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船上

 ここがどこであるか定かではない。地上であるか地下であるかすら解らない密室。


 三メートル四方の薄暗い部屋の中心に古ぼけた円卓が置いてあり、その円卓を囲むようにして三人の男が立っている。

 三人はそれぞれ濃い血の色をした紅いローブを羽織り、目深にフードを被っているのでその表情を窺うことは出来なかった。円卓には人間の頭程の大きさのオベリスクストーンが置かれ三人はオベリスクストーンに映し出された光景に見入っている。

 部屋を支配する雰囲気から、この集まりが心愉しい集会でない事は確かなようだ。


「やっと、あの女の居場所を突き止めたか。我らが旅も終焉が近づいたようだな」

 重い沈黙を破り、一人の男が口を開いた。しわがれた老人のような声だ。疲れた声の中に微量の感慨が込められている。

「遂に祈願が成就される。約束の日は近い……」

 隣の男が熱を帯びた恍惚とした声を上げる。野太い男性の声である。

「しかし、我らの計画の妨げになるやも知れん奴が現れた。あのギルドの者だ。既に何らかの疑いを抱いているやも知れん」

 三人目の男が注意を促す。冷静で落ち着いた口調だ。


「我らの盟主の御様態はどうか」

 年老いた声が問いかける。

「それはあの女次第だ。今は力を抑え眠っておられるが、あの女の血筋により、我らが盟主の御首には鎖が繋がれているのも同然だからな。あの女の力が覚醒する前に邪魔者を排除してはどうか」

 落ち着いた声の男が提案する。事を急いている訳ではないが、己の野望達成の為には、障害は取り除かなければならないのは事実だった。

「ならば俺が行こう。邪魔者を消せば、それだけ盟主の復活の時は早まる。目覚めよ、我らが主、ア……」

 野太い声の男が感情を抑えきれずに、声を震わせ主の名を叫ぼうとする。

「心を沈めよ。軽々しく御名を口にしようとするでない」

 老人の声の男が厳しく誡め、呆れたように大きく溜息をついた。

「だが、いずれにせよ今、奴らは手薄だ。あの女を残して邪魔者を排除し、部外者にはお引取り願うとしよう」

 そう言うと、男たちの姿は闇へと溶け込んで行った。


 円卓の上のオベリスクストーンにはバルドルの村の景色が映し出されていた。


 バルドルの海岸に流れ着いた船は、軍艦としては小型のもので、乗組員は五十人程だったと思われる。村付近の海岸に軍港はないので、船は係留されるでもなく、海岸から五十メートル程の所で無造作に錨を降ろしただけで、半ば置き去りにされている状態であった。


 船の構造は、甲板の上に一層、下に二層の空間があり、一番下の層は乗組員の寝室と機械室、次の層が調理場と食堂、弾薬庫、そして大砲を置く空間となっている。一番上の層は艦長や操舵士がいる艦橋であり、極めて簡素な船の造りであると言える。

 五郎丸たちは小舟で軍艦まで移動し錨を伝って乗り移った。波は穏やかで、風も心地よく天候は申し分ない。今日はアグディクティスも同行し、船の検分が行われた。しかし軍の調査が入ったため、船内には何も残されていなかった。焼け爛れた帆や甲板に着いた血の跡から、ここで戦闘が行われた事は間違いなかったが、それ以上の情報はどうやら得られそうに無い。


「無駄足だったか」

 一通り船内を見て回って収穫がなく、ウルフは悪態をついている。

「これなら、酒場で賭博でもしていたほうが良かったかな」

 その言葉が運命の神に通じたか定かではないが、事態は急変した。穏やかだった波は突然荒くなり、先程まで空に輝いていた太陽が厚い雲に覆われ、雷を伴って雨が降り出したのだ。海の天候は変わりやすい。それはどこの世界でも共通の認識であった。

「嵐がくるか。このままでは岸に戻れなくなる。今日の所は引き上げるぞ」

 天気の急変振りに五郎丸が危険を察知し、撤退を促す。錨を伝って小舟に降りようと一番先に船尾に到着したエンプレスが声を上げる。

「誰じゃ。錨を切り離したのは」

 その言葉通り、船を留めていた錨が鎖ごと断ち切られ浅い海の底に沈んでいるのが見える。波に煽られ、船は少しずつ沖に流され始めた。

「嵐の中沖に出たら、六人で船を操るのは不可能だぞ」

 見る間に雲に覆われていく空を見上げながらリキュールが叫ぶ。

「どうする。武器を捨てて飛び込むか。それとも軍に動いてもらって救援を待つか…」

 ウルフが五郎丸に決断を迫る。

 波は一瞬毎に激しさを増し、決断の遅れは致命傷になりかねなかった。

「いや。どうやらすんなりは帰してくれそうもないぜ」

 五郎丸が背負っていた斧を構え戦闘体勢をとった。厚い雲の切れ目から、土色の人影が無数溢れてくるのが見える。アダマの群れだ。その背中には翼が生え、船へ向かって空中を滑空してくる。


「こんなところでお出ましか」

 舌打ちをしてウルフがワルキューレを鞘から引き抜く。

「あれがアダマか。本当に土の色をしてやがる」

 驚きを隠せない声を発しながらも、リキュールは二本の愛剣を鞘走らせた。

「揺れる甲板の上、さらにこの天候じゃ。気を引き締めてかかれよ」

 パーティーに注意を促したエンプレスは既に槍と盾を構えている。

「まさか、こんな所で襲ってくるとは」

 鈍く光る斧を抱えて五郎丸は己の浅はかさを悔いたが、すぐに表情を変えた。不測の事態に備え、オベリスクストーンに救援信号を書き込む。


 雷鳴が轟く中、アダマとの海上での戦いが始まった。

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