一話 No,06
ほとんど何も見えないような、そんな暗闇の中。チカチカと寿命が短くなった電灯が、一秒一秒コマを遅れて進めるように、目の前に転がった男の姿を映し出していた。
息を荒くして少年の足下にはいつくばる男は、スーツ姿をしていた。男は自分の横腹付近を震える手で力一杯押さえており、そこからは塞き止める事のできなかった大量の血が溢れ出ていた。口から顎にわたって伸びた赤色の図太いラインは、男自身が吐血したものである。
「流石は“監視者”ってところか。最後の最後まで口が堅いようだな」
少年は氷を思わせる冷たい眼差しで男を見下ろすと、平然とした様子で屈み、男の血が付着したままの手を男の襟元に伸ばした。そして、男の頭を自分の方へと引き寄せ表情を歪めて男を見た。
その時、男の目に映った少年の表情からは、先程の冷血さは感じられなかった。男が戸惑っていると、少年は口を再び開いた。
「お願いです。奴の……あいつの居場所を教えて下さい。僕は仇を討ちたいだけなんです。そうすれば、あなただって殺さずに済む」
少年は、先程とは違う、縋るような声で敬語を使った。
互いの吐息が、顔に静かにかかる。そんな距離。スーツの男は、腹の痛みに顔をしかめながらも、半開きになった両目で少年を睨み付け、薄く笑うと口角を上げ声を絞り出した。
「誰が……教えるか。世界の変革なんざ、我々の主はなんの興味も――」
「残念です」
また一人。
遠くに響くクラクションの音。青信号に変わった、交差点の音楽。
行き交う人々に一つの命が途絶えた悲鳴が届く事はなく。
左右の建物に囲われた夜空は、町の様々な光によってぼんやりと明るく染まっていた。電線で黒い線を引かれた空に浮かぶ、行き場の無くした月のように、少年は血をふき取ったハンカチをポケットにしまうと路地裏から出、大通りの人混みへと消えていった。
〔 序章 完 〕
*次回から、第一話に入ります。