仲間
アンジェリナが五郎丸の邸宅から帰ると、日が暮れかけていた。エルドラゴの国土の中央を走るミーミル山脈の向こうに、空と雲を茜色に染めながら太陽が沈んでいくのが見える。
この季節は、昼は穏やかな暖かさで全ての生き物を等しく照らしてくれるが、夜は冬の名残が君臨し、容赦なく生き物たちに自然の厳しさを啓示する。
アンジェリナが自室へ戻ろうと庭を歩いていると、厨房からアイリスが用意してくれている料理が芳ばしい香りを運んできた。
明日からはまた忙しくなる。今日はゆっくり身体を休めようと、アンジェリナが玄関で甲冑を外していると、後ろから声をかけられた。
「よう。五郎丸から宝探しの話を聞いてやってきたぜ」
聞き覚えのある声だ。甲冑を床に置いて振り返ると、アンジェリナと同じくらいの背丈の男が右手を挙げて挨拶してきた。
歳は三十代半ば、無造作に伸ばした青みを帯びた髪を後ろに流している。肌の色は日に焼けて浅黒く、左頬に大きな古い傷が残っている。無精髭を生やし、筋肉もしっかりついており、いかにも冒険者と言う印象を受ける男だ。
「ウルフさん」
戦友の姿を確認したアンジェリナは礼儀正しくお辞儀した。
「相変わらず固いな。俺には「さん」付けなどしなくても良いぞ」
ウルフは白い歯を見せて笑った。笑うと五歳は若く見える。愛嬌のある笑顔だ。
「礼節は人間関係の基本です」
優等生の模範解答を聞くとウルフは溜息をついて、大袈裟に肩を竦めてみせた。
「まあ良いや。今回のパーティーに組み込まれたんでな。折角なんで、打ち合わせに来たのさ」
ウルフはアンジェリナの先輩冒険者で、五郎丸のギルドに入るよう勧めてくれた恩人でもある。現行のギルド法が施行される際、所属するギルドを探していたアンジェリナに五郎丸のギルドを紹介してくれたのだ。実力者は多いが、長の五郎丸を含め登録している冒険者のほとんどが若いこと、また出自などを詮索しない実力主義で自由な雰囲気が気に入りアンジェリナは籍を置く事を決めたのだ。
ウルフは片手剣を重さを感じさせない速さで振るい、腕は悪くないのだが、後先を考えない突貫をすることで知られている。戦いと酒を好み、豪胆な性格でよく笑う。先の大戦で妻を失っているが、女性にも甘いと有名だ。頬の傷も、本人はエンシェントドラゴンとの一騎討ちで付いたものだと言い張るが、浮気がばれて逆上した妻に付けられたものではないかとの噂が広がっている。
「本来ならもう一人、エンプレスが来る予定だったが、最近体調が優れないようでな。休養に専念してもらうために、今回の派遣は見送られた。代わりにアンジェリナ殿の弟子を連れて行けとのお達しだ。お主が携帯オベリスクを持ってないから、俺が代わりに呼んでおいたぞ」
ウルフは懐からオベリスクストーンを取り出し、胸を張って威張ってみせた。
「アンジェリナ師匠~」
こちらも聞き憶えのある声だ。アンジェリナが声のする方へ視線を向けると、使用人のアイリスが露台(バルコニーの事)の卓に出してくれている料理を一人で食べている女性の姿が見えた。用意された皿がみるみる空になっていく。三人分の料理を一人で食べつくす勢いだ。
その姿を見て、アンジェリナは破顔した。
「クローバー。私たちの分も少しは残しておけよ」
クローバーはまだ冒険者となったばかりで、実戦経験が乏しい。インタール山脈の山道で魔物に襲われている所を偶然、観光案内所からの依頼で、定期の山道の魔物討伐をしていたアンジェリナに助けられ、次の日にギルドに押しかけてきた。アンジェリナを何故か「師匠」と呼び、ギルド長の五郎丸を説得して、そのまま冒険者になったのだ。
漆黒の長い髪を後頭部で結び大きな眼鏡をかけている。幼く見えるが結婚もしており、実はアンジェリナよりも年上だ。その辺りの実年齢と見た目の隔たりが本人の悩みらしい。しかし、弓を遣う彼女の器用さはギルドでも目立っており、冒険者としての資質は低くないと、アンジェリナも認めている。
「百戦練磨の剣術遣い、未来の弓の達人、そして四属性の魔法剣士。これだけ揃えば問題ないだろ。こら、嬢ちゃん。料理全部食うなって」
ウルフもそう言って、小走りに露台に向かっていく。
確かにアンジェリナとウルフは国のギルド運営本部から「プラチナランク」を付けられている冒険者だ。小型の魔物が相手なら、一対五十でも負けはしないだろう。
バルドル村に出現するアンノウンを討伐し、船を調査してくる。何も無ければ三日で戻って来れるだろうと、アンジェリナも算段した。
日が暮れ、夜の衣が昼の暖かさの残滓を拭い去り、外の気温が急激に低下してきたので、食事を終えた三人はアンジェリナの自室に移動し、食後の温茶を飲みながら明日の依頼について話し合っていた。
「なるほど。船の調査とは別に、アンノウンとも殺りあえる訳だ」
ウルフはまだ見ぬ敵の存在を知り、愉しそうだ。大戦が終結して五年。平和になるのは悪くないが、冒険者はまだ見ぬ敵と戦って見たいと言う欲求を捨てきる事が出来ない。
「船の調査もありますが、オベリスクストーンへ提供された情報が本当なら、未確認の魔物が近くに潜んでいる可能性が高いです。近隣住民に被害が及ばないよう、アンノウンから手を打つべきでしょう」
アンジェリナが二人に提案する。アンノウンとは冒険者の間で使用される未確認の敵性生物の総称で、正式な名称が付くまでこの名前で呼称される。
「異議な~し」
クローバーが緊張感の無い声で賛同する。クローバーはまだ実戦経験が浅い。自分で戦術、戦略を考慮するのは困難だ。師と仰ぐアンジェリナが言う事であれば、大概のことは承諾するに違いない。
「隊列は、防御が高い俺が先頭に立つ。クローバーの嬢ちゃんを真ん中に置き、アンジェリナ殿が殿だ。それで良いな」
ウルフはどうしても、一番先に敵に切り込みたいようだ。特に断る理由がなかったので、アンジェリナは頷いてウルフの提案を受け入れた。
「これで、まだ見ぬ敵を 一番先に倒せば、ギルドに俺の名が残るな」
「やけに積極的だと思ったら、それが狙いだったんですか」
「一番先に殺られても、名前は残ると思いますよ~」
一人でにやけているウルフに二人が横槍を入れる。
「うるさい。必勝法見つけたら、ギルドと国に特許を申請してやる。薔薇色の人生が俺を待っているかも知れん。アンノウンと真っ先に殺りあえるなんて、この先ないかも解らんのだからな」
ウルフは悦に入った表情で熱っぽく語る。現にオベリスクストーンには魔物に対する対処法が多く書き込まれ、特に有効なものは冒険者の名前がその戦法の名に冠される事も多い。
「そんなモノなんですか~。どうぞ、お幸せにです~」
どうやらクローバーは、事の重要性を今一解っていないようだ。冒険者に於いて、知名度と言うのは大事なものである。魔物との戦闘は何時、何処でおこるか予測できない事が多い。畢竟、見ず知らずの冒険者と戦線を共にすることもある。その時は冒険者のランクや知名度がものを言う。ランクが高いもの、有名なものがその場の指揮を預かる事も多い。名声を得て有名になれば、その場で人を従え戦うこともできるのだ。ウルフはその事を知っている。
「今日は訪問感謝します。もう夜も遅くなってきたので、お二人は二階の客間をご利用下さい。明朝六時にバルドル村に向けて出立しますので、各々ご準備をお願いします」
アンジェリナは立ち上がり二人に告げた。同行する冒険者も決まり、おおまかであるが依頼達成への指針も決めた。あとはしっかり休み、明日に備えることが大事であるとアンジェリナは考え、この場は解散した。
平穏な夜が惜しむように更けて行った。