墓標 (外伝一話)
エルドラゴ城の城壁から南西に広がる平原の一画、広い敷地内に一軒の小さな邸宅がある。
王国から冒険者にあてがわれたその土地は、粗末な木の柵で囲われているのみで、手入れが行き届いているとは言い難い。アンジェリナが所属するギルドの長、五郎丸の邸宅だ。
何もないその土地の片隅に、小さな墓標が立てられている。雑草で覆われている、通称「牧場」と呼ばれている庭は墓標の周りだけが手入れされ、花が手向けられている。
天気は雨。初夏の午後に急速に発達した雨雲は瞬く間に空を支配し、鉛色の陰鬱な色の空から無数の雨粒を重力に従って地面に落としていた。
篠突く雨の中、白いローブを着た大男がローブが濡れることも厭わずに、墓前で両膝を着いて手を合わせている。この館の主、ギルド長の五郎丸だ。辺りには奴の国の植物で作られた線香の香りが微かに漂っている。
眼を瞑り、手を合わせている五郎丸の周りだけ、突然雨が止んだ。いや、止んだように思われた。眼を開けてから五郎丸は隣に傘を手にしたアンジェリナが立っている事に気が付いた。
「坑道の定期の魔物討伐、何事もなく完了しました」
アンジェリナが努めて機械的に報告を済ませた。
「そうか、ありがとう」
五郎丸は言葉少なく、アンジェリナからの報告に答えた。
「こんな所に墓標があったなんて知りませんでした」
今度のアンジェリナの声は、感情が籠ったものだった。
「今日はこいつの命日でな。俺は一年に一度、自分の行動を省みて、ここに眠る友に報告に来ている」
アンジェリナと眼を合わす事無く、五郎丸は独り言のように呟いた。
「いつも一人で行動している奴でな。気になったから、俺がその当時所属していたギルドに誘ったのさ。一人では寂しいだろ、と言ってな……。可愛げの無い奴だったよ。女のクセに大斧を振り回して、一人でエレメントドラゴンまで倒してしまうような奴だった。でも、独りで空を見上げて、星に願いを込めるような儚さも併せ持っていた」
五郎丸は記憶を手繰り寄せながら小さく笑った。
「大事な人だったのですね」
アンジェリナは野暮と解っていたが、五郎丸の独白に口を挟んだ。
「どうだろうな。大事な仲間ではあった。ただ、俺もまだ未熟で、冒険に出てしまえば自分の身を守るのが精一杯だった頃だ。でもこいつには、いや、こいつにだけは安心して背中を任せられた。俺にはその甘えがあったのだろう。最期は撤退命令を無視した俺の身代わりになって、こいつは死んだのさ」
そう言って再び眼を閉じた五郎丸の頬を伝う水滴が雨であるのか、涙であるのかアンジェリナには判らなかった。
「俺は所属していたギルドを抜け、国の試験を受けて自分でギルドを立ち上げた。もう誰一人、大事な仲間を失わない為に。……解ってるよ。矛盾しているのは。誰も失いたくないなら、戦わなければ良い。でも、空を見上げるのが好きだったあいつの代わりに、俺が出来るだけあいつが見ることが出来なかった空を、仲間と一緒に見上げてやろうと思ってな。それが俺に出来る唯一の供養だと……」
五郎丸の言葉で初めて、アンジェリナはこのギルドの設立の由来を知った。
「ギルド長、その愛用の斧はもしかして……」
アンジェリナは五郎丸の膝の前に横たえられている斧について言及した。
「ああ、アゲハなんて装飾の施された斧を男は普通使わんよ。これはあいつの形見さ。元々俺は片手剣遣いだったからな。斧を振り回せるようになるまでは苦労したぜ」
五郎丸は愛おしそうに、鈍く光る斧を撫でた。
「辛いお話をさせてしまったようで、申し訳ありません」
アンジェリナは自分が些か口幅った質問をしてしまった事を謝罪した。
「いや、誰かに知っておいてもらった方が良い。あいつに恥じぬよう、俺が戦っている証人が居てくれれば、少し気が楽になるからな」
そう言うと五郎丸は合わせていた手を離し、立ち上がって空を見上げた。雨は止み始め、雲の間から少しずつ日が差してくる。アンジェリナは傘をたたみ、無言で墓標に手を合わせた。
「かぐや。また来るよ……」
五郎丸は奴の国の神話の月に住む天女の名前を持つかつての友に小さく呟くと、踵を返して邸宅へ歩みを進めていった。
墓標に手向けられた雨に濡れた花に日の光が当たり、色鮮やかな花弁に付着したいくつもの水滴が雨上がりの午後の日差しを眩しく反射させていた。
完全一話読みきりです。
五郎丸もかぐやも、実はモデルが実在します。かぐやは死んでないですけどね。 これだけ登場人物が多いと流石に素人の自分では設定が出来ないので、モデルの方の性格など、ほぼそのまま頂いております。
花ちゃんが題材の外伝もあるんですが、そちらはパクリ要素があまりにも強いんで、ここでは書けないと思い自粛しました。




