再会
「デスラン、愛しているわそよ。」
「…だったら。だったら、どうして!どうしてこんな事を!」
「…愛しているからこそ、わそよ。デスラン。」
「…意味が、分からねえよ…。」
「…さよならわそ。デスラン。」
ータァンッ!
微かな火薬の香り。
…雨が、降り止んだ。
〜
空が、綺麗だ。つまり、平穏そのもの。
ワインレッドのカーテンをそっと開き、
少年 デスランは暖かな朝の日差しを体で受け止める。
一つ大きな欠伸を零し、気怠そうな表情を浮かべて見せた。
彼にとって、春の木漏れ日はいささか穏やかすぎたのだ。
(…また、退屈な朝が来た。)
デスランは、スリルに飢えていた。
高校に進学して今日で約1ヶ月。
その間、彼を満足させるだけの出来事は1つとして起きていない。
気の合う友もできた。学業に関しても、まあそれなりにやっていける自信はある。
それなのに、彼の心はあまりにも空っぽだった。
何が不満なのか?何故退屈なのか?
自分自身でも分かっていないのだ。
ただ漠然と「つまらない」と感じる日常を「面白く」変化させ得るスパイス。
デスラン自身、その正体の影すら掴めていなかった。
「…ちょっと寝過ぎちまったかな。」
パジャマを雑に脱ぎ捨て、傍らの制服を拾い上げる。
〜
起床から、概ね30分は過ぎただろうか。
最低限の荷物をカバンに詰め込み、デスランは慌てた素振りで自宅を後にした。
自転車で学校に急ぐ彼の背中を、ふわりと日差しが包み込む。
閑静な住宅街に、デスランの荒い呼吸と回転するタイヤの音だけが響いた。
「いい子わそよ、おーちゃん。」
汗だくのデスランの耳に、何処からともなく飛び込む優しげな声。
「…美味しいわそか?良かったわそ!」
ーこの声、どこかで。
急ブレーキをかけ、声の主を視線で探る。
(…あの子、か?)
道の片隅にしゃがみ込む、長髪の少女。
傍らには『おとなしちゃん用』と記された缶詰がポツリと置かれていた。
「お代わりもあるわそよ…わそ?」
デスランの存在に気付いたのか、少女が怪訝な顔で振り向く。
「…!」
その瞬間、デスランは全てを思い出した。
〜
あれは、今から2年前。デスランが中学2年生だった時の話だ。
委員会の仕事か何かだっただろうか?
目的自体は鮮明には覚えていないが、デスランが上級生の教室を訪ねた時の事。
「んじゃ、このプリント 確かに預けとくんで。」
「おう!ご苦労様。」
「じゃあ俺、そろそろ戻りますね。荒井先生によろしく伝えてください。」
教室を後にしようとした瞬間、デスランはそのクラスの『異変』を察知した。
天井に張り付いた少女が、笑顔でこちらを見つめていたのだ。
「う、うわっ!?」
思わず声を上げるデスラン。
「ん?どした?」
「せ、先輩…!?何なんですか、あれ!?」
『異物』を指差し、デスランは震えた声で尋ねた。
「あー、あれね。幽霊なんかじゃないさ。クラスメートのわそーちゃんだよ。」
「…わ、わそーちゃん?」
「ああやって上から教室を眺めるのが好きなんだってさ…。ま、放っておいてあげて。」
「…は、はぁ。」
その会話を交わす最中も、わそーと呼ばれるその少女は 笑顔を崩すことなくデスランを真っ直ぐ見つめていた。
…その一件がきっかけで、デスランは上級生に関わることをやめた。
理由は簡単。わそーが怖かったのだ。
…そして、今デスランの目の前にいるこの少女は
紛れもなく、わそーそのものだった。
「…貴方は」
「!」
わそーが口を開く。
「…どこかで、お会いしたわそか?」
「…え。」
あまりにも拍子抜けな質問に、デスランは軽い目眩を覚えた。
ー僕の事を、覚えていないのか?
「…え、ええと…その…。」
「…」
「…さ、さよなら!」
言葉に詰まった末に、デスランはそこから逃げ出してしまった。
…相変わらず、わそーが怖かったのだ。
後ろを振り返る事なく自転車を飛ばす。
とにかく、一刻も早くわそーから距離を置きたかった。
「…行っちゃった。変な人わそね。」
「…さ、おーちゃん たらふく食べるわそよ。」