一話 No,03
IF 変えられない未来があるとしたなら
IF 変えられない君がいるとしたなら
手を伸ばして 血を拭って 壊れても追うよ
愛している 愛してくれた日々を
君に捧げる 歌を 歌うよ
紡いでいくよ 永久届けと 歌を
本日何曲目だろうか。ちょうどこのウォークマンに入れてあったアーティストのアルバムの一曲が終わろうとしていた。
数分前に歩いていた街道とはうって変わり、今彼が足を進めているのは何か素朴な雰囲気を漂わせている住宅街の細道である。石を切り抜いたブロックを積み上げた塀が彼の歩く道の両側に建っていて、各家庭では夕食タイムなのであろう、にぎやかな笑い声が時折聞こえていた。そんな小さな笑い声が聞こえたのは、ちょうどウォークマンの充電が切れてしまったのが原因らしい。何故、と記憶をさかのぼると、一週間前に充電をして以来一度も充電していない事に気が付いた。「ああね」と相づちを打つと、彼はしぶしぶ耳から白いイヤホンを抜き取り、そこから本体へと伸びるコードを鬱陶しく思いながらも丁寧にそれを本体に巻き付け、担いでいたスクールバックの外側ポケットに収納した。
スクールバックは濃い青色で、角はすり減り既にオンボロ。彼の通う高校の友達に落書きされた痕跡も残っていた。だがそんなバッグを買い換える金すらも彼にはなく、毎日の食事以外に物を買うのは滅多になかった。
人工的に染めた灰色の短髪を掻きむしった。先程ケータイで見た記憶によると、現在の時刻は午後六時頃だったはずだ。夕食時が早い家もあるものだな、と思いながら視線を笑い声のする家に向け、すぐ後にはそのまま帰路に視線を戻した。
真夏であった八月に比べるとだいぶ日照時間は短くなっており、六時現在の今は少し薄暗い。だが、体感温度は未だに下がった感じはしない。
ふいに、頭の上を何かが横切った気がし、彼は少し黒みがかってきた空を見上げた。そして、見上げてすぐに気付いた。彼の頭上を通過したのは一羽の小鳥だ。彼の視線の先には弧を描きながら飛ぶ小鳥がいた。
夕暮れ時の薄暗さのせいで、なんという名の鳥なのかは分からず、小鳥の黒い影だけが確認できた。寝床へ帰る途中なのだとうかと、そんな呑気な事を考えながらぼんやりと遠ざかっていく鳥を目線だけでしばらく追っていたが、そんな自分に何をしているんだと一人ツッコミを入れる。そして、無意識の内に止まっていた足を前に出した。腹が減っては戦が出来ぬ。という言葉が何故か頭に浮上していた。
西の空は紅いままだったが、その明るさを浸食するように東の空からは夜の暗闇が迫ってきている。ちょうど夜と夕方との境目のようだ。あまりの空腹に若干涙目になりながら、足を急がせ彼は自宅であるアパートへと駆けていった。
しばらく先程の道をまっすぐ進み、数十メートル先には河川を確認できるぐらいの十字路を、車が来ないか一瞬注意を払った後に左の道に曲がる。そして、その十字路の傍らに立っている民家の屋根の上にある錆びた鉄製のアンテナは、台風の影響か斜めに倒れてた。彼自身が友達をアパートに呼ぶ際には、いつもこのアンテナを目印にしている。
その十字路を曲がった先に、彼の住むアパートが位置していた。
鉄筋造りで、耐震強度は不明。壁の表面はブツブツとした白い塗料で塗られており、ところどころ剥がれ落ちている。元は白かったのだろうが、今では剥げかかったベージュといったところであろうか。屋根は同じく剥げた赤茶色をした鉄板で、太陽に長年さらされていたせいか、パキパキとひび割れたそれが各部屋のベランダ付近に落ち溜まっている。ひっくるめると、ぼろいのだ。
四階建てであるこのアパートは外見通り古く、五十年程前に造られたものなのだそうだ。また、河川とは平行になるように建っており、玄関側には電車が。一畳程のベランダ側には河川の風景が広がっていた。室数は一階につき五室という計算で二十室である。