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商店

 工業都市ブリギッド。それはエルドラゴの最先端技術を用いて運用されている、国内第二の都市だ。機械仕掛けの円盤の上に、首都エルドラゴとほぼ同じ大きさの都市がそのまま乗っている。円盤は地面に敷かれたレールの上を季節により移動する。今は乾期なので、街は出来るだけ降雨量の多い山際に移動し人々もその動きに合わせて生活を営む。

 ブリギッドには国の内外から観光客が訪れ、その数は観光都市としても成り立ってしまうほどである。

 都市の議会が総督を選出し、まつりごとを行っているが、これと言った改革や陳情をしなくても都市は潤い、総督には一期勤めるだけで生まれ変わっても使い果たせないほどの資産が転がり込むと言う。その為、四年に一度の総督の選出の際には賄賂や脅迫が横行する汚職が存在する事で有名だ。

 街は階層によって、居住区、商業区、ダウンタウンに分けられ、上層に住む富裕層とダウンタウンに住む貧困層の格差は計り知れず「ブリギッドに来れば、エルドラゴで最も美しいものと最も醜いものを同時に見る事が出来る」と言われる程である。



 バルドルを出て二日目の昼過ぎ、アンジェリナとクローバーはブリギッドの街に到着した。エルドラゴ王国中央部に広がるナーモ平原とローリエン平原を疾走し、レアメタルの産地グラティオン坑道の入り口で馬を下りて坑道内は徒歩となり、オアシスの側にキャラバンが点在する広大なアグニ砂漠を駱駝で渡り、国土の中心を横切るミーミル山脈を踏破し睡眠なしの強行軍でたったの二日で辿りついたのだ。

 最初はぎこちなかったクローバーの手綱捌きもブリギッドに着く頃にはすっかりさまになり、出発した時より遥かに上達した。二人がブリギッドに着くまで紅鷲公国からの追手は襲来せず、極めて安全な道中だったと言える。


ダウンタウンの八十二番地、そこは細い路地を何度も曲がり、外界からの光が全く届かない街の中心に位置していた。三階建ての大きさの灰色の煉瓦造りの建物の周りは、工場、工房から排出される水蒸気や白煙で白く霞み、街灯の灯りのみが不安定に揺らめきながら、辺りをうっすらと照らしていた。

 建物には、そこが商店である事を示す看板は立っておらず、ただ入り口に「82」と書かれた板が吊るされているのみである。

「ここが本当に武器屋なんですかぁ」

 ダウンタウンに来るのは初めてのクローバーは心配そうにアンジェリナに視線を向ける。

「入ってみれば判るさ」

 弟子の不安をよそに素っ気無く答えたアンジェリナは扉の取っ手を握り、ゆっくりと開いた。


 扉を開けるとそこには、一階から三階までが吹き抜けになっている縦十五メートル、横十メートル程の薄暗い倉庫のような部屋で、床から天井まで伸びた棚で、部屋が三つに仕切られていた。棚には武器、防具、素材のあらゆる商品が整然と並べられ、その商品全てが埃一つ被っていない。また商品の中にはアンジェリナが見たこともないものまで存在した。

「ドラゴンの堅いキモイ肝。こんなの合成に使ったかな。と言うより「キモイ」って何だ」

 密封された小瓶の中でホルマリン漬けされた物体に疑いの眼差しを向けながらアンジェリナは呟いた。

「師匠。こっちには特大の上質飛行石売ってますよ。期間限定で金貨二万枚だって。高い~」

 珍しい素材に囲まれ、クローバーは少し楽しそうだ。

 二人が店内を物色していると、一匹の黒い猫が走りよってきた。膨らませた尻尾を逆立たせて警戒している。

「なんだ、おめーら。なんだ、おめーら」

 アンジェリナとクローバーに言っているようである。猫の鳴き声なのだが、確かに人語に聞こえる。

「なんなんだ。ここは」

 アンジェリナは嫌な予感がして息を呑んだ。すると、来客に気づいたのか店の奥の扉が開き、恰幅のよい一人の男が現れた。金色の短髪を立ち上げ、つり上がった眉の間には、深い皺が刻まれ、眼光が蛇のように鋭い。真一文字に閉じられた口はこの男の意思の強さを表しているようだった。

「こんつわ。82マートへようこそ。そこの猫はウチの看板猫の「くろたん」だぉ」

 表情一つ変えず、否、口元一つ動かさず、店主は片手を挙げて挨拶した。

「……どうも。私たちは五郎丸のギルドの者です。頼んでいた品物を取りに伺いました」

 アンジェリナはたじろぎながらも、どうにか平静を保って用件を伝えた。

「あぁ、五郎丸のギルドの人ね。聞いてるぉ。ちょっと裏から取ってくるから待ってら~」

 陽気な声でそう言うと、店主はまた扉の奥へ姿を消した。

「師匠、今の……」

 クローバーはアンジェリナの腕に掴まりながら震えている。

「何で、口が動いてないのに、声が聞こえるんですか」

「私にも解らない。思念なのか、魔法の一種なのか……」

 アンジェリナも困惑している。緊張で掌に汗が滲む。不安になったアンジェリナは辺りを見回した。すると先程まで誰も居なかった店内の通路に一人の女性の後ろ姿を見つけた。腰の近くまで伸ばした美しい金色の髪。触れたら折れそうな細い身体を魔人の血で創られた、悪魔の鎧に包んでいる。

「あの、この店はいったい……」

 アンジェリナは声を掛けたが、次の瞬間、振り向いた女性の姿を見て言葉を続ける事が出来なくなった。つり上がった細い眉。切れ長の碧眼。整った彫刻のような鼻筋。絹のように肌理細やかな肌。堅く結ばれた唇。

 その姿は大戦で命を落としたとされる絶世の美女と謳われた裏切りの騎士に瓜二つだった。あの大戦から五年。その美しさは少しも衰えていない。

「あなた、シーマ」

 アンジェリナは搾り出すようにそれだけ言うと、一歩後ずさりした。その足が立てかけてあった商品の矢筒を倒し、店内に乾いた音を響かせる。すると音を聞きつけた店主が奥の扉から顔を覗かせた。

「こら、花ちゃん。お客さんの前に出てきちゃダメでしょ。大人しく自分の部屋に居なさい」

 店主の声を聞き、花ちゃんと呼ばれた女性は頭を下げた。

「はい。ご主人さま」

 無機質にそう言うと、女性は通路の奥へと消えていった。女性の姿が見えなくなってから、アンジェリナは唾を飲み込み口を開いた。

「今のは、ホムンクルスですか」

 聞かずには居られなかった。ホムンクルスとは、魔法と錬金術で作られた人造人間の事だ。肉体を人工的に合成し、そこに魂を宿らせる禁断の命である。

「ち、ちがうぉ。お手伝いの花ちゃんだぉ。ホムンクルスなんて言葉初めて聞いたし、まだ魂が定着してないなんて、誰にも知られてない事だぉ。あ、そうそう。これ頼まれてた武器。確かに渡したぉ」

 ホムンクルスと言う言葉に明らかに動揺している店主は鞘に収められた二本の短剣をアンジェリナに押し付けると、また扉の奥へ逃げるように姿を消した。

「あぁ~忙しい。今日はこれで店閉まいだぉ。82マートに御用の方は五郎丸を通して注文してねぇ~」


 店の中には呆然と立ち尽くす二人の冒険者と沈黙だけが残された。

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