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3rd.DIVE 高等学校

 翌日。普段通りに学校に行き、休み時間の度に慎也がデータカード片手に誇張塗れの武勇伝を話しているのに呆れたりしながら退屈な授業を受けた。

 今は、昼休み。

 購買で菓子パンを買おうと教室を出ようとした。


「おっと? 悪い……」


 入ってきた女子生徒とぶつかりそうになり、慌てて体を端に寄せる。

 その女子も謝ろうとしたのか俺の顔を見て、一瞬動きを止めた。


「あ、ヘタクソ……」

「は?」


 いきなりの暴言に俺が固まっていると、その女子は肩甲骨を覆い隠すほど長い艶やかな黒髪をなびかせ逃げるように教室に入ってしまった。

 多少不快になりつつも深く考えず教室を後にし、購買に向かう。大して人気もなくしかも美味くもない購買で適当に安いパンを購入した。

 教室に戻ってくると、慎也が勝手に俺の席に座っていて、しかも手を挙げて挨拶してきやがった。そんな余計なことする前にとっとと退け、と思いつつ慎也に近づく。

 慎也は席を立ち代わりに机に座りつつ不機嫌そうに言う。


「おう、さっきのなんだ? あいつ失礼じゃね?」

「誰が?」

「あー……さっきお前がぶつかりそうになった女子だよ。あいつ仏頂面で何考えてんだ? なんかヴァルハラもやってるみたいだし」


 こんなに女子のことを罵る慎也は初めて見た。俺はその女子に目をやる。快活そうな他の女子と一緒に弁当を食べていた。

 と、彼女が見覚えあることに気付く。記憶をまさぐっていると、彼女が首を振った。その動作で長い髪が揺れる。


「ああ、昨日ヴァルハラやってた人か」


 唐突に口走る。脳みそからこぼれた記憶は口からもこぼれてしまった。

 慎也が驚いたふうに眉を上げ俺を見下ろす。


「は? 笹田、お前今気付いたのか?」

「そーかそーか。あの子がそうなのか」


 慎也を無視して菓子パンの封を開け、食べ始める。ぱさぱさしてて不味い。

 ぶつかりそうになったときに彼女が呟いた『ヘタクソ』とは俺のことなのだろう。彼女の技量とは確かに比べものにならない。

 だがもちろん、プレイを重ねてすぐに追い付くつもりだ。俺はそこまで卑屈ではない。

 菓子パンを食べながら慎也と戦術を話し合った。それがいつのまにか、どっちのほうが強いかの口論になるのが不思議だ。

 俺たちはすっかりヴァルハラに熱を上げていた。


 放課後、俺は掃除当番だった。慎也は薄情にも先に帰り、しかもあの女子が同じクラスでありなおかつ彼女も掃除当番だったことに驚いた。名簿順に割り当てが決まるから、彼女の名前はサ行に近いことになる。

 おざなりな掃除を済ませジャンケンでゴミ捨て当番を決め、見事敗北した。どういう因果か彼女もゴミ捨て当番だった。ヴァルハラに行けないからだろうか、苛立ってそうでかつ悲しそうだった。

 一階の裏口から出た先にあるゴミ捨て場にごみ箱を持って向かう。しかし彼女には置いてかれた。

 物寂しい気持ちを噛み締めてゴミ捨てを終え、教室へ戻ろうとしたとき、目の端にカードが映った。入れ損なったゴミにしては落ちている地点が回収用の大箱から離れている。

 拾ってみると、それはヴァルハラのデータカードだった。


「もったいないな」


 呟きつつ、データを読んでみる。スタイルはウォーリア、タイプはスピード。主要武器は銃剣で補助武器は手剣、ダイブ回数23回。隅に描かれたエインの顔は、猛る炎のような狂暴なフォルム……。


「って、これはあの女子のヤツじゃないか?」


 言うまでもなくそうだろう。俺はポケットにデータカードを折らないよう慎重にしまい、ごみ箱を抱えて急いで教室に戻った。

 しかし戻った頃にはすでに誰も居なかった。俺は舌打ちしてカバンをつかみ、学校を飛び出した。

 制服のままゲーセンに行けば指導の対象になる。ポイントが貯まれば即留年という恐ろしい結末が待っているので俺は自宅に寄って着替えてからゲーセンに向かう。ちょうどいいのでチャリンコを引っ張りだし、大急ぎでゲーセンへ駆け付けた。

 駐輪場で止め、ちゃんと鍵を閉めてから入店する。最近物騒だからな。

 奥の仮想現実ゲームブースに着いた。見回せば、ちょうど彼女がヴァルハラに腰掛け、困ったようにカバンを引っ掻き回しているところだった。見る間に待っている慎也の顔が険しくなっている。もう一つのほうは先客が居るらしい。

 俺は慎也がキレる前にと慌てて声を張った。


「おいそこの! これ、落とし物!」


 その女子と慎也、それ以外の何人もの視線が俺に集まる。ちょっと失敗したかと恥ずかしく思いながらも制服から移し替えてちゃんと持ってきた彼女のデータカードを手渡す。

 俺は戸惑いつつ礼を言おうとしている彼女の機先を制した。


「ほら、後が詰まってるからさっさとダイブしろ」


 本当にこれ以上待たせると慎也がキレそうだ。

 彼女は律儀にも俺の言葉通り、礼も言わずにスロットにデータカードを差し込み、ほぼ同時にカバーを閉じた。

 俺もその場にしゃがみ込む。オール立ち漕ぎで来るのは予想以上に疲れる。


「つ、疲れた!」

「えーと、なあ笹田。なんなんだ?」


 戸惑ったままの慎也が尋ねた。俺は足に力を入れ立ち上がり、太股を叩いてマッサージしつつ返答する。


「別に、あの子がカードを落として、俺がそれを拾ったってだけ」


 慎也はイマイチ釈然としてない風だったが、適当に頷いた。俺は彼を促して自販機で飲料を購入し、待ち時間を潰すことにした。

 ちなみに買ったものは慎也がグレープジュースで俺がスポーツドリンクだ。


 しばらくして、ヴァルハラが一台空いた。どちらが先にやるかでジャンケンをし、また俺は負けて待つ羽目になった。どうやら俺はジャンケンが弱いらしい。

 どうりで小学校の頃はなりたくもない学級委員に三回もなったわけだ、とわけの分からない納得をしていると、ヴァルハラの座席のカバーが開いた。例の長髪少女のほうだ。

 彼女は席を立つなり俺に気付き、口ごもった。周囲に目をめぐらせ、改めて俺を見る。


「……あの……、笹田君。カード、ありがとう」

「どういたしまして。それより聞きたいことが二つほどあるんだが」

「なに?」


 彼女は表情を動かさずに答えた。ただその表情は確かに仏頂面と見えるものだったが、多分これは彼女の素なんだろうと思う。


「まず、どうやってあんな絶技を体得したんだ?」


 彼女はきょとんとした後、表情を緩めて少し得意げに答えた。


「練習あるのみ。体捌きを覚えたらそれほど難しいことじゃない」

「そうか。やっぱり一朝一夕じゃ無理か。で、本命の二つ目の質問なんだが」

「うん」


 機嫌良さそうな様子なので、きっと大丈夫だろうと思い、前置きなく直球で尋ねる。



「名前なに?」



 少女の頬が引きつった。

 もしかしたら勘違いしてるかもしれない、と不安になり俺は付け加える。


「俺、人の顔と名前覚えるの本当苦手で。君が同じクラスってことに今日気付いたくらいだし」


 さらに顔が強張った。

 心なしか目元が痙攣している。疲労が溜まってるんだろうか、とそれを眺めながら俺は漠然と思った。


「データカードは? 見なかったの?」

「ああ、名前見てもどうせ忘れるだろうと思ったし。昨日たまたま君がプレイしてるとこを見てなければ気付かなかったと思う」


 少女の怜悧な視線が段々冷ややかになっている気がする。確かに名前をろくに覚えられないのでは友達甲斐がないだろうし、友好的にならないのは分かるが……なんで敵意を持たれるのだろう。

 少女は無機質な声で呟くように名乗った。


「……伊織」

「伊織ね。伊織、よし覚えた」


 俺は念仏のように唱え、頭にたたき込む。気付けば伊織は戸惑うような表情を見せていた。

 戸惑わせるようなことを言った憶えはないので、俺には関係ないだろう。そう判断すると一言断りを入れた。


「じゃ、俺はヴァルハラやるから」

「あ、う、うん」


 データカードをスロットに入れ、座席に座る。カバーを閉じるボタンを押し、視界が闇に染まっていく。

 そういえば単独プレイは初めてだな、といまさら思った。




 どことも知れない高層ビル街に俺は立っていた。一度来たことのあるステージなので、戸惑いはない。

 ウインドウが現われ、ミッションの内容が流れる。また標的の破壊だ。これしかないのだろうか。

 見回せば、円環のついたエインが立っている。ウォーリアスタイルでタイプはディフェンスだろう。ザコ敵は出ないようだ。

 俺はクナイを準備し、大刀も抜き放った。仄黒い刀身に街の風景が映り込む。

 敵も剣を抜いた。突くに秀でた細剣だ。どうやらサシでやりあうらしい。

 先手必勝。俺はバーニアを吹かし、地面を蹴り壊しトップスピードで相手の懐に踊り込んだ。


「くたばれ……っ」


 細剣を叩いて払い、右腕を突き出し顔面目がけてクナイを射出する。

 噴射音とともに俺のエインは高圧気流に焼かれた。バーニアを吹かした敵エインは思い切り仰け反り、飛ばしたクナイはエインの額をかすめるのみ。


「くそっ!」


 俺は相手が体勢を整える前に跳躍、体をひねって相手の背後に着地する。

 敵エインがバーニアを使って体を起こす。大刀を振るおうと腕に力を入れた。

 が、相手のエインが細剣を振り返りざまに薙ぐ。俺は思わず大刀で受けてしまった。慌てて刀を返し、細剣を弾く。

 即座に跳び退いた。俺の顎先を敵エインの蹴りがかすめる。


「危な……」


 呟きも言い切る間もなく細剣が襲い掛かる。お辞儀するように上体を傾けて辛うじて避けた。

 そのまま思い切り地面を蹴り後退。距離を取る。

 顔を上げると敵エインが細剣を振り切った余韻が見えた。

 肩で息をする。恐怖と緊張で汗をかいているような気がした。拭おうとして顎に手をやり、エインの硬質な感触に我を取り戻す。

 ゲームにびびっている自分に気付き、呆れる。

 敵エインの姿を視界に収めた。動く様子はない。カウンターしてくる設定なのだろう。

 それに甘えてゆっくりと戦術を思考した。しばらくして、その動きが理想によりすぎて自分が出来ないだろうことに気付いた。


「伊織みたいに鮮やかには行かないな……」


 苦笑して大刀を構えなおす。慎重に体を動かし、尋常じゃないエインの身体能力を考える。どこまでできるか、なにができるか。

『体捌きを覚えたらそれほど難しいことじゃない』

 伊織の言葉が脳裏をよぎる。

 自分の動きを把握し、的確に利用できてこそヴァルハラで強くなれる。その利用を高効率で行った結果が伊織の絶技なのだろう。

 足を動かす。地面を踏みしめる。もっともっと力を振り絞れると思った。

 大刀をゆっくりと動かしてみて、初めて手に馴染んでいることに気付く。ベターステイタスというものを実感した。

 大刀を握り腕を振る。力加減を感じ、次に全力で振り抜いてみる。大気を切り裂く音がした。


「よし。行くか」


 エインはよく動く。それを改めて確認した。

 いける。素直にそう思った。

 地面を踏みしめ、足場を確保。敵エインを見て、位置を確認する。

 地面を蹴り、駆け出した。瞬く間に敵エインとの距離が詰まる。

 この解放感、躍動感。このエインでなら何でも出来るような気がした。

 走る方向を僅かずらし、敵エインの横を過ぎる。敵エインが振った細剣が虚しく空を切った。

 足を踏張り、バーニアも駆使して身体をひるがえした。無理矢理な制動に足腰がきしむ。

 敵エインが素早く振り返るが、それよりも早く俺の身体は動く。相対的に相手の動きが遅く感じる。

 クナイを射出し、細剣を握る手を貫いた。跳躍し、クナイの衝撃にひるむ相手の顔面に膝を叩き込む。

 強すぎる跳躍は膝蹴りの反動で傾く身体を慣性でそのまま動かそうとする。結果、俺の身体は宙でうつ伏せとなる。

 バーニアを吹かし体をひねり、打撃に仰け反る相手の隙だらけの胴体を、


「くたばれ……!」


 薙いだ大刀が両断する。


 勢い余って肩から墜落し、跳ねて、地面を二回三回転がる。体を大の字に開いてようやく止まった俺は、仰向けに倒れたまま茫然とする。

 遣り遂げた自分の行動を思い出し、沸き上がる笑みをこらえた。アスファルトは照り返しで熱を帯びている。仮想現実(ニセモノ)とは思えない。

 そして、


「……ミッションクリア」


 この達成感は、嘘ではない。




 視界に光が差してくる。

 カバーが開き、スロットからはみ出したデータカードを取って座席を立った。目の前のスクリーンにはヴァルハラの宣伝映像が流れている。

 ヴァルハラでの余韻を引きずったまま機体を後にし、近くのベンチに座った。

 ふと思い出し周囲を見回す。伊織はもう帰ったらしく、見当たらなかった。

 慎也はヴァルハラ窓口で興奮してワルキューレとお喋りしていた。しばらく俺のことなど目に入らないだろう。

 伊織。

 彼女の動きを思い出す。無駄がなく洗練された、繊細かつ大胆な荒々しい動き。

 負けられない。

 さきほどのプレイ時に感じた万能感、ヴァルハラの何かをつかんだ気がする。


「よし!」


 膝を叩いて立ち上がり、俺はもう一度ヴァルハラの座席に向かった。


 ヒロイン参上です。ヴァルハラじゃ敵無しの最強少女でしたね。この『目標』との出会いが何をもたらすのか。

 次回をお楽しみに!(謎

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