一話 No,02
ふいに、電気器具屋の店内に視線を奪われた。薄いガラス一枚の先に広がる狭い店内には、最新の薄型テレビが大小様々に並べられていた。値段はとてもではないが彼が購入できるような数字を示してはいないが、彼が興味を持ったのは商品のテレビではなく、その画面に映し出されているニュース特報なのであった。
『――――えー、次のニュースです。先日、×××に住む、四十代の女性が自宅付近で死亡していたのを近隣住民が発見しました。
女性の身体には無数の切り傷があり、その傷の形から女性は――に襲われた可能性があります。
現場の×××地区では、数日前新たな“異世”の出入り口が発見されたばかりで、犯行を犯したであろう――は、その出入り口から侵入したのではないかと思われます。
なお、まだ――は確保されていないので、現場付近の住民の方は充分注意をして下さい。
えー、続いては――――』
綺麗に整えられた黒髪のショートヘヤーの女性――ニュースアナウンサーが、淡々と昨日今日に起こった事件を言葉にして並べていく。トントン拍子で次々と述べられていくニュースだが、冷静に考えるととんでもない事件ばかりだ。ウォークマンを身に付けている彼でも、画面下に表示されているニュースの内容を表したテロップと、流れる映像を見ることで、ニュースの内容は理解できた。
殺人レベルの凶悪なニュースでも詳しい事を説明してはいなかった。
警察庁の調べでは、ここ数十年の内に殺傷事件の起こる率が急激に増加している事が判明しており、あまりにもその件数が多いためそれぞれの事件の詳細を述べる時間が、各番組にはないのだ。限られた時間内で番組を完成させなければいけないのだから仕方がない事だ。
そして、ニュース番組の中には放送する事件そのものをすり減らし、その分事件の詳細を述べているものもある。
殺傷事件が一日に報道される件数は、今では平均して四十件程度である。しかし、その数はあくまで国内での数値なのだ。この大陸、いや、この星での一日の死者は何人になるのだろうか。そんな知識は持っては居ないが、そんな事に思考を巡らさせているうちに、彼はある本屋での立ち読みした本を思い出した。
数を数えよう。数を数えよう。
一、二、三、四。
さあ数えたかい? 今、この瞬間。この星で十人もの人間が死亡したんだよ。
そんな文章が、並べられた本だ。
殺傷事件が増加しはじめたのは数十年――五十年程前の事だ。そして、何故五十年前から殺傷事件が増加し始めたかの理由は既に調べられていた。理由としては、その“五十年前以前にはなかったものが世の中に広まった事”だ。それは、小学校低学年の子供達が学ぶような常識の知識なのである。
「――…………」
ふいに、幼い自分が脳裏に映った。
背は今の半分以下。髪は黒い。目は大きい。
あどけない表情をした幼い自分――少年が指をくわえてすがりついている、深緑色のコートの裾は小さい少年の隣にいる男が羽織っているものだ。「もう、人々が殺人に対して心を痛めなくなる日は近いのかもしれない」と、その誰かが言っていた。
今では、その誰かがどんな顔をしていたのかすらも思い出せない。ただ、その時の表情が悲しそうだったような気がする。この小さな身に向けられていた誰かの瞳は少年を捉えて離さず、その眉尻は下がっており口角は上がり、切ない笑顔を残していた。
現実に視界が戻り、潤んだ目をこすった。どうやら目に虫が入り込んだらしい。未だに瞼の下側で生きている小さな虫がうごめいているのを感じた。こうなると本当に気持ちが悪いのはほとんどの人が経験済みだろう。同時に、独特の痛みが目裏にはしった。
実際、ニュースで放送されている事など一瞬興味を湧かせてくれるだけで、数分後には記憶からデリートされる。どんな残忍な事件であろうと、映画を見るような感覚なのだ。その時には小さな感激や痛感を伴うものの、すぐに頭のメモリーからは消え去る。一時的な哀れみなど、テレビ画面に映し出されている被害者の遺族も求めないだろう。
〔続く〕