと話をする時は、英語を使う。

その時、頭の中で英語を日本語に訳したりはしていない。

英語がそのまま物事の概念と結びついている。それは日本語で話をする時にも同じ事だ。

それぞれの言語が独立して、俺の世界観や物や概念と結びついてる。


例えば、a box と言えば、日本語では箱の事を表してる。

だが俺は、英語で話す時a boxと誰かが言っても、

一旦”箱”と心の中で和訳してから解釈したりはしない。

でも、じゃあa boxと箱という概念が全く同じ対象物の概念と結びついているのか?

と問われると、それは厳密には違っていると感じる。


結局ものすごく限定的に突き詰めると、それは「物を入れる四角い容器」の事なのだが、

その突き詰めてそこに行くまでのルートには言語ごとに違いがあり、

世界観や概念と言うのはそのルートこそが深く関係していると思う。


俺にとって、また恐らく日本語とそれ以外の言語をある程度自由に話す多くの人にとって、

それは自明の事だと思う。

英語を話していて常々思うのは、

英語で話す時、自分の人格が日本語の時とある程度違ってしまうという事だ。

英語には英語のリズムや空気感があり、それをぱっと掴んで発声するような感覚がある。

そして、それでしか言葉がスムーズには出てこないのだ。


英語を話す時、その作法に従わないと自然にしゃべる事が出来ない。

その時結果として自分がアクセスしている世界観や概念の違いが起こり、

表現される人格が自ずと変化している。


俺は自然とある出来事を思い出していた。

それは金髪にした何日か経ったある日の事だった。

昼ごろにG徳寺駅前をちょっと歩いていると、

Sorrys!と仲の良かったバンドのドラマーが通りをこちらに歩いてきた。

俺自身は一度も共演した事はないのだが、Sorrys!に正式に加入する前、

スタッフみたいな事をしていた時期があり、

その時ライブ会場で何度か彼とは話した事があった。


当時ミディアムショートだった彼の髪は肩に触れるくらいの長髪になり、

うねる程度にパーマをかけていたが、俺はぱっと見てすぐに彼だとわかった。

気の良い彼をみんな”八通り”と呼んで慕っていた。多分苗字とかだろう。

八通り君はスネアドラムや重そうな道具をキャリーで運んでいたし、

急いでいるようだったので俺はちょっと会釈だけして、

大荷物な彼の通る道を空けるため歩道の脇に避けた。

ほとんど触れ合うくらい近くで八通り君は、俺の顔をしっかり見て笑顔で


「どもっすっ!」


とだけ言って行ってしまった。

気づくと思って心の準備をしていた俺は、全く爽快なスルーっぷりに面食らった。

だが、自分が金髪にしたので彼が気がつかなかったようだと、

少し経ってようやく思い当たった。

彼も髪型で言えば相当イメチェンしていたが、俺は見落としたりはしなかった。

って事は、黒髪が金髪になると言うのはちょっとレベルの違う事なんだろうかな。

当たり前だが、八通り君はすれ違う時俺が日本人だという事は分かっていたはずだろう。


つまり、日本人(或いは黄色人種)が髪を染める事で金髪にしてるというのは顔つきを見ているし、

頭のどっかではわかっていたはずだ。

そして、その上で俺の顔をあんなに近くでばっちり見ておいてそれでも俺だと気がつかなかった。

俺は、彼がロン毛になったからと言ってそんな事くらいで見誤りゃしなかったというのに、だ。


そんな事を考えて歩いていたら、

手前の十字路の右側のΩ丘方面から、チャリに乗った哲平がさっそうと現れた。

今日のカラーは黄色。イエロー哲平★ザ★ファッションだった。

見間違えるわけはない。

俺は手を上げて「おー。」と呼びかけた。

哲平は手を上げている俺の顔をちょっと見てから怪訝な顔をして回りの人々を見回し、

そのまま左側のK堂方面へさっそうと消えていった。


...あらら?


十字路の辺りには数人の人が歩いていたので、

俺が手を上げた事でその何人かは反応していた。

哲平はそれを見て自分でなく、他の人が呼ばれているのだろうと思ったようだった。

頻繁に会っている人間でさえ、金髪になるとパッと見では全く俺だと気がつかないものか。


俺は、その時、他人の髪色というものが、

どうも主観的に人間に対するものさしを

ガラッと変えてしまうという事を思い知らされているようだった。

金髪であるというだけで、知り合いと顔がはっきり同じであっても他人だと認識してしまう。

というよりも、髪色が違うとそもそも顔をちゃんと記憶と照合しないようになるようだ。

声の聞き分けよりも優先順位が高い。

耳の良い哲平が俺の声であるにも関わらず、それは無視し髪色で他人だと判断したのだ。

そういう序列の高いフィルター機能が髪色にはあるみたいだ。


でも、だとするとそのフィルターは、

人間がまだ進化しきっていない時から持っている瞬間的な

同族一致認識フィルターの名残みたいなものだろうな。

髪色というものは、人間が今の人間になる前の動物由来の視認性や、

潜在意識と言って良い領域にいとも簡単にリーチしてしまう要素だという事になる。

人間が物を見る時、そしてそれが何かだと判断し確認する時、

その前段階として潜在意識的に色んなフィルターがかけられている。

そのフィルターはよく意識する事である程度取り外す事は出来るのだが、とっさには出来ない。

そして、人間が生きていると言うのは色んな物を見て確認していく連続なのだ。

それらを一つ一つ理解し意識するのは、実はすごく難しくタフな作業だ。


2言語以上を使える人間が使っている言語を変える時、

その概念や世界観が変わるというのは、

まさにその潜在意識的なフィルターを換える事と似ているのだと思う。

そうなると同じ言語をお互いに使うという事は、

世界観を共有しやすいという事になるし、

同じ言語を使う者の集団だと、ある程度ゆるく人間性は収束していく事になるはずだ。

つまり言語圏ごとに世界観、世界認識に共通性が見られるはずだろう。


叉市が言っていた「言葉が世界を決める」というのは、ある程度そういう意味だという事か。

そして”形”の言語と”動き”の言語、それぞれが在る事によってこの世界の流れを決める……?


もぐもぐ。もぐもぐ。


俺は様々に回想したり考えながら、いつのまにか大皿のアップルパイを全部食べきっていた。

セージと佳棲は二人並んでテレビでシンプンソズを見ている。


「アンタ、ほんと好きね。アップルパイ。」


母さんが飽きれたように言って、すぐに空いた皿を笑顔で片付けていった。

そうだ。もう行かなければ。

今夜はパーリナイなのだ。

ドレスコードの金のネクタイ、それにある程度それに合った格好に着替えないと。


「母さん。電話で言ってた大学時代のバンドの衣装、あれ、どこに入ってたっけ。」

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