5th.DIVE 内情通
視界に少しずつ光が戻っていく。カバーが開き、スロットからデータカードを抜き取って俺は席を立つ。
見れば隣の機体に座っていた伊織がヴァルハラ後ろの窓口を指した。俺は頷き、彼女とすぐ後ろにあるヴァルハラ窓口のスロットにデータカードを挿入する。
液晶画面にロゴが映り、映像が切り替わる。俺たちはイヤホンを耳に掛けた。
『ヴァルハラ窓口へようこそ。こちらではエインヘルヤルの設定変更、武器作成、データ閲覧ができます』
ワルキューレがお決まりの文句を言いながら画面に現われる。
伊織は慣れた様子で気安く話し掛けた。
「ワルキューレ、さっきの私たちのプレイ評価、お願いできる?」
『承りました。しばらくお待ちください』
プレイ評価なんて出来るのか、知らなかった。さすがは伊織、ヴァルハラ通は違うな。
しばらくしてワルキューレがにっこり微笑み、脇に退いた。空いたスペースに表らしきものが現われる。
『4レベルミッション、標的エイン十四体の破壊。お二人のミッションランクはCでした。撃墜数は伊織さんが九体、春樹さんが五体です。遂行割合は伊織さんが72%、春樹さんが28%でした』
「そう、ありがとう」
伊織はワルキューレの報告を聞きつつ表に目を走らせ、頷いた。俺にはさっぱり分からなかったが。
「なにが分かるんだ?」
「君は知らないんだっけ。これはさっきのプレイのデータ。4レベルっていうのはミッションの難しさね。ミッションランクは総合評価。撃墜数はそのまんまだけど……」
そこで一度切り、伊織はクスリと笑って俺を見上げた。得意げに微笑み、自慢げに言う。
「遂行割合は、ミッションの遂行における貢献の割合。遂行にどれだけ貢献したか、つまり、どっちがよく働いたかって評価なの」
「どっちがよく働いたか?」
「そう。こういう数値って普通は撃墜数を基に出すでしょ? でもね、ヴァルハラは普通じゃない」
伊織は俺のほうを見上げたまま言った。その間を埋めるため仕方なく俺は合いの手を入れる。
「というと?」
「うん。ヴァルハラはね、二人のエインの行動や会話などから割合を出すの。これだけ聞くと大したことないように聞こえるけど、例えば、友達が弱らせた標的を倒しまくったとき。普通の評価なら撃墜数が多いから高評価だけど、ヴァルハラはそいつに低評価を与える。だってロクに戦ってないから」
そこまで一気に言うと息継ぎする。そして楽しそうに微笑んで要約した。
「つまり、ヴァルハラの判定方式ではより的確な評価がもらえるってこと」
へぇ、と俺は感心した。話の内容はもちろんだが、伊織がまるで自分のことを誇るみたいにヴァルハラを誉めるのが意外だったからだ。
彼女からは並々ならぬ思い入れを感じる。もしかしたら家族とかがヴァルハラを設計した人なのかもしれない。
「すごいんだな」
素直に称賛すると伊織は面映ゆそうに微笑んだ。
誤魔化すみたいに液晶を見て、ワルキューレに武器作成を頼む。最新のベターステイタスに調整した。
『データカードに上書きしています……ありがとうございました。春樹さんもいかがです?』
「ああ、頼むよ」
俺は気軽にお願いする。ワルキューレはそれに受付嬢も顔負けの客受けする笑みを浮かべて頷いた。
『承りました。その前に武器に関して一つ提案があります、申し上げてかまいませんか?』
「提案?」
伊織が俺の代わりに尋ねた。
ワルキューレは穏やかな笑顔で頷いて、口を開く。
『春樹さんのクナイですが、下部にワイヤーを取り付けたほうが汎用性が増すのではないでしょうか。もちろんワイヤーは切り落としが自在です。撃つ前から切り離しておけば従来の使用法も出来ます』
なんかよさそう、と思う俺の隣で伊織が考え込み、ワルキューレに尋ねる。
「デメリットは?」
『射程が縮まります。ですが、春樹さんはロングレンジでの使用はしないようですし問題はないかと思われます』
ワルキューレは即答。使用法がなってないといわれた気がして、ちょっと落ち込んだ。
伊織はそう思わなかったようで、俺のほうを見て笑った。
「いいと思う。やってもらえば?」
「……そうだな。ワルキューレ、頼むよ」
『お任せあれ。きっと気に入られると思いますよ』
楽しそうに弾む口調でワルキューレは告げ、処理中の文字に消えた。
しばらくしてワルキューレが再び画面に現われる。
彼女は隅っこに立ち、画面の中心には紐付きクナイがあった。
『ワイヤーの強度は最高、リロード速度は維持。最大射程距離が縮まり、有効射程は変わりません。これでよろしいですか?』
「ああ、なんかよさそう」
『……ベターステイタスの調整も含めてデータを上書きしますね。データカードに上書きしています……ありがとうございました』
ふと隣を見ると、伊織が画面に映るクナイを見つめて何事か考えていた。どうせヴァルハラでもっと上手くなるためのことでも考えているのだろう。
俺が尋ねようとしたとき、伊織が口を開いた。
「わたしも補助武器換えようかな。クナイみたいに臨機応変に使える武器はかなり便利かもしれない。実際わたしの手剣は全然使ってないし」
突然そんなことを言いだした。伊織ほどのプレイヤーが俺を真似るということだろうか。俺が選択したわけではないとはいえ、意外なことに変わりはない。
と、思ったのを見透かされたように伊織が横目で俺を見て言った。
「でも真似してクナイにするのは癪に触る。投げナイフとかでなにかない?」
ワルキューレは苦笑してしばらくお待ちくださいと言い、自身のデータベースに検索をかける。俺は伊織の方を見るまいとしたが、彼女は逆に俺を見たままクスクスと笑っていて非常に気になった。
ワルキューレが再び現われ、該当武器の画像を液晶に映す。
『フンガ・ムンガ。特殊な形状をしていますが、投げナイフの一種です。フリスビーのように左から右へ水平に投げます』
それはナイフというより手斧のような形だ。粗末な柄に灯る焔のような、いびつに湾曲し鋭く尖った多くの刃は見るからに殺傷力が高そうである。
武骨なそれはあの紅蓮のエインに似合いそうではあったが、女の子の武器としていかがなものか。
「強そう、気に入った」
言っちゃうんだよな、伊織は。彼女はヴァルハラにのめり込みすぎだと思わなくもない。
『データカードに上書きしています……ありがとうございました』
ワルキューレがお辞儀する。伊織が笑って、ワルキューレに礼を言う。
「ん、ありがと。またよろしくね」
『はい、またのご利用をお待ちしています』
データカードをスロットから出した。それを抜き、伊織は液晶に手を振る。俺も軽く礼を言い、イヤホンを外した。
「わたしはそろそろ帰るけど、君はどうする?」
「じゃあ、俺も帰るよ」
伊織は頷き、データカードを制服のポケットにしまい込むと歩き始めた。
ゲーセンから出て、俺は自転車の鍵を外し押して彼女に並ぶ。こちらを見る伊織に、冗談めかしてお願いをした。
「伊織センセイ、道すがらに口頭で出来る教示をお願いします」
「分かった。……今度教鞭買おうかな」
「おいおい……」
冗談、と伊織は言うが呟いてたときの真面目な表情からして信用できない。
ともかく、伊織は先輩風を吹かしてふんぞり返り、人差し指を立てつつ話し始めた。
「そうね。まず、せっかく手に入れたんだからワイヤー系武器の使い方を勉強しようか」
「はーい」
うん、いい返事、と伊織は笑う。気分はすっかりヴァルハラ先生だ。
「ワイヤー武器は、いくら伸ばしても、もしくは乱射しても尽きることはありません。大概の射撃武器と同じね。基本的な活用法としては、『操る』『掛ける』『ぶらさがる』の三つがあります」
伊織はそこで区切って、思い出すように視線を斜め上に固定する。
「『操る』は君なら射出したクナイをワイヤーを持って振り回したり引き寄せたりなどかな。あとは射出した直後にワイヤーをつかんでクナイの動きを変えたりとか」
「なるほど」
「『掛ける』は変則的。戸口にワイヤーを張っておいてトラップにしたり、高層ビルステージなら屋上と屋上を結んで綱渡りしたり。回りくどい複雑な使用法なので、ウォーリアのわたしにはよく分かりません。知っておいて損はありませんが、使うことは少ないでしょう」
「そうですか」
「『ぶらさがる』はその通り、固定したワイヤーにぶらさがることです。一番単純ですが、それ故最も使うことが多いでしょう。練習しておいた方がいいよ」
「分かった」
頷きはしたが、長口上は頭の入りが悪いし正直俺には難しそうな気がする。でも一応頭の片隅に覚えておこう。
伊織は満足そうに頷き、気が付いたように言った。
「というか、君はヘタクソだからこんな話より初歩的なことの方がよかったね」
「失礼だぞ」
俺の抗議を無視して伊織は人差し指を振り振り講義を再開する。
「ヴァルハラはエインや武器に優劣がないから、使いこなすことが肝要。君の場合はクナイを射撃、大刀を接近戦って割り切ってる節がある。せっかくのクナイなんだからもっと多角的に使った方がいい。それと大刀も……」
講義は長くなりそうだ。
今回は短めです。伊織センセイが色々語ってます。
次回、今回の分も派手に立ち回ります。長くもなります。お楽しみに