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皇女

 光が収まると、空を覆っていた厚い雲は霧散し、辺りは元通りの明るさに戻っていた。

 閉ざしていた瞳をアンジェリナが開いた時、その場に立っているのはアンジェリナとウルフだけになっており、土色の兵士たちは跡形もなく消え去っている。大地には大魔法が発動された痕跡である六亡星がくっきり残されていた。


「師匠~」

 櫓から降りて走りよって来たクローバーが、息を切らして叫ぶ。

「凄い、師匠。今の師匠がやったんですか。あんな魔法初めて見ました」

 クローバーは両手の指を顔の前で組み、尊敬の眼差しでアンジェリナを見つめている。

「いや。今のは私ではない。どうやら我々は誰かに助けられたようだ」

 カラドボルグを背負っている鞘に戻しながら、アンジェリナは辺りを見回している。

「気をつけろ。相手はまだ近くにいるかも知れん」

 構えを解いていないウルフが警戒を促すと、その声を聞いたクローバーがアンジェリナの腕にしがみ付く。


「今のは浄化魔法。大丈夫、あなたたちに害を加える魔法ではありませんし、あいつらの気配はもう感じませんわ」

 突然ウルフの背後から声がした。振り返ったウルフの眼に映ったのは、齢十歳くらいの過度な装飾が施された黒いローブを着た少女の姿だった。

 肩まで伸ばした銀色の髪。雪のように白い肌。整った鼻筋。瞳の色は……判らなかった。少女の二つの瞼は堅く閉ざされていた。

「今のはお嬢ちゃんがやったのか」

 ウルフは驚きを隠せない声で訊いた。魔法の行使は武器を振るうより難しいとされる。年端も行かない少女が先程の大魔法を放ったとは到底考えられなかった。

「ええ。この国の魔法は自分の魔力と、大地のマナを借りて発動させるようですけれど、先程のは祈祷魔法。己の信仰心によって術の範囲、威力は異なりますの」

 淀み無く、自信に満ちた声で少女は答えた。

「あなたは巫女なのですか」

 今度は魔術の心得があるアンジェリナが尋ねる。魔法を行使する冒険者と言っても違いがある。術士と言われる者は自然界のマナを行使する術を身に着けている事が多く、巫女と呼ばれる者は信仰する神の力を借りて魔法を行使することが多い。

「あら、物解りがよろしいのですね。その通りですわ」

 少女は満足そうに微笑んだ。人形の様などこか生命力を感じさせない無機質な微笑みだった。

「瞳を閉じたまま、あなたはあの兵士たちの位置が判ったのですか」

「人間は眼で見たものを信じてしまいます。しかしそこには思い込みからの間違いが生じ、人は過ちを犯す。我が国の巫女は、生まれたと同時に両の眼を潰し、おのが心を神と交わらせる訓練をするのです」

 今度はアンジェリナの背後から声がした。反射的に長剣の柄に手を掛けながら振り返ったアンジェリナの目の前に若い一人の男が立っていた。

「これは失礼しました。驚かせてしまったようですね。わたくしどもはミュケナイ帝国領、銀狼公国の者でございます。遥か大陸の彼方、海洋の果ての雪に閉ざされたミュケナイ帝国の最北に、わたくしどもの公国はあります。こちらは第四皇女アグディクティス内親王殿下。わたくしは従者のエルクワールと申します」

 エルクワールと名乗った男は身長百八十cm、痩せ型で従者の名に相応しく、黒く長い燕尾服のようなコートを羽織りアグディクティスと同じ、銀色の髪をしている。端正な顔立ちで長い前髪の奥の瞳の色は夕焼けの様な濃い紅をしている。このエルドラゴには存在しない瞳の色だ。


「助けてくれた事に感謝します。私たちはエルドラゴ王国直轄ギルドの者です」

 柄に掛けていた手を下ろし、アンジェリナは礼を述べた。

「これは僥倖。神の徳沢か。エルドラゴの直轄ギルドに所属している冒険者は恐ろしく強いと伺っています。御恥ずかしい話ですが、今わたくしどもの帝国では内紛が起こっています。銀狼公国は先代の王が死去すると、侃々諤々と数字ばかり並び立てる文民出身の宰相が親王殿下に代わり王の代理を務めておりましたが、情勢は安定せずさらに重い税が王宮の安全確保の為だけに課せられ、人心は乖離していきました。そのような宰相に反発する議会が隣国の紅鷲公国を王宮に誘い入れ、先程の土でできた兵士を率いて襲撃したのです。宰相は処刑され、幼いアグディクティス皇女は兄上様、姉上様と共に数人の従者を連れて、船で帝国領を出て亡命したのです。しかし海上で追手に捕獲され、兄上様、姉上様はその場で自ら命を絶たれました。アグディクティス様はどうにか逃げ延びることに成功しましたが、残された従者はわたくしだけになってしまいました。公国を再興して欲しいとは申しません。ただ、追手から逃れ、再起を計れるようになるまで、そのお力をお貸し頂けないでしょうか。その想いでわたくしどもは命を掛けてやってきたのです」

 一気にそこまで告げると、エルクワールは黙り込んだ。


「祖国を想う気持ちに人種や国境はありません。あなたがたの心中はお察しします。ですが、我らはギルド長の命でここに居ります。私の一存で、行動方針を変える訳には参りません」

 会ったばかりの相手の言葉を全て信じる程アンジェリナはお人好しではない。慎重に言葉を選びながらアンジェリナは相手の出方を窺った。

「気になる事がある。姫様の魔術、祈祷魔法だったか。あれが有れば先程の魔物が大群で攻めてきても自分たちの国を守れたのではないか」

 エルクワールの話を鵜呑みにはしていないような口振りでウルフが疑問を呈する。

「仰る通り。あのような雑兵など、皇女のお力で排除することは雑作もありません。わたくしどもはあの兵士をアダマ(土くれ)と呼んでいます。ただ、アダマはそれこそ土くれ。地面から無尽蔵に湧き出し、その数は無限と言っても過言ではありません。そのアダマを召喚し操っているのが、紅鷲公国の三人の宮廷魔術士なのです」

 ウルフの質問にエルクワールは明瞭に答えた。


 アンジェリナの脳裏に夜毎見る夢の情景が浮かび上がる。雪に包まれた王宮。土色の兵士。魔術士の影……。偶然とは言い難い奇妙な一致は疑うに充分だった。

「なるほど。アダマが居るって事は、その魔術士も近くに居るって事と同義なのか。差し当たって、そいつらを排除して欲しいって訳か」

 黙って何かを考えているアンジェリナを横目で見遣りながら、ウルフは亡命してきた銀狼公国の二人の意思を確認する。

「その通り。暫くの間、そなたたちの剣を私の国の為に振るってくれないだろうか」 

 幼い身に過酷な運命を背負わされた皇女が三人に懇願した。

「恐れながら、内親王殿下に申し上げます。先程も申し上げた通り、我々はこの国のギルドに所属しております。ギルドに所属している冒険者が、国の勅許なしに他国の内乱に介入する事は規約に反しております。そしてあなたがたが仰る言葉が真実であると言う保証はどこにもございません。我ら冒険者が剣を抜く正義は、ただ一つ、己がマスターの命令に依ってのみにございます」

 黙っていたアンジェリナが盲目のアグディクティスを見据え、毅然とした口調で答える。慇懃な言葉遣いではあるが、多少とは言えない無礼な物言いに、エルクワールの表情が強張るのをアンジェリナは見逃さなかったが、口に出したのは別の言葉だった。

「ただ、ここで邂逅したのも何かの縁。ここは一度ギルドに戻り、長の判断を仰ぎたいのですが」

「アンジェリナ殿。まさか今の話、本当だと思っているのではないだろうな」

 ウルフが隣にいるアンジェリナだけに聞こえる声で囁く。

「全てを信じている訳ではありません。ですが、先程アダマの群れから助けられたのは事実。恩義を返さなければいけない義理はあります」

 アグディクティスから眼を逸らさずにアンジェリナがそう答えると、ウルフの携帯オベリスクストーンから声が聞こえてきた。

「あ~。アンジェリナ殿。話は携帯越しに聞かせてもらった。構わないぜ。我がギルドは銀狼公国のアグディクティス皇女の亡命に協力する」

 五郎丸の声だ。

「凄いだろ。オベリスクストーンの構造を解析してたら、突然感度が良くなって、声まで転送できるようになったのさ。まだ俺の携帯からだけだけどな」

 五郎丸はアンジェリナたちが出立してからも三十℃の部屋に籠もり研究をしていたようだ。


「俺も明日一小隊を率いてそっちに向かう。合流してから、ゆっくり話を聞こう。それまでそちらのお二人を国賓だと思ってしっかりお守りするように。国の許可は俺が取っておくから心配するな。これは命令だ。以上」

 アンジェリナたちの返答も聞かずにそれだけ伝えると、通信は一方的に途絶えた。


 こうして、五郎丸のギルドと銀羊公国の奇妙な同盟が結ばれたのである。

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