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俺はギタリストなんだが、なぜか満腹中枢が変になってるベーシストにメシを奢ったりする#1

時刻はちょうど13時だった。


G徳寺駅前周辺は、

ちょっと遅れてお昼休憩に入る商売人やビジネスマン達で、

少しだけ賑わいを見せている。

時間を持て余している俺は、花壇に腰掛けている。

中華熱烈!目高屋の盛況ぶりを見ながら、

以前その場所に在ったマックダナルドの姿を真剣に思い出していた。

俺が引っ越してきたあの時、G徳寺からマックが無くなるなんて…

ちょっとも考えられなかった。

しかし、実際に無くなってみるとどんなだったか全然思い出せなくなっちまうもんだ。


「フッ。諸行無常……か。」


「え?なんか言った?」


セージがスマホから一旦耳を離し、

隣に座ってる俺の言葉に反応して聞いてくる。


「あ、いやいやなんでもない。ごめん。どうぞ電話を続けて。」


セージがまたスマホを耳にあて叉市との通話に戻っていく。


「え…。あ、うん。今なんかアークが独り言みたいの言ってて。……え、うん。

うん。なんかショギョームジョーとかって。……うん。

あ、そうなんだ。……わかった。……うん。」


なんで独り言の内容までわざわざ伝えるんだよっ。

一人で浸ってただけなんだから恥ずかしいだろっ。ろっ!

数分後、話が終わったらしくセージが俺にスマホを返してきた。

…まだ繋がっているらしい。


「あ。もしもし?叉市?そんじゃ、これからぁ…………

セージとの”同時メシ同時消化ミッション”オッ始めますぜー!」


「え。お、おぉ。オッケー。

あとこないだ言った件だけど、You are so sweet!ってやつ。

あれちゃんとやってるか?」


「え。あ。……それを何回か言ってみるって言ってたやつだっけ?」


「何回かじゃないよ。何回も、だ。

色んなイントネーションで何回もって言ったろ。」


「あ、いやごめん。あのすぐ後何回かは言った。その後は忘れてた。」


「ん。忘れてた?なんで?」


「なんでって、、いや、うっかりって言うか。

頭に浮かばなかったって言うか。」


「そうじゃない。忘れたのは何でだ。」


「え?いや、金髪にした後ヘアスタイルのことばっかり考えてたからかなあ。

とかってそういう事?」


「そう、そんな感じ。あとは?なに、他にどんな事考えてた?」


「あ、うん。いやさ、

金髪にしてからここ一ヶ月くらいは、

結構どういう髪型にしたらキマるのかばっか考えてたからさ。

自分の顔と比べて元々金髪の人達の顔とかネットで調べたり…

あと、なんか結局日本人の顔のルーツとかについて調べたりもしたなぁ。」


「ふーん。そうか。じゃあまあいいか。」


「え。なに、そうなの?いいの?

いや叉市、それでさ金髪結構さまになるようになったっぽいよ。俺ぇ。

かなり周りから褒められるしさぁ。

こうぉ、自分で言うのもなんなんだけど?

かなり人にイケメンって言われる感じだよね。」


「あぁ。そりゃして良かったな。」


「うん!良かった!

っていうか、もはやあんまり黒髪だった頃の事が思い出せないんだよな。

不思議と。」


「それはそれですごいな。」


俺は、金髪にした事で何かがハッキリ変わったように感じていた。

叉市が戻ってくるのに近づいたような予感がしていた。

しかし、叉市の反応はすこぶる鈍い。


「おいおーい??せっかく金髪にしたんだぞぉ!ん?まぁたーいーちぃー?」


「いや、それはすごいよ。よくやった。

えらい。すばらしい。やばい。はんぱない。ただアレだ。」


「なんだよ。叉市えっらいテンション低いなぁ。」


「いや、俺は普通だ。お前のテンションがまず変だ。相対的に。」


「んなこたぁねーよぉ!なあセージィ?」


セージは聞いていないor無視している。

たぶん無視だ。ノーノー無視すんなよこらっメーーン!


「それはいいよ。いや、多分それでいいんだろうな。」


「なんだよなんだよぉ~!叉市~。素直じゃないなぁ。」


「金髪はすごいがまだやる事はあるってことだよ。

まだ途中だって事。

で、さっきのフレーズ今日使うからよく憶えててくれよ。そんじゃな。」


電話はスパっと切れた。

スパーン。


俺の電撃的運命的金髪イケメンぶりについて、

叉市こそもっとハッピーに喜ぶべきな気がする。

…が、素っ気なさ過ぎやしないか。

ん?俺のテンションが変とか言ってたか?

はん?

いやいや、ずっと俺はこんな感じだよ。

ヱヴヰシィンガナBEノーベルプライズだよ。な?ボブ?


「セージお待たせ、電話終わったよ。」


「うん。それで今日はこれからまずどこに行くって?」


彼はいつものようにのんきに質問を投げかけてくる。


「うむ!セージどん。ちょっと昼飯でも食べに行こうじゃあないか。んー?」


「ふーん。いいよ。どこ?K堂とか?」


「いや!今日はある特別な場所にぃ行くぅ!!」


「ふーん。」


俺がこんなにも含みのある面白げな言い方をしているというのに、

セージの反応もまた鈍い。

まったくこいつらと来たら…。

いや……しかしこれも想定内と言えるだろう。フフフ。

この名探偵には全てお見通しだ!

バッチャンの名にかけて!

真実は大体いつも一つ!

まるで動物園のオリの隅っこの方で適当に日向ぼっこをしているだけで、

観客へのサービスなど一切頭にないライオンのごときセージのテンションなんて、

俺は一切無視して、さらに話を盛り上げに行くぅぅぅっぅ!


「な、なんとっ、今日はこれからAKA坂に行くますーっ!!!」


「なに!AKA坂!あの高級なAKA坂に!?ざわざわ。」


このように突然こちらの調子に便乗してくるあたりも、

セージの人間性の謎な要素を透かし彫りにしている。

いや、透かし彫りかよっ。

とかこんなノリ突っ込みも、

調子に乗って声に出すといきなりスルー食らうかもしれない。

でもホント、なんで時々急に食いついてくるんだろうな。

ツボがなあ、いつもわっかんねえーぜよ。


「うーん……AKA坂かあ、大丈夫かなぁ。

俺今日はそんなに金持ってきてないんだよなあ。」


セージはデカい体を急にそわそわさせ始めた。

ってか、もう帰りたそうだ。おいおい。


「あのー、あーっと、それなら大丈夫、ダイジョブだ!

今日行くとこは俺がおごるから!」


「ぬぁっ!なんと?!おごりとな?!それわぁ、助かるわぁ。

いやぁ、あーくぅ、なんだか悪いねぇ?。」


おいセージ。軽く喋り方まで変わってるぞ。

悪いねと、言いつつも奢ってもらう気満々のギアにシフトしたセージ。

ゴチ=ギアセカンドといったところか。

ひとまず、今回の俺が組み立てたミッションは順調な滑り出しのようだ。


俺はこのSorrys!に加入してから結構な時間が経っているが、

何を隠そう、このセージという男と二人きりで行動したことはほぼ皆無なのだ。

スタジオリハーサルの途中、

二人とも喉渇いてて自販機まで偶然一緒に行った事くらいしかない。

哲平とはたまに楽器屋に一緒に行ったりとか、

スタジオに一緒に入って機材を試したりもしてた。

でも、セージと二人での行動はこれまでは全然無い。

だからこの前Snowのラップをやる時に、

ドラムを叩いてもらったのはちょっとしたキセキだ。

(アメブロ版、「俺ギタ普段の日々0.97の4」より。

リンク=http://ameblo.jp/ark0506/entry-12230393516.html)


セージはプライベートをメンバーと過ごす感じのヤツではないし、

あまり人懐っこくない。

大体いつもは自分ちでこっそり何かやっているようであり、

それを突っ込んで訊くとまたなぜか異様なほど内緒にしたがる。

かと思えば、謎の個人ブログをいつのまにか開設し、

無軌道に孤独のグルメ的プライベートを公開する意欲も魅せてくる。

そしてその孤独のグルメ写真がまた変にキラキラしているときた。

挙げれば切りがないくらいに掴み所がないキャラなのだ。


この特に謎が多い生物セージは、

Sorrys!関連の何かだと言って巧妙に屋外におびき出さない限り、

基本は遭遇する事も難しい。

仮に遭遇したとしても、すぐに

「家でスパイスからカレーを作らないとならないので」

とか、ホントかウソかこっちには永遠にわからない事を言って、

逃げてしまう習性なのだ。


俺はそんなセージはそんなセージで良いんでないかい?

とか思っていたのだが、少し前から叉市が


「アークとセージに二人で色々やってもらう事になるはずなんで、

今のうちにある程度お互いを知っておく行事を考え実行しといてくれ。」


とか言い出した。

ほぉほぉ。そうかい。


この俺にぃぃぃ、もしお互いを手っ取り早く知れって言うんなら、だ!

それはよぉ!

二人が向かい合ってよぉ!

同じバーナーでみっちみっちに焼いた同じジューシィこの上ない肉をよぉ!

共に喰ぅらう!!

これしかないっしょ~???

と、真っ先に思っちまうわけだ!

ヘーイメーン!!(鼻の下をごしごしする)


そこで、いつも働いたりまかない食べたりして過ごしている、

この俺のバイト先にこの謎生物を招待しメシろうと計画したのだったー。

はっはーっ!

そして、ミッションはそれだけではないのだが、

それは後で話すことにするぜ!

ここは焦らすとこだろぉ?ん~?


俺たちは小田Q線に乗ってAKA坂を目指した。

ちょうどいい具合に席が空いていたので、

俺たちは二人横並びで仲良さげに座ることができた。


「それにしてもどうしたの?急に飯をおごってくれるなんて。

俺の誕生日は今日じゃないしなぁ。」


「別になんてことないんだけどさ。

ほら、AKA坂にあるレストランで俺働いてるじゃん。

そこのアメリカンな料理うまいからさ。

俺も客で行ってオーダーしてちゃんと食べたいって思ってて、

だったらセージもどうかなあって思っただけ。」


「うぉぁ、バイト先ぃ?マジか。それは気まずいなぁ?」


セージはデカい図体して、大抵の事はとりあえず気まずがる。

自分のテリトリー以外では、殊に引っ込み思案な性格なのだ。

やはり、引っ込み思案で臆病でめんどくさがりで出不精で、

オタクでなければ謎の生物は勤まるまい。

しかし、気まずいと口では言うが態度はのんきであり、危機意識は薄い。


例えば俺はセージのブログをわりとチェックしているが、

それによるとかなり謎だが、

一人でわりと頻繁に近所で外食したりしているようなのだ。

つまり、こっちが変に気を使わなければ、

いつの間にか気まずいかどうか判断出来ない場所に立ち入ってしまい、

居心地がよくなっちまう可能性は高い。


沸いた湯に蛙を入れるとすぐに飛び出してしまうが、

水に入れてから水を熱していくと蛙はそのまま茹で上がってしまう…

というアイゼンハワーが考案したかもしれないあの作戦なのだ。


そう、勝敗を分けるのは俺が気にしないで自然に接する事だ。

獅子は自分の子さえも谷底に突き落とすと言う!!

キングオブキングス!!


「まぁまぁ。結構落ち着けるところだし、

割引もしてくれるはずだからさ。」


「でも、アークの知り合いだらけなんでしょ?アウェイだなぁ。」


おいセージィ!?そんな顔するなぁ!俺は敵じゃないぜ?!

仲間だぞ!カモーン!

俺は言いそうになった。

しかし、ノンノンノン。ここは自然に。


「まぁまぁ。そんなに硬くなんなくて全然大丈夫だよ。

みんないい人たちばっかりだから。」


「おっけー。じゃあ今日はアークに任せた。」


俺はセージから何かを任された。

何を任されたのかは理解できないが、ふふふ。

のんきに待っておれよぉ~…。

水はやがてお湯になり………そして中の蛙ちゃんは……。ふふふ。

いや、待て。目的はセージと親睦を深めるだよな。

あれ、蛙の例え、ちょっと変か。


その後も他愛もない会話が続き、俺たち一行は目的地に到着したのだった。


「おぉ…ここかぁ。

俺とは縁もゆかりもないところにマジで来てしまったな。

俺は場違いではないか?」


「セージそんなに気にしなくても大丈夫だって。みんな割と普通だから。」


第4話でも触れたが、

ゴッサムバークスビルディングは様々な有名企業やら飲食店が集う

港区AKA坂の複合商業施設だ。

当然、中はビカビカに綺麗だ。

デザインは基本ミニマルではあるものの、

随所に凝ったレリーフがあったり見栄えよく出来てる。

我が職場環境ながら日本でもトップクラスの商業ビルであり、

そう言われて考えれば確かに自慢のできる場所であると言える。


ビルディング内を歩いてる間もセージは首を左右上下にグリグリと動かし、

あたりをジロジロと観察していた。


それは、ついさっき田舎から出てきた観光客もしない程の首の動かしようで、

興味と警戒と驚きと心細さとが、

スト2の主題歌以来の衝撃度でコンボした結果のようだった。

初めてだとこういうのしょうがないんだったっけかな。

いや、そうじゃないはずだろうがなぁ。

そこまで広角な視覚情報を必要とするとは、

もしやストリートビューでも作る気か?


レストランに到着すると、たまたま店長がホールにいて対応してくれた。


「おーっ。どうした?珍しいじゃん突然食べにくるなんて。」


「あ。一応こないだ出勤した時、

今度一人連れて来るかもってタクに言っといたンですけど、

伝わってなかったですか?」


「あ。そうだったの?いや、それ俺は聞いてなかったな。

でもちょうど良いや。今日結構暇だし。

適当に好きなところ座ってよ。ゆっくりしていきー。」


そう言うと店長は厨房の方へ姿を消した。


「今のが店長さんなの?すごく爽やかな人だね。

うむ、俺の身近にはいないタイプの人だ。」


「そう?確かに爽やかっちゃそうだね。じゃあの辺座ろっか。」


セージは明らかに気負いしている様子だったが、

俺は気にしないようにして席に着いた。

空いていてくれて良かったぜ。


席に着いてちょっとすると、

ホールスタッフのユイサが御冷とおしぼりを持ってきた。


「おー?タカさーん、何しにきたのー?」


バイト先では俺はタカさんと呼ばれる事が多い。


「何しにってオイっ、飯食べにきたんだよっ。前にちょっと言っといたじゃん。」


「へー!珍しいじゃないっすかー。そちらのお連れ様は?」


「うちのメンバーのセージだよ。ベース担当のね。」


「あ、ども。」


セージは俺の言葉に合わせてぎこちなく会釈をした。

うっわー、見え見えにすっげえ警戒してる。声、低ぅ。


「あ、よろしくお願いしますー。私ユイサって言います。

タカさんにはいつもお世話になってます。」


「まあねー、俺実際すっげえ世話してるからね。

おはようからおやすみまで。」


「いやいやいや、タカさんそこまでないっしょ!

これ社交辞令だから。おはようからおやすみまでって。

なーんかエロいなぁ。」


「エロくないよっ全然!変な事いうもんじゃねえっぺよぉ?」


「ま、いっか。それで、タカさん今日何いくの?もしかして、あれっすか?」


「もちろん!あれを二つでよろしく!」


「え?一人一ついっちゃう感じ?」


「おうよ。これはいくしかないっしょ!あれ二つと山盛りポテト一つ。」


「えぇ、マジにマジで?はー、、ん。オッケーっ。飲み物はどうします?」


「うーんと・・・、セージ何がいい?」


俺たちの軽快なトークを警戒し、

硬くなりながら傍で聞いていたセージは、

なぜか一旦なんでも良さそうなそぶりをしてみせた後、

はっきりとコーラを指定してきた。俺も同じものにした。


「はーい。それじゃちょっとお待ちくださいー。」


彼女は適当にメニューを取ると、足早に厨房へオーダーを通しに行った。


「アーク、あの人とやっぱりかなり仲良いの?」


セージが少し顔を寄せて訊いてきた。


「え。普通にお互いホールスタッフだし週に一回くらいはシフト被るからさ。

仲良いって言うかバイト仲間なだけで。」


「ほー。。。ふーん。そういう関係かぁ。」


「そういう?ん。いや、普通のバイト仲間だからね?」


何を納得したのかわからない。

でも、大して変な想像を働かせているってワケでもなさそうだし、

誤解されているとしても理解されているとしても、

どちらにしろ知ることは不可能。


セージ、お前ブラックボックス過ぎるぜ?


「で、”あれ”ってなに?」


「なぁーに。来てからのお楽しみだよっ。」


「お楽しみ…。まさか激辛料理とかじゃないだろうね?

俺はすぐお腹壊れるから勘弁してくれよ。」


「いや。そんなメニューないから。うちは。」


「なぬ。AKA坂って言うくらいだから激辛メニューかと思ったぜ。」


AKA坂と激辛料理になんの因果があるのか俺には全くわからなかったが、

まあ語感の所為とかなんだろう。

いやーブラックボックスだなー。


料理が来るまで、最近の話題だったり、

叉市つくるが今どこで何をしてるかをゲーム感覚で予想したりしていた。


しばらくするとお待ちかねの料理がやってきた。

ふふふふ。

あの料理がきたのだ。


そう、それは……超巨大な肉の塊740gステーキだ!


この分厚い肉肉しいだけの料理を平らげ、

セージには勇猛果敢、アゲアゲ果敢、アグレッシブ絢爛になってほしい!

という俺の願いが油と一緒にじっとりとこもっている!

そこにフライドポテトやフライドガーリックまで付いて来るのだから、

これはもう胃もたれがどうのこうの言う前に、

ライオンのようにかぶりついて野獣になるべきなのだ!ハイファイヴ!


そんな期待を込めた料理…。

うるさいくらいジュージュー言ってどうやって切るのかも分からないような、

世にも分厚い肉塊を目の前に出されたセージのその反応を、

俺はわくわくして注視した。


ぷぷっ。セージのヤツおっどろっくぞぉー…!


……。


……。


「お。あら、でかいなぁ。」


そう言ってセージはナイフとフォークを手に取った。


っつ、普通かよ!

のんきくんか!

もっとあるだろ!

イヤでもリアクション来ない?来るでしょ?

こーんなに分厚いんだよ?

こーんなにジューシィなんだよ?


「いやーこんなすごい料理を奢ってもらってなんか悪いなー。いただきますー。」


なんで棒読みなんだよ。


「お、おぅ。うん。ね。すごい料理でしょ。あの……それじゃ俺も食べようかな……。」


結局、出てきた料理に対するリアクションは”あら、でかいなぁ”の一言に終わった。

いや、そうだ。俺はそんな事わかっていた。

そもそもセージは人工的なサプライズなんかは、

溺れた時に掴むワラくらいのレベルでしか欲しくないヤツだ…

と言うのは俺にも分かっていたんだ。


とは言えさ、そんなニヒルなアイツでもね?

もしこんなに分厚いアツアツステーキが急に運ばれてきたなら

さすがにどうだろうと思ってね?

ちょっとした遊び心で試してみただけなんだ。ね?


そう。

試してみた。

試してみただけ、それだけ。

そうだろ。麻生田川貴士。

悲しくなんか全然ない。

ないYO!エビバデセイHO!


セージはいつもの…例えば、

玉子焼きを食べる時と同じコンスタントな速度で肉塊をもぐもぐ完食した。

その後アップルパイまで食べようとしているようで、真剣にメニューを見ている。

勧めればまだまだ食えそうなくらいの淡々っぷりだ。


普段セージに「いっつも一人暮らしで何食べてるの?」

とか質問すると、大体「そうめん」としか答えは返ってきやしない。

そっから逆算するとそうめん何束茹でて食べてやがんだこいつは。

40束ですかぁ?


それともあれか、

警戒が解けず満腹中枢が麻痺して、腹いっぱいな事に気がついていないとかか?


俺の方はと言えば、そもそも大食いっぷりには定評がある。

だから俺は自信満々でこれを頼んだ。

このメニューはこのレストランの並居る外国人の客でも、

よほどの大食漢のみが食べるメニューだ。

厨房でもこのオーダーが入ると、

焼き方に特別なコツがいる事もあり気合が入る。

そんなスペシャルな位置付けのメニューなのだ。


俺は食べきれる自信はあったが、

それでもまだステーキは半分くらい残っており攻略の途中だった。

俺はむしろセージがステーキを残してしまうのも計算に入れていたくらいだったが…。

セージのデカい体つきからしたらこの速度、この量程度は当たり前なのか?


いや、んなわきゃない……。

にしても、なんてケロっとした顔をしてるんだ。

もう少し、ああ満腹だわぁ、って表情とかしないもんなのか。

昼に待ち合わせた時と同じ表情のままじゃねえかよ。

俺はさっき言ったとおり、今日はセージと同じもんを食べようと心に決めていた。


おんなじものを同時に胃袋に入れそして同じ体験をしながら同時に消化する!

それによって二人が体内と体の外両方から挟み撃ちでシンクロして行くこの計画!

それを俺はけっして台無しには出来ない。


そうだ。


俺はセージを舐めていた。

この謎の生物の捕食生態に詳しくもないのに、

簡単に手を出しちまった俺の側の落ち度だ。

仕組みは不明だが、こいつは普通の量のメニュー食っても今と同じ表情に違いない。


セージは山盛りポテトをつまみながら、俺が食べ終わるのを待っている。

デザートメニューをさりげなく目の前で開いていた。

多分だが、セージはご飯とデザートを食うと決めているんだろう。

それの量がどれくらいであろうと、そう決まっている。

どういう仕組みかわからんがそんな感じだ。


くっ。俺の満腹中枢は断然正常なんだぞ!?


俺がステーキをなんとか完食すると、

セージはやっぱり一旦どうでも良さそうな素振りをした後、

デザートにアップルパイを食べたいと表明した。

そしてつまり、俺もアップルパイを詰め込む羽目になった。


いつもなら大好物のアップルパイを、苦痛に変えてしまうとは…

このセージと言う男…。いや、謎生物……。


「ごちそーさまー。」


さすがにもう何も食えねえ無理だ……。

もう食べ物なんか見たくもない。


セージはと言うと、アップルパイを食べている時はいつもの表情だったのに、

食べ終わった瞬間にかなり胃袋マックスという満足げな表情に切り替わった。


うむ。

多分、主食とデザート両方食べ終わると、

量や味とは無関係にあの表情になる事になっているのだろう。

ま、どういう仕組みかはわからんが。


俺は少しの間動けず、満腹な腹を押さえつつしばらく天井を見てボーっとしていた。

セージも一応、同じような態度を取っていた。

でもそれは満腹過ぎるとかではなく、ただ俺の真似をしているだけかも知れない。

マジでブラックボックスだ。

俺たちは結構長い間、多分数十分くらいそうしていたが、

俺はトイレに行く為に席を立った。


トイレに向かう途中のテーブルで、まだ真昼間だというのに、

何やら酔っ払ってる黒いパーカーの男がユイサに絡んでいた。

彼女はそこまで困っている感じでもないが、話が少し長引いていた。

他の接客との兼ね合いもあり、切り上げ時を模索しているって感じだった。


日本人のような容姿の男だが、筋肉質で体が大きく、英語で喋っているようだ。

そのテーブルには最初、

確かそのパーカーの男も含めて男女4~5人の旅行中と思しい外国人達が座っていた。

数十分前に彼らは名残惜しそうにパーカー男とハグをしたり、

握手をしたりして、男だけをテーブルに残して旅行用トランクを携えて出て行っていた。

事情はよく知らないが、まあ要は友達が帰ってしまってさびしいんだろうな。


トイレから席に戻る時もまだ絡まれていたので、

様子を見にちょっと近くを通った。

体格はあるが顔つきは穏やかで、ノリのいい感じだった。

喋っている内容もやはりクレームとかではなく、

結構酔っているが世間話のような感じだ。


ユイサが俺に気がつき、対応お願いというような感じのジェスチャーをした。

俺はユイサにちょっと目配せをしてさっと会話に入って行った。

パーカーの男に軽く微笑み、注意を引く。


"heeeeey hello."


(おいーっす。)


"Oh, hi."


(あ。おっす。)


"I'm Takashi. I'm a worker here,

but this time I'm having lunch with my friend…

Are you having fun?"


(俺は貴士って言うここのスタッフだよ。

今日ちょっと友達とランチしてるとこでさ。

どんな感じ?楽しんでる?)


"yeah sure! Takashi, I'm Doug from Mauui."


(もちろん。いい感じよ。オレはマウヰから来たダグってんだ。)


"Good to see you Doug.

I've been to Mauui when I was just a little kid and it was so fun."


(会えて嬉しいぜ。ダグ、

俺もガキん時にマウヰには行ったけどチョー楽しかったな。)


"Oh you've been to Mauui?"


(マジか、マウヰ来た事あんのか!)


"Yeah yeah, Are Your friends from Mauui, too?"


(そうなんだよ。良いとこだよな。さっきの友達もみんなマウヰから?)


"Yeah, but they had to leave early.

I'm a third generation Japanese-American,

so I'm going to stay one more day to see my relatives. "


(そ、でもあいつらだけ先に帰った。

俺は日系三世のアメリカ人ってやつでさ、

だからこっちの親戚に会う為にもう一日日本にいるんだ。)


"U-huh, that's good."


(ほぇー。いいじゃんいいじゃん。)


"I come to Tokyo once a year or two,

but this time I'm gonna see some relatives I've never met,

so just getting a little nervous.. haha."


(東京にはさ、最低二年に一回は来てる。

たださ、今回は生まれて初めて日本の親戚と会おうと思ってて、

実はかーなーりきんちょーしてんだよな。苦笑)


"umm...but it's okay Doug,

they should be waiting to see you. No worries, Doug."


(そっか、、でもさきっと大丈夫だって!

親戚の人たちもダグと会うの楽しみにしててくれてるって。

な。心配すんなよダグ。)


"Oh You are so sweet! I hope so, too. Takashi, Do you surf?"


(っつ、優しいなあ。お前。うん。そうだったら嬉しいよな。

なあ、貴士はサーフィンとかするのか?)


"No Sorry I've never surfed...I'd like to, though.

I play the guitar, oh, Is Jack Johnsan from Hawaii?

I like his songs."


(俺サーフィンはした事ないなぁ…。そうだな…。

だけど俺ギターやってんだよ。

ジャックジョンサンってハワイのミュージシャンいるじゃん。

彼の曲とか好きだよ。)


"Wow Jack Johnsan!

Yeah he is from Hawaii, and my favorite, you know."


(おーおー。あれこそハワイだよな!俺もマジ好き。やばいよな。)


"Yeah he IS a great artist!"


(うん。彼の曲はすげえよな。)


"haha, let me listen to your music some day."


(うんうん。なあ、今度貴士の曲もそのうち聴かせてくれよ。)


"Cool, Alright. Hope you have a good time, Doug."


(おーもちろん!じゃ、引き続き楽しんでな。ダグ。)


"Thanks! Good to see you."


(サンキューな、会えてよかったよ。)


去り際にフィストバンプのグーを出そうとすると、

ダグはこちらの手を制止して急に立ち上がって、

パーカーの前のジッパーを勢い良く下ろした。

中に着ている黒いTシャツの胸のロゴが目に入った。

赤くカタカナでデカデカと”エロサーファー”と書かれていた。

俺はそれを見せられて大爆笑してしまった。


"Wow what is that?!"


(おーい!!なんだそれ反則だぞ!!!)


"Haha I made this for my surf team!"


(へへーん!これが俺のサーフチームTシャツよ!!)


"You serious???? SOOO F&¥KING COOL!!"


(正気の沙汰じゃねえな!!ヤっバイ出来だ!)


"YEAH F&¥KING COOOL, right?! Wow I'm SO glad, let me..."


(そう、わかる?やば過ぎるだろう!?

いや、マジ嬉しいわ!!それじゃさ………。)


ダグはパーカーを荒々しく脱いで、ついでにTシャツまで脱いだ。

おいおい!!何する気だよ!!ちょっと!!

筋肉質な体つきがあらわになる。

そして、今脱いだホカホカのTシャツを俺に渡してくれた。


“This is yours, Takashi."


(これはお前にやるよ。貴士。)


"YOU SERIOUS!?Thanks but..."


(えー。マジか!?嬉しいけど、さすがにもらえないよ)


"No I like you like this! Just take this s¥&t!"


(いや、俺はこれを気に入ってくれたそんなお前が好きだ。

何も言わずこのクソッタレTをもらってくれや。)


俺は色々びっくりしすぎて上半身裸になっている目の前の男と、

店内の客観的な状況があまり把握できなかったが、

それは何かすごい画になっていたはずだ。

何度か断ったが、半裸のままのダグが引かない為、

結局Tシャツはもらう事になった。

また日本に来た時に会う約束をして、連絡先を交換した。


"See you soon!"


(それじゃあまたな!)


"Yap!"


(おうよ!)


ダグは裸の上に直接パーカーを着た。

フィストバンプをして、

セージのいるテーブルに”エロサーファー”Tシャツを持って戻った。

周りの客はそのやり取りを見てざわついていたが、

セージは腹を押さえて天井を向いたポーズのまま固まっていたので、

ダグのテーブルは見ていなかったらしい。


ダグはその後すぐに会計をして、レジ横からこっちに手を振って店を出て行った。

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