Ⅰ <いつもの日常>
VRMMO機械の説明はもういいですよねw
ほかの小説でたくさん描いてあるので、省略。
どうしても描いてほしいのであらば、喜んで追記します。
「暑い……」
変な装飾が大量に付いた、ファンタジックな衣装をぱたぱたと仰ぐ。腕までカラフルな布地に包まれていて、暑苦しく、いっそここで脱いでしまいたいくらいだ。そんなことをしたらGMに捕まること間違いなしだが。
……ゲームの中くらい、別に涼しくてもいいのに。
と心の中で誰にも聞こえない愚痴を呟く。
実際の季節と、このゲーム『Angel・sky・castle』の季節はどうやら同じらしく、太陽がギラギラと曇る様子は一切無い、と言わんばかりに輝いている。
自分でも病的なほど白いと思う肌から、ポタリポタリと汗の雫が垂れる。
これはもう、暑いなんてもんじゃない。熱い。
現実と違い、ここは『空の上』。太陽との位置も遥かに地上より近い。よって、気温も恐ろしいほどに高い。
思わず、そんなところまで細かく設定しなくてもいいよ! と叫びたくなってしまったくらいだ。
しかし今オレがいるのは、ゲームプレイヤーが最も集う場所『シェール広場』。
こんなところで叫んだ暁には、『人波の中で突如として発狂したキチガイ』としてワールド全体に名を知らしめることになるかもしれない。そんな不名誉な目立ち方はまっぴらごめんだ。
――いっそあいつとの約束破って帰ってやろうかな……。
という邪な考えも沸いてくるが、ブンブンと頭を振って悪い考えを追い出し、もう一度気合を入れてから歩みを進めた。
◇ ◇
「うぅ……もう駄目……」
待ち合わせ場所のカフェについたオレは、そのままへなへなと真っ白い椅子に座り込む。背もたれには薔薇の模様が模られており、どこかおしゃれな雰囲気を醸し出している。大理石のような、何かよく分からない石で出来たテーブルに思い切り突っ伏す。仄かにひんやりとした石の冷たさが頬に当たって心地よい。ずっと着けているとどんどんぬるくなっていくので、次々と場所を変えて頬をテーブルに擦りつける。
「はふぅ……」
身体に溜まっていた熱を一気に吐き出すように息を吐く。時間が少し気になり、まだだるい体を無理矢理動かし腕時計を確認する。
25分、しっかり5分前。
腕に付けているシンプルな時計の針はちょうどその時刻を指していた。
まだ5分も時間があるけど、あいつのことだし、もう来るだろう。オレはいつも5分前には集まるようにしているが、あいつはなぜか必ず3分前という微妙な時間帯に来る。この前理由を聞いたら、「俺は三っていう数字が好きなんだよ。理由はそんだけだ」と軽く返されてしまった。嘘はついてないようだったけど、もっと詳しく聞きたかったのが本音だ。しかし、ここはネットの世界なので、あまりプライベートの話をするのはマナー違反。気にはなっているけど、聞けないのが現状だ。オレも流石にマナーを破るなんてことはしない。それはプレイヤーとして、最低限守るべき事でもある。
テーブルもそろそろ全体的にぬるくなってきたので、身体を持ち上げる。
少しでも熱を逃がそうと、服の前ボタンを二つ開け、皮厚くて熱が籠っていたブーツを脱ぎ捨てる。ぬるい程度の風だが、風は風。服の中の熱を攫って行ってくれて、かなり涼しい。椅子の背もたれに全身を預けて、自分でもわかるきらいにだらしない格好をする。
カフェにいたほかの客から、「おぉ!」という歓声が聞こえたけど、何かの気のせいだろう。
パタパタと胸の辺りを扇ぐ。更に歓声が大きくなった気がした……うん、気のせいだ。そう思っておく。
胸は膨らみつつあり、男についていると言われている伝説のアレはついていないが、両親からは男として育てられてきた。昔の将来の夢は野球選手という男らしい夢だったし、小学生の頃は剣道道場に入って強くなろうとした。高校受験を目の前にした今でも、剣道の練習は継続している。
だから、もうそろそろ強い男としての『オーラ』みたいなのが出てもおかしくないだろう。
はっ!? もしかしてあれか、あいつらはオレの『おとこらしいオーラ』を感じて尊敬してんのか! だとしたらこの視線も気持ちがいいもんだな。
オレは上機嫌になり、宙に浮いていた足を振り回す。同時にまとわりついていた汗も滴となって飛び散っていき、音を立てずに床に吸い込まれていく。普通なら床に汗の跡がつくはずだが、これはカフェのオブジェクト、つまり『破壊不能オブジェクト』なので一切汚れることは無い。ヒノキの様ないい香りがするこの床も、まだ真新しいような木目を残している。『破壊不能オブジェクト』とは、そのままの状態を維持し続ける物でもあるのだ。これは物だけでは無く、NPCと呼ばれるものにも作用される。NPCというのは、プレイヤーが操作していないキャラクターのことでプログラムによって自動的に動いている。NPCに暴力行為を行おうとすれば、瞬時に攻撃を仕掛けたプレイヤーがログアウトさせられたり、酷い場合はアカウントをそのまま消されたりもするのだ。だからNPCを攻撃しよう、なんて馬鹿な輩はそう居ない。
――1人だけ心辺りはあるけど……。
とある友人の顔を思い出し、「はぁ」と嘆息する。
あいつ、あれさえ無ければ完璧な性格なのになぁ……。容姿は男のオレから見てもかなりカッコイイ方だと思うし。性格も明るくて、社交的だ。しかし、あいつには一つだけ果てしなく残念なところが2つもある。まずあいつは――。
段々とあいつに対して怒りが沸いてきた瞬間に、ふと視界が真っ暗になる。
一瞬思考が追い付かずに『私』は「ふぇぇぇ!」と情けない声を漏らしながら、じたばたと身体を動かす。かなりの力で全身も抑えられていたらしく、動かそうと思ってもびくともしない。椅子に座っていたこともあってか、全力の
「はーなーせー!」
出来る限りの大きな声で叫び、とりあえず目に置いてある手をどけてやろうと自分の腕をそっと近づけたその時。
「分かった分かったって。そんな可愛い反応するなよ、もっと虐めたくなっちまうだろ?」
よーく、聞き覚えがある陽気な声が私の耳に入ってくる。そう、『あいつ』だ。それが分かった瞬間に『オレ』は一度気持ちを落ち着かさせる。息を深く吸ってから、軽く吐く。それと同時に、本当に極少量の最低限の音量で「一ノ太刀」と唱えた。
瞬時にオレの右の手に、禍々しい黒い邪気の様なものを放っている刀、俗にいう『妖刀』が出現する。刀身は果てしなく黒く、一切の光を受け付けないかのように鈍く輝いている。鞘は最初からつけておらず、むき出しの状態で刀が出現したために周りの客は悲鳴を上げながら店の奥に後ずさっていく。その姿をわずかに開けられた視界で確認してから、自分が出せる最大級の冷たい声で言葉を発する。
「なぁ……ヒョウ、だよな?」
「あぁそうだよ。お前の愛しのヒョウさんだ」
未だにオレの事を抱きしめ、更には徐々に力を強めていく。ここに来るまでに走ってきたのか、ヒョウは息を荒げて、しかも汗を大量に掻いている。正直暑苦しい以外の何ものでもない。
オレはもう一度妖刀――神流宗近を握りなおす。この刀のデザインは天下五剣のひとつ三日月宗近が元とされており、長く反りが大きい刀身が特徴だ。唯一違うところと言えば、この真っ黒に染まっている刃だろう。美しいとは全く別の次元だが、どこか気品を感じられるこのデザインはオレにとってかなり惹かれるものがあった。
ま、刀の説明は今はどうでもいい。
「ヒョウ……お前言い残したい言葉あるか?」
神流宗近を水平に構えながら、意識を右手に集中させる。刀を中心に吹き出ていた邪気が、渦巻く様に刀の形を作り、刃に黒いコーティングを施す。
「んーそうだなー。ユイ好きだ、結婚してくれ」
「ぶっふぉ!」
集中していた時にいきなりそんな言葉を掛けられて、本気でむせ返ってしまう。溢れていた邪気は跡形も無く姿を消し、からん。と乾いた音を立てながら神流宗近が手から滑り落ちる。
「おま……わた、オレは男だぞ!」
なぜか赤くなってしまった頬を必死で隠しながら、ヒョウを睨みつける。最大の音量で叫んだせいか、喉が痛くなったけどそれもお構いなしでヒョウのお腹を殴りにかかる。本当は顔面を殴ってやりたいところだけど、オレはかなり身長が低いので手を伸ばしても胸のとこくらいまでしかいかないのだ。
渾身の力で振り出した拳を軽々と避けられ。そのまま勢い余って傍にあったテーブルに思いっきり頭を打ち付ける。
瞬間、「やばっ!」というヒョウの声が耳に入る。オレはその言葉を完全に無視して床に落ちている神流宗近を拾い上げる。
「痛ったいだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫びと共に黒い邪気を放出させ、全身の体重を右腕にかけて思いっきり突き出す。 ガッ! と刀がヒョウの右肩を浅く抉り、僅かに光のポリゴンを散らす。
「っツ! 危ねぇ! もろに当たってたら100%死んでたじゃねーか!」
早くも塞がりつつある肩の傷を抑え、ヒョウは全力で叫ぶ。
VR空間では本当に斬られた痛みは感じないが、多少の衝撃は与えられるように設定してある。だから、斬られたら当然痛い。
「お前が避けるからだ!」
ビシィッ! と右手の指を伸ばし、ヒョウの頭を背伸びして突く。
「頭打ったくらいで斬るのは無しだろ! 斬るのは!」
「いいじゃん、死ななかったんだし。結果おーらいだよ」
柔らかい笑顔を浮かべ、今度は頭を撫でる。
「いや、何が結果おーらいだよ、なんだよ! 頭撫でてもらえるのは嬉しいけどッ!」
「なら……どんまい」
「どんまいじゃねえぇぇぇ!」
いつもは静かなカフェの中に、ヒョウの絶叫が木霊した。
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