■どうやら雑魚がバグったようです。【Lv5】
気が付くと少年は、どこかも分からないダンジョンにいた。
辺りには無機質に白い柱が立っているだけで、他のプレイヤーやモンスターは見あたらない。
音もしない。怖くなって手をぎゅっと握ると、そこにはなぜか【天の刃】がスッポリと
収まっていた。
「だっ、誰かぁぁぁ~…誰かいませんかぁぁ~…?」
情けない声をあげながら辺りを見回すと後ろから“どすぅぅぅぅぅぅんっ!!”と爆音が響いた。
すかさずバッ!と振り返る。
「き、【キングバニィ】?! 倒れたはずじゃ!」
『哀れな少年よ。なぜ貴様は此処にいるのか自分で分かっているのか?』
「声ふとっ!!」
うるうるとした赤い瞳からは考えられないような声が発せられる。
しかし何処かで似たような声を聞いたような気もするが、思い出せな……
「ああああああああああっ!武器屋のおっちゃん!!」
『五月蝿い奴だ。面倒くさい、今すぐ食ろうてやろう!!』
「え、食うの?!」
しかし此処で少年は思い出す。自分には【天の刃】があるという事を!
「ざ、残念だったな【キングバニィ】兼【武器屋のおっちゃん】!
この武器でお前を八つ裂きにしてやるっっ!!」
『ほう?面白い、その【木の枝】で我を倒すと?ふははははははははは!
こいつは傑作だ!』
「え、ええっ?!【木の枝】~~~~~~~~~~~?!」
自分の持っていた武器を見て絶叫する。そこには基本どこでも拾える【木の枝】があった。
これじゃペシペシ叩けるくらいで何のダメージも与えられないんですけど?!
ふいに、
「助けにきたよっ!少年くん!!」
「ミワさん!!」
何処からかスタッと飛び降りてきたミワさんはニッと頼もしく笑うと鞘からスラリと剣を抜く。
その剣の名は……
「ジャジャーン!【木の枝】~~!!」
「枝じゃん!」
ペシペシと【キングバニィ】を叩くミワさんを見て、クラリと目眩がした。
だんだん景色がゆがんでいく。ゆがんで、ゆがんで……
『嘘ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
「っ?!」
ガバッと布団をはねのけ、辺りを見回す。
(エ、ナニココ、シラナイ。)
瞬時にそんな文字が頭を埋める。
横にあるシルクのカーテンが掛けられた窓から差し込む光からするに、今は朝だろう。
自分の体を乗せている敷き布団と掛け布団は何なのか、雲のように柔らかい。
そばの棚には水の入ってる瓶や分厚い本が無造作に置かれており、ドアの向こうからガタガタと
音が聞こえた。
「……はどこ?」
「確か……の部屋にあったと思うよ。」
「分かった、取ってくる。」
声と同時にガチャリ、とドアが開く。
そこには昨日と変わらぬミワさんが立っていた。
「あ、おはよー。お腹空いてる?」
「えっと、空いてるといえば空いてますけど、あの」
「じゃあソコのテーブルに昨日の余り物が残ってるはずだから
適当に食べちゃって。水は水道の飲めるし、他のは冷蔵庫にあるから。」
「そうじゃなくて、何の準備をしているんですか?というか、僕なんで此処に」
「皮肉じゃないけど君はパニクると質問が多くなるよね。」
「…すみません。」
怒ってないよー、と笑いながら先程の瓶を掴んで斜め掛けの鞄へ放る。
本当に何の準備だろう、とまだ目覚めきってない頭でそれらを見ていた。
「此処は私達の基地みたいなモン。君が此処にいるのはあの後倒れたからだよ。覚えてる?」
「…ミワさんが【キングバニィ】を倒したトコロまでしか。」
「あははっ!まあ無傷だったし良いけどさ。で、メッセージは見た?ちょっと開いてみなよ。」
「メッセージ…?」
言われた通りに開いてみると、瞬間頭が一時停止した。
「ええええっ?!バグって…データが書き間違えられてるって何ですか?!」
「だからソレを確かめに行くんだよ。懐かしいなぁ~最後旅したのいつだっけ」
「………。」
魔法書らしきものを鞄にホイホイと入れながら語るミワを見て、
少年の中に一つの“図々しいお願い”が浮かんだ。
「…ミワさん、駄目もとで一つ頼んで良いですか。」
「ん?何?」
手を止め振り返るミワに、少年は深く頭を下げた。
「俺を連れて行って下さいっっ!!」
「………。」
「~~~~~~~~~!!」
キョトンとした顔のミワと頭を下げたまま必死に何かをこらえる少年。
ふう…と息を吹く音が聞こえ、ミワは少年の顔を覗き込む。
「えっと…ごめん、内容が頭に入ってこなくて……」
「もッ、勿論パーティーに入れろなんて言いません!えと、確かあるレベルまでいった人に
【弟子入り】する事が出来るんですよね?そっちに入れてくれればいいんです!
お願いします!!」
彼女に出会って分かった。
自分がまだまだ無力で、世間知らずで、慈悲に欠けている事を。
なら、せめて付いていきたい。それを学びたい。
だからひたすら頭を下げるしかないのだ。
「…そんな厳しい事はしないけど、付いてこれる?」
「え?」
目の前でいつのまにか開いていた自分の画面に、はっきりと見える。
[【ミワ】に弟子入りしました!]の無機質な文字。
「朝ご飯食べたら早速 準備手伝ってもらうよ!量多いし、備えあればナンチャラリだからね。」
「え、あっ、はい!!」
ミワは口元で軽く笑うと、ドアノブに手を掛け「そうそう」と振り返る。
「そういえば教えてもらわなかったけど、君なんて名前なの?」
「【鑑定】使わないんですか?」
「ああ、アレむやみに使いたくないんだよねー、やっぱ人の情報だからさ、
何か気がひける。」
ミワさんらしい、と思いながら少年は顔を上げその質問の“答え”を言った。
「【カケル】です!ミワさん、これから宜しくお願いしますっっ!」
第一章,終わり
第5話で少年の名前が初めて明かされるという…
というか主人公って少年?ミワ?(どうでもいい。)