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依頼

 アンジェリナの所属するギルドに名前はない。


 この国には大小合わせて千五百を超える数のギルドが存在し、それぞれに仰々しい二つ名が冠されているが、ギルド長の意向だろう、開設以来名無しで運営されている。またこのギルドは数少ない、国の直轄ギルドであり正規軍でも手に負えない難儀な事件や、裏の仕事も入ってくる。


 ギルドに所属する冒険者の総数をアンジェリナは正確には把握していないが、五十名は下らないであろう。その中でアンジェリナはまだ新顔の部類だ。いずれも死地を潜り抜けてきた猛者ばかりで、このギルドが本気を出せば、エルドラゴ城すら乗っ取ることが出来る。アンジェリナはそう思っている。


 ギルド長は五郎丸と言い、遙か極東の島国、の国の家系出身である。奴の国は礼節を重んじ、義を通す民族が住む国だとアンジェリナは聞かされている。またエルドラゴに流通する刀も、この国から伝わったものである。五郎丸の邸宅がギルドの本部になっているのだが、このギルド長は国から与えられた土地を開墾しようとせず、粗末な木の柵で土地を囲うだけで放置している。アンジェリナと同じ広さの土地を与えられている五郎丸の邸宅は、五メートル四方の部屋が四つほどある、平屋の小さな作りの建物だ。広い庭には雑草が生い茂るだけで、植物が植えられたり、鉱物を発掘しようと掘削された跡もない。そのような理由で、大事な会合がある時や多くの登録者が集まる際には、ギルド内の他の冒険者の邸宅が集合場所として提供される事もある。それ故、五郎丸のギルドの事を「牧場ギルド」と揶揄する者もいるのだが、五郎丸を含めギルドの冒険者たち全員が全く以ってその通りだと思っていたので、誰も気に留めてはいなかった。


 邸宅の一番奥にある五郎丸の部屋には何百と言う蔵書が無秩序に積み重ねられ、その部屋に二つのオベリスクストーンが置かれている。回転を続けるオベリスクストーンは常に熱を発しており、その熱を蔵書が保温してしまうので、五郎丸の部屋は常に三十℃以上の室温となっている。

 奴の国の家系である五郎丸は畳と呼ばれる藺草で編まれた床板を部屋に敷き詰め、そこに直接布団を敷いて睡眠をとる。エルドラゴ出身の人間には理解し難い事だが、奴の国では普通の事らしい。本来は椅子に座るという習慣もなく、五郎丸自身は床に直接座るのだが、来客用の椅子が二脚と卓が用意されているのは、この男の気遣いの表れだろう。


「おお、アンジェリナ殿。よく来てくれた」

 入室したアンジェリナを迎えた五郎丸は濃い土の色をした豊かな髪を後ろに流し、魔力を帯びた糸で織られた涼しげな長く光沢のある白いローブを身に纏っている。歳は二十三で、若くしてギルド長になった実力者だ。瞳は青く、白い肌の整った顔立ちからは歴戦のつわものである事が予想されにくい。だが、このギルド長の最大の特徴は、身の丈がとても大きいと言う事だ。アンジェリナも百七十五センチあり、エルドラゴの男性の平均身長より十センチ近く高いのだが、五郎丸はそのアンジェリナより頭一つ分大きい。

「遠いところ悪かったね。まあ、そこに座って涼んでくれよ」

 大きな躯に似合わない砕けた物腰で、五郎丸はアンジェリナに窓際の椅子を勧めた。青白い顔の使用人のミランダが、アンジェリナに冷茶を出し退出していく。五郎丸自身は直接床に胡座をかいて座り、好物の氷菓子を食べている。

 この大男は金や女よりも氷菓子が好きで「五郎丸に厄介事を頼むなら、金ではなく氷菓子を持って行け」と言われるほどである。


「さてと……」

 空になった氷菓子の入れ物を、口惜しそうに見遣りながら、五郎丸は語り始めた。

「アンジェリナ殿。奇妙な噂と依頼がこのギルドに入ってきた」

 今までの雰囲気とは異なる口調から事態が只事でないのが伝わってくる。

「二日前、バルドル村近くの海岸に一隻の軍艦が流れ着いた。だが、国籍は定かではない。船体にはミュケナイ帝国所属と書いてあったそうだが、ミュケナイ帝国など我々の知らない名だ。腰抜けの軍の調査隊が、一応中に入ったが、船体内部は蛻の殻。猫の仔一匹居なかったそうだ」

「それだけでは我々ギルドの仕事にはなりませんよね」

 結論を急ぐアンジェリナの言葉に五郎丸が付け加える。

「確かに、未確認の軍艦一隻が流れ着いただけでは我々の出る幕ではない。だが、その軍艦が流れ着いたのと時を同じくして、奇妙な噂が流れ始めた」

 勿体ぶる五郎丸の口調に好奇心を刺激され「噂」とアンジェリナは聞き返してしまった。

「そう。地面から出てきた魔物が、近くに住むコボルトやドワーフを襲い喰っている、とな」

 アンジェリナが思惑通り食いついて来た喜びを隠して、五郎丸は続けた。

「アンジェリナ殿。いい加減携帯オベリスクストーンくらい持ってくれ。携帯が有れば、このくらいの情報、すぐに入ってくるぞ」

 オベリスクストーンとはエルドラゴ王国の要所に必ず配置されている、情報記憶媒体の事だ。オベリスクストーンに意志を送る事により、思念を刻む事ができ、その思念を特定の相手と共有する事も可能だ。つまりオベリスクストーンさえあれば、遠く離れた相手とも意志が疎通出来るという便利な代物だ。創られたのはこの時代ではなく、誰がいつ、何の為に創ったかは定かではない。

 ただ、現在のエルドラゴの技術では、オベリスクストーンは造れない。王国は発掘された大型のオベリスクストーンを各地に配置すると共に、小型の物は冒険者に提供して、情報の収集に役立てており、現在のエルドラゴ王国と冒険者にとって、欠かす事の出来ない物となっているのだ。

「便利なのは解りますが、何の為に創られたか解らない物を持ち歩くのは嫌なんです。気味が悪い」

 アンジェリナは興味なさそうに答える。

「解らんでも無いが、このギルドで持ってないのはアンジェリナ殿くらいなものだぞ。得体の知れない物でも便利なら使って改良する。それこそ人間の知恵と言うものだ」

 五郎丸はしたり顔で頷き一人で納得している。

「で、どうだ。面白そうだろ」

「あまり気乗りがしませんね」

 瞳を輝かせている五郎丸に対して、アンジェリナの返答は素っ気ない。

「だいたい、この仕事の依頼主は誰なんですか」

 アンジェリナの質問に、五郎丸の表情が曇る。

「まさかまたフィーナ様から貧乏籤を引かされたんじゃないでしょうね」


 アンジェリナの言っているのは先日の龍退治の事である。軍からの最優先の依頼で、調査不足のまま坑道に乗り込んだアンジェリナたちは最深部でエンシェントドラゴンと遭遇し、命からがら逃げ出して来たのだ。五郎丸を問い質すと、フィーナ女王がエンシェントドラゴンの鱗を一度見てみたいとの一言から始まった依頼で、つまり軍と五郎丸は坑道にエンシェントドラゴンが居るのを承知の上で、討伐のみを冒険者に託したのだ。アンジェリナはその幼稚な依頼内容に激昂したものだ。

「私は魔力が通じない相手には只のお荷物ですからね。またこの前の様な恥を晒すのはご免ですよ」

 魔力を媒介にして剣を振るう魔力大剣遣いの攻撃はマナの属性を帯びている。エンシェントドラゴンに魔法が効かないのは冒険者の間では常識だ。つまりアンジェリナにとってエンシェントドラゴンは天敵と言える存在である。

「何を言う。アンジェリナ殿が居れば問題ない」

 アンジェリナの心配を五郎丸は笑い飛ばした。

「私は一介の冒険者です。軍直属の依頼なら、ギルド内のもっと強い方たちに任せれば良いでしょう」

 必死に抵抗するアンジェリナに五郎丸は表情を変えた。

「アンジェリナ殿。俺の情報網を見くびってもらっては困るな」

 不適な笑みを浮かべながら五郎丸は続ける。

「先の大戦の公式の報告書には、暗黒王と対峙し、国を救った英雄は五人と記されている」

 後のこの国の人間なら誰でも知っている「エルドラゴ叙事詩」に出てくる五人の英雄の事だ。

「英雄王、リチャード卿。蒼き巫女、アイリ殿。太古からの使者、マイヤー卿。白き勇者、カイラス卿。そして、裏切りの騎士、シーマ」

 五郎丸は指を折って一人ずつ数えて行く。

「だが、歴史の表舞台には登場しないがもう一人、彼らの旅に同行し国を救った冒険者がいた。その冒険者の力は時として、龍の加護を得た英雄たちの力を大きく凌いだと言う。何人もの目撃者の証言から、六人目の救国の冒険者がいた事は明白だ。その冒険者は背の高い女性で、見たことも無い赤い長剣を軽々と振り回す魔法剣士だったそうだ」

 アンジェリナは言葉を失った。国の文書からも姿を消していた筈の自分の正体がこのギルド長には看破されていたのだ。その事実を知っていながら、五郎丸はアンジェリナをギルドの一員として他の冒険者と何の分け隔てなく接していたのだ。

「私を脅迫した上で、依頼を達成して、何を得ようと言うのですか」

 アンジェリナは自分の額が汗ばんでいるのを自覚していた。

「脅迫とは人聞きの悪い。俺はそんな陰険な事を好む男ではない。この件はアンジェリナ殿の得になる依頼なのだよ」

 アンジェリナの緊張を解くように、五郎丸は笑ってみせた。

「実は猫の仔一匹居なかった軍艦の中で、一振りの焼け爛れた剣が発見された」

 二つ目の氷菓子を取りに、五郎丸は部屋の隅の保冷庫に向かう。

「焼け爛れていても剣は魔力を発し続け、持ち帰った調査隊が一日掛かり復元したところ、その剣はアンジェリナ殿が持っているカラドボルグと瓜二つだったそうだ。調査隊曰く、その剣は何かの鍵としての役割を果たしているようだったとの事だ」

 氷菓子を頬張りながら、五郎丸は続ける。

「アンジェリナ殿が探している、ご自身の出生の秘密についても、この件は絡んでいると俺は睨んでいる。そしてその鍵はアンジェリナ殿しか持っていないカラドボルグが握っていると俺の勘は伝えている。どうだ、面白そうだろう」

 匙を咥えたまま、五郎丸はアンジェリナに詰め寄った。

 アンジェリナは再び絶句した。五郎丸は自分の大戦での姿と同時に、自分が冒険者を続けている理由も知っていたのだ。この男の情報網はいったい何処まで繋がっているのだろう。

「確かに、面白そうですね」

 観念したようにアンジェリナは溜息をついた。いつまでも待っているだけでは、自分が知りたいことの何一つ解明されない。そう決心し、一つかぶりを振るとアンジェリナの顔から迷いは消えていた。

「マスター。ご命令を」

 アンジェリナは椅子から降りると恭しく片膝をついてギルド長の言葉を待った。

「おう。ギルド長として汝に命じる。翌朝バルドル村に発ち、二日前に流れ着いた船の再調査と、また併せてバルドル村近辺に出没するアンノウンについても、俺の納得する答えを出して来い。小隊は汝が指揮官となり、同行するメンバーは追って知らせる」

 両手に匙と氷菓子の容器を持ったまま、部屋に響き渡る朗々たる声で五郎丸が告げた。

「御意のままに」

 上半身を折ってこうべを垂れ、アンジェリナは依頼を受諾した。

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