一話 No,04
今日も短めです。というか,進歩がないです;
親子揃ってこのアパートに住んでいる家族は少なく、ほとんどは大学などに通うため一人暮らしをしている若者達だ。そんな学生がこのアパートに住まう理由はやはりその家賃の安さにあった。何故安いのか。それは、玄関側すぐに行き交っている電車の通過時の騒音や揺れ。そういったものだ。
彼の住まいはアパートの三階に位置しており、そこまではアパートの外部に突き出た階段を上って移動する。階段は、玄関側、ベランダ側を行ったり来たりしてる内に上るような造りになっており、一つ階を登るのには二度階段を登る計算になる。
彼は自室の前に立つと、持っていたスクールバックの外ポケットから錆びた鉄の鍵を取り出し、取っ手のくぼみに差し入れ半回転させた。ガチャッという聞き慣れた音をたてると、彼は肌色をした鉄製のドアを押し自室に入って行った。と、その時。
「……ん?」
ふいに、スクールバックの中からブブブ、ブブブと、マナーモードにしたままであった携帯電話が震えている事に気が付いた。しかし、どうせメールだしすぐに鳴り止むだろうと思い、彼は携帯電話を取り出さずに玄関にスクールバックを投げるように放り投げると腰を下ろし、窮屈な紐靴を慣れた手つきで脱いだ。
が、携帯電話の振動は今だに止まない。
――通話かいっ!
瞬時にそう判断すると、彼は軽く慌ててバッグから携帯電話を取り出した。何度も落として傷まみれにしてしまったいかにも男子らしい携帯電話である。携帯電話を空け、その発信者を確認。すると、そこには見慣れたある人物の名前が記されていた。
通話のボタンを押すと、彼はため息混じりの声で「……もしもーし」と言った。すると、
『海飛ーっ! おまえまだ帰って来ねーのかよ! 今どこほっつき歩いてんだこの野郎!』
「っさいな俺を中耳炎で殺す気かっ! 今帰ったとこだよ!」
体育の教師が運動場で遠くの生徒に向かって吐く大声を連想させる通話の相手は、さもかし彼の自室にいるような口ぶりである。しかし、その通話の相手は彼の自室には居ない。正体は、同じアパートに住む隣人様であり、既に声変わりを済ました大学生様である。
彼――海飛と呼ばれた彼は携帯電話を顎と肩で挟むと、苛ついた表情をしながらスクールバッグを持ち上げ自室のソファーへと向かい、そこに再び投げた。
『遅いんだよオメエは。こっちは海飛が腹減ってるだろうと思って晩飯の準備してやってるってのに』
「うわ珍し。アンタ料理とか出来たんだ」
『なめんじゃねーよ。カップラーメンとチャーハンなら任せろってんだ』
「それ、湯う入れるか、炒めるしか出来ないじゃん」
『そんだけ出来れば人間生きて行けるっての』
ハハハと同時に二人笑い声をあげると、海飛は断りもせずに通話を切り、十畳ほどの長方形型をした縦長の部屋一室だけの自室にポツンと置かれた、小さな冷蔵庫を開けた。彼の身長の半分程度の大きさがない冷蔵庫は冷蔵庫と冷凍庫の二段になっている一般的なものだ。下の冷蔵庫の中には、何日か前にコンビニで買った二リットルのコーラが入っており、それを取り出すと海飛はそれを口にくわえ片手でラッパ飲みをした。ゴクッ、ゴクッと、勢いよく音をたてながら喉に泡のはじける爽快な冷たさが通りすぎる。真夏なので、帰宅時には何かを飲まなければやっていられないのが現状である。
喉を十分に潤わせると、彼は大きく息を吐き出し、蒸し暑い自室を見渡した。ここに一人暮らしをしている海飛はこの春高校に進学したばかりの学生である。親は海外で働いており、結構儲かる仕事をしているのにかかわらず月に一度の仕送りは家賃と最低限の生活費のみ。おかげて、彼の部屋は一見整理整頓のゆきとどいた綺麗な部屋に見えるが、実際の所物資が乏しいだけなのである。小さなプラスチック製の服入れ棚に、同じくちんまりとした冷蔵庫。そして、ステンレス台の大きめのベット。部屋の中央に無雑作に置かれている折りたたみ式のパソコン。あとは、百円均一ショップなどで買ったインテリア。そんなものしか海飛の部屋には置かれていない。大体は黒を貴重としている部屋の壁には、彼の好んでいるバンドのポスターなどが貼られている。
水道やコンロなどといったダイニングルームはなく、リビングと同化しており、バスルームは三畳ほどだが一応設備されている。
一息つくと、彼は飲みかけのコーラを片手に自室を出、鍵を掛けることなく一階上の四階に位置する先程の電話の相手の部屋に向かった。
○*.〜○*.〜○
「チョリーッス」
「お、来たか海飛。あがれよ」
「もうあがってる。うは、クーラーガンガンじゃん涼しー」
「ハハ。お前より一時間ぐらい前に俺帰って来たもん。今日はバイトないんだー」
ご近所様である男の部屋は、海飛と同じ造りのはずなのにどうにも圧迫感があった。理由としては、男の部屋の壁際に並べられた、漫画がつめられてギュウギュウになっている棚のせいなのであろう。フローリングの上には真っ赤なジュータンが引かれており、床一面には雑誌などが散りばめられている。中央には低い炬燵布団のかけられていない正方形の机が置かれており、その上にはかろうじて何も置かれては居ない。
海飛はコーラをぐびぐびと飲み続けながら、通行に邪魔な雑誌を足で払いのけながら炬燵机のそばに腰を下ろした。そして、先程の自分の部屋と違い、とても快適な涼しさの男の部屋にうっとりとした。
キッチンに立つ男の背を見ると、彼は電子レンジで何かを温め直しているのか片足で貧乏揺すりをしていた。