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俺はギタリストなんだが、なぜか満腹中枢が変になってるベーシストにメシを奢ったりする#3

俺たちは、シブ谷からミナトミライへの直通電車に乗っていた。

車両は混んでも空いてもいなかったが、ちょうど椅子には座れた。

俺の体調は叉市の言葉の脳内再生以降、

劇的に改善し逆にむしろ絶好調と言える状態にあった。

とは言え、俺はさっきの事などを出来るだけ思い出さないように気をつけていた。


向かいの窓に金髪イケメンな俺と、その隣にすぐに眠ってしまったセージが映っていた。

俺はそれを見てちょっと髪型を直して、澄ませた表情をした。


お。なかなかじゃないか。麻生田川クン!うん良いよ、君!


俺は自分の顔を見ると最近は元気になるのだ。ひゃいー。

…にしても、今日遭った色々を考えないようにするのは難しいもんだ。


あ、そうだ。


今夜のパーティに一緒に行く人を今のうちに誘わないと。

えーっと。


まず、今日哲平の予定が空いていないのはもう分かっていた。

金色のものを身に着けるという今回のドレスコードだと、

哲平★ザ★ファッションに当てはめると、全身ゴールドになってしまう恐れもあった。

だから、まずそれは僥倖と言えるだろう。


しかし…もう当日だからな…。


ここで誘って来られる奴は、それなりに運と縁があるだろうな。


うーん。


誰を誘おう。

パッと思いつくのは…。えーっと……。えーっと……。


………………。


「アーク着いたよ。」


セージに肩をぽんぽんと叩かれた。

気がつけばミナトミライ駅に到着していた。

俺は不覚にも、途中から眠ってしまっていたようだ。

何か夢を見ていたような気がするのだが、全く思い出せなかった。

駅を出ると、俺にとって見慣れた景色が広がっていた。

薄い夕暮れと海風の中に、近代的なビルとタワーマンションが整然と立ち並んでいる。

遊びに来ているカップルや親子連れ、仕事中のビジネスマンたち。

今日もいつも通り、色んな人で溢れていた。

セージはどうしてなのか、ここではあまりキョロキョロしたりはしなかった。


「前来た時よりもっとずっと建物が増えてるねえ。

これはすごい未来都市だ。」


「はは。まあ、確かにすごいと言える景観だよね。

住んでると慣れるけど、たまに来るとえらいところだなって思うよね。

あ、うちはこっちだよ。」


俺たちは数分ほど歩いて、実家のマンションに着いた。


「おーおー。話には聞いていたが…。

本当にアークの家族はミナトミライのマンションに住んでるんだなぁ。

都会人だねぇ。」


「まあ、都会って言えばそうかもだけど、住んでる人は普通なんだけどね。」


俺たちはエントランスゲートを抜けて、エレベーターに乗り込んだ。


「………。緊張するなぁ。」


「セージ、まあリラックスしろよ。

うちの家族は基本緩いし、ほんわかしてる人たちだから。

母さんからはカラ揚げ作って待ってるよってメールきてたけど、

さっきあれだけ食べたんだし、食べれなきゃ食べないで良いからな。」


そう言いながら俺は階数ボタンを押し、ドアが閉まった。

セージはただ、黙って表示階が変わるのを見ている。

なんだ…そんなに緊張とか不安とかすごいのか。

エレベーターは静かに昇っていった。


セージに食べられないなら無理するなと言ったが、

俺は大して満腹でもなく、

なんならちょっと空減ってるくらいかもしれないという事に気がついていた。

んな、空腹だと?

あのくっそ分厚いステーキを食ってからどれくらい経ったっていうんだよ…。

まだ2時間と少し、違っても3時間は絶対に経っていな、痛っ…?!


なんだ?


時間の事を考えると、ピリっと頭が痛んだ。

今まで感じたことのない痛みだ。

前回あのステーキを食べた時、

その日は半日くらいもう何も要らなかった事を憶えていた。


こりゃどーゆー……?


エレベーターを降りると、待っていたかのようにセージが急に言った。


「いや、でもいただくよ。出されたものは食べたいので。」


なんだ?びっくりしたー。

さっきの話の続きか。

にしても、時間差が過ぎるだろ。

エレベーターの上昇中は無言、というヤツなりの取り決めでもあるのか?


いくつかの角を曲がり、家の扉の前まで来た。

セージの緊張と、そこはかとない不安が伝わってくる。

いや、俺が家族にセージを紹介する事に勝手に緊張しているだけなんだろうか。

なんだろう。

今まで友達を連れてきたことは何度もあったがこの感じ、初めてだ。

俺はドアノブを掴んだままで、数秒そんな事を考えていた。


すると中から勝手にドアが開いた。


ガチャっ


「お兄ちゃん!おかえりー!」


俺は掴んだノブが勝手に開いたので体勢を崩してしまった。


「おぁっ。佳棲っ!おま、なんで居るってわかったんだよ。」


「なんかそっろそっろかなあ。って思っただけ。

あー!!お兄ちゃん金髪だーっ!!ウケるー!!

ねぇお母さーん!!お兄ちゃん金髪になってるよねぇはやくこっちこっちーー!」


妹の佳棲だった。彼女は謎の勘の良さを備えている。

いきなりそれをセージに披露してくるとは。


「ただいまー。セージ君連れてきましたよー。」


玄関から中に聞こえるように言う。

中から母さんが出て来た。


「あ。どもーセージ君。初めましてー貴士の母ですー。

あ、あらー!貴士、アンタその髪いいじゃない!ステキじゃない!

ちょっとちょっと写真撮っていい?ねぇ、あ、ちょっとアンタ聞いてんの?」


セージ初見のインパクトと俺の金髪初見のインパクトが互いにせめぎあい、

彼女らの常識度を試していた。


「あ。初めまして!妹の佳棲でっす!」


「どうも初めまして。セージと言います。

今日はなんだか急に押しかけたみたいになってすみません。」


あれ。

こんなにまともな挨拶した事あったかな。

本気出せば出来るってことか?


「いいのいいの!来てもらって嬉しいんだから。

ささ、上がってちょうだい。ご飯もあるから遠慮しないで食べてってよねー。」


「お母さん、お兄ちゃんの金髪、送ってくれた写真よりかっこいいね!」


二人は先に奥の部屋に入っていった。

父さんは、時間的にまだ仕事から帰ってきていないはずだ。


セージが靴を脱ぎながら、コソコソと俺に話しかけて来る。


「(おい。なんか、すごい勢いだな。うちとは大違いだぞ。)」


「そう?いつもこんな感じだからね。とにかく上がって休もうぜ。」


「お、おう。」


奥のリビングに行くとそこにはテーブルにワインとピザ、

そして中央には我が家のソウルフード”カラ揚げ”がこんもりと積まれていた。


「お米もあるから言ってね。

あ。あとデザートってわけではないけど、

マークイヅでさっき買ったアップルパイもあるわよ。」


アップルパイ………?


さっき食べた時、もう向こう一ヶ月は食べなくていいって気がしたはずだったが、

全然イケる感じがするのはなんでなんだ。

俺、セージ、母さん、佳棲でテーブルを囲むようにして座った。


「じゃ、どうぞどうぞ。召し上がって。

セージ君ほんとに遠慮しないでね。足も崩してね。」


佳棲が話し出した。


「お兄ちゃん!あたしね車の免許取るよ!お兄ちゃんまだ持ってないでしょ?」


「うん。まぁね……。」


「ふっふん!

これでついにあたしもお兄ちゃんよりすごいところが一つできるってわけだよね!」


予想はしていたが、佳棲はいきなり自分ペースを生み出してくる。

それをなだめるかのように母さんが言う。


「アンタ、ほんとそんなの取ってから言いなさいよー。

まだ申し込みもしてないのに。教習所。」


「えー。でも先に宣言した方が得でいいじゃーん。

はいはーい。(ビシッと右腕を上げる)」


「得ってアンタ、自慢する為に免許取る気なの?」


「ちょっとーさすがにそんなわけないよー。

でもー、お兄ちゃんには勝ったって自慢したいってとこかなー??」


「アンタねー。」


あはははははははは


このような会話が延々と続く。

愛しきほんわか家族だ。

なんにしても、こんな雰囲気では、

いくらセージでも緊張とかしていられないだろう。

それに母さんと佳棲は、セージに関心とある程度の敬意を持って接しているようだった。

俺の家族、特に母さんと佳棲は、

俺が学生でSorrys!の一ファンである時から

俺を通してSorrys!の音楽や周辺情報を知っていた。

なので、ファンであった俺がSorrys!に加入し、

メンバーを引き連れてうちにやってくると言うのには

きっと彼女らなりの感慨深さがあるのだろう。

それに、或る音楽に心打たれた場合、

やはりそれを演奏する人やそれを作った人に対して自然と興味が湧いてしまうのは、

誰にでも経験がある王道的心の動きだ。


ところでやはり俺は、普通にカラ揚げを頬張り、ピザも何切れか食べれてしまっていた。

目の前にあり、腹もわりと空いてるので、つい食べてしまうのだ。

隣のセージもそうだ。

普通にどんどんそこらにあるものを食べている。

セージはお米も食べているくらいだ。

どう考えてもおかしい……。

おかしいが、自分自身が食べる事が出来るのだから言ってもしょうがないが。

なにが起きてる?もぐもぐ。いったい。もぐもぐ。

そんな事を考えていると、佳棲が神妙な面持ちで話しかけて来た。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん。お願いがあるんだけどさ。」


「なんだ。どうした?」


「あたしもコーラスとかやってみたいんだけど?」


「は?なに?」


「だーかーらー。お兄ちゃん達の曲でさ。コーラスとかやってみたいの。」


マジなのか…?


「あ、えーと。佳棲がなんか言ってるけど、どうかなセージ?」


セージは母さんが出してきたアップルパイを黙々と食べていた。


「うーん。いいんじゃない?(もぐもぐ)」


「おいおい適当だなぁ……。」


「うわぁ、セージさんYou are so sweet! やったー。」


佳棲が大喜びしている。

は?なんで?

佳棲がなんでそれを?!


「え?おい。ちょっと佳棲…。お前、ちょっ、なんでその事知ってるんだ?」


「え?なに?お兄ちゃん。」


「ん?」


セージと佳棲が同時に俺の方を見る。

その目は、さっきシブ谷の地下道で困惑したセージが、

俺の顔を覗き込んでくる目をハッと思い出させた。


そうだ。


あの時もセージは急に英語を喋ったんだ。

なんだ、これ。

俺の知覚とか、感覚や調子がまたおかしいのか?

半臓門線の時みたく、今も俺何か変な世界に紛れ込んでるのか...?


「ねえ、ちょっと貴士。」


キッチンの方から母さんが話しかけてきた。


「アンタさっき持ってきた紙袋、何か洗濯物入ってんじゃない?

そうだったら洗濯しとこっか?」


「あ。ダグのTシャ、」


痛っ、さっきのピリッとした頭痛。



ーーーー『そゆこと』ーーーー



叉市の声がまた頭ん中で自動再生され、

同時にダグが半臓門線の車両に居た映像がブァーッといきなり脳内再生された。

ダグがこっちを見る。


「やさしい...」


俺はつぶやいた。

母さんは照れ始めた。


「え…もー、そんなに感謝しなくてもー」


そういう事だったんだ。そうか……。


「な、佳棲。お前さっき、セージに”やさしい”って言ったのか?もしかして。」


「え。そうだよ。だってYou are so sweet!もん!」


そう答えた佳棲の隣で、セージはアップルパイをもぐもぐ食べていた。


もぐもぐ。

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