会敵
バルドル村に近づいて来る土色の兵士たちは、初心者の冒険者でも持たないような粗末なダガーと鎧のみの装備で、緩慢な歩みで少しずつ街道を南下してくる。相手の目的は明確ではない。だが、敵意は明らかであった。
「あれは、人か。それとも魔法生物か」
バルドル村を出て街道を疾走するウルフは隣を走るアンジェリナに意見を求めた。大戦が終結してから魔物が集団で人里を襲う事は滅多になくなった。魔物を統率する暗黒王スルトが討ち果たされたからだ。では目の前の敵は何故、バルドルの村を狙うのか。ウルフには見当がつかなかった。
「どうでしょう。憶測で物事を判断するのは好きではありませんが、情報が少なすぎます。この場合は直感に頼った方が良いかも知れません。ウルフさんはどう思いますか」
アンジェリナは先輩冒険者に聞き返した。推論より直感が正しいと言うことが大いに在るのは冒険者にしても同じなのだ。
「斬ってみて血が出れば人間かな。先陣は約束通り頂くぜ」
豪胆な返答をして口角を吊り上げると、ウルフは盾を構えて兵士の群れの中に突進した。
ダガーを振り上げて襲い掛かってきた土色の兵士の攻撃を身を低くしてかわすと、ウルフは一歩相手の懐に踏み込んで、手にしたワルキューレと呼ばれる死者を選別する戦乙女の名が冠されたショートソードを閃かせた。
伸ばしてきた腕を斬り上げで両断すると、土色の兵士の口から絶叫が迸る。ウルフは踏み込んだ突進力を生かして、そのまま片腕を失った兵士の顔面を盾で殴りつけた。
物が潰れる鈍い音がして、顔面から眼球と歯が飛び散り、土色の兵士はもんどりうって大地に倒れこんだ。ウルフは返す刀で二体目の首を刎ねると、盾を絶妙な角度に翳して、三体目からの攻撃を受け流す。攻撃を弾かれ体勢を崩した相手の肩口に必殺の斬撃を叩き込んだ。
傍目から見ても戦闘を楽しんでいる事が判る大袈裟な立ち回りだ。
ウルフが派手な戦闘を繰り広げている時、アンジェリナも土色の兵士と対峙していた。土で出来た物質が風の属性に弱い事は、冒険者にとって常識である。アンジェリナは風の憑依魔法を唱え印を結ぶと、カラドボルグに風の力を宿らせた。向かって来る相手を確認し、深呼吸して狙いを定め愛剣を構える。
ただ、一薙ぎ。
カラドボルグから発せられた風の力を帯びた衝撃波が襲い掛かってきた三体の兵士を一瞬で消滅させた。衝撃波は直撃と同時に体内に宿る土属性のマナを粉砕していく。相手の攻撃はダガーを振り回してくるだけの単調なもので、盾を持っていないアンジェリナでも容易くかわす事ができる。まるで舞うような足取りで敵の攻撃をかわしていく。アンジェリナがカラドボルグを振るう度、それは死の旋風となって土色の兵士を討ち倒していく。
「こいつら恐れる心が無いのか。何故後退しない」
十体目を切り伏せたウルフがアンジェリナに叫ぶ。魔物と言っても圧倒的不利を認識すれば撤退する事は珍しくない。だが、今二人の目の前にいる魔物の群れは仲間を打ち倒されても、臆する事無く次々と殺到してくる。
「私も今、それを考えていたところです。こいつらの斬り口からは体液が出ません。何かがおかしい」
向かってくる相手に、その代償として自らの消滅を要求する無慈悲な攻撃を繰り出しながら、アンジェリナは怒鳴り返した。恐れる心と言うより、この者たちには感情自体が無いのではないか、とアンジェリナは感じていた。
「どこかにこいつらを操っている奴がいるって事か」
十一体目の頭を翳されたダガーごと叩き割ったウルフがアンジェリナの疑問に答えた。
鬼神のように強い二人の冒険者によって、百体近くいた土色の兵士の数が四分の一程度減ってきた時、突然天候が変わり始めた。厚い雲で太陽の光は遮られ、まだ昼間だと言うのに辺り一面が闇に閉ざされていく。
「何だ」
アンジェリナとウルフが異口同音に叫び、空を見上げる。雲はさらに厚くなり、それと共にどこからか呪文の詠唱が聞こえてくる。
「偽りの命を持つものたちよ。ここは生ある者のみが住まう場所。汝らが在るべき場所に速やかに還れ……」
若い、いや、幼い少女の声だ。エルドラゴで使用される魔術ではない。詠唱からアンジェリナは瞬時に判断した。
その術の魔力に反応してか、アンジェリナのカラドボルグが妖しい光を放つ。咄嗟に身の危険を感じたアンジェリナはウルフに注意を促した。得たいの知れない魔術が完成しようとしていた。
「いけない、大魔法が来る。退避して」
地面に六亡星が刻まれ、重なり合う二つの星が二重の円で囲まれ、魔方陣を形成していく。その魔方陣の大きさはエルドラゴで用いられる大魔法の範囲を遥かに超えていた。
「こんな範囲の魔法があるのか。ダメだ。避けきれん」
ウルフが諦めて盾を翳し防御姿勢をとる。
「魂よ土へ還れ。……エクソシズム」
詠唱が終わると、地面に刻まれた魔方陣から眩い光が溢れた。その光は土色の兵士を浄化させ、アンジェリナとウルフの身体も貫いていく。
視界が強烈な光で満たされ、アンジェリナは思わず瞼を閉じた。