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2.今世紀最大の

 





 ……とまあ、様々な誤解があり、学園では男だと思われているあたしは、アリスンと名乗っていた。(この名前が付いた説明は割愛(かつあい)

 誤解だけなら解けばいいという話もあったが、便宜上こちらの方が楽だったし、何より、馬術と剣術を愛するあたしにとって、フリフリの服と長い髪は無用の長物。

 情報を操る商人の娘としてはその誤解を利用してやろうじゃないのと、腹の黒い事を考えたのは言うまでもない。


 ただ、本当にやっかいなのは先日のような縁談話。

 ざっくりと調べただけじゃ、あたしが女である事は分からないだろうし、(留学歴が長すぎて)本気で調べても、有名な家柄でもないから情報がないと思うのは、あたし予想。


 だからいずれにしても縁談話は女性からで、その度にルシルが走り回っているので彼の健康は安泰だと思う……ではなく。

 あたしはこのまま結婚できないんじゃないだろうかと、最近危機感を覚え始めたのである。



「……遅いよ姉上」

「遅い? ()の俊足騎士の再来とまで言われた、あたしの足……」

「足じゃなくて、危機感の話ね」

「あら。そちらの事」

「……姉上は、キチンと話せば軌道修正出来るから楽かも」

「楽? それはいけない! もっと難しく……」

「ごめんなさい!! 楽じゃないです!」



 何故か涙目なルシルを(なぐさ)め、本題に戻る。



「姉上は結婚出来るかを心配していらっしゃる」



 そうよと答えれば、ルシルは笑い、それは簡単に解決できると言う。

 おお。さすがマーグス家の長男! 父上の才覚を……「それ、多分母上だと思う」 ん? そう??まあ、いずれにしろ、冴えている我が弟の考えを聞こうじゃないか!



「姉上が髪を伸ばし、ドレスを着たらそれで万事……」

「却下」

「どうして! 別に男装したい訳じゃないんでしょ?」

「男装に興味はないけど、ヒラヒラ、うふふ、おほほ、は嫌だ」

「……姉上に、ヘンなトラウマが植えつけられている気が……」



 再度頭を抱えるルシルを慰め、本題へと戻る。



「……でも、やっぱりその格好じゃ、男と間違われてしまうのも仕方ないよ」

「なら、髪は伸ばそう。妥協案としてはいいだろう?」

「……それじゃあただの長髪イケメンになっちゃうよ」

「では、姿絵をイメージ像と差し替えて……」

「それは一歩間違えると詐欺に……」



 うむむ。

 結構良い案だと思ったのだが……。



「はあ……。姉上は超が付くぐらい美人なのに、何か大切な物が欠けてるよね」

「ルシル。人は誰しも一人で完璧にはなれない、だから家族や友人、恋人に補って……」

「良い話……なんだけどッ! 僕が失言したみたいになってて、(しゃく)だ……!!」



――――こうして、あたしの悩みは増えたのだけど、この悩みは意外とすぐに解決される事となった。






「え? あたしに縁談ですか?」


 ルシルと結婚について話をした三日後。

 それはいきなりやってきた。



「そうだよアリーシア」

「……女性から。ではないですよね? 父上」

「当たり前じゃないか! この完璧な姿絵で……!!」

「あわわわ! 信頼第一の商人が娘の姿絵を偽造……!!」



 お父様が振りかざした姿絵を掴み取り、ルシルと二人で覗き込む。



「あら?」

「…………」



 目を瞬くあたしと、言葉を失うルシル。

 ルシルは姿絵とあたしを見比べ、「マーグス家の名誉は守れそう」と、盛大な溜息をついた。



「姉上。すぐに、(かつら)を用意させます。ドレスは姉上に合う、スレンダーな物を。あと……」



 ルシルはコホンと咳払いをして「邪魔だと言って胸に巻きつけている布は取り外してください」と、言った。


 なんと! 明らかにジャマなのに、それを取れと言うの? 我が弟は!!



「女性が身体に当てるのは布ではなくて、コルセットです」

「コルセットも元は布じゃないか」

「素材の話はしてません!!」



 最近怒りっぽくなった弟を撫でてやると、ルシルは「誰のせいだと思っているんですか」と、少し頬を赤らめてそっぽを向いた。


 うん。我が弟ながら、可愛くてもっと頭を撫でてやりたくなる。

 こんな表情をされたら、あたしに縁談を申し込んできた殿方もイチコロ……



「気色の悪い事言わないで……」



 げんなりとした表情も悪くは無いわよ、ルシル!!


 え? なんですって? 僕も、姉上と同じ側に行けば楽なのかな? ですって?

 いけないわルシル! 若いうちから、楽な方へと走っては!!



「そうだよね。僕までそっちに行ったら、誰がこの場を収集するのか分からなくなっちゃう」



 ルシルは溜息をつきつつ、父上に向き直り「父上、姉上に縁談を申し込んだ方の姿絵を……」と、その手に話題の姿絵を受け取る。そして、姉上も一緒にご覧になってください。と、あたしの傍までやって来て、その厚みのある表紙をそっと(めく)った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ガサリと音を立てて現れたのは、やっぱりいつもの男だった。



「クリス。読書の邪魔だ。向こうへ行け」

「つれないな、アリ。今日ぐらいは話を聞いてくれよ」

「今日ぐらいって、いつも聞いてやってるだろ?」



 ヘラヘラと笑いながら隣へと腰掛けるクリス。

 普通ここまで邪険に扱ったら大人しく帰りそうなのに、この男は全く堪えた様子はなく。

「今日は俺の話を聞けよ」と、言い出した。



 こうなっては残念ながら読書どころではない。

 クリスは柔らかい物腰と見せかけて強引だ。それに、我が儘なイタズラ好きで、あたしが無視を決め込んでも、あの手この手で自分の話を聞かせようと、読書の邪魔をしてくるのだ。



「お前絶対一人っ子だろ?」

「ん? 三つ下に弟がいるぞ」



 あたしと同じじゃないか。

 おかしいな。それならこんな我が(まま)坊主にはならないはずなのに……



「……お前は無意識に心の声を垂れ流すやつだよな」

「特に隠している訳じゃないから、構わない」

「その割には『内に秘める想い』なんてタイトルの本なんだな。今日は」

「本のタイトルと俺の心の内は連動していない」



 全く。人の読み物にまで口出しするとは。

 あたしはこの男との付き合い方を考えねばならないのかもしれない。



「……それは、願ったり叶ったりだ」

「? 何がだ?」



 クリスは「いや、何でもない」と言い、フッと笑った。



 心臓がトクンと鳴った。

 いつもと違う拍動にあたしはその原因を考える。しかし思い当たる事は無く、その後もマラソンしているかのように、少し早いペースで鳴る鼓動が身体を熱くした。



「……風邪、引いたのかも」

「は? 寒かったのか!?」



 なら早く言えよとクリスは自分が首からさげていた大判のマフラーをあたしの首に巻きつけた。



「カフェに移動だアリスン。その間に俺が馬車を呼ぶから、それで屋敷まで送って……」

「いや。それはいい」

「何故? 愛馬が気になるなら、俺が並走してやるから……」

「いや。必要ない」



 (かたく)なに断るあたしに、クリスはムッとしたようにこちらを見る。



「そんな顔されても必要ないから断っている」

「俺の気遣いは無用って事か……」



 少し悲しげに目を伏せるクリスにチクリと胸が痛んだが、ここはハッキリと言っておかねばならない。



「俺に必要以上の干渉はするな。今後も今の関係を続けたいなら」



 一瞬、空気が凍った気がした。

 しかし、次の瞬間には「ああ」と、クリスから返事があり。

 彼は何故か自身のコートを脱いで、それをあたしの背にかけた。



「調子の悪い友人にコートを貸すぐらいは許されるだろ?」

「本当にお前はおせっかいだな」

「気遣いのできる紳士だと思ってくれよ」



 クリスは笑い、(きびす)を返す。



「あ。クリス、話はよかったのか?」

「ああ。今度会う時に聞いてもらうから」



――――こうして、さわやか王子(見た目)はあたしの元を去って行った。





 週末。

 あたしはルシルの用意したカツラとドレスを被り、本当に久しぶりに化粧をしていた。

 無駄に長い髪はストレート。どうせならもっと可愛らしい物にしてくれれば、変装感が出て良いのに。



「姉上の場合、普段が変装のハズなのに……」



 何故か朝から疲れているルシルを(いたわ)り、あたしは客間へと向かう。



「いーい、姉上? 姉上は黙って微笑むだけでいいから、余計な事話したらダメだよ」

勿論(もちろん)よルシル。あたしは笑っているだけでいいのよね?」

「そうそう。それだけで相手は落ちるから」



 「なんだかエスパーになった気分」と言えば、「どちらかと言うと魅惑の美女かな」と、訂正が入る。美女よりエスパーの方が、すごい気がしていいのだけど。



「その二つは同列で語られる存在じゃない気がするのは僕だけかなあ……」



 疲れているに加え、遠い目をしたルシルの頭を撫で、あたしは部屋をノックする。

 中からどうぞと声がかかり、ドアノブを引いた。


 部屋の中にはニコニコ笑みを浮かべるお父様と、その向かいに金髪碧眼の男性。



「こちらが我が娘アリーシアです。ファーレン侯爵様」

「初めまして侯爵様。アリーシア=マーグスですわ」



 定型文の挨拶をし、お父様の隣へ腰掛ける。すると、呆けていたようにあたしを見ていた瞳がハッと我に返り、挨拶を返してくる。



「マーグス嬢。アリーシアとお呼びしても?」

「ええ。侯爵様のお好きなように」



 ルシルに言われた通りニッコリと微笑めば、侯爵は少し照れた様に笑い「では、私の事はクリスとお呼び下さい」と、言い出した。



 それは是非お断りしたい。

 ただ、空気を読む能力を兼ね備えたあたしがそれを良しとしなかった。



「分かりましたわ、クリス様」

「ははは。なんだか様付で呼ばれるのはくすぐったいな」

「まあ! その様な御冗談を」



 先日覚えた「うふふ、おほほ」を駆使してみたら場が(なご)んだので、その雰囲気を壊さぬよう笑みを浮かべる。

 しかしその内心は、全く笑いごとではなく、ホトホト困り果てていた。



 今回の困りごとは今世紀最大ね――――



 あたしは目の前に居る男へと微笑みかける。

 透ける様な黄金色の髪に、美しい海のような碧い瞳。

 背は長身と言われているあたしよりも高く、趣味の馬術と剣術が功を為し、引きしまった身体をしている。そんな見た目でありながらも、イタズラ好きで(ことごと)く、あたしの読書の邪魔をする――……



 そう。今回の縁談相手はあたしの唯一の友人、クリストファー=ファーレンその人であった。






お読みいただきまして、ありがとうございます!(*^_^*)

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