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術士

「四人で姫を囲め。エルクワールは直上からくる攻撃だけで良い。姫をお守りしろ」

 五郎丸が指示を出すと同時にギルドメンバーの四人が背中を預けて円陣を組む。生死を共にしてきた仲間だからこその素早い連携だ。


「姫。エクソシズムは唱えられるか」

 向かってくるアダマから眼を逸らさずにウルフが訊ねた。祈祷魔法はアダマに効果絶大である事は証明済みである。使用できれば大きな戦力になる。

「海の上ではアダマを土に返すことは出来ません」

 エルクワールがアグディクティスの代わりに答える。エルドラゴで使用される多くの魔法は自然界のマナを根源にして発動するのでどこでも発動可能であるが、祈祷魔法は勝手が違うようだ。


「なら切り捨てるまでじゃな」

 エンプレスが不適な笑みを浮かべてアダマを見据える。獲物を求めてエンプレスの槍が怪しい光を放つ。

「俺とエンプレスで空中のアダマを叩き落す。五郎丸とウルフは降りてきた奴らを始末しろ」

 リキュールは言うが早いか、右手に光るカーリーを振りぬいた。空気が裂け真空になった空間に周辺の空気が急激に引き込まれる。その無限の連続が衝撃波となりアダマの顔面を直撃する。攻撃を受け、仰け反ったアダマの顔面は真空波によって粉砕され、二、三度力無く翼をはためかせると、重力に従って海へ落下していく。

「ふん。勝手に決めおって、じゃが、お主にしては上出来の判断じゃ」

 エンプレスは手にした槍を突き出すとその先端から青白い煙が渦を巻いて生み出される。エンプレスが驚くべき速さで回転させ繰り出した槍は気圧の変化を生み、気圧が下げられた事により温度が下がった空気に含まれる水蒸気は、飽和状態となり一瞬で凝固し、氷の塊となって回転しながら弾き飛ばされる。

 人間の拳ほどもある氷の弾丸は光の尾を引いて先頭のアダマの胸部を貫通し、後ろを飛ぶ別のアダマの顔面に突き刺さった。余りに一瞬の出来事の為、アダマは自分が死ぬ理由さえ解らずに絶命した。

「ここは海上。まして天候は雨。水蒸気はいくらでもあるぞ。アダマども、我が槍の力、その眼にとくと焼き付けるがよい」

 エンプレスが声を張り上げる。


 上空に居れば抵抗出来ずに衝撃波に打ち落とされるか、氷の弾丸に打ち抜かれるだけである。アダマは群れを成して甲板に降りてくる。それは悪い選択ではなかったが、アダマにしてみれば間接攻撃で命を落とすか、直接攻撃で絶命するかの違いでしかなかった。


 五郎丸は鈍く光る斧を上段に構え半身を捻ると、向かってくるアダマ目掛けて斜めに振り下ろした。五郎丸の斧は、右から向かってきたアダマが防御の為に翳した短剣ごと腕を粉砕し、そのまま頭部を襲う。こめかみの部分を強打され、かち割られた頭蓋は元がどんな形であったか解らなくなるほど変形していた。五郎丸はそのまま斧を振り抜き、左から襲ってきたアダマの腹部に渾身の一撃を見舞った。

 アダマの上半身と下半身は永遠に別れを告げ、下半身は力無く前のめりに甲板に倒れ、上半身は絶叫を上げた表情のまま甲板に転げ落ちた。斧の勢いは衰えず、二体のアダマの命を一振りで奪った斧は深々と甲板に突き刺さった。その隙をついて、正面からアダマが奇声を上げて五郎丸に襲い掛かる。体制を立て直すと、五郎丸は左手一本で斧の柄を掴み、甲板から引き抜いた。襲い掛かってきたアダマよりも先に斧を持った左手を鋭く突き出す。

 衝突の衝撃でアダマの胸骨と肺、心臓を砕いた斧は身体を貫通し、刃の半分までがアダマの背中から突き出ていた。恐るべき腕力である。


「奴ら無限に湧き出てくるぞ」

 ウルフは単身敵の中に切り込みたい衝動を抑え、アダマの腕を切断し、首を刎ね、心臓を突き刺した。一振り毎に確実にアダマの急所を貫き無力化していく。

 四人の周りには、つい先程までアダマだった物の破片が次々と積み重ねられていく。嵐の中、揺れ動く甲板と言う条件下でも、個々の戦闘力は圧倒的に五郎丸たちが上回っている。ただし一対一なら決して負けはしないが、五郎丸たちは常に二~三体を相手にしなければならない。

 アダマとの交戦が始まって二十分以上が過ぎてくると、致命傷には至らなくても少しずつ四人の冒険者は追い込まれていく。 

 リキュールの鎧に亀裂が走り、五郎丸の頬をアダマの短剣が翳め、鮮血が飛ぶ。ウルフの愛剣ワルキューレは刃毀れを起こし、エンプレスは長い戦闘により体力を奪われ肩で息をし始めた。

 それでもアグディクティスにかすり傷一つ負わせていないのは、四人がただ強いだけでなく戦闘に於ける優先順位を互いに理解、共有しているからだ。ただし、持久戦は増援が来ることを前提で行われる。船が沖に流され、時間の経過と共に孤立していく現状では、何一つ打開の糸口が見えていない。


「俺らもヤキが回ったな。こんな船の上で防戦一方とはな」

 リキュールが珍しく弱音を吐く。

「五郎丸。何とかならんのか。このままでは不利になるだけじゃぞ」

 エンプレスの顔色が先程より青くなっているのがはっきりと見てとれた。

「何かある筈だ。奴らは恐らく召喚されている。どこかに術士がいる筈だ」

 五郎丸は仲間を鼓舞する。しかし当の五郎丸さえ、この状態をどう切り抜けるかの案は持ち合わせていなかった。



 ブロロロロロロロロロッーーーーーーーーーーーー。

 嵐の中、豪雨の音を切り裂いて、空から轟音が響き渡る。厚い雲の間から姿を現したのは一機の小さな飛空挺だった。

「新手か」

 ウルフが失望を込めて叫ぶ。

 飛空挺は飛行石の磁場を用いた反重力を利用し、物理学を無視した形状で空に浮かんでいる。そして、その船体には大きく「82」と印されていた。


 飛空挺の操舵室。操縦席には裏切りの騎士シーマの写し身である花ちゃんが座っており、その膝の上には黒猫が鎮座在している。操舵席の一体と一匹の身体には無数の管が繋がれ、それらが飛空挺の操縦機器と連結されている。その後ろの艦長席に仁王立ちするのは誰あろう、ブリギッドのダウンタウンで商売と言う業を重ねる「82マート」の店主であった。


「花ちゃん、ガトリング砲発射用意」

 店主が操舵室に響き渡る声で命令する。

「はい。ご主人様」

 花ちゃんが返事をすると、計器類が自動で作動し、船体下部のハッチが開きガトリング砲が姿を表した。鈍い輝きを放つ砲身は現在のエルドラゴでは造る事が出来ないオーバーテクノロジーの権化であった。

「目標補足。自転、磁場による誤差修正。命中率、百分の九十九.九九九九」

 花ちゃんが無機質に伝える。その声に店主の口角が一瞬吊り上った。

「ガトリング砲、てっーー」

 店主の号令と同時に花ちゃんがトリガーを搾り、ガトリング砲から無数の弾丸が飛び出した。


 弾丸は液体が詰まったガラス製の小瓶で、アダマに命中すると瓶が割れ液体が飛び散る。アダマの身体を塗らした液体は煙を上げてアダマの皮膚と骨を溶かし、空中と甲板に居るアダマを次々と戦闘不能にしていく。


「どうだ。化け物ども。82マート特製、半分はポーション。半分は口では言えない何かで創った聖水弾の威力は。体が蕩けるほど美味しいだろ」

 店主は艦長席で顔色一つ変えずに胸を張っている。

「ついでに術士の姿も発見したぉ。船首にコソコソ隠れてるので、奴を倒した頃に迎えに戻ってくるぉ」

 飛空挺は甲板すれすれを翳め、また雲の中に飛び去っていく。そのすれ違った一瞬で、二つの影が甲板に降り立った。アンジェリナとクローバーである。

「術士に向かいます。皆さん援護をお願いします」

 甲板に降り立った時、アンジェリナは既に愛剣カラドボルグを抜き放っている。向かってくるアダマを無視して一直線に船首に突進する。殺到するアダマから繰り出される攻撃をかわし、一気に距離を詰める。リキュールの衝撃波が、エンプレスの氷の弾丸が、クローバーの弓矢が、アンジェリナの突進を阻もうとするアダマを次々と倒していく。

 自分に向けられた明らかな殺気を感じ、危険を悟った術士は魔法の詠唱を始めた。

「闇に住まいし、我らが主よ。我に仇なす者の血を捧げん。しばしこの世に現れ、その力で愚かなる者の運命を飲み込め……」

 術士の背後の空間が歪み、言いようの無い瘴気を帯びた闇が溢れてくる。その奥から獣のような唸り声が響き、二つの金色の眼が現れた。禍々しいその光は、見ているだけで寒気がするような邪な波動に満たされている。

「いかん。詠唱が終わるぞ」

 危険を察知したウルフが叫ぶ。

「開け、暗黒の扉ーー」

 術士が額の前で印を結び、魔法が練成される。

 その半瞬前。

 アンジェリナのカラドボルグが詠唱の為に無防備になった術士の胸を貫いた。


 術士は印を結び終わる事が出来ず、口からどす黒い血の塊を吐き出した。アンジェリナがカラドボルグを引き抜くと、大量の血が噴出し甲板に紅い橋を架けた。空間の歪みは消え去り、術士の絶命と共にアダマたちも消滅した。

 術士の返り血を大量に浴びたアンジェリナはカラドボルグを一振りし血飛沫を払うと鞘に収め、深呼吸して仲間に向かって一礼した。

「やりやがった。たいした奴だ」

 安堵の溜息と共にリキュールは感嘆した。まだギルド内では新参者であるが、長の五郎丸が信頼しているだけの事はあると、改めて納得して口元を綻ばせた。エンプレスは体力を使い果たしたようで、甲板に突き刺した槍を支えにして片膝を着いて呼吸を整えている。


「……どうやら、助かったようだな」

 五郎丸も斧を下ろすと、その場に座り込んで空を仰いだ。

 嵐が去った後の抜けるような紺碧の空を飛空挺がゆっくり旋回しているのが見えた。

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