4.おでかけ
それからのあたし達は傍から見れば良いお付き合いをしている。
週に一回から二回は一緒に買い物へ出かけたり、舞踏会へ参加したり。時には、馬で出かける事もあった。
未だ笑って誤魔化せ戦法は健在で、アリーシアでいる時はニコニコ笑う事に徹した。だから、クリスに会う時間が長ければ長いほど、あたしは笑顔でいる時間が増えた。
でも逆にクリスはというと、あたしの笑顔を眺めながら、少し寂しげに笑う事が増えた。
自身の専売特許を取られてしまって、ハンカチを噛む思いなのだろうと想像してみる。
「それだけは違うと思うよ姉上……」
ルシルも思う事があるらしく、少し浮かない顔をしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
秋も終わり、大木の下へも足が遠のいた冬。
あたしはカフェの片隅で本を読む。
今あたしが読んでいるのは恋愛小説。
ルシルから「勉強して」と手渡された本は、訳ありで男装している令嬢へと想いを寄せる貴族男性の物語。お互い惹かれあっているのに本性を晒さない令嬢と、それに気付いて一歩踏み込めない貴族男性の延々と続く、すれ違いじれじれ話である。
若干不憫臭の漂う貴族男性と、もうそこまで拘る必要がないのに男装を続ける令嬢。
最後はハッピーエンドであって欲しいと思いながら、ふと何故そう願うのか首を傾げる。
「バットエンドや鬱エンドでも問題ないのに……」
「俺はハッピーエンド押しだな」
不意に聞こえた声に顔を上げれば、無駄に色気を振りまきながらクリスが笑っていた。
「珍しいな。今日は恋愛小説か?」
「ああ。おと……じゃない、友人に勧められたのだ」
いくらあたしでも真実を言えば、ルシルの趣味が疑われる事ぐらい分かる。
だから適当に視界に入った奴を指差し、そう答えた。
「友人? お前に俺以外の友人がいたのか?」
「何気に失礼発言だよクリス」
たしかにクリスのいう通り、あたしに友人はいない。
女性の「うふふ、おほほ」は、うんざりだし、男性の会話に入ろうとも思わない。
そんな消極的な異国人(やはり人生の三分のニ以上が外国暮らしだから)に友人がいるわけないのは尤もな話だ。
「そうか……アリにも俺以外の友人が。これはうかうかしてられないな」
「うかうか? お前はなにか企んでいるのか?」
クリスはニッと笑い「ああ。現状を打破しようと頭はフル回転だ」と言うではないか。
それは大変だ。それでなくても最近アリーシアとしてクリスと会う日が増えてしまい、読書時間が削られているというのに。これ以上ジャマされてたまるか!
「……俺、本嫌いになりそう……」
「クリス、それは人生に置いて最大級の損失だぞ」
クリスのありえない発言を撤回させようとそう言えば「俺がその損失を被るかどうかは、全てお前次第だな」などと言う。
責任転嫁もいいとこだ。
人のせいにするんじゃないよ、バカクリス。
「バカと鈍感はどっちが始末に悪いんだろうな……」
知るかそんなもん。
バカは目の前にいるけど鈍感がいない以上、比べようがないじゃないか。
クリスは遠い目をしながらフフと笑い、「じゃあ、明日な」と、あたしから離れていった。
ようやく訪れた静寂に、あたしは物語の世界へと旅立つべく本を開く。
……と、そこで気が付いた。
「明日は休校日だとクリスに教えてやればよかったな」
誰もいない学園に一人空しく登校してしまう友人を思い浮かべて、少し罪悪感に苛まれた。
翌日。あたしの心配を他所に、クリスが屋敷へとやってきた。
「急に押し掛けてしまって、すみません」
だったら来るなよ。
あたしは学園に一人で登校するクリスに詫びを入れたっていうのに。(心の中で)
「どうしてもアリーシアと行きたいところがありまして」
そう言ったクリスはあたしを馬車に誘い、何処へとも知らない場所へと出発した。
ガタゴトと揺れる馬車の中。
どうやら手入れのされていない道を走っているようで、普段より揺れが激しい。そうすると、さすがに本を読むのもままならないので、クリスの相手をしてやった。
そうしたら奴は調子に乗り「これからは悪路を走ろうかな」などと言ってくる。
なんてヒドイ奴だ! あたしの楽しみを奪うなんて!
「連れを放置して、本を読みまくる君も大概だよ……」
何処に問題が?
一緒に出かけましょうと言われて、出かけている。
クリスの望みは叶えているじゃないか。
「俺が、悪いのか……?」
クリスは何故かガクっとうな垂れて静かになった。
到着したのはなんと隣町だった。
思った以上に早く着いたこの場所を見れば、先程の悪路は近道をしたのだと分かる。
「知ったのは昨日の昼で。撤収が今日の夕方と聞いたから」
そう言ってあたしを連れてきたのは、巨大な書物市だった。
どうやら数年に一回、こういったマーケットが開かれるらしく、読書家には絶大な人気を誇っているのだとか。
そもそもあまり本を読まないクリスが知っている訳もなく、半年前に帰国した世事に疎いあたしが知るわけもなかった素敵な催し物。
運良くそれに気付いたクリスが超特急で連れて来てくれたのだとようやく理解し、あたしは彼に抱きついた。
「ありがとうクリス様! とてもうれしいです!!」
クリスは呆然と立ち尽くしていたかと思うと、すぐにハッとして「喜んでもらえて何よりです」と、王子スマイルを炸裂させた。
「さあ、せっかくなので早く行きましょう!」
「ええ!」
特設の、でもしっかりとした作りの天蓋の中には溢れんばかりの人と書物。
書物は古書からはじまり、自伝や物語、一昔前の勢力地図まで売り出されている。
値段はやはり貴重な物ほど高く、本一冊で豪奢な屋敷が建てられそうな物まであった。
「大変。私、裸で帰らないといけなくなるかも」
持ち歩いている現金だけでは心ともなく、身につけているドレスや宝石を売ればと思っての発言だった。
そんな半分冗談のセリフにクリスは青ざめて「わ、私から離れてはいけませんよ!!」と、ギュっと手を握りしめてきた。
クリスって冗談が通じなかったかな?
そんな事を思いながらも、自分の冷たい手がクリスの体温で温かくなる事が心地よくて。
本当は邪魔でしかない手を振り払う事が出来ず、あたしは書物選びに没頭した。
幸いあたしはドレスを売ることなく、(現金の不足分はクリスが出してくれた)行きの不機嫌はどこへやら。ほくほく顔で帰りの馬車へと乗り込んだ。
変わりにと言えば、クリスがちょっとぐったりしている様な気がする。
恐らく本好きではない彼にしてみたら疲れるイベントだったのかもしれない。
「……俺は君の身を守る為にがんばってたんだよ」
「? 暴漢など居なかったでしょ??」
何の話をしているのか分からず首を傾げていると「半分は本気で売る気だっただろ……」と、呟く声が聞こえて、ますます疑問が増えた。
でもあたしはクリスにとても感謝していた。
世事に疎いあたしには、どう頑張っても知る事がなかった素敵な催し物。
そんな場所に連れて来てくれた彼に、何かしてあげられる事は無いか。
そう考えた時にぐったりとしている彼の姿をみて。安らぎをあげたい。と思った。
「クリス様。私の隣に来て下さいませ」
クリスは疑問符を浮かべたまま、あたしの隣に座った。
「もう少し下に……そうそう、そしてこのまま横に……」
「は……? って、アリーシア!!」
「お辛くはありませんか? 少し狭いですけど……」
あたしはクリスの頭を膝に乗せ、抱え込む様に自分も定位置を探る。
「ちょ、ア、アリーシア!! これは、ちょっと……」
「? この間はこうやって休まれていたじゃないですか」
「あの時は!! 不可抗力で!!」
そうなのだ。
先日クリスと遠乗りに行った時、カバンにひそませておいた本から栞が落ち、それを鳥がくわえていってしまうという事件が起きた。
結果からいうとクリスが頑張ったお陰もあり、無事栞は取り返せたのだけど。
(本当ならあたしの俊足(中略)で取り返せたのだけど、クリスが思った以上にがんばったのだ)
その時少し頭を打ち付けてしまったクリスに膝枕をし、休んで貰っていたという経緯がある。
本を読みながら彼の回復を待っていたあたしは、時折彼の様子を窺った。
クリスは穏やかな表情を浮かべており、ちゃんと休めていると感じた。だから今回もその安らぎを提供しようと思ったのだけれど。
「ダ、ダメだアリーシア!」
「何故?」
「何故って……君って人は……!!」
何故かクリスが焦るので、居心地が悪いのかと彼の頭を抱き、うまく定位置を探してみる。
「…………柔らかい」
「? 何がですか?」
「あ、いや。なんでもない」
クリスは抵抗するのをやめて、大人しく目を閉じた。
その顔には少し赤みがさしており、子供のように膝枕してもらう事に、照れがあるのだと窺える。
それは昔読んだ少し照れ屋な騎士に似ていて。
なんだか懐かしさと愛しさがこみ上げる。
「……普段もこれぐらい大人しくしてくれれば、読書に集中出来るのに」
「君はシチュエーションってものを完全無視だよね」
舗装された道をゆっくりと走る馬車の中。
時折居心地悪そうに動くクリスと、その彼の頭を抱え定位置を探るあたし。
その頻度がちょっと多い気がして。これから馬車で膝枕はやめようと思った。
お読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)
先日の活動報告で四話完結と書いておきながら、五話+番外編に(汗)
なので、もう少しだけお付き合いいただけるとうれしいです<(_ _)>ペコリ