プロローグ
紅が、自分のものとは思えない。
忘れない。忘れはしない。
暗闇に沈んだ町。
滴り落ちた雫。
凍てついた道。
鼻を刺す鉄臭さ。
はしる痛み。
この身体から流れ出した血の上に立つお前。
分厚い雪雲の浮かぶ、虚空はとても低いところにあった。
この虚ろな瞳に映っていたのは、お前の背中。こんなに近くに居たのに、手を伸ばしても、届かない。
あの日、初めてお前の笑顔を見た。今となっては、それが本物の表情だったのかは分からない。
あの日、初めてお前の泣き顔を見た。今は、それが本物の表情だったのがよく分かる。
身体のどこか深いところから、何かが崩れる音がした。
ずっと積み上げてきた、形のない、しかしきちんとそこにあったモノ。
価値はないけれど、大切だった。知識と呼ぶべきか、経験と呼ぶべきか。
一体何が、過ちだったのだろうか?
お前は今。どこに在る?
お前の心は今。どこに在る?
恨みはない。恨みはない。恨みはない。
何もない。何もない。何も残ってはいない。
――俺が求めていたのは、お前だよ。
――俺がいつも見ていたのは、お前だよ。
――俺がずっと引かれていたのは、お前だよ。
たくさん殺したね。
崩れ逝く。短い悲鳴を上げて。
崩れ逝く。血を吹き出して。
思い出せば思い出すほど苦しくなる思い出に、蓋をした。
――……復讐を。
お前はそれを、望んだんだな。