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俺はギタリストなんだが、なぜか満腹中枢が変になってるベーシストにメシを奢ったりする#2

セージは俺がTシャツを片手に戻っても体勢を変えず、

それについては触れなかった。

この謎の生物は、わりと消化の為に、

静かにしている必要があるのかもしれない。


数十分後、

俺たちの胃の調子もかなりマシになってきたので、そろそろ出る事にした。

ユイサがレジを担当し、

貰ったTシャツを入れる為の紙袋を用意してくれた。


「あとさ、タカさん。さっきのそのTシャツくれたお客さんがね。

これタカさんに渡しといてくれって。」


「え。ダグが?なんだろう。」


チケット用の封筒だった。

すぐにその封筒を開けてみると、煌びやかな金で縁取られたチケットが出てきた。


”×××× 30th Anniversary Golden Party!!! in Omotesando Bills"


とある有名ブランドのオードトワレの30周年の上顧客限定パーティが、

おモテ参道ビルズで今日催されるらしい。

そのチケットだ。

開場は19:30からとなっている。

このチケット一枚で4人まで入れると書いてあった。

それと、太字でかなり目立つようにドレスコードについての注意書きがある。


”必ず金色の物を一つ以上身に着けてご来場下さい。”


金色のもの?んなの持ってたかな。

金髪ではあるけど、多分それじゃだめだよな……。

思いつかなかった。

んー。買わないと無い……かな。

ん。いや、なーんかどっかにあったような……。思い出せない。


セージがチケットを覗き込んできた。


「ほぉ~。これはぁ。すごいチケットだねぇ。」


「セージさ、今夜用事はどう?これ7時半からみたいだけど行ける?」


「ん。いや、今日はこれからアークの実家に行くじゃない。

実家ってミナトミライでしょ?

その後俺夜は横浜に用があるから、

そのパーティはさすがにちょっと……。」


「え?は?俺の実家?なんで?」


「昼飯食べたらアークの実家行くって叉市が言ってたけど?」


「なに、そんな事言ってたの?」


俺の計画では腹の食物が消化されるまで、

セージが絶対行った事がないはずの、

アオ山とかおモテ参道辺りでも散策して回るつもりだったが……。

俺の実家?

いや、ってか、ぬぁーんで叉市が勝手に決めてんだよっ!

何にしてもセージは夜横浜に行く必要があると言ってはいるし、

俺は腹のものがすっかり消化するまではセージと過ごすつもりではあった。

それが俺の今日の意地と覚悟なのだ。


ミナトミライの俺の実家に連れて行く事は、出来なくないとは思う。

ただ、今夜はバイトがなくて夜空いてる日だから、

せっかくだし正直このパーティには行ってみたい。

でもなぁ…一旦横浜方面まで行ってからだと、

おモテ参道行くのが時間的にギリギリだし、体力的に厳しいんじゃないかなあ。

実家行ってからパーティは、いくらなんでもめんどいZe。

でも、叉市が行くように言っててセージも実家行く気になってるワケだしなぁ。

んー。パーティ優先にしたい気持ちが盛り上がっているが…、

今降って湧いたような話だしなあ。

実家行くの断る理由がそれではなんか弱い気がするんだなあ。

どうすっかなぁ。

なーんか気分的にシックリこないなぁ。

あ。そうだ!

まずは実家に電話して、都合が大丈夫か訊いてみよう。

母さんに用事とかあって断られるかも知んないしな。うん。

無理だったらしょうがない!

当然ミナトミライに行くのはなしだ。うん。

それを確認してからもう一度思案しても、遅くはあるまい。

万が一実家の都合がつかない場合、

セージとこの辺を散歩でもテキトーにした後、俺はこのパーティに行こう。

そうしよう。うん。

俺はスマホを取り出し、かなり複雑な気持ちで実家に電話をかけた。

すぐに母さんが出た。


「あのさ、母さん。今日ってこれから友達っていうか、

うちのメンバー連れて行っても大丈夫かな。

いや、でも突然すぎるかな。用事とかあるかもだよね。」


「え、メンバー?メンバーってSorrys!の?誰?誰がうちに来るの?」


かなり嬉しそうに訊いてくる。


「うん。まあ、行くとしたらセージなんだけど。」


「セージ君!あ、ベース弾いてるコね?

そうなんだー。会えるの楽しみ。

あ。じゃあカラ揚げ作って待ってるから!」


「うん。いや、俺たち食べ物は今回、

そんなに大丈夫ははずなんだけどね……。」


うーむ。

断られる事を半ば期待したが、

やっぱり実家の受け入れ体勢は万全だった。

いや、うん。

うちの家族のこういうところはかなり好きだし、

普通に嬉しいことなんだよな。

こっちの都合でガッカリしちゃいけないな。

そう、そして実家のソウルフードは鳥のカラ揚げなのだ。


「あ。そう言えばね。貴士。

今朝クローゼット整理してたらね。

アンタが大学の時やってたバンドで使ってた衣装が目に入ってきてね。

それを私ちょうど見てたのよ。

で、今日アンタが初めてメンバーのセージ君連れてくるって言うじゃない?

何か私これ運命的な感じがするんだなあ。」


母さんがこんな事を言う時は大体、

乙女チックな瞳をキラキラさせている。

今も電話口でそんな表情をしているに違いなかった。

よく分からん事や他人からするとこじつけみたいな事をうちの母さんは良く言うし、

占いとかそういう類の事もかなり好きだ。

ただ実際、母さんが持っている何らかの直感みたいなものは、

幼少期から何度も俺を助けてくれてるのも事実だった。


「ふーん…。まあそんな偶然は関係ないとは思うけど……。」


と言いながら俺は、

反射的にその衣装を頭に思い描いていた。


…あ!!


「あの……ねえ、母さん!その衣装って金色のネクタイのヤツ?」


「え。そうよ?あれアンタのでしょ。」


「それか…。わかった。後数時間でセージ連れて行くから。それじゃね。」


ふぅ。わかったよ。

この感じ。

つまりミナトミライ行ってからおモテ参道行くって流れなわけね。

はいはい、そういう感じね。


「うん。それじゃあ後でねー。セージ君によろしくー。」


電話を切ってセージに事の次第を伝える。


「母さんが待ってまーすってさ、あとセージによろしく言ってたよ。」


「ふーん。まあ、でもアークの実家かぁ、気まずいなぁ。アウェイだなあ。」


おいっ。わざわざよろしくって言ってくれてる俺の家族を、

アウェイ呼ばわりすんじゃないっ。

そして招待すんだから、

そこはどんだけそう思っても言うんじゃないよっ!


ユイサは、俺たちが座っていたテーブルを片付け終わって一息付いていた。


「なあ、今日ってユイサ、シフト何時まで?

このチケット4人入れるみたいなんだけど。行ってみる?」


「えーー。いいなーいいなー。

でも私今日ラストまでで無理ですよーだ。」


「そっか。まあドレスコードもあるみたいだしな。

じゃ、他あたってみるよ。」


「ぶーっ」


俺たちは今度こそ店を後にした。

…にしてもダグのヤツ、

なんでパーティのチケットを直に渡してくれなかったんだろう?

ちょっと俺たちのテーブルに寄って渡してくれたら、

それでよかったと思うが……。

Tシャツをその場で脱いでまで手渡してきたほどの豪傑だ。

酔っ払っていたのだとしても、かなり妙な気がした。


うーむ。


「アークここからどうやって横浜方面行くの?」


「えっと、まずシブ谷に出てトウ横線。だね。」


「あっそうだ。ここってAKA坂なんだよね?

じゃあ確か高橋コレ清氏の公園近いんじゃないかなぁ。」


「え?誰?知らないけど、その人の所縁のある公園なの?」


「うん。そこにはどうしても行けたら行きたいんだよね。どうかな。」


とセージはスマホを取り出して調べ始めた。


「あ。やっぱり。結構近い。アーク、ここってどっち行けばいいの?」


セージのスマホを見ると、246号線沿いの公園の事のようだ。


「ああ、だったらまずこの坂を上ってく感じだね。

大きい道路に突き当たったら左だね。」


セージは黙々と歩き始めた。

表情はイキイキしているような厳しいような、

とにかく意思を持った顔をしてる。

ん。あれ、なんかちょっとカッコいいかもな……。


最近セージがベースを演奏しているところを全然見ていなかったので、

セージがこういう顔をするのを忘れていた気がする。

にしても高橋コレ清?

いや、聞いた事はある名前だけど何の人だったっけな。

政治家だったような……。


15分くらい歩くとその公園についた。

日本庭園のような趣のある公園だった。

セージは着いたら早速、公園中を見て回っている。

俺はベンチで少し休みながら、

表示板に書いてある内容を一通り読んだりしていた。

ほう。経済政策で有名な政治家かなのか……。

元々その人の家があった場所なワケか。

それで庭のようになってるんだな。

高橋氏の銅像もあった。

セージはそれに手を合わせている。


「いや、来れて良かったよ。ありがとうアーク、じゃあ行こうか。」


「うん。ここからだとアオ山一丁目駅からシブ谷かな。」


「え?アオ山一丁目?」


「うん。そうだけど。」


「ってことは乃ギ坂近い?」


「え。いや、まあ、近いっちゃ近いかな。

でも、あれは単なる道路、坂だよ。行きたいの?」


「うーん。やっぱり行っておきたいなあ。ここまで来たんだしぃ。」


やっとわかったが、

セージのこの一見どっちか決めかねているような言い草は、

もう自分がやる事は決めている時で、

相談ではなく報告に限りなく近しいようだ。

コーラやアップルパイの時もそうだが、

これはキッパリ決まってる時の態度だとこっちで判断しといた方が、

遠回りしないで済む。

何で見たいのかよくわからんが、

まああんまり聞くのもヤボってもんだろう。

きっと何があっても行くんだろうしな。

セージは早速スマホで場所を調べている。

まあ確かにそんなに遠くはないとは思うんだが……。


「じゃあ、まあ……行ってみようか。」


7、8分ほど歩くと乃ギ坂陸橋についた。


セージは感心しきりに坂そのものを見て回っている。


「あのさ、セージってあの……坂とか興味あるの?」


「え。坂?なんで?なに、坂に興味あるの?」


いや、なんで俺が興味ある感じになってんだよ……。

俺はないよ。俺が訊きてーつのにっ。


「いやぁ。良かったぁ。じゃ行こうかアーク。ん?あれ?」


「どうしたの?」


「ここって、すぐそこがアオ山墓地なの?」


「え。うん。。そうだね。。え。誰かお墓参りとかしたいの?」


「いや、何も用意してないし、お墓参りとかいきなり無理だけど。

せっかくだしちょっと通って行きたいなぁ。」


この言い方。

公式に当てはめると行く事にしたという報告。という事になる。


「え。そうなの?えっと……じゃあ……そうする?」


霊園と言っても開けた場所だし、道も広く人もそれなりにいる。

俺たちはおモテ参道方面に抜ける比較的大きな道を歩いていた。

セージはゴッサムバークスビルディングでキョドっていた以上に、

360度首を動かし、いろんな墓石を関心して眺めている。

俺はそんなセージを感心して眺めていた。

すると、後ろから声をかけられた。


"Excuse me! Could you tell me the way to Shivuya?"


(すいません、シブ谷までの道を尋ねたいんですが。)


と、渋い声で呼びかけられた。

振り返った先には、金髪長身のいかにもなアメリカ人が立っていた。

俺は一瞬戸惑った。

こんなところで会うとは思っていなかったからだ。


"Wow, Jeff!!!"


(おおおっ!ジェフっ!)


少し間があって、向こうも俺が誰だかようやく気がついたようだった。


"?? You are...Takashi? Takashi!

You changed your hair!

Oh my god I couldn't recognize you!

What a coincidence!"


(おお!貴士?貴士じゃないか。

髪色が変わったからわからなかった。奇遇だねえ!)


ジェフも俺も、こんな所でばったり会った事に驚いてハグをした。

セージが不思議そうに突っ立っていたので、俺はジェフを紹介した。


「彼はジェフって言って、

日本に滞在中うちの店によくご飯を食べに来てくれてて。

俺はたまたまよく接客することになってさ。

それで知り合って仲良くなったんだよ。」


「ほーう。アークぅ。

相変わらずすごいコミュニケーション能力だなぁ。」


「で、ジェフはミュージシャンなんだ。ギタリスト。

ソロでもアメリカでたくさん音源出してるし、

最近レッピリのヂャドとバンドも組んでるんだよ。」


「へ?レッピリ?ヂャドって?レッドホットピリペッパーズのヂャド?」


「うん。そうだよ。」


「ふぇー。あぁ。世間って狭いんだねぇ。」


なんか……感心する的がずれてるような気もする。

セージはジェフに向かって、軽くてぎこちない会釈で挨拶をした。

しかし、なぜか今までよりセージの警戒の度合いが少しだけ薄いように思えた。


"Jeff, This is 誠二, the bassist of my maison "Sorrys!".

Anyway, you asked me the way to Shivuya."


(この男はセージ、前に話した俺のやってるSorrys!のベーシストなんだ。

それでジェフ、シブ谷までの道を訊きたいって言ってたよね。)


"Yeah I got lost...Streets in Tokyo are super complicated...

But Takashi, you dyed your hair blond like me!

It's socool. You look completely different!

It suits you so good!"


(ちょっと迷っちゃってね。

いや、しかし全く東京ってのはとんでもなく複雑な道路だよ……。

にしても貴士、俺みたいに金髪にしたんだね。

クールじゃないか。前と印象ががらっと変わった。

すごく似合ってるよ!)


といつも通り大振りのジェスチャーを交えて喋っている。


"Thank you! I like this color, too.

Then, we are going to Shivuya so you like to come with us"


(お!ありがとう!俺も気に入ってるんだ。

ねえ、シブ谷方面なら俺たちも行くから一緒に行こうよ。)


俺たちは、一番近いおモテ参道駅までジェフを案内する事になった。


"I think The last time I saw you was about 3 months ago...

Did you go back to the U.S.?"


(前に日本に来ていたのはいつだっけ、3ヶ月前くらいだったよね。

一旦アメリカに戻っていたの?)


"Yes. The last time we met was September.

I went back to US...and then to Europe.

Think I met you when I came to Japan to support BOSS's band."


(うん。前に日本に来たのは9月だね。

アメリカに戻って、、あとヨーロッパも少し行ってた。

確か前に貴士と会った時は、ボスのバンドのサポートで来日した時だったよね。)


「は?ボス?」


セージが話に割り込んできた。

なんだ、セージは意味分かっていたのか?


"Yeah, ヤンざわAキチさんデス。

He is a big artist in Japan, right?"


(そう、ヤンざわAキチさんです。

日本を代表するビッグアーティストだよね。)


ジェフがセージに合わせて分かり易い単語だけで伝えてくれた。


「え?ちょっとアーク、なんて言ってるの?」


わざわざすっげえ分かりやすく喋ってくれたのに、

何で急にわかんねえんだよっ。


「いや、だから”ヤンざわAキチ”さんだよ。

あの有名なヱイチャン。ジェフは彼のサポートをする事もあるんだ。

ブドウカンライブとかもサポートしに来日するんだよ。」


「おぉ。マジかぁ。世間は狭いんだなぁ。」


何回か使ってきてるが、セージの”世間が狭い”って慣用句、

使い方微妙に変だしなんかイラッと来る感じがある。


一通りジェフが以前のブドウカンライブの事や、

最近の音楽活動について話してくれてる間に霊園を抜けて、

おモテ参道駅の交差点に着いた。


セージはと言うと、

ずっと周りの建物や景色をキョロキョロと興味深そうに見回しながら、

無言で付いて来ていた。


"Jeff, you can reach to Shivuya from this Omotethando metro station."


(ジェフ。このおモテ参道って駅から地下鉄でシブ谷に行けるよ。)


"Omotethando??Wait, オモテサンドー! Perfect!

This is the place I planned to be! Thank you Takashi."


(オモテサンドー??あ、いや、ここだ!オモテサンドー。

僕が来たかったのはちょうどここだったんだよ。

いやーありがとう。貴士。)


と言ってスマホをわりと忙しなく取り出した。

きっとツレの人が近くにいるんだろう。


"Oh, Really. That's good for you! Well, See you soon."


(あ。そうなんだ?そりゃ良かった。じゃあ俺たちは行くよ。またね。)


セージの方に振り向くと、俺たちの方はそっちのけで、

ビルに貼ってあるアニメの巨大広告に異常なほど集中していた。


「な、おい、セージ。」


肩を叩く。


「お。すまん。何が起こってたんだ?」


「ジェフがここでいいって言ってるから俺たちは行こう。」


「え?ヱイチャンって?え?ヤンざわのヱイチャン?」


「いやいや、そりゃさっきの話だろっ。

じゃなくってジェフがバイバイってさ。」


「あ、そうか。」


と言ってセージはジェフに軽く会釈をした。

ジェフは笑顔で手を振っている。

”ヤンざわのヱイチャン”なんて呼び方を聞いたのは生まれて初めてだが、

ヱイチャンと言えば、日本で知らない人はいない日本ロック界の巨匠だ。

トラックとか軽自動車の窓とかに、

無断でその名前が印字されてしまう程の影響力を誇っている。

そんな生きたレジェンドのバックバンドをやりにきてる、

世界的なプレイヤーであるジェフ。

俺は素直に羨ましいと思ったし、

負けていられないなと気持ちを奮い立たされたような気がした。

セージはと言えば、

挨拶もそこそこに憚ることなく巨大広告の方にその熱視線を戻していた。

そこには”あたしがモテてどうすんNo”と書いてあった。

確か今期やってるアニメだ。


"See you soon, Takashi! I will visit your restaurant in few days! Bye!"


(またね、貴士!また近いうちに食べに行くよ!!バイ。)


ジェフは大声でそう言って手を振っていた。

俺たちも手を振り返して地下鉄の駅に降りていった。

セージの興味が目の前のリアル世界的プレイヤーのジェフよりも、

アニメの巨大広告の方にいってるのは、

通りがかっただけの犬でもわかるレベルだった。


「セージあの作品そんなに好きなの?」


「いや。見たことはない。しかし………」


「なんだかやたらと凝視してたけどさ、気になるところでもあったの?」


「うーむ、コヴァヤシさん。流石にやるなぁ…。

よし!俺も負けてられん!」


???


うーむ。何言ってるかちんぷんかんぷんだが、

どうやら俺は俺なりに、

セージはセージなりに同時に気持ちを鼓舞されたようだ。

なので結果オーライということにして、

俺たちはこれ以上この話を掘り下げないままに、

シブ谷行きの地下鉄に乗り込んだ。




ブーッ……ブーッ……

地下鉄の中でセージと二人つり革に掴まっていると、電話が鳴り出した。

叉市からだ。

あと数十秒もすればシブ谷駅に到着するだろう。

車内は降りる準備や立ち上がる人やらでざわついている。


「あ。もしもし?まだ今電車なんだ。

あの、もう少しで降りるから、そしたら……」


「いや、降りるな。その為に電話してるんだ。」


「は?なに?いや終点だぞ。」


「いいから、しばらく降りないで待ってろ。」


「え?どういう事?叉市が俺の実家に行くように言ったんだろ?」


「そうだよ。お前の実家には行く必要があるんだ。」


「だったら………………」


電車はシブ谷駅に着いた。

留まっている俺たちを避けて、ドアからどんどん人が降車して行く。

セージは俺の方を見て待っている。


「いやいや、とにかくシブ谷で降りないとトウ横線に乗り換えられないよ。」


俺は焦りと苛立ち混じりに言った。


「いいから。そんな事は今考えなくっていいんだ。

ちょっとそのまま待ってろ。

なあ、お前You are so sweet! 言ってないよな。」


「いや、あの……それは忘れてた、うん。

まだ言ってないけどさ。そうじゃなくって………。」


俺は話しながらも、他の乗客がみんなさっさと降車してしまい、

地下鉄の中に俺たち以外人が全然居なくなっているのを確認していた。

前後の車両も、その向こうの車両も、その向こうも人が一人もいない。


いや、あれ?


見える限りの場所に人がいない。


この電車はそのまま折り返しの電車にはならないのだろうか………。

折り返しの乗客がなぜか乗ってこない。

というか、乗客が電車の外に誰も待っていないし。

いや、降車した客さえホームにもう一人もいない。


は?


あれ?セージ以外誰もいない……?


気がつくと、いつから鳴っているのか、

発車のベルだけが不自然にずっと鳴り続けている。

なんだ?これ。

俺はスマホを耳から離して、辺りを見回した。


「おい、ちょっっ、セージ。これ、この電車……」


セージはシブ谷駅に到着する前のように、

なぜかもう一度つり革に掴まっている。

俺の声は聞こえていない。というか、なんだ、変だ。

セージのその動きには既視感があった。

まるでさっき電車内でしてたまんまの同じ動作を、

もう一度繰り返しているように見える。

ただ動きがどうも変だ。動きの流れが不自然だった。

動画を逆再生しているかのような、そんな感じだ。

そしてまるで、俺が隣に居るかのような素振りをしている。

分からない事だらけだ。


俺はあっけに取られて、

他に誰もいない車内で不自然な動きをし続けているセージを見ていた。

俺は、自分がスマホを掴んでいる事を思い出して、

すぐにもう一度耳に当てた。


「なあ、おい。さっきの言葉、お前言ったか?」


叉市が言う。

俺は眼前で起こっている異常事態と、

さっきと引き続いている内容を喋っている叉市の言葉がマッチしていないので、

なんだかそれをうまく聞き取れない。


「え。叉市。これ、おいっ!なん……なんなんだよ。」


「あのなあ、お前、だからなあ、今日何回もあった筈だぞ。

You are so sweet!って言うのを思い出すタイミングあっただろ?」


「いや、あの……そんな事より……せ、セージも変なんだ。

うぁ。これ、な、なん、」


俺は恐怖なのかなんなのかもう、

わけがわからなくて叫び出しそうになる。


「おい、アーク!ダメだ!自分を保て!!

それを早く言うんだ!大事な事なんだ!!

何も今は判断するな!!早く言え!!何度も言うんだ!!

色んなふうに!!何度もだ!!」


叉市が思い切り怒鳴った。

そんな事は初めてだったが、まるでビンタを往復で食らったように感じた。

叉市の言う意味はわからなかった。

だけど、俺にその場で出来る事をやるしかないのはいつもの事だ。


「……You are so sweet!……YOU ARE SO SWEET!

YoU aRE SO Sweeet! yOu Are Sooo Sweet!

You're SoSweet! Yo're Soa suuee!

Yo'r so swe! Ya'r sa sueei!」


思いつく限りに色んな言い方を連呼した。

もはやあまり英語としての原型を留めていない。

その時、セージ以外誰も居なかったはずの車内、

三つくらい後方の車両に、黒いパーカーの男が立ち上がるのが小さく見えた。


あ………。


あれ。


あれは……ダグだ。


「なあ、叉市。ダグだ、向こうにダグがいるよ。」


発車のベルは鳴り続けている。

そしてダグは、その乗っている車両から、

無人のホームに降りようとしてドアに近づいた。

電車からホームに移るその瞬間に、

ダグは顔だけこっちに向けた。

車両を仕切るいくつもの窓を隔てて、俺たちの視線はその時ぴったりと合った。

彼の目は微笑んでいた。

そして彼はちょっと口を動かして、つぶやくように言った。

その時、ベルのけたたましい音が一瞬止んだ。

いや、だとしても距離や条件的に彼の声がここまで聞こえるはずもなかった。

でも、なぜだか俺には分かった。

ダグはこっちを向いて日本語で「やさしい。」と言ったのだ。


「やさしい...」


俺は何故かそれを復唱していた。


「そゆこと」


叉市が言った。

目の前に広がっていた無人の電車とホームの風景が、

まるでもう一度鳴り出した発車のベルの音によって

順番に色づけされていくように、

車内とホームに人が溢れた。

気づくと、俺はセージと一緒に既にホームに降り立っていた。

俺は電話を持ったまま、

すぐに走ってダグが降りた辺りのホームに彼の姿を探した。

が、もう見つからなかった。


「叉市、お、おい………今、今のってなんなんだよ……

どうなったんだ?」


「なにが?」


「なにがじゃない!今のだよ。

今何が起こったのか叉市知ってるんだろ。」


俺は怒鳴ってしまっていた。

何のせいなのかわからないが体が小刻みに震えている。


「いや、正確には知らないけどね。お前が見たものはお前だけのもんなんだ。」


セージがゆっくり歩いて追いついてきた。


「電話、叉市から?なんだって?」


「いや………うん。なんだろう………まだちょっとわからない。」


俺はセージに対し、興奮する自分をとっさに隠して取り繕っていた。

セージにはさっきまでの状況を説明するのが良いか、判断できない。

電話を持ったまま、うやむやに答えた。

そもそも、セージはさっきの状況に自分自身気がついていないのか。

電話を耳に当てると、叉市が言う。


「とりあえず一旦それで良いよ。

あのさ、さっき“ダグ”って言ったか?それは何よ、人間なのか?」


「ああ、さっきゴッサムバークスで会ったハワイのサーファーの名前だよ。

日系人で、でも日本語は多分ほとんど喋れないって感じだった。」


まだ少しさっきの奮えのようなものは体に残っていたが、

叉市の会話のテンションとセージが傍にいるせいなのか、

それは凪いできていた。

自分としても、平静を保とうと努めてゆっくり喋ろうとした。


「さっきの状況で出てきたって事はあれだな。

お前、その”ダグ”に何か貰ったりしたのか?」


「え?ああ、うん。うん……。

これはウソみたいな話しだが、

着ていたTシャツをその場で脱いでそれもらったんだ。

エロサーファーってカタカナで胸にデカデカと書いてるホカホカのやつを。」


「なんだよ。それ色々すごいな。ふーん。

でも、カタカナ……わざわざカタカナで書いてたのか………」


「うん。カタカナってのは日系人だからなのかな。

わからないけど強烈なTシャツだよ。」


叉市は思案するように少し黙って言った。


「ん~?いや、でも俺が言うのはそれの事じゃなくって。

何か他に貰ったんじゃないのか?」


「え?あ、そうか!」


俺は思い出した。


「チケットも貰ったんだ!そうだ。今夜おモテ参道で開かれるパーティの券。」


「そっか。うん、それだそれだ。オッケー、おモテ参道ね。

なんにしてもまずは、セージとミナトミライだ。じゃあな。」


電話が切れた。

セージが暇そうに下を向いて待っている。


「お待たせ。セージ。

叉市が言ってたのはとにかく、

セージと二人でミナトミライに行くようにってことみたいだったよ。」


さっきの体験は俺には意味がわからないし、

叉市が言うように、それは感じた俺だけのものだとして、

とりあえず実際的な事だけをセージには伝えた。

俺たちはトウ横線のホームの方に向かって歩きだした。


「ふーん。そう。いや、なんかさっき変な気がしなかった?

電車の中でアークの電話が鳴って。なんていうんだろう。」


やはりセージも何か感じていたらしい。


「うん。そうだね。何か変だった。完全に。俺もそう思うよ。

でも、言葉では言い表せないって言うかさ。」


俺は、さっき起きた色んな事をちゃんと話してしまうのを、

なぜか避けようとしてた。

自分でもよくわからないが、

直感的に自分の外に出してしまわないほうが良いような……

そんな感じがしていた。


「あのさ、アーク。そもそも今日ってずっと変だよね。何か変なんだよ。」


セージのキャラがさっきまでと違う。

第3話でもあったけど、なんていうか、いつもより喋り方が普通っぽいんだけど、

その分もっと普通でない感覚が前に出てきてる。

そうだ。これはセージ第二形態だ。


「俺とセージがこうやって出かける自体が珍しいけど………。

そういう事じゃなくって、もっと何か別の事だよね。」


「うん。なんかこう………繰り返してるって言うかさ。」


「繰り返してる…?な、なに繰り返してるって?」


俺はさっきの無人の電車内でのセージが、

逆再生されているかのような動作をしたのをとっさに思い出していた。


「うん。今日ご飯を食べて色んなところを見て回ったじゃない。

俺、その道中で景色を良く見てたけどさ。」


確かに、セージはうざいくらいに周りを良く見ていた。


「うん。」


俺は相槌を打った。

あれはセージなりに何かを確認していたってことだったんだろうか。


「なんかさ、俺の感じでは今日やった事を繰り返して、

何回もした事があるような気がするんだよね。」


「え?どういう………」


俺は言葉に詰まった。


「いや、わからないけどさ。

毎回完全に同じではないんだろうけど、

何回も似たような事をしてきたんじゃないかって感じ。

アニメ風に言えば同じ日をループしてたって言うのかな。」


「ループって………。ははっ。」


俺は笑いたかった。でも笑いは乾ききっていた…。

なんだろう。吐き気が襲ってきた。


「多分そうだと思うんだけど。」


セージはほとんど確信している、というようにそう言った。


「セージ、ごめん、なあこの話は止めよう。

俺なんか気持ちが悪くなるみたいだ。」


「そか。うん。わかった。そうだね。」


セージはあっさりと了承し、俺たちは無言でシブ谷の地下道を歩いた。


途中、以前”シブ谷の渦”を見た通路を通り過ぎた時、

今日アオ山墓地でジェフという世界を股にかけるギタリストと偶然再会した事を、

まるで遠い思い出のように思い返していた。

それはついさっきの事なのだ。

そして俺はついさっき、

セージと歩いていたおモテ参道の、

ハイエンドブランドの旗艦店ばかりが並ぶ坂道を下りながらした会話を思い出していた。


いや………

おかしい……。

体中から汗が噴き出す感触があった。

俺とセージは今日、おモテ参道を歩いてなんかはいない。

今日はジェフと別れて、

すぐに階段で地下に降りておモテ参道駅から地下鉄に乗った……。


なんだよ。

この知らない記憶は……。


いや、他にもいくつか知らない記憶が思い当たる。

ジェフとシブ谷駅前広場にいるような映像、

セージと外苑前辺りを歩いている時の会話ーーーーーー。


「アーク!」


俺の肩をセージが突き飛ばした。

と同時に、目の前すぐを荷物を満載にした大きな仕入れ用の荷台が通った。


「アーク、危ないよ。ボーっとして。なに、やっぱりかなり具合悪いの?」


セージがしゃがんで俺に視線の高さを合わせて訊いてくる。

俺は突き飛ばされて、しりもちを突いていたようだ。


「いや、ああ。ごめん。なんだろう。なんか……ちょっと変みたいだ……」


「さっき俺が言った事はそんなに気にしないで。

別にそれでどうなるでもないしさ。」


セージは地下道で座り込んでいる俺を通路の端に寄せて、

自販機でペットボトルの水を買ってきてくれた。


「いや、セージサンキュー。ごめん……いや、もう大丈夫だよ。」


「Squad shit your smoker.」


「え??なんだよ、急に。何言ってんの?」


「No new god.」


「セージ、なんだよ。神?なんで英語で喋ってるんだ?」


セージは冗談を言ってる感じでもない。

なんだ。これは。

いきなり叉市の言葉が脳内に強制再生された。


『そゆこと』


なに、どゆこと?


「おい。何言ってるんだよ。アーク。」


セージはかなり困惑した顔をしている。

こんなに困リ果てたセージは初めてと言うくらいの。

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