悪役令嬢からヒロインにジョブチェンジ~運命を掴みとれ! 編~
続きはありません。
私は、キティ・メルシー公爵令嬢に階段から突き落とされ、気絶しました。
階段から落ちている最中に、こう思ったのです。
「乙女ゲームにこんな場面なかった」と。
乙女ゲーム?
乙女ゲームってなんでしたっけ?
はじめまして。
私は、リーリス・ダンケ。
家が貧乏なごく普通の一般庶民です。
魔力の高さで、お貴族様が通う超高額な学校に入学しました。
もちろん、学費などは免除ですよ。
しながい一般市民が、こんなとこに通えるはずないじゃないですか。
突き落とされて気絶した拍子に思い出しましたのです。
ここが、『リップ・イン・マジック♪』というクソゲ臭のするやる気のないタイトルな乙女ゲーム世界だってことを。
この乙女ゲームの私の役割は、『ヒロイン』。
攻略対象たちの心の闇を溶かす心優しいヒロイン。
自分で、優しい言うなって?
言っちゃうんですよ、言うしかないんですよ。
前世の私を思い出した今となっては!
前世の私の死因は、前世の私が可哀想になるので自主規制させてください。
漫画じゃあるまいし、あんな死に方するとは思わなかったんですよ!
正直、今の私が前世の私を見たら、指差して大笑いしてあげます。
それはともかく。
現実では、無自覚でもイケメンたちを侍らせればビッチの烙印を押されます。
前世の記憶を思い出す前の私は、意図したことではありません。
純粋に、その攻略対象たちを心配し手助けしていただけなのです。
はい、ここからが本題です。
私は、Mではありません。どちらかと言えば、ドS寄りです。
前世では、ドSの友だちで遊んでしました。
MやドMでは反応がつまらないんですよ。
反応が、予想通りすぎて。
ドSの友だちは猫を被るのがうまいのですが、彼女の反応が面白いのでつい遊んで苦手意識を持たれていました。
私は、こんなに大好きなのに...
そうです。
私は、Mではありません。
大事なことなので、二度言いました。
記憶を思い出す前の私は、Mじゃないかと思うんです。
反論はさせない。
だって、他人を思いやり、陰で女子生徒たちに嫉妬で嫌がらせされて甘んじて受け入れてるんですよ。
あ り え な い 。
その主犯が、私を階段から突き落としたキティ・メルシー公爵令嬢です。
今の私からすると、彼女の行動は理解できます。
婚約者がどこの馬とも分からぬ田舎娘に現を抜かしているんですよ。
長年、自分たちが築きあげたものを無視して。
考えると、イヤな婚約者ですね。
私なら、その婚約者をその田舎娘に熨し付けて差し上げます。
でも、それではダメです。
その田舎娘は私じゃないですか。
そして、私は
「キタ―――――ッ!」
と自分が言った声で、目が覚めました。
もう、これしかありません。
私が、無意識に侍らしていた攻略対象たちをキティ・メルシー公爵令嬢に押し付けちゃいましょう。
ゲームでの彼女は悪役令嬢ですが、現実では彼女をヒロインに仕立て上げましょう。
この乙女ゲームは、攻略が比較的簡単だったので攻略情報を全部覚えています。
前世の私は、ごく普通のフリーターだったのです。
ですが、今はヒロインという超ハイスペック超人。
魔法のある世界なので、超エリート職業の代表格『宮廷魔術師』になるのもこのスペックでは夢ではありません。
今からでも遅くありません。
神は言った。
ヒロインという役目を捨て、前世ではできなかった高給取りも夢じゃない『宮廷魔術師』を目指せと!
「大丈夫ですか?」
腹黒さがない爽やかな雰囲気の青年が声をかけてきました。
「いえ、なんでもありません。大いなる神の意志が言ったのです。高給取りの職業を目指せと!」
「はぁっ...?」
「どこかで見たことのあるような顔ですね。どこかで、お会いしました?」
「えぇ、まぁ」
「わざわざ、ここまで私を運んでくださったんですね。ありがとうございます。私はもう大丈夫なので、これで失礼します」
「お大事に...」
保健室にいた男の人は、どこかで見たような顔のような気がするのですが、前世の私の性格の影響を受けた現在、どこで見たのか忘れてしまいました。
前世の私は、興味がない物に対しては無関心でしたしね。
翌日、攻略対象たちがキティ・メルシー公爵令嬢を寄ってたかってイジメていました。
「お前、昨日リーリスを階段から突き落としただろ!そんな奴が、俺の婚約者である資格はない!お前との婚約を破棄する!」
そう言ったのは、攻略対象のレイト・センキュー王子様。キティ・メルシー公爵令嬢の婚約者です。
青褪めて何も言えなくなるキティ・メルシー公爵令嬢。
黙ってしまって何も言えない彼女を他の攻略対象たちも一緒になって彼女を責め立てています。
事実なので素直に謝るか、そんなことしてないと嘘をつき通せばよいものを。
被害者である私が言うのもなんですが、ゲームでの彼女と同じく三流悪役臭がします。残念ですね。
このままでは埒が明かないと思った私は断罪の場に割り込みました。
「レイト様、皆様」
「リーリス、無事だったか?この女が、お前にしたことは許しがたい!この女には相応の罰を与えるから安心し」
私は、レイト様の言葉を遮りました。
「あのー、キティ様を取り囲んで何をしているのでしょうか?」
私は何をしているのかを知っているのですが、敢えて訊きました。
「すまない。君は今来たから分からないな。リーリス、昨日、君を階段から突き落とした犯人が彼女なんだ」
「レイト様、この状況ではものすごく言いにくいのですが...」
「どうした?言ってごらん?」
「えっと、ですね。昨日、階段からうっかり足を踏み外してしまったんです。ですので、キティ様は私を階段から突き落としていないんですよ」
私の目的のために、彼らに嘘をつきました。
「リーリス、君はキティが私の婚約者だと知っているから庇っているだけだろ。そんなことをしなくていい。ちゃんとした目撃者だっている!」
「その方の見間違いではないですか?だって、キティ様は公爵令嬢ですよ。そんな恥知らずなことはしないはずです」
公爵令嬢としては恥ずべきことをした結果、こうなっているのですが、そこは無視します。
下手に追及されると、墓穴を掘りますしね。
レイト様は考え込んでおられましたが、やがて納得したように
「確かに、リーリスの言う通りだな。考えれば、すぐに分かることだ。すまなかったな、キティ」
「...いえ、そんなことは」
戸惑いながら返事をするキティ・メルシー公爵令嬢。
「レイト様。それでは、失礼します」
私はそう言って、キティ・メルシー公爵令嬢の腕を引っ張って歩き出しました。
「リーリス」
「どうしました?レイト様」
私は、レイト様に呼ばれたので後ろを振り返り返事をしました。
「なぜ、キティを連れて行ってるんだ?」
「レイト様、他の皆様がキティ様が私を突き落としていないと納得していらっしゃらないので、この場から離れさせようと思ったのですが」
レイト様は、周りを見渡して私の言ったことを納得したようです。
「そうだな。後は俺が説得しておくから、リーリス、キティを連れて行ってくれるか?」
「はい、わかりました」
「頼むぞ」
私は再びキティ・メルシー公爵令嬢を引っ張って歩き出しました。
廊下を歩いていて、誰もいないことを確認しました。魔力で。
「キティ・メルシー公爵令嬢様」
「さっきは、なっなんのつもりですの?」
動揺しながらも、キティ・メルシー公爵令嬢が言ってきました。
「突き落とした事実を捻じ曲げたことですか?」
「そ、そうよ!」
私は事実を捻じ曲げて言うことにしました。
確認しようにもできないことを言えば、私が言うウソを調べないでしょう。彼女なら。
「私、キティ・メルシー公爵令嬢様のウワサを聞いたんです」
「へっ!?ど、どんな?」
「婚約者と従兄(ロリコン枠・教師)と義弟とその他の方たちを侍らすのは私でなく自分の方が相応しいと思っていることを」
「な、なんでそのことを知っていますの?」
驚いたように言う、キティ・メルシー公爵令嬢。
これは、乙女ゲーム知識です。
ゲーム内で、キティ・メルシー公爵令嬢が私をイジメる理由が、自分の物であるはずの攻略対象たちが私に恋心を持っているからです。
いくら権力者の娘でも、攻略対象たちを自分の物扱いするのはすごいですね。
「なんでもするから、あの人たちには言わないで!」
三流悪役臭のするキティ・メルシー公爵令嬢でもすぐに気付いたようです。
自分の物扱いしていれば、攻略対象たちから今よりももっと避けられることを。
「なんでもするんですね?」
「そ、そうよ」
「本当に、なんでもするんですね?」
「しつこいですわね!」
「なら、レイト様とその他の方たちと仲を修復してください」
「そんなことでいいんですの?でも、どうやって?」
「できる限り、アドバイスはしますよ。でも、すべてはキティ様次第ですね」
こう言った時の私は、きっと今までで一番の笑顔だったことでしょう。
翌日からは、ゲーム知識をもとにキティ・メルシー公爵令嬢にアドバイスの手紙をそっと手渡しました。
手紙は、読み終えると燃える仕様です。
もちろん、そのことは事前に伝えています。
読み終えた後に机の上に置けば、机の上に燃え跡が残らないように燃える仕組みです。
キティ・メルシー公爵令嬢の行動は早かった。
アドバイスすれば、その日のうちに攻略対象たちと接触し、今までもたれたイメージの払拭をしていきます。
そして、イメージ改善した後は順調に彼らを狩っていきます。
こう彼女の行動を見ていると、乙女ゲーム世界が現実となると『鋼メンタル』でないとやっていけませんね。
キティ・メルシー公爵令嬢の評判は、一部の人たちからは悪くなっていますが、それ以外の人たちからは以前より接しやすくなったと評判です。
記憶を思い出す前の私は、胃薬を常用しつつ彼らの心の傷を癒していきました。
そういえば最近、胃薬を飲んでいない。
胃薬を飲む原因は、彼らにあったんですね。
『豆腐メンタル』だった私が、そんなボランティアをすれば胃に来るはずでした。
もともと、そっち方向のボランティア精神は持ち合わせていなかったですしね。
彼らは、あっという間に私よりキティ・メルシー公爵令嬢の虜となっていきました。
周りの人たちは攻略対象たちに構われなくなった私を同情的な目で見ています。
先生たちからは成績が上がったことを褒められました。
この調子でいくと、『宮廷魔術師になる推薦書が会得できる』とのお墨付きをもらいました。
やったね!
そして、数ヵ月後の乙女ゲーム期間が終了した日のこと。
私のことをきれいサッパリ忘れて、キティ・メルシー公爵令嬢を口説きまくる攻略対象たちがいました。
廊下の窓から外を見て、キティ・メルシー公爵令嬢とその取巻きたちを満足気に見ました。
さようなら、胃薬生活!
もう二度と来ないでね!
この後にも、キティ・メルシー公爵令嬢がアドバイスを求めてきたのですが、「これ以上は、まともに恋愛をしていない私には無理です。ごめんなさい」と断れば、可哀想なものを見る目で去っていきました。
解せぬ。
学校卒業後、私は念願の宮廷魔術師になりました。
後は、エリートコースに乗っかるのみです!
読んでくださり、ありがとうございました。