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7th.DIVE 未来都市



 未来都市。

 俺が立っているのはまさしくSFの未来都市のようなところだった。

 透明なチューブのなかを自動車が行き来し、奇怪な建築物が空を目指す。ひと気がないのにオートメーションがはびこるこの街は動きが止まない。

 何かの製品を宣伝して回る液晶飛行船が雲一つない空をよぎった。映像は一般のコマーシャルのようだ。

 俺は自分の立ち位置を見回す。マンションの屋上のようだ。

 古ぼけたここは建物として高いのか低いのか分からない。もっと高い、まさしく天にも届くバベルの塔のような建物もあれば、もっと低い建物もある。


「また珍しいステージに出たね……」


 呆れたような声がした。

 そちらを見ると、紅蓮のエインが立っていた。相も変わらず猛る炎のような荒々しいフォルムだ。


「なんか未来に飛んできた気分だ」


 俺は彼女に呟き、ひざまずいて足元を撫でてみる。漆黒の鎧のようなエインの手を通して、コンクリートの手触りが感じられる。

 立ち上がり、見上げた。透明なチューブのなかを自動車が走り抜ける。


「ゲームだから実現可能ってことだろうけど、リアルすぎるな……現実にあるのかと錯覚しそうだ」


 伊織は俺の呟きに何も答えなかった。答えられても恥ずかしいだけだったと思うので、俺は手元にウインドウを呼び出しミッション内容を確認した。

 どうせ標的の破壊だろうと思っているのか、伊織はウインドウを見もしない。俺も同意するが、念には念を入れてスクロールされる情報を眺める。


「ん?」


 ミッション内容、クリア条件に見慣れない文字が踊った。流してしまったそこまでスクロールさせ、俺は驚愕する。


「んなっ? ……伊織、ミッションを確認しろ!」


 怒鳴った俺を不審そうに見ながらも、伊織はウインドウを表示させ、目を走らせる。やがて彼女も目を剥いただろう。エインだから分かりっこないが、そうなるだけの理由がある。

 ミッション内容は標的の破壊ではなく、


「目標地点に到達……と指定ユニットの護衛……?」


 伊織がぽつりと呟く。

 その返答はあらゆる意味で俺たちの想像を絶するところから聞こえた。


「その通り。お二人は私をエインから守り切り、かつあのシンボルタワーの頂上まで向かうのです」


 俺と伊織は弾かれたように振り返る。そこには、落ち着いた物腰で穏やかな微笑を見せる『ワルキューレ』が立っていた。

 彼女は、たおやかに首を傾けて笑い掛けてきた。


「こんにちは。伊織さん、春樹さん」


 その笑みは、ヴァルハラ窓口の液晶画面で見るものよりもずっと、美しい。


「なんなの、これは?」


 伊織は呆然と、問いになり切れてない言葉をこぼした。

 ワルキューレは不思議そうに首を傾げ、さも当たり前のことのように言う。


「ミッション内容は御覧になったのでしょう? それの通りですよ」

「そんなことじゃない!」


 伊織が癇癪を起こしたように烈火のごとく叫びを上げる。


「どうして貴方が仮想現実に現われるの!? ヴァルハラのプログラムには不可侵のロックが掛かっているはず! それに、このふざけたミッションは何!? ……貴方がやったの?」


 伊織の怒りに気圧された様子もなく、ワルキューレはしおらしく答えた。


「ええ、ミッション作成は私が行いました。ですが、仮想現実へのロックに私は手を付けてません。知ってますよね、春樹さん?」


 事態にまるでついていけず、アホのように立ち尽くすことしかできなかった俺にワルキューレが顔を向けて話を振る。伊織もすごい勢いで俺のほうを見た。

 当然俺はたじろぐ。

 親切なのかそうでないのか、ワルキューレは話を整理して俺に質問した。


「貴方はヴァルハラ窓口以外で私に会ったことがあります。そうですよね?」


 慌てて俺は記憶を探る。会ったことなどないだろうが、不用意な発言は命を縮めそうだし、なによりワルキューレの異様なほどの確定的な自信が気になる。

 だがやはり、……いや、あるかもしれない。けれどあれは会ったなんて言えるのだろうか?


「どうなの、笹田くん。窓口以外で会ったことなんてあるの?」


 窓口以外で、というならそうかもしれない。俺はおっかなびっくり発言した。


「ある、かもしれない。あれを会ったって言っていいのか微妙だけど。でもそれなら伊織だって会ってるはずだろ?」

「……どういうこと?」


 聞き返す伊織に俺は猛烈に不安になってきた。自分の記憶が信用できない。

 そこにワルキューレが助け船かもしくは地獄への往復切符を寄越した。


「その状況を話してみたらいかがです? 何もかもはっきりしますよ」

「ええと……」こ、怖ぇ。無駄に緊張する。「初期設定の時だよ。設定の指示をしてたじゃないか」


 伊織は不審そうな顔をした。俺を値踏みするように見つめる。

 言い訳するように俺は呟いた。


「い、伊織は違うかもな。だってプログラマの家族なんだろ?」

「確かに私のお父さんはプログラマだけど。……言っとくけど特別先にプレイできたわけじゃない。知ってたから公開直後に登録しただけ。初期設定に違いなんかない」


 ぎゃあ。口から高野、口は災いの門、藪をつついて蛇を出す! 口に関所がないのが恨めしい!

 ことわざが思考を流れる。

 びびって脳みそがイカれてる俺を無視してワルキューレが口を開いた。


「そう脅かさないでください、可哀相ですよ。ともかく、私は初期設定の時に彼の前に現われたということが分かっていただけたでしょう。それとも、彼の言葉が信じられませんか?」

「……分かった。つまり、もともとロックは無効だったか、あるいは穴があったということね」


 なにか、納得したように頷く伊織。それを見て満足気に頷くワルキューレ。

 不穏な空気がビンビン発せられている。


「じゃあ聞くけど。なんでこんなミッション作ったの? それにわたしたちを参加させるなんて、職権濫用じゃない?」

「理由は威張って言えることじゃありませんが……伊織さんならお分りいただけるかと。それに職権濫用だなんて言いすぎです。役得みたいなものでしょう?」


 穏やかに微笑んで詰問に答える。伊織はその答えを受け、考えるように呟いた。


「……応対プログラムと食い違ってる。偽装? 何故? 想いが故? だから、統括脳がヴァルハラまで手を伸ばした? ……マザーAIの暴走?」


 深刻そうな二人を俺は見ていられなくて、視線を外した。その先に、影が接近しているのを発見する。

 その影は手近な屋上に身を伏せると、何か細長い円筒系のものをこちらに向ける。


「マズイ、エインだ!」


 俺は叫び、護衛対象を強引に両腕で捕らえると屋上から跳躍した。肩越しに振り返り、紅蓮のエインが後に続いていることを確認する。

 その背後に、なにか丸い影が豪速で屋上に着弾する様子さえもしっかりと確認してしまった。

 炸裂する閃光と爆炎――!


「うわあぁぁあっ!」


 恐怖で思わずその腕に抱くものを強く抱き締めながら、爆風にあおられ吹き飛ばされる。

 向かいのビルの壁に背中から叩きつけられ、我に返った。気持ちの悪い違和感は背中から肺を圧迫している気がするが、耐え難いほどではない。

 持ち前の身軽さを生かしてバーニアも使わずに姿勢を整える。落下姿勢に入ったところで、このまま着地するのは面倒なことに気付き、ワルキューレの背中と膝の裏に手を回して抱える。これで存分に脚を屈伸させて衝撃を和らげることができる。

 地面に着地。衝撃を和らげ切れず、少し足腰に響いたが、概ね無事だ。

 腕のなかのワルキューレに尋ねた。


「大丈夫か?」


 ワルキューレは少し顔を上気させ、俺を見上げつつやや早口に答える。


「ええ、大丈夫です。ありがとうございます。春樹さんはお怪我は?」

「ん、ちょっと。でも支障はないな」


 真正直に答えつつ、首をめぐらせて伊織の姿を探した。瓦礫や粉塵で視界が晴れない。

 ウインドウを表示させ、伊織との回線を開こうと試みた。さほど待たずに通信を示すマークがウインドウの隅に灯る。


「伊織、無事か?」


 少し間を空けて、伊織の声がウインドウから響く。


『……うん、大丈夫。そっちは?』

「大丈夫、俺もワルキューレも無事だ」

「そう。いまどこ……」


 尋ねようとした伊織の声が止まった。肉声とウインドウからの声が重なって聞こえたから、多分すぐ近くなんだろう。それに気付いたから伊織も声を止めたのだ。

 伊織の無事が確認できたなら、自然に懸念事項は襲撃してきたエインのことに変わる。

 やつが放った弾丸は爆発した、おそらく榴弾だ。グレネードランチャーでも持ち出してきたのだろうか。

 だがヴァルハラのルールとして強力な武器はリロードが遅い。速くもできるがそうなると代わりに弾数制限がつく。

 おそらく敵エインのことだから弾数制限のほうを取っているだろう。三、四発もしのげば勝機も見えてくるはずだ。

 俺はクナイを準備しつつワルキューレを下ろし、耳打ちした。


「どっかに隠れていてくれないか? 撃ってきたあいつを倒してくる」


 彼女は少し考えたあと頷き、俺に一言告げる。


「分かりましたが、済み次第直ちに合流してください。別行動は嫌です」


 そして粉塵のなか伊織のもとへ小走りに向かった。

 それを見送り、俺は走りだす。跳躍し、壁を蹴って適当な建物の屋上へ。


「さあ、エインはどこに居るんだ?」


 大刀を抜きつつ辺りを見回し、不審な影がないか探す。ほどなくして見つけた。

 重そうな二段銃身のような銃を抱えて敵エインが屋上のうえを移動をしているのを発見。そちらに跳躍。

 敵が俺に気付き、その砲口を俺に向けた。隣のビルに移った俺は足元の屋上に脚を突き立て、気合いで制動を掛ける。方向をずらして再び跳躍する。

 マズルフラッシュ、次いで爆音。榴弾は俺が居た跡を貫き、ビルに直撃して粉砕した。

 その爆発を横目に見て、俺は敵の居る建物、その隣のビルの壁を蹴って砲を持ち上げる敵エインに肉迫する。大刀を振り上げ、切り裂いた。

 敵を倒した後、落とし物をちらと見て考える。


「これ持って行ってもいいだろうか。重そうだが……」


 しゃがみこみ、持ってみて撃てるかどうか確認する。いくらかいじってみて、どうやら使えそうな結論に達した。

 しばし考えて、ありがたくネコババしていくことにする。重いが、邪魔になったら棄てればいい。

 俺は敵の銃を肩に抱えて伊織達の姿を探した。それはすぐに見つかる。

 先程の場所から動かずに二人で立っていた。俺は屋上から飛び降り、彼女らの横に着地する。


「ただいま」

「お帰り。それは……盗ってきたの?」


 伊織が俺の肩にある銃を見て尋ねてくる。俺はそれを両手で腰だめに構えてみせ、彼女に笑いかけた。


「死人に必要ないだろ?」

「……あざとい」


 言われた。

 ともかく、伊織とワルキューレを促してシンボルタワーとやらに向かう。そこに行かないとクリアにならないからな。

 余計な荷物を持ってきたせいで、伊織がワルキューレを背負うことになった。あんなに言い争っていたのに、不思議に感じるがまあ協力できるならしてもらいたいので俺は何も言わなかった。

 屋上を跳ね回るのは目立つからやめよう、と伊織が提案し俺たちは路地を駆け抜ける。なんでも、倒すことがクリア目標じゃないから敵と戦うのは得策じゃないとか。それにおそらく敵の数は無限だろうとも。

 こうやって走っていると普通の高層ビル街と混乱してくる。空を見上げて透明なチューブがあるのを確認しないと未来都市ステージというのを忘れそうだ。


「あ」


 俺はふとひらめく。

 先行する伊織に並び、俺は思い付きを話してみた。


「このステージはオートメーションで機器が作動してる。てことは乗り物とか使えるんじゃないか?」

「そうね、使えるかも」


 行ってみよう、と伊織は少し走る方向を変えた。俺は彼女につき従う。

 と、目の前に特撮戦隊モノの敵下級兵士のようにエインが現われた。伊織の手をわずらわせないうちに俺がクナイを射出し葬る。

 だが、そいつの後を追うように次々と敵エインが降ってきて俺たちを囲んだ。

 俺は伊織をかばうように彼女の前に立ち、拾ってきた二段銃身のような銃を構える。間を置かず発射。

 撃ちだされた榴弾が前方の敵を一掃する。爆破の余波は俺にも襲い掛かったがなんとか堪え、伊織を促して包囲に開いた穴から逃げ出す。

 後ろにも榴弾を撃ち、追撃しようとした連中の半分程を吹き飛ばす。それで弾切れとなったので、やつらに投げ付けてやった。

 そして伊織を追って路地をジグザグに曲がり奴らを撒いた。


「怪我は?」


 俺は二人に尋ねる。伊織はワルキューレを抱えたまま激しい運動をしたため、ワルキューレは痛そうに顔を歪めていた。


「皆無。心配無用」

「私も平気です。それより春樹さんこそ、大丈夫なんですか……?」


 心配そうにワルキューレが聞いてくる。ふと自分の体を見下ろしてみて驚いた。大量の微小な鉄片が装甲に突き刺さっている。あちこちチクチクすると思ったらこれが原因のようだ。

 この程度で違和感を消し去る『リバイバル』――つまりエインの回復――を使うわけにもいかない。リバイバルには回数制限があるのだ。

 やれやれ、と肩をすくめ俺は二人に促す。


「問題ない。早く進もう。もうすぐ十分経っちまう」

「うん、でも無理はしないでいいから」


 伊織がやんわりと俺を咎め、ワルキューレを抱えて走りだした。俺は苦笑し、紅蓮のエインの後を追う。

 しばらく走り、寂れたビルの合間に地下鉄の入り口が見えた。伊織が少し迷ったのちに入っていく。もちろん俺も追随した。

 階段を下りると、改札機を飛び越えて完全無視。ちょうど電車がホームに入ってくるところだったので、待つ間がわずかだったためにワルキューレがぶちぶちと文句を言うのを聞き流すことができた。


「改札無視するだなんて、犯罪です。ですがエインがお金を持っているはずもありませんし、なら私は咎めるべきなのでしょうか、黙認するべきなのでしょうか……。大体誰ですこんなマップを作ったスタッフは。考えなしにもほどがあろうと言うものです………」


 それでもちょっと辟易したが。

 ホームに電車が止まり、扉が開く。そこに少女を抱えた紅蓮の鎧が入る姿はいささか以上にファンタスティックだ。もちろん皮肉だ。

 俺は後に続く。

 発車ベルが鳴り、扉が閉まる。電車内をエインの高身長で見ると本当に違って見える。

 伊織もそんなことを思っているのか、あちこち物珍しそうに見回していた。

 しばらく電車が走る音とわずかな振動だけがその場を満たす。その静けさから俺は、嵐の前の静けさという言葉を思い出した。

 と、その時。突如金属を切り裂く不快な音が響いた。ワルキューレは悲鳴を上げて耳を押さえ、伊織は顔をしかめているのかわずかに首を傾けつつ腰に手をやる。

 そこには革製のホルスターが下げられていて、伊織はそこに生える粗末な柄を握り、抜いた。

 人食いナイフ。柄の先に灯る焔のように歪曲した無数の刃が生えた、特殊な投げナイフだ。

 前に見たときより全長が短くなって形状が少し円に近づいたような気がする。柄の下にも小さな刃が付いていて、狂暴さがヴァージョンアップしていた。

 牙を剥く獣を連想させる荒々しいフォルムの紅蓮のウォーリアはそのナイフを振りかぶって、屋根を切ろうとしているらしく火花が散っている箇所に投げた。

 それは屋根を容易く突き破り上に居たエインの胸を引き裂く。


「まだ居やがる!」


 思わず俺は叫んだ。

 鉄板を切り裂く音がまだ止まない。真上のエインは伊織が倒したので、他の車両も同時に切り始めたということになる。音が被ったから他の車両に気付くのが遅れたのだ。

 隣の車両にエインが着地するのが見える。やつはアサルトライフルを腰だめに構えて、連射してきた。

 車両を挟む仕切り扉は容易く破られ、ガラスは粉砕される。ワルキューレが耳障りな金切り声を上げた。

 俺は彼女の前に立ち弾丸を阻むとともに右腕を振ってクナイを射出。敵エインの胸を貫いた。

 即座に振り返り天井にクナイを打ち込み、ワイヤーを切る。ワルキューレにワイヤーに掴まるように言うと俺は敵と伊織が開けた穴を押し広げて天井に出た。

 頭の上をごうごうと天井が流れる。ここで立ち上がれば天然のヤスリで頭が削られるだろう。

 当然そんなこと望まない俺は四つんばいになり屋根に張りつく。穴に手を伸ばし、ワイヤーを鷲掴み引き上げてワルキューレを天井に持ち上げた。

 がん、と穴の淵に何者かの手が掛けられ、そいつは腕だけで体を持ち上げる。

 紅蓮のエイン、伊織だった。

 俺は彼女に手を貸し、狭い屋根に引き上げる。


「くそ、地下鉄は逃げ道が少ないって映画で見たことあったな。忘れてた」


 俺は毒づき、前後を見回した。やはり全員車両に降りたのだろう、屋根には誰も居なかった。

 俺はあらんかぎりの大声を振り絞って叫ぶ。


「前に行くぞ! 急げ!」


 伊織を先頭にし、ワルキューレを挟んで俺がしんがり。暴風吹き荒れるなか、四つん這いでできるだけ急ぎ前進する。

 ワルキューレが半泣きの情けない悲鳴を上げ続けていたが、風の音がひどくてとてもじゃないが聞き取れない。長時間ここにいると難聴になりそうだ。

 俺は振り返って後方に顔を出す敵エインの顔面を撃ち抜いた。遠い敵にはなかなか当たらず、掃射をこの身に受けたりしながらも苦労して貫く。

 あるいは車両の穴まで進んだとき、いきなり下からエインが頭を出し、つい踏み付けてしまったりした。もちろんその後室内に落下したエインにクナイを打ち込んで葬った。

 やっとの思いで先頭車両までやってくる。これで警戒するのは後方のみでいい。伊織に任せて俺は体を休めた。

 傍らに座るワルキューレはスカートみたいにヒラヒラした飾りが付いた腰周りを押さえている。顔をちらちらと俺に向けているようだったが、薄暗いなかでその表情はうかがえない。

 俺は彼女にどうしたのか尋ねる気力もなく横たわった。

 全身に銃創があるため、インフルエンザにかかったような悪寒が全身を苛む。痛みが無くともつらいものはつらい。

 リバイバルを使おうと思ったが、ホームが近づいてきた。ホームにも敵が居たらもう一戦ある。直した直後に怪我を負うのは馬鹿馬鹿しいので俺は体に鞭打って体勢を整える。


「伊織、ホームが近い。準備は大丈夫か?」

「分かった。電車はもう警戒はいらないと思う」

「よかった」


 本心から俺は呟いた。こんなしんどいプレイは初めてだ。

 やがて電車は減速を始めた。俺はワルキューレを伊織に任せ、ホームの端に入ったと同時に飛び降りた。

 着地できると思ったのだが、体のダメージが深刻だった。力が入らず、慣性で俺の体はホームを転がる。

 倒れたまま首だけ動かして見れば、伊織はワルキューレを抱えていてもうまく着地した。俺って本当にヘタクソだなあ、とちょっと泣きたくなった。

 だが、ワルキューレと目が合うと向こうも一瞬で泣きそうになっていた。悲鳴を上げて伊織に俺を示す。

 伊織も驚いたふうに身を強ばらせた。慌てて俺に駆け寄り、そばにひざまずく。


「大丈夫? 意識はある?」


 俺は軽く手を挙げて応えた。だがワルキューレがその手を素早く両手で包むように取ってしまったので、俺は苦笑して言葉で告げる。


「大丈夫ではないが、意識はあるぞ」


 その弱音に、伊織は同意を示すように頷く。


「うん、わたしから見ても大丈夫には見えない」


 その言葉に、俺はだるい首を起こして自分の体を見てみた。

 あちこちに弾痕や潰れた弾丸があり、漆黒の装甲はズタズタのボロボロ。満身創痍とか完膚無きまでにとかの表現が見事に当てはまるスプラッタなことになっていた。

 これは限界だ、と判じて俺はリバイバルした。燐光に包まれ、瞬く間に全身の傷が消失する。あれほど辛かった寒気を伴う違和感が嘘のように消え去った。

 リバイバルの有り難みがよく分かった瞬間だ。

 面白いくらい安堵して胸を撫で下ろしているワルキューレを見て苦笑しつつ、俺は体を起こす。


「あー、だるかった。こうもキレイさっぱり違和感が消えるとなんかテンションも上がるね」


 俺が軽口を言うと伊織がはたいてきた。思いのほか強力な一撃だ。


「何をする、痛いぞ」

「うるさい。元気になったなら早く行くよ。いつまでもこんな危険なところに居られない」


 素っ気なく言って伊織が立ち上がった。俺は苦笑の代わりに首を振って立ち上がる。

 歩き始めた伊織を追い掛け、耳打ちした。


「ありがとう」

「……別にいいけど。無茶は控えて」

「肝に銘じておこう」


 俺は笑って、傍らを歩く小柄なワルキューレをひょいと抱え上げた。伊織を促して走りだす。階段を駆け上がった。

 改札は当然無視した。


 ダイブ中の描写が初の上下分割。次回も同じくらいのボリュームかと思われます。

 さて、今回ワルキューレを護るミッションです。これが何を意味するかは、伊織の口から語られてますね。伏線のつもりなんだけどなあ……?(謎

 笹田くんが死にかけましたが、あれ以上彼がストレスを感じると――つまり負傷するとトラウマを残さないうちに強制アウトとなります。

 ストレス計算方式はそう言うことであり、決して『この身が滅ぶまで俺は戦い続ける!』なんてこと許しません。あくまでゲームセンターの機材ですよ?

 と、意味の分からない解説をしたところで、次回もお楽しみに!

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