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調査

 アンジェリナとクローバーがブリギッドに出立した日の午後、バルドルに残った四人は調査を開始した。

 アグディクティスは慣れない船旅で疲れが溜まり微熱が出ているとの事なので、エルクワールが付添い、別に宿を取って休んでいる。

 五郎丸、ウルフ、エンプレス、リキュールの四人はまず、アンジェリナとウルフがアダマと交戦した場所へ向かい、もう一度状況を確認した。街道にはアグディクティスが放った魔法の痕跡が刻み込まれている他は何も残っていない。アダマたちは跡形も無く消え去ってしまったようだ。


「本当にこんな範囲の魔法があるのか」

 魔術の痕跡を目の当りにして、五郎丸は改めて感嘆した。魔術の範囲は一般にエルドラゴで広範囲魔法と言われるものの二倍近くあった。これだけの魔術を年端も行かない子供が練成する事が可能であるのか、疑わしく思わざるを得なかった。

「いったい、公国に巫女は何人いるんだ。その全員がこれだけの魔術を使えるなら、とんでもない軍事力になるな」

 リキュールが傍で感嘆の声を上げるのを聞きながら、五郎丸は腕を組んで考え込んでいる。

「確かにこの魔法の範囲は桁外れじゃ。しかし、魔方陣が組まれて術が発動したことは事実。それを覆す事はできんぞ」

 昨日より顔色が良いエンプレスが地面の魔方陣の跡を槍で突付きながら五郎丸に視線を向ける。

「術が発動した時、あまりにも眩しくて眼を閉じてしまったからな。アダマたちが蒸発する姿を見られなくて残念だ」

 両腕を腰に当てながら、当事者のウルフがさも悔しそうに述懐する。魔法の範囲にいたアンジェリナとウルフが無事という事は、発動した魔法は魔物だけに効果があると解る。エルドラゴにも不死者を浄化する魔法は存在する。それと似たものであると推測された。

「あら、怖くて眼を瞑ったんじゃないのか」

 ウルフの様子を見て、すかさずリキュールが憎まれ口を叩く。

「ふん。酒に眼が眩んで、エリート軍人の道を外れたお主に言われたくはないな」

 ウルフはリキュールの言葉をそよ風のように受け流す。それを聞いたリキュールが悔しそうに舌打ちをする。

 

 次は何て言ってやろうかとリキュールが考えていると、魔方陣の中心に立った五郎丸は砂に埋もれている小さな札を見つけた。既に半分以上が消し炭になってしまっているが、何か幾何学模様と呪術に使われる文字が刻印されている。慎重にその札を摘み上げると、頭の中の引き出しの情報と照らし合わせた。

「この文字は……」

 何かを思いついた五郎丸は魔方陣の中心から移動して地面を掘り、何かを探し始めた。


「なんだ、何か良い物でも掘れるのか」

 ローブが砂で汚れることも厭わずに無心に地面を掘っている五郎丸にウルフが訊ねる。

「まあ、そんな所だ。俺はもう少しここを調査したい。後は俺に任せてくれないか」

 推論から導き出した結末に悪寒を憶えながら、ポケットに今見つけた物を詰め込むと、五郎丸は三人に告げた。

「一人でやりたいとは、訳ありと言うことじゃな。まあ、お主の事じゃ、いずれしっかり説明してくれるじゃろう。必ず答えを出せよ」

 エンプレスは五郎丸の顔色を窺いながらも理由も聞かずに承諾した。色々言いながらも、彼女なりに五郎丸のギルド長としての実力を信じているのだろう。

「済まない。皆はお姫様の見舞いにでも行ってくれ。明日の朝から、船の調査をしよう」


 五郎丸は三人がバルドルに向かうのを見届けてから、一人地面を掘り続けた。どうにも馬鹿馬鹿しい結論に辿り着きそうな自身の推論を覆すための手がかりを見つけたかったが、期待に沿うものはそれ以上出てこなかった。

「……これは厄介な事になりそうだな」

 地面から新たに先程と同じ消し炭を掘り出してから、五郎丸は携帯オベリスクストーンを取り出し何か思念を送り、情報の照会を始めた。


 五郎丸がバルドル村に戻ってきたのはその日の太陽が半分ほど地平線に姿を隠して、村を紅く染め上げている頃だった。村の住居には明かりが灯り始め、一日の仕事を終えた村人たちが世間話をしながら村の酒場に足を運んでいく。

 宿舎に入った五郎丸はリキュールにアグディスティスの様子を尋ねた。

「それが、昼間から姿が見えないそうなんだ。熱があるなら出回らない方が良いのだがな。まさか紅鷲公国の奴らに攫われたんじゃ……」

 リキュールは最悪の事態を想定したが、五郎丸は否定した。

「いや、それはあるまい。攫うのであれば、この前の時に実行している筈だ。敢えてこちらの人数が増えてから踏み切る必要はないだろう」

 確かに護衛のギルドメンバーは倍増している。今襲撃するほうが、紅鷲公国にとってもリスクは高い。それに襲撃しない訳が他にもあるのではないかと五郎丸は考えていたが、口に出しては何も言わなかった。

「そうか、そうだよな。そしたら勝手に出歩いてるって事か。これだからお姫様って奴は」

 リキュールは溜息混じりに吐き捨てた。

「良いではないか。彼女なりに色々有るのじゃろう。詮索するのは無粋と言うもの。従者も着いておるのだし、じき帰ってくるじゃろう」

 エンプレスは蜂蜜と柑橘類を混ぜ合わせた飲み物を口にしながらそう言った。


 エンプレスの言葉通り、アグディクティスとエルクワールはすぐに帰ってきた。

「申し訳ない。小さな部屋に居ると気が滅入るので、バルドルの景色をエルクワールと見て回っていたのですわ」

 宿舎近くの酒場のテーブルを囲み食事を取っていた四人にアグディクティスは謝罪した。

「狭い病室は居るだけで息が詰まるからな。少し外の空気を吸うのも悪くない事じゃ。姫の気持ちは判らんでもないぞ」

 春野菜のソテーを食べていたエンプレスが深く頷く。

「眼が見えないのに、景色が解るのかい」

 鶏の胸肉のワイン煮込みを頬張りながら、ウルフが感心したように声を上げる。

「流れている空気の匂いと音で、景色を読み取ることはできます。花の馨り、鳥の囀り、生き物たちの吐息。この国の緑は豊かで、雪に閉ざされた我々の国とは比べ物にならないくらい美しい自然で満たされていますね」

 アグディクティスはエルドラゴの自然の豊かさに感心したようだ。

「酒も旨いしな」

 三杯目の麦酒を飲み干したリキュールが感慨深く付け加える。

「酒の良し悪しで住む国を決めておるのはお主だけじゃろう。姫様の感受性とお主の味覚を一緒にするでない。不遜であろう」

 エンプレスが呆れたように指摘した。それを聞いたリキュールは、笑い声を上げると手にしている麦酒を飲み干した。


「無事だったから、この場は良しとしよう。ただ、これからは我々に居場所を教えてくれ」

 我が身の迂闊さも自覚しながら、年長者のウルフが注意を促した。エルドラゴ国内で他国の王族を危険に晒しては国益に関わる。

「承知しました。それでは皆様にはこちらをお渡ししておきます」

 エルクワールは四人分の携帯オベリスクストーンを差し出した。それはエルドラゴで流通している物より小型で手首に巻きつけておける意匠になっていた。

「ほうほう、これは小さくて便利だな。これがあればお互いの位置は確認出来るし、心配ないだろう」

 食後の氷菓子を食べ尽くした五郎丸が早速手首に嵌めて眺めている。戦闘よりも情報解析が好きな五郎丸には、他国の技術に触れられることは願っても無い僥倖だった。

「我らの国はエルドラゴよりもオベリスクストーンの解析が進んでおります。雪に覆われている我が国では、大事な情報伝達手段ですので」

 四人がそれぞれ新しいオベリスクストーンを着けているのを満足そうに眺めながら、エルクワールは説明した。

「アンジェリナ殿とクローバーの分は俺が預かっておく。合流したら渡しておこう」

 五郎丸は嬉しそうに、エルクワールから残り二人分のオベリスクストーンを受け取った。

「じゃあ、今日は解散かな。二人が戻ってくるまで、まだ数日あるだろうから、今日はゆっくり休んで、明日から船の調査をすることにしよう」


 酒場には村人たちの陽気な笑い声が溢れていた。明日起こることを予知出来ない人間たちは、今日の安楽を貪り、この世の春を謳歌していた。

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