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4th.DIVE センセイ

 チャイムの音で目を開けた。見回せば、辺りは見知った教室の風景だ。

 ぼんやりと黒板を見る。まるで見たことのない図や板書がいっぱいに書かれていた。

 時計を見る。昼休みに突入していた。記憶にある最後の時刻は四時間目の頭までだ。

 徐々に頭が回転してきた。手元を見る。ほぼ白紙のノートが開いていた。左上の方にみみずが這った後のような文字が並んでいる。

 思い出してきた。確か死ぬほど眠くて意識が朦朧として、文字も書けないくらいになったときにこれはマズイと思って仮眠のつもりで目を閉じたんだ。

 時計を見る。昼休み。

 黒板を見る。まるで見たことのない図や板書がいっぱいに書かれていた。

 血の気が引いた。


「やば! 全然書いてねえ!」


 慎也を振り返った。机に突っ伏して「うへへ、ワルキューレちゃ〜ん」とか寝言をほざいている。キモイ笑顔が見ていられなくて目を逸らす。当てにならん。

 と、伊織と目が合った。そういえば彼女は非常に真面目な生徒であることを思い出す。

 頼みの綱は彼女だけだ。

 そそくさと伊織の近くに歩み寄り、頼んだ。


「なぁ伊織、悪いけどノート貸してくれないか」


 うげ、と伊織はあからさまに嫌そうに顔を歪めた。

 何か言いたそうにし、口を開け、しかし何か思うところがあるのかためらって口を閉じ、うかがうような目を対面で食事していた快活そうな少女に向ける。そのポカーンとした表情を見ると顔をこちらに向けコワイ目つきで俺を睨んだ。

 俺は困惑し、一歩後退りつつ一応言った。


「あー、嫌ならいいよ他を当たるし」


 といっても他に当てなどないのだが。

 伊織は数瞬の逡巡を経て廊下を顎で示し立ち上がった。ついてこい、ということだろうか。

 廊下のしかも人の目が少ない微妙な影にやってくると伊織は振り返った。


「あのさ。呼び方なんだけど」


 伊織がそこまで言い掛けて俺はピンと来た。皆まで言うなとばかりに先取りする。


「もしかして偽名とか?」

「え?」

「伊織って名前珍しいからその可能性もあるかなって思ってたんだ。でももう伊織で覚えちゃったからいまさら別の名前とか勘弁。覚えられない」


 そこまで話して、伊織の様子を見る。戸惑い八割、理解不能二割、コイツ何言ってんのキモがオマケで一割。

 間違いだったらしい。


「いや、伊織は伊織なんだけど、そうじゃなくて、……でも覚えられない?」


 なにやら混乱している模様。俺は見守ってみる。


「でも伊織……覚えられない? 忘れられたら結局伊織で呼ばれる……ねぇ、笹田くん?」

「なにか?」


 応えてみる。

 しきりに何事か呟いていた彼女は何か結論に達したらしい。伊織は戸惑いと苛立ちと諦観が入り混じった表情で俺を見た。


「とりあえずもういいから、でも人前で私の名前呼ばないで」

「? 分かった。それはともかくノート貸して」

「……いいよ」


 伊織は渋々そう答え、教室に戻るなりノートを貸してくれた。名前とか教科名が英語で書いてあって洒落てるなあと思った。しかも丁寧に取っていて見やすいこと限りない。

 昼飯返上の勢いでノートを写した。書写が終わったら思わず伊織のノートを前の方まで読みふけってしまい、怒られた。でもかなり理解が深まったと思う。

 残った時間で昼飯を食べたが、普段の半分ほどしか食べれなかった。

 午後の授業は伊織のように分かりやすいノートを取ろうとして十秒で挫折し、以降話半分で聞き流す。

 放課後になると慎也も余所の掃除に向かい、俺と伊織も教室の清掃に従事した。

 それが済むなり俺と伊織はほとんど同じ『隙がない最小限の動き』でカバンをつかみ教室を後にした。シンクロのように一致した動きにクラスメイトが驚いていることなど知ったことか、廊下を早足で進む。

 下駄箱で慎也と会った。俺が彼と話すためにペースを落としたため、伊織に引き離される。長い黒髪を揺らして彼女は足早に校舎を後にした。

 慎也は彼女を横目で見送ると、俺に向けて軽く手を挙げた。


「ちーす笹田。悪いけど今日俺ヴァルハラ行けねーよ」

「そうなのか。何故に」


 俺と慎也はそれぞれ靴を履き換えつつ話す。慎也はけだるそうにスニーカーに足を突っ込む。


「んん、今日バイト。ヴァルハラやり込むためにはしっかり金稼がねーと」

「そうか。頑張れよ」

「おう」


 慎也は軽く手を挙げて応えた。校門まで言葉を交わし、別れる。

 バイトか。俺には無縁の言葉だな。

 俺は伯父が工場長で、一時期は彼のところに親の命令で派遣され毎日のように働いていた。その貯蓄は一学生に似合わないほど貯まっている。

 現在はヴァルハラにハマった事情を正直に話し、休みをもらっている。「お金に困ったら日払いで」と話も付いているので金の工面に懸念はない。


「そのうち顔出さないとな」


 独り言を呟いた。

 自宅に寄って私服に着替え、自転車を走らせる。

 ゲーセンに向かう途中に伊織に追いついた。彼女はいつも制服のままゲーセンに直行している。


「伊織」


 背中に声を掛け、伊織の横で降りる。彼女は少し釈然としない表情で応えた。


「…………なに?」

「いや、これからヴァルハラに行くんだろ?」


 頷いた伊織と並んでゲーセンへの道程を行く。

 俺は気になってたことを尋ねた。


「制服のまま直行すんの?」


 伊織は憮然とした表情でぶっきらぼうに答える。


「悪い?」

「悪いかというより、校則違反。見つかったら指導」


 伊織は一瞬だけ動きを止めた。多分知らなかったのだろう。

 俺は告げ口しないと念を押したのち、カバンをカゴに入れて構わないと提案した。彼女はやんわりとそれを断り、平然と返す。


「別に校則なんてどうしても守らなきゃいけないものじゃない」

「そうなのか」


 本人がそう言うなら俺が気にすることじゃない、と俺はあっさり引き下がる。

 ゲーセンの姿が遠目に見えた頃、もう一つ伊織に質問した。


「そういえば、伊織は協力プレイやるのか?」

「たまに」

「へえ。一人プレイと考えることとか違うのか?」

「だいぶ。一人プレイは自分のことだけ考えればいいけど、二人だと敵の数も多いからチームワークやお互いのフォローが重要になってくる」


 意識してのことでもないだろうが、伊織はやはりヴァルハラの話になると饒舌になる。ヴァルハラが本当に好きなのだろう。

 この期に乗じてコツやテクの情報を引き出そうと、俺は水を向けた。


「チームワーク?」

「うん。呼吸を合わせて連撃を決めたり、囮を使って敵を釣ったり。一人プレイとはまた違った楽しみがある」


 それは頭で考えて分かることだが、それを実戦の場で行うには冷静さと大胆さが必要だ。さすがは伊織、そのどちらをも満たしているようだ。

 俺は納得尽くで頷く。


「そうか、なるほど。慎也とはチームワークなんか無いしなあ。伊織と組んだらどうだろうね。スタイル的には悪い組み合わせじゃないけど」


 何気なく言った言葉に伊織は心持ち眉を下げて同意した。


「うん。でもわたし、一人としか組んだこと無い」

「俺もそうだけど、へぇ。伊織の腕ならいろんなプレイヤーに協力仰がれそうだけどな」


 俺の実感のこもった軽口に、伊織は微かに笑った。

 そしてゲーセンを前に、彼女は悪戯っぽく呟く。


「じゃあ、組んでみる? 普段の相棒と違うスタイルのエインと組めば、新たな発見があるかも」


 俺は自転車を駐輪場に止めて、長い黒髪を風になびかせゲーセンの前に立つ伊織を見、笑みを浮かべた。

 答えは一言。


「いいね」




 俺の分身である漆黒のエインは廃墟に立っていた。戦争映画の市街戦みたいな舞台だ。廃屋の一軒家が多くあり、ぽつぽつとコンクリがむき出しになったマンションやスーパーか何からしい平屋の廃屋が散らばっている。

 手元のウインドウには傍らに立つ紅蓮のエインの情報が映っている。


「傍に居るのが笹田くんって、なんか新鮮」


 猛る炎のような狂暴なフォルムのそれは楽しそうな少女の声で呟いた。

 彼女は銃剣を構え、油断なく辺りを見回しているがしかし、どこか落ち着きがない。

 彼女は銃剣で最寄りの高い廃墟を差した。


「じゃあ、まずはあそこに行こう」

「そこに敵が居るのか?」


 俺の問いに伊織は呆れたふうに首を振った。


「違う。敵を見つけるのには高い場所から探すものでしょ? これだから初心者は……」


 腹立つ。が、事実だ。

 紅蓮のエインは地面を蹴って走りだした。移動は迅速に、これも戦いの理にかなったことだ。

 俺もすぐ後を追う。伊織はウォーリアスタイルだからだろう、簡単に追いついた。

 マンションを前に、見上げる伊織が短く言う。


「跳ぶ」


 聞き返す間もなく、伊織のウォーリアは傍らの廃屋の屋根に飛び乗り、マンションへ高く飛び上がった。

 窓枠に足を掛け、もう一蹴り。屋上近くの壁に銃剣を突き制動を掛け、クルリと回って屋上に消えた。

 慌てた俺は真似をしてみる。廃屋の屋根に飛び乗り、跳躍。マンションの窓枠に足を掛けようとするが、勢いがつき過ぎたのか窓枠以前に壁に当たった。

 バーニアスラスタで体勢を維持しつつ、壁からずり落ちるようにガラスが破片すら残っていない窓枠に足を掛けた。小休止。


「……これは、焦る。うん怖い」


 何か納得して独語した。ハナから伊織の真似しようってのが間違いだったのかもしれない。


『なにやってるの?』

「うおわ!」


 ウインドウが手元に現われ、伊織の声で何事か言った。驚いた俺はしゃがみこんでいた窓枠から足を滑らせ、背中から室内に落下する。衝撃で床にたまったホコリが舞い上がった。

 ウインドウには紅蓮のエインの荒々しい面構えが映されている。俺の醜態には気付かなかったようだ。


『笹田くんってこんな簡単なこともできないの?』

「か、簡単なことって」

『これ、初心者向け小技としてヴァルハラ公式サイトでも紹介されてる』


 証拠を持ち出され、二の句を継げなくなった。サイトなんて見たこと無いが、伊織なら確かにチェックしてそうだ。

 伊織は見るに見兼ねたのか、もういいから階段で上がってくるように言った。俺は悔しく思いつつもそれに従う。

 屋上の扉を開くとき蝶番のきしむ音がやたら響いたのが何だか物寂しかった。


「遅い。そっちから敵影三つ接近中」


 言い放つ彼女はすでに銃剣を肩付けに構え、狙撃体勢を取っていた。

 俺は慌てて彼女の傍に駆け寄る。


「気が散る。静かにして」

「……ゴメン」


 虚しい。工場手伝いに入った直後のやることなすこと裏目に出た頃を思い出した。あの頃は精神的に辛かった。

 敵エインの円環が少し大きく見えるようになってきた。彼女の言葉通り三体。

 伊織が銃剣を撃つ。一体エインが脱落し、残りのエイン二体が散開した。

 伊織が立ち上がり、屋上のへりに手を掛ける。


「各個撃破……待って今の無し。一緒に行くよ」


 途中で言葉を変え、俺のほうを見て合図する。どうにも下に見られているが、少しくらい頼りにしてくれてもいいと思う。

 伊織は屋上から飛び降りた。バーニアスラスタを全開に吹かして勢いをわずかに殺しつつ、着地。

 俺はどうせ真似できないだろうと思い、バーニアも使いつつ踵でスピードを落とし壁を滑り落ちる。中程まで降りると壁を蹴り深く屈伸して着地した。

 待ってくれていた伊織が合図して、走りだす。廃墟の屋根を跳び、敵エインが向かった方向へ駆ける。


「じゃあ、敵を見つけたら君が先行して足止めしておいて」

「分かった」


 足止めなんて役割に腹が立たないわけでもないが、実力と性能を見れば妥当な作戦には違いない。

 そんなことを話していると敵エインが見えてきた。俺たち同様に屋根の上を跳んでいる。


「行って!」


 伊織が発破を掛け、俺は全力で屋根を蹴る。俺の体は矢のように吹き飛び、紅蓮のエインを引き離す。

 敵エインとの距離が縮まり、俺は柄に手を掛けて居合斬りのように斬撃を放った。敵エインの胴をかすめるだけだった。

 相手が後退り太い短剣を抜く。俺は大刀の長さを生かし、相手に接近する間を与えないため逆袈裟に斬り上げた。

 相手はさらに後退ってよける。直後、俺が刀を振った隙を突いて肉迫しようとする。

 右手を大刀から放しクナイを射出。踏み込もうとした相手の右肩を貫いた。

 相手がひるんだ隙に大刀を構え直し、八双の構えから相手の首を刎ね斬った。


「お疲れ」


 伊織が追いついた。足止め以上の働きをした俺は得意になって振り返る。


「敵一体に時間掛けすぎ」


 ずしゃ、と左手で鷲掴みにしていた敵エインを落とす。銃剣からは硝煙がたなびいていた。

 どうやら後から増援の形で標的エインがやってきたらしい。それも二体以上。

 結局伊織のほうがよく働いていたわけだ。


「見てたけど、戦い方がヘタクソ。喧嘩じゃないんだからそんな直線的に戦ってたらそのうち負ける」


 しかも俺の戦いぶりを観察していたらしい。思ったより嫌なやつだ。


「エインを活かしてない。むしろ殺してる。そんなふうにエインの身体能力に頼ってたらすぐに限界がくる」

「活かしてない?」


 腹は立つが殊勝な態度で話を聞く。すぐに鼻を空かしてやると自分に言い聞かせて怒りを押さえ込んだ。

 伊織は普段通りの声で話す。親切心から来てるのだろう、諭すような穏やかな調子さえある。


「そのエインのスタイルなら高速度高機動で相手を翻弄し、隙を突いたりあるいは作ったりして倒すのがセオリー。せっかくの機動力が無駄になってる」


 段々頭が冷えてきた。話をしっかり理解する余裕が出てくる。

 確かに俺はエインのスピードを接近に使うことはあっても戦闘に使うことはほとんど無かった。戦闘にやった事といえばチャンバラか射的だ。

 チャンバラか射的。その響きに俺は眉をしかめる。しかも否定が出来ないのが余計腹立たしい。

 自己嫌悪の表情は漆黒のエインののっぺりとした顔には現われないのが救いだった。


「エインのスタイルを活かすことだけがこのゲームでは重要。小手先の技術なんてその延長にすぎない」


 伊織が、紅蓮のエインが言い切った。そして銃剣を構え、周囲を見回す。


「さあ、実践してみよう?」


 楽しそうに、歌うような調子で言った。遊ぶように銃剣を振り回す。

 周囲にはいつのまにか標的エインが無数に立っていた。

 俺は大刀を構える。仄黒い刀身に、俺のエインの紅い相貌が映った。


「エインを活かす、ね。上等じゃないか」


 言って、笑う。笑顔は現われず、のっぺりとした漆黒のエインの顔は相貌が紅く輝いた。


 屋根を蹴る。道路に立っていた敵エインを薙ぎ払い切り裂いた。勢いを殺さず住宅地の塀に飛び乗り廃屋の壁を蹴る。

 速く。もっと速く。

 屋根の上に立っていた敵エインの脚を斬り、倒れたエインの顔を蹴り飛ばし首をへし折る。

 即座に跳躍、ついでに先ほど斬った道路に立つエインにクナイを射出する。止めを差した。

 次の屋根に立つエインは剣を抜いていた。左手で持った大刀を振って相手の剣を払い、右拳を相手の腹に叩き込む。同時にクナイを射出。敵を粉砕し、さらに跳躍。

 速く。もっと速く。

 次の敵に向かう。次の敵も剣を抜いていた。焦ったか、俺の跳躍は勢いがつき過ぎていて屋根に着地出来そうに無い。

 大刀で剣と打ち合い、バーニアスラスタで体を起こして相手の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。身をひねって相手の後頭部にクナイを打ち込む。

 無理をしたせいで背中から落ちた。慌てて起き上がろうと肘を突く。


「焦りすぎ」


 笑いを含んだ声で、牙をむき出しにした獣を連想させる荒々しいフォルムの紅蓮のエインが言った。

 目の前に立ち、俺に手を差し出す。


「でもおめでとう、四体撃破。君は上達の階段を一つ上った」


 逆光で顔が見えなかったが、彼女は微笑んでいるような気がした。俺は苦笑して、遠慮無く手を借りて立ち上がる。

 微笑みとは掛け離れたような、紅蓮の狂暴な顔がそこにあった。

 俺が倒せなかった分の敵は全て彼女が始末したらしい。まだまだ伊織にはかなわない。


「あと一体。狙撃したとき逃げた片割れを探す」


 伊織は言いながら駆け出した。俺も後を追う。

 屋根を跳びながら俺は彼女に尋ねた。


「あと一体? さっきみたいに追ったら追加で出てくるんじゃないか?」

「でない。わたしこのミッションやったことあるから」


 紅蓮のエインを駆る伊織は涼しげに言い切った。なにかズルい話を聞いた気がして俺は返事に困る。

 俺は事前にミッションを知るのはズルいと考える人間のようだ。


「じゃあ、散開して各自捜索及び撃破しよう」


 伊織はそう言って離れていった。行き先にはまたマンションがある。

 俺は彼女とは別方向に足を向けた。屋根を踏み、即座に跳躍。眼下を半壊した家々が流れる。

 見える範囲に敵エインの姿はない。近場のマンションに飛び上がり、非常階段の鉄柵を足場に再び跳び屋上に着地する。前に上ったマンションよりもかなり高い。給水塔に登り辺りを見回してみた。


「屋根の上に居ないなら道路か屋内だろうな」


 見当たらない。あぐらをかいて座り込んでみた。クナイを持ち片手にもてあそぶ。穏やかに風が吹いた。

 なんかリラックスできる陽気だ。癒される……。

 眼下に広がるのが色合いの剥げた廃墟群というのも荒廃的でいい感じ。むき出しの鉄骨とかに光が当たってるのだろうか、キラキラと反射してる場所もある。


「いい天気だな」


 およそ仮想現実において言わないであろう言葉を口にする。クナイを指先で回して遊ぶ。

 こんなところを伊織に見られたら問答無用で撃ち抜かれそうな気がする。どっこらしょ、と足腰に気合いを入れて立ち上がる。


「あん?」


 さっきから視界の端でキラキラと反射してる光が道路に沿って移動していることに気付いた。立ち上がりかけた中腰の体勢でそちらを見る。はた目にはひどく間抜けな格好だ。

 目を凝らす。反射しているのはヘルメットのようなもので、それが走っているからキラキラと点滅しているのだろう。


「あはは、ヘルメット? ……エインの頭に決まってるだろうが!!」


 自分に嘲笑と怒号。給水塔をへこませるほどの力で跳躍。自由落下で加速度的にスピードが上がる。バーニアスラスタを吹かして距離を稼ぐ。

 円環のついたエインがしっかり目視できるほど近づいた。住宅地の真ん中を走る敵エインを空中から強襲する。

 クナイを射出し脇腹を貫く。よろめいた標的エインに俺は掴み掛かった。勢いがつき過ぎており、容易く相手を吹き飛ばし、それ以上に自分の全身に壮絶な衝撃が襲い掛かった。

 考えてみれば当然だ。マンションの屋上から墜落したのだから。

 ともすれば飛びそうな意識を掻き集め、一プレイに三回まで痛みに代わる『違和感』を消し去るリバイバルを実行する――。




「びっくりした」


 紅蓮のエインが呟いた。


「まさかあそこから飛び降りるなんて。身軽な君のエインじゃなければ絶対アウトしてたよ」


 束の間気絶してたらしい。俺はかすみがかった思考でぼんやりと思った。頭の後ろが硬く、横たえた体の寝心地は悪い。

 見上げれば、伊織のエインが傍に居た。その横顔を眺める。

 ……残念、膝枕されてるわけではないらしい。伊織は隣に座ってるだけだ。

 そう思考して、体を起こした。節々がきしむ。


「起きた?」


 紅蓮のエインが狂暴な顔を向ける。俺にはなぜかその顔が微苦笑に見えた。


「君の探査技術を見るつもりで追い掛けてたけど、急に屋上から飛び降りるから驚いたわ」

「……どうなった?」


 頭を振って思考をはっきりさせる。仮想現実なのであまり意味はなく、俺は右手で頭を軽く押さえた。

 伊織は咎めるでもなくそれを眺め、静かに答えを口にする。


「まだまだ、命中精度が甘すぎ。敵エインを倒せてない」

「……そうか」


 俺は右手の小手からのぞくクナイを見た。黒いそれは日光に照らされ鋭利な刃を輝かせる。

 ふと、思い出して伊織に尋ねた。


「敵エインは追わなくていいのか?」


 伊織は頷き、道路を顎で指す。俺は屋根から身を乗り出して見てみた。


「敵エインならそこで伸びてるから」


 大の字になって倒れていた。砕けた塀の破片などが体に降り掛かっていて白く汚れている。

 標的の破壊がミッションだから、まだクリア目標を達していないということだろう。

 振り返り、紅蓮のエインを見る。彼女は片足を立てて座ったまま俺を見返していた。


「なに?」

「いや、……なんか今回は色々迷惑掛けたかなって。特に詳しく指南してもらったし……」

「うん、疲れた。こんな面倒だなんて思わなかった」


 キッパリ言い切った。遠慮も情けもない。

 軽く傷ついた俺に気付く様子もなく伊織は続けた。


「でも、早く上手くなってほしいから」


 わずか呆然とする。

 言葉を理解した俺は内心で苦笑した。ヴァルハラ大好きな伊織らしい物言いかもしれない。


「今後もご指導頼むよ、伊織センセイ」

「うむ、苦しゅうない」


 伊織が冗談めかして答えた。

 俺は笑って、相貌を下で昏倒している敵エインに向けた。クナイを空に向かって軽く撃ち、そのまま腕を振って宙でつかむ。


「くたばれ……!」


 投擲し、敵エインの頭部を串刺しにした。

 その予想以上に上手くいった結果をしばらく眺めてから振り返る。ナイスピッチ、と伊織が笑った。

 そんな紅蓮のエインに向かって、拳を突き出す。


「……ミッションクリア」


 この信頼感は、嘘にはない。


 伊織が立ち回りました。勝手に人の戦いぶりを盗みみて、しかも妥当とはいえ勝手に批評してます。ちょっと嫌なやつかも。

 しかし最後にはヴァルハラ仲間が欲しい伊織と上手くなりたい笹田とで、師弟関係を結びましたね(?

 次回をお楽しみに(謎

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