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目醒

この話を載せていた所が閉鎖になるので、引っ越してきました。

少しずつ書き足して行きますので、ご一読頂ければ幸いです。

口ある者よ、応ふれよかし。

魑魅魍魎が跋扈せし、暗黒王の世、闇を退けし英雄は誰ぞ。


一人はリチャード。金色の龍に見初められし、救国の英雄王。

一人はアイリ。慈愛の心持つ、蒼き龍の巫女。

一人はマイヤー。哮る紅き龍を御する、太古からの使者。

一人はカイラス。誇り高き、白き龍の勇者。

一人はシーマ。黒き龍を駆る、美しき裏切りの騎士。


耳ある者よ、な忘れ奉りそ。この国には五つの龍の加護こそあらめ。

心ある者よ、いざ給え。光溢るる国、エルドラゴが都へ。


                〈エルドラゴ叙事詩 序文より抜粋〉



 いつも夢に見る光景がある。


 絶壁の上に建てられた、豪奢な王宮。

 夜半に降り出した雪が、辺り一面を白と黒の単彩画の世界に変えていく。その静寂を破り、大理石の王宮が炎と轟音に包まれる。数え切れない程の土で造られた命を持たない兵士の群れ。暗い血の色をした装束の魔術師たち。魔物に蹂躙され、戦い敗れて行く者の断末魔の絶叫が大理石の壁に反響して虚しく響き渡り、放たれた火から立ち込める煙と、死者から吹き上がる血飛沫が白亜の王宮を汚していく。

 炎と煙が充満し、魔物に占拠されかけている王宮の渡り廊下を走る三人の人影が見える。一人は傷を負った初老の男性。白い口髭をたくわえ、背が高く、筋骨も逞しい。身に付けている装飾品などから、身分が高いことが容易に想像できる。しかし、豪華な装備は相手の返り血と、自らの血で既に紅く染まっていた。

 そして、その男に付き従う、四~五歳くらいの一組の幼い男女。この二人の武具にも、豪華な装飾が施されている。

 三人は廊下の突き当たりにある小さな部屋に駆け込むと、男が胸の前で印を結び、魔力で扉に錠を施す。男はそのまま部屋の隅まで歩みを進めると、今度は床に印を施す。すると男が手を翳した床が開き、冷たい空気が流れ込んできた。この穴は外に通じているのであろうか。

 一連の動作を滞りなくこなした男は、大きく息を吐き出すと、不安そうに自分に視線を送っている、二人の子供に優しく、諭すように声をかけた。

「さあ、二人とも。これを持ってお逃げなさい。この公国はもう終わりだ」

 男は背負っていた荷物を二人の子供に手渡した。今生の別れであると子供ながらに察知したであろう二人が、自分の背丈の二倍よりも大きな包みを受け取り、真っ直ぐに男を見つめている。

 男の子が乱れていた息を整え、何かを言おうと口を開きかけたその刹那、魔力で錠を施してあった扉が爆風によって吹き飛ばされた。その凄まじい爆音に驚いた女の幼子が悲鳴をあげる。


 夢は、決まってここで終わる。


 アンジェリナは目を醒ました。

 辺りを見渡せば、いつも通りの自分の部屋だ。

 エルドラゴ城の城壁の北西にあてがわれたアンジェリナの邸宅は、内海が見渡せる崖の上にある。その邸宅は大理石でできた二階建ての建物で、一階が広間になっている。一階にはその他に、調理場、書庫、納戸があり、広間は一辺が二十メートルあまりで、三十人程度の人間なら収容できる比較的広い造りの館だ。柱や壁に施された装飾は華美過ぎず嫌味が無い程度に留められており、アンジェリナの性格を表していると言えた。アンジェリナの部屋は二階にあり、窓から庭全体を見渡すことができる。今の季節はアヤメが色とりどりの花を咲かせており、アンジェリナの目を愉しませてくれる。庭の中心にはガルダの樹が植えられ、巣を造った親鳥が子育ての為に、忙しなく巣に帰ってきては、飛び立っていく。

 また内海からの風も心地よく、その風がアンジェリナを眠りに誘ったのかも知れない。


 五年前の大戦で王宮騎士団の多くを失った王国は、国直属の軍部の脆弱さ、腐敗を知り、国防の在り方を改めた。国は先の大戦で武勲を立てた、国の内外から集まってきた冒険者にエルドラゴ城の城壁の外に土地を与え住まわせている。帯刀している彼らは城内に住むことを許されておらず、城下町に入る際は門兵に自分の武器を預けなければならない。

 また冒険者はギルドと呼ばれる同業者組合に加入し、そこで試験を受け冒険者と認定されなければ帯刀を許されない。

 侵略してくる魔物から自らの土地を守る為、また討伐した魔物を自分の生活の糧にする為、冒険者は剣を振るう。国を守ると言う愛国心は希薄だが、土地を仲立とした主従関係、所謂封建制度がしっかりと機能している。今や国の治安維持は正規軍ではなく、この冒険者たちが担っているのだ。彼らはギルドが命じれば、自らの命を危険に晒してでも戦地に赴く。

 アンジェリナもまた、その冒険者の一人である。大戦の時に十九歳の少女だったアンジェリナは、二十四歳の女性へと成長していた。雪の様に白い肌、整った鼻筋、紅を差していないにも関わらず、ほんのりと色香のある薄紅色をした唇、亜麻色で艶のある肩までの髪、意思の強さを感じさせる生気に満ちた、髪と同じ色の大きな瞳。絶世と言えないまでも、間違いなく美女の部類に入るであろう。


「また、あの夢か……」

 大戦が終結して五年。日を追う毎に、同じ夢を見る頻度は間違いなく増えている。アンジェリナはそれが自分が見ている夢なのか、或いは見させられている夢なのか、判別できないでいた。無意識に額の汗を拭い、一つ溜息をつくとアンジェリナは身支度を整えて階下へ降りて行った。

 そろそろ約束の時間だ。


「お出かけですか。ご主人様」

 一階に降りると一羽のラビニーが走り寄ってきた。鼻をひくつかせながら、アンジェリナを見上げている。ラビニーとは、エルドラゴに住む人語を話す身長が人間の半分程の亜人種(ヒューマノイドの事)で兎のような顔立ちと長い耳を持ち、手先が器用な事で知られている。ただ背丈が小さいため、近接戦闘向きの種族ではない。

 冒険者の多くは広い邸宅に何人かの使用人を召抱えている。このラビニーはアイリスと言い、料理や家事が得意で気が利くので、アンジェリナは重宝している。

「ああ、アイリスさん。ギルド長に呼ばれたので、少し留守にする。夜までには帰るだろうから、夕食の準備をお願い」

 アンジェリナはしゃがみこむと自分の目線をアイリスと同じ高さに合わせて頼んだ。玄関には昨日のうちに磨いておいたアンジェリナの愛剣「カラドボルグ」が用意されている。自分の背丈ほどある紅みを帯びた刀身の長剣をアンジェリナは軽々と振り回す。

 現在のエルドラゴに於いて、主流な武器は素早く行動でき、且つ盾も構えられるショートソードか槍の類だ。アンジェリナのような大剣遣いも居るが、その大半は刀身の重さを利用して力任せに相手を叩き潰す戦闘様式を採る。だがアンジェリナは自分の魔力を媒介にして剣を振るう魔力大剣遣いである。大剣を振るう腕力と、魔力を遣う精神力の双方を同時に要求される非常に習得が難しい武器である。恐らくアンジェリナはこのエルドラゴでも数える程しか居ない、極めて珍しい武器の遣い手であると言える。

 また、冒険者は討伐した魔物から採取した素材を加工し、自らの武器や防具にしている。人間の力のみで造る武具には限界がある。やはり魔物を制するには、同じ魔物から得た素材が必要と言う事だ。


「お早いお帰りをお待ちしております。行ってらっしゃいませ」

 アイリスは礼儀正しくお辞儀して、長剣を背負って出て行く女主人を見送った。

 それが新しい戦いの始まりになる事を、アンジェリナ自身まだこの時は知る由もなかった。


 風は、これから起こる出来事も知らず優しく吹いて、アンジェリナの亜麻色の髪を靡かせていた。

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