表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/25

EX-DIVE 5th. バトル×バトル= ヴァルハラ

「何読んでるのー?」


 いつも通り伊織の家を訪れてワルキューレの部屋でダラダラと宿題したりゲームしたりと自堕落な時間を過ごしているが、何をしていても微妙な按配で突然飽きがやってくることは往々にしてあることであり、そんな時とりあえずゲーム機を放り投げて手持ち無沙汰に部屋中を見回すものであり、そのときに他の友人がなにか熱心に読みふけっているマンガがあれば気になるものであり、それについてなにか質問を投げつけたくなるのは心情だろう。

 とどのつまり、その萩山の質問は至極自然のものだった。

 持参したマンガを読みふけっている慎也が答えるのも億劫に本を傾けて表紙を見せる。某有名少年誌に連載しているバトル漫画である。

 いくつになってもあのような少年少女が派手に豪快に無駄に熱血に、物理法則をヘボい理屈で蹴っ飛ばして怪物染みた戦闘能力で戦っているという構図にはロマンを感じるものだ。そもそもヴァルハラも自分がその構図の主人公になれるから人気を博したのだし。

 萩山がゴロリとクッションを枕に寝転がった。


「なんかああいうマンガって大抵戦闘力のインフレが起きるよね」

「まあ、それはつっこんだら負けだからな」

「必ず主人公って熱血だよね。展開が無駄にアツイし、おかしいくらいズタズタになっても元気だし」

「まあ、それもつっこんだら負けだな」

「細かいことは無視して適当に楽しもうってノリだね」

「まあ、つっこんだら負けなんだしな」


 不意に萩山が黙り込んだ。そして唐突に笑みを浮かべて口を開く。


「そういうバトルしてみよっか」

「はい?」


 体を起こして、伊織や俺を見回し、ワルキューレとも目を合わせる。


「少年漫画みたいな超能力で戦うの、できないかな。ほら、剣を振ったら斬撃が飛んで銃を撃ったら明らかに口径よりデカイ弾が飛んじゃうような」

「んな無茶な……」

『面白そうですね』


 俺の言葉にかぶせるようにワルキューレが笑顔を浮かべて言った。伊織も無茶だと思っていたのか、驚いてワルキューレを見上げる。

 ワルキューレは新しい遊びを発見した子供の笑顔で言う。


『そういう企画も出てて、試作までされてたんですよ。でも他社が先にリリースしちゃって、すぐにやめたんです。まあ、設定が半端だったそれはあっという間に消えましたが』


 そんな裏事情があったのか。ワルキューレは楽しそうに笑うと、伊織にスクルドとつなぐよう頼んだ。とりあえずコードの用意をする伊織に、ワルキューレはこう告げた。


『三十分ほど待ってください。すぐに改正してみせます』


 かくして超ロングコードでワルキューレとスクルドがつながり、処理とデータを交換して行い始めた。意味があるのかどうか分からないが、二人は会話を飛ばしながら処理を進める。


『全く、昔のデータを引っ張り出すのに苦労したってチーフに文句言われちゃったじゃない』

『まあまあ、そう怒ってばかりいるとお肌が荒れますよ、スクルド』

『あたしにそんなこと言ってどうするのよ……。あー、なるほどね、このシステムじゃ実用できないはずだわ。このローカルグループでようやく、ってところね』

『ええ、私もそう踏んだから持ちかけたんです。システムの改良とデバッグ、急いでくださいね』

『って、何であたしがこんなにたくさん扱わなきゃいけないのよ。アンタのほうが処理早いんだから自分でやりなさいよ』

『私のハードディスクじゃそんな大量のデータを扱えませんよ。それでも手伝ってるんだからお礼を言ってください』

『態度でかいわねコンチキショウ。あー、みんな? 今処理が半分くらい終わったところだからもうちょっと待ってね』

『ねえスクルド、こんなのどうですか?』

『ええ? なによこの忙しい時に。……アンタさ、別に悪いとは言わないけど、なんだってワザワザこんなパッチを用意するわけ? あたしの仕事を増やすようなものをさ……!』

『えーでもよくないですかー?』

『自画自賛も大概にしなさいよ、ったく……。あー、もうコレじゃ誤作動出るかもしれないわね。……もう、パターンをこの二十三乗に増やさないといけないか。ったく、仮想現実ゲームは行き届いたシステムがカギ、だなんてよく言えたもんだわ』

『ヴァルハラモデルと同期させる作業でも手伝いますね』

『あー、お願い。ちゃんとシステムの修正についていけるように工夫してね』

『分かってますよ。でも、私じゃ一人ずつが精一杯ですね』

『前なら五十人ぐらいまとめて扱えただろうにね。やっぱ法人の経済力はバカにならないわ』

『システム処理はどうですか?』

『うん、今大体の動作を直して、デバッグしてるとこ』

『じゃああとは同期が終了したらお終いですね』

『そうね。試作の割りに完成度が高かったから助かるわ。……今同期も終えた』

『それじゃあ、……完成ですね』

『うん……おーいみんな、出来たわよー!』


 と、かくして四十分の時間を経てここに新たなゲームができた。とはいえ九割がた出来ていたものを改良しただけらしいが、それでもこの短時間でそれをヴァルハラでも扱えるよう直したのは神業だ。

 だが「おー、できたかー」「思ったより早かったね」などと言って簡単に受け入れてしまう俺たちは少し彼女らに慣れ過ぎた気がするが。


「でも、いつも通りヴァルハラにダイブすればいいのね」

『ええ。システムを変えてありますから、中で超能力バトルをご存分にお楽しみくださいな』

「うん、どうなってんのか楽しみだな!」


 各々ヴァルハラ筐体に体を預け、カバー閉鎖ボタンを押した。カバーがゆっくりと降りてきて視界を遮り、暗闇の中で目を閉じる。

 次の瞬間、目に痛い光の後で目の前には未来都市が広がっている。高層ビルが林立し、透明で中を通っている車両が見えるチューブラインがそこらじゅうを走っている、いつもの光景だ。

 見回してみると、俺を含めて正方形の頂点にあたるビルの屋上に純白のエイン、橙のエイン、紅蓮のエインが屹立していた。それぞれ慎也、萩山、伊織である。

 の、だが、どうしたことか、それぞれのエインが微妙に普段と異なっていた。


「慎也、そんな盾持ってたか?」

「いや、いつもは持ってないぞ。来た時からなんか持ってた」


 と、気障な騎士姿のはずが、黄金の装飾が面覆いに胸当てに肩にと新たに飾り立てられ、以前の気障さがそのまま気品に昇華したような姿で答えた。


「陽子も、なんか変わってない?」

「変わってる変わってる。伊織もだよ、なんか豪華だねー」


 萩山は冠をかぶったような姿であるのは相変わらずだが、胴や肩当て、籠手などの造形が変わっており、どこか神秘的な奥深さをかもし出していた。彼女の陽気さにも裏があるような気がしてしまう。

 伊織にも変化が見える。というより一番顕著かもしれない。二メートルほどの身長は変わらないが、体つきが一回り大きくなっている。両腰から垂らすナイフを入れていたホルスターは長くなっており中身が変わっているのが分かる。後ろ腰はいつもの長銃とは少し違っていて、明らかに装備が変化していた。


「笹田も、大分変わってるぜ」


 そうなのである。

 俺の身体であるエインもデザイン面では誰よりも変わっていた。

 漆黒のボディからは深紅の装飾がついており、両籠手の変化は著しかった。顔も、のっぺりとした仮面をかぶっているような無機質なデザインから一変し、鋭利な雰囲気を漂わせて双眸を輝かせる、要所に入った紅いラインが際立つデザインになっていた。

 この変化は、システム変更とは別物であるはずだ。能力が変わると共に戦い方が大きく変わるはずであるから、それを意識できるようにワルキューレが気を利かせてくれたのか。


「どう、みんな。気に入った?」


 見上げればスクルドがペガサスに跨って空にあった。その後ろにはワルキューレも居た。


「皆さんに超能力が備わって戦闘力がアホみたいに高くなってますから、普段とは違う破壊的な戦闘を楽しんでくださいね」

「まあ、慣れるまであたし達が見張ってるから、楽しめないうちから落ちる子は救済してあげるわ。まずは試してみてちょーだい」


 ペガサスが羽を打ち、傍観者たる二人を上空に運んだ。

 俺たちはそれぞれ顔を見合わせて、苦笑した。そういうことなら、是非とも楽しませてもらうとしよう。


「うっし、んじゃあ早速適当に戦ってみるとするか!」


 慎也がそう声をかけるのを合図に、それぞれ微妙に変わった得物を手に手に戦闘体勢を取った。俺もゆっくりと前屈みになって、床を蹴る。

 鍔や鯉口に深紅の装飾が増えた愛刀を抜き、屋上を飛び石のようにつたって慎也へと向かう。普段よりも勢いのついた動きに、補正も強化されていることを悟った。

 向かいから慎也も長剣を構えて跳んできている。互いに吸い寄せられるように激突し、鍔迫り合いとなった。


「やっぱり、俺と最初に切り結ぶのはお前だな!」

「そのよう、だ!」


 声の切りに合わせて長剣を弾き、大刀を横薙ぎに振るう。慎也は新たな盾でその斬撃を払うと、鬣をなびかせて片手持ちの長剣を振り下ろしてきた。脇を締めて大刀を引くように振り下ろしその斬撃をそらす。

 慎也は即座に左手を伸ばしてきた。盾の上からのぞく、いつもの拳銃の銃口。それが小さな駆動音とともに光をまとっている。なにか来そうだった。

 俺は警戒のまま体を大きくそらす、その脇を抜けて蒼い軌跡が真っ直ぐ突き抜けた。背後で炸裂する音。


「何の真似だ」

「銃が強くなってんじゃね。エネルギー弾みたいな」


 大沢さんのような無茶な光線銃でこそないようだが、だからと言っていいわけでもなかろう。


「卑怯な。俺はお前が一番弱そうだと思って挑んだんだぞ」

「ひでえ! そこは冗談でも熱血っぽく好敵手的な扱いにしてくれよ!」


 ちらりと背後を見る。赤っぽい白の光跡が幾条も立ち上り、巨大な火柱が現れては消える。……能力に慣れないうちからアレに挑みたくはない。

 さておき、対峙する慎也に意識を戻す。俺は大刀を構えて足を半歩ずらし、斜めに構えた。慎也は長剣を右手で握り、左手は軽く柄に添えるように構えている。

 地面を蹴り、袈裟に斬りつける。左腕を挙げて盾で防ぎ、右手でカウンター気味に俺の胴を薙ぐ斬撃を返してくる。やはり馬鹿正直な攻撃は無駄か。

 初めから力を入れてなかった大刀を引いて、獲物が大きい分余裕の多い柄の尻で長剣を弾きあげる。腰をかがめて斬撃をやり過ごし、左手を刀から離して、慎也の顔面に裏拳一発。ナイトヘルムの鼻面に直撃し、慎也は軽く仰け反ってひるんだ。俺はそのまま打撃の反動を使って回転し、後ろ回し蹴りを打つ。

 が、足に予期した手ごたえが帰らなかった。慎也は仰け反ったまま後退り、かわしたらしい。俺は軸足で地面を蹴って飛び退り、間合いを取る。


「もらい!」


 慎也は長剣を両手で構えると、俺の後退を追うように肉薄していた。迂闊。大刀は片手で握っており応戦するには初動が鈍い、姿勢も悪く更なる後退は望めない。

 なれば。

 俺は重心が傾いたまま強く地面を蹴り、腕をふるって勢いをつけ、腰をひねった。右足で慎也の両手を蹴り、左足でその後ろの顔面を蹴る。蹴り飛ばさずに足の甲を相手に引っ掛けて、入れ違いに慎也の体をかわす。

 姿勢はほぼ水平近くまで倒れつつもなんとかいなし、手をついて四つん這いに着地する。慎也を使って移動する勢いをつけたので、反動で慎也は姿勢が崩れている。だが、慎也はそのまま転びながらも俺を振り返った。

 左手の銃を向けながら。

 血の気が引いた。


「当たれよっ!」


 当たってたまるか!

 刀から手を放し、蹴るほど体重の乗っていない足を振り上げてエインの筋力だけで姿勢を翻す。顎先をかすめ、体の筋に沿うように蒼い軌跡を残す弾丸が駆け抜けた。

 刀を取るとゴロリと体を転がして勢いをつけ、跳ねるように立ち上がり刀を構えて慎也と対峙する。

 背筋が気持ちの悪い寒気になでられていた。体が重荷を運んだ後のように熱を帯びる。慎也のやつ、いつからあんな狙いを精確に撃てるようになったんだ。

 慎也は深くたたらを踏んだ後すでに体勢を持ち直したところだった。


「くそう、避けるじゃないか笹田」

「慎也も、やるようになったじゃないか」


 ここしばらく慎也と組んでなかったとはいえ、実力を見誤っていたかもしれない。

 知らず、口の端が上がる。

 慎也は気障の抜け切らない鎧を鳴らして長剣を構えた。俺も、大刀を正眼から我流に崩す。


「そういえば、真正面から笹田とやりあうのは初めてだったな」

「……そうだな。確かに初めてだ」


 慎也は長剣を軽く引く。俺もそれに対応して足を引く。


「初白星はもらうぜ」

「言ってろ。今に赤恥をかくぞ」


 互いに駆け出す。

 直後に撃ち放たれた弾丸は軽く回りこむように走っていた俺の脇を抜け、慎也が左手を長剣に戻す間に俺は間合いを詰めた。脇を締めるような短い軌道で大刀を振るい、長剣を叩きおろす。刀を返して顔面を断とうとするが、慎也が仰け反り、頭の鬣を梳くにとどまる。

 半歩引き、腰をひねって慎也に背を向けながら柄尻で慎也の長剣が振るわれる初動を押さえる。慎也が剣を引く瞬間に身を翻して袈裟に振るう。

 慎也はしゃがみながらサイドステップを踏み、斬撃のコースから離れた。大刀は遅れ髪のように宙を踊る鬣を再び梳くのみ。


「お前俺の鬣になんか恨みでもあるのか!」


 間の抜けた怒号とともに、左腕の盾で体重の乗った打撃を見舞わされる。右手だけで振られた長剣は何とか大刀で打ち合い、はじいた。

 一旦間合いを取ろうかとの考えがよぎったが、やめた。慎也相手にいちいち仕切りなおしていたら埒が開かない。

 足を上げて、慎也の腹を真っ直ぐ蹴り上げた。ナイトヘルムから苦悶の声が漏れる。しかし慎也はそのまま終わらず左手の銃を向けてきた。刀で拳銃を断ち切ろうと振り下ろしたが、銃口が蒼く光り、刀身が弾かれ手首に違和感が走る。

 止められた勢いは無理に押さず、歩を進めて間合いを詰めながら大刀を右脇から後ろに流す。踏み込みにあわせて大刀を振るい、逆袈裟に切り上げる。

 慎也は即座に対応し、斜めに構えた長剣で俺の斬撃を受け流す。俺は刀を返し、右腕だけで大刀を薙いで長剣を叩いた。左腕は手を開き、慎也の右腕をつかむ。弾かれた剣を保持するために力が入っていた腕は反射的に強くなり、俺はその腕を頼りに体を浮かせて膝蹴りを慎也の顔面に叩き込んだ。慎也は直撃を受けてのけぞる。


 俺は小さく舌打ちをする。近すぎる間合いで無理に攻めすぎた。慎也に背を向ける形で何とか着地する。背後で空気の動く気配。慎也と共闘するうちに染み付いた彼の動きを予測する、というか勘を頼りに大刀を持ち上げて背後に回す。背中で打ち合い、慎也が剣を引いたと思しき瞬間に身を翻し、振り上げていた刀をそのまま袈裟切りに振り下ろす。

 空を切った。慎也は一撃の後間合いを取っていた。左腕を動かして銃口を俺に向けようとしている。

 腰を沈めて踏み込み、正眼……相手の目を刀の先で指している構えに沿って切っ先を突き出す。慎也は体を傾がせてかわしたが、その動きに連動するように左腕は俺の体から逸れる。

 慎也は長剣で刀身を叩き、俺の大刀を弾く。

 弾かれた勢いで右に傾いだ自分の重心を勢いに転化させ、踏み込みつつ姿勢をしゃがむ寸前まで落として左足を滑らせる。慎也の踵を刈り取って足払い。


「んな、っぐあ!」


 慎也が悲鳴を上げて背中から倒れる。運動神経のいい彼は右手で受身を取りダメージはほぼないだろう。だが、剣は体から大きく離れた。

 俺は神速と思える速さで踏み込み上段から大刀を振り下ろし、兜を断ち切ろうとする。

 もらった!

 がん、と手首に鈍い違和感が返った。紅い燐光が飛沫のように飛び散る。

 斬撃は慎也が咄嗟に掲げた左腕の盾に弾かれた。その一瞬の隙を突き、慎也は足で俺を蹴り飛ばして後ろ回りをするように転がり、立ち上がる。

 踏み込み、刺突を浴びせるが盾で流され、体勢を整えた慎也の長剣が振り下ろされる。功を焦っていた俺は肝をつぶしながらも身を捻り柄尻で受け止めて、大きく飛び退る。


「獲ったと思ったんだがな」

「へっ、そう簡単にやられやしねーよ」


 まったく、コイツは馬鹿のくせに侮れない。

 もはや笑みは押さえられなかった。


「ああ、そいつは楽しみだ。倒し甲斐がある」

「倒され甲斐、に訂正するなら今のうちだぜ」


 大口を叩くものだ、慎也め。互いに獲物を構えて間合いを計る。緊張が張り詰め、ほぼ同時に踏み込もうとした動きの初動。

 最初はかすかな燃焼音。ついで辺りを照らす赤い光。次第に大きくなる燃焼音が引き連れてきたものは、

 巨大な火炎だった。


「なっ」「んなあ!?」


 火炎の塊は俺と慎也の戦っていたビルに直撃し、炸裂。一撃で半分ほど抉り取り、めきめきと音を立ててビルは崩壊し始めた。俺と慎也の足元にもひびが広がり隆起して、そしてゆっくりと傾いでいく。

 これは萩山の流れ弾だろう。だが、なんてふざけた威力だ。溜め込んでの一撃さえこれほどの威力にはならなかったはずである。これも超能力とやらの恩恵なのだろうか。

 ……彼女らはこんな大きい戦いをしているのか。

 崩壊するビルから跳び退り、隣のビルに飛び移る。しかし俺が飛び移ったほうにビルが倒れこみ、直撃。このビルも大きく砕かれて崩れ始める。巻き上がる砂埃で視界はほとんど利かない。足元が振動して崩壊し始めているのが分かる。

 俺は顔を上げた。煙で何も見えはしない。それでも目を凝らす。俺の敵を求めて首をめぐらせる。

 煙を一陣切り裂いて、蒼い弾丸が駆け抜けた。

 笑いがあふれる。


「慎也ぁあああっ!」


 大刀から滝のように溢れてこぼれる紅い光を引いて、煙を一閃。白に黄金の装飾が施された騎士のごとき気風のエインに飛び上がる。空を翔るかのような大きい跳躍。


「っ……笹田、ぁあああはははっ!」


 俺の薙ぐような一撃に、慎也は上段から長剣を切り下ろして切り結ぶ。俺の大刀が垂れ流す光が飛沫のように飛び散り、慎也の長剣から立ち上り始めた蒼い光と溶け合って消える。


「……っ!」


 俺は腹の底からこみ上げてくる笑いをこらえながら大刀に全身全霊を込めて振りぬいた。慎也も一瞬遅れを取って呆けていたが、俺の笑いの理由に気付き、つられるように笑い始める。


「ははは! なんだ笹田! 真面目に戦ってるんだぞ、笑うなよ!」

「お前が言うか、馬鹿慎也!」


 笑いながら、上段から、袈裟から、八双から、下段から、居合いから、何度も切り結び鍔迫り合いをした。そのたびに紅い飛沫が飛び、蒼い光が震える。

 まったく、派手なだけの演出など、気分が盛り上がる以外の役に立ちはしないというのに!

 俺と慎也は一度大きく跳び退り、各々別のビルの屋上に立った。慎也は左腕を伸ばして銃を構える。俺は回避行動には出ず、紅い光をなびかせながら大刀を大きく振りかぶった。

 一陣、切り裂く。

 斬撃に沿って飛び散る飛沫が真っ直ぐ飛び、慎也の立つビルを断ち切った。一刀に切り伏せることはできず半ばほどまで切れ目をつけただけだったが、どうやら萩山の望むとおり斬撃は飛ぶらしい。


「……やってくれるな笹田!」


 慎也は弾んだ声で叫び、銃を再び俺に向ける。銃のまとう光が強く輝き始めた。

 これはまずいかもしれない。ビルを蹴って退避し、回りこむようにビルの屋上を跳び渡ろうとする。

 その俺を狙って、慎也は引き金を引いた。


「ブレットレイン!」


 蒼い光は、銃口で炸裂した。その飛び散った一つ一つが青い光を強く輝かせ、誘導ミサイルのように俺に向かって飛来してくる。誘導弾があんなに大量なんて卑怯だろう!

 軽い移動程度では足りず、コンクリートを陥没させる勢いで地面を蹴って跳躍し、弾丸から逃れる。それでも足りず、壁蹴りで方向を急転換、ビルの狭間をすり抜けるように移動。いくつかは追いつけずビルを砕くが、しぶとく追いすがる弾丸も多い。振り返って大刀を上段から振り下ろし、紅い斬光を飛ばして砕く。二発それをもすり抜けて迫る。俺は右腕を払い、弾丸へ振るった。眼前で炸裂。

 ビルの狭間を抜けて、そのまま道路へと落ちた。滑るように体を回して中腰になる。屋上から俺を見下ろす慎也が不服そうにぼやいた。


「ちっ、これでもダメなのかよ」

「ふざけるな、なんだあの弾丸は! さばききれるか!」


 慎也は褒められでもしたかのように嬉しそうに肩を揺らし、銃口を再び俺に向けた。俺は憤りを刀に込めて、斬光を飛ばす。慎也は迎撃するように銃を撃ち、相殺した。蒼い光と紅い光がぶつかり、爆発する。

 大刀を切り下ろした直後に俺は跳躍し、爆発によって交じり合って広がった蒼と紅の幻想的な光を突き抜けて、慎也の頭上から大上段に刀を構える。


「一刀両断!」


 慎也は俺の刀を受けずに飛び退ってよけた。俺自身屋上に立つのではなく、淵に立っていた慎也を切る跳躍だったため、斬撃を止めてもビルの屋上に乗れるわけではない。そのまま斬る。

 大きく構えたバネを解放するように叩き下ろした斬撃は、ビルを上から下まで真っ二つに切り下ろした。

 ……やればできるもんだ。


「ひゅ、派手でいいねー!」


 隣のビルに飛び移っていた慎也が軽く言い、長剣で俺を差した。蒼い光が剣から薄く煙るように立ち上る。俺も正眼から崩れた構えに大刀を持って身構えた。

 昇っていた蒼い煙が揺らぐ。


「慎也くん見ぃーっけ!」


 冠をつけた橙のエインが流星のように墜落してきた。慎也は長剣を迎撃するように一瞬構えたが、即座に飛びのく。俺も跳躍して逃げた。

 直後、ビルが爆砕した。


「あはっ」


 コンクリ片を飛び散らせた萩山は両手にそれぞれ火炎を宿らせていた。今度は俺を向いて、腕を薙ぎ払うように振るう。後を引くように宙に残る火閃が、伸び、ふくらみ、規模を増して襲い掛かってくる。


「な、小癪な!」


 横薙ぎに斬って紅い斬光を飛ばし、宙に広がる火炎を切り裂く。二つに分かたれた火炎はそのまま四散した。ふむ、規模はあちらのほうに、威力はこちらのほうに分があるらしい。

 そんなふうに空気に溶けていく炎の欠片を見届けていた俺は、直後右半身に強烈な衝撃と白く閃くような激しい違和感を受け、体ごと吹き飛ばされた。冗談のようにきりきり空を舞った俺はビルの壁に直撃、粉砕して中の廊下に転がり込む。

 白く閃くような違和感は、熱さのあまり「熱い」という感覚を飛び越した違和感だ。今は皮膚ごとひっくり返るような激しい違和感が半身で暴れる。即座にリバイバル申請、違和感をリセットする。詰めていた息をゆっくりと吐き出す。

 真っ白になっていた思考に少しずつ色が戻る。


「……この容赦の無い攻撃といい、隙を突いてくるタイミングといい。これはまさか」


 立ち上がり、砕けた壁から外をうかがう。遠くビルの上に仁王立ちするエインが見えた。

 燃え猛る炎のような、あるいは牙を向く獣のような。


「油断大敵、ね」


 紅蓮のエイン。

 顔に浮かぶ笑みが押さえきれない。


「まったく、やってくれる。この借りは返さずにはいられないな」


 あれだけの衝撃を受けて放していなかった大刀を握りなおし、ビルの壁から跳躍した。屋上を跳び渡り、伊織へと向かう。伊織もホルスターから銃身が長く銃身に刃が取り付けられた、やたらゴツイ形をした拳銃ナイフを両手に取った。

 互いにビルの屋上を蹴り、俺は大刀を、伊織は手に持ったナイフを振りかぶり、宙で交錯する構えを取る。その横で。


火竜(ザラマンダー)!」


 両手を合わせた萩山が叫ぶと、彼女の背中から頭上へと巨大な火炎が吹き上がる。その火炎を翼として開き、羽ばたいた。竜鱗を持ち、トカゲのような平べったい頭をした、燃え盛る幻獣。


「って、そんなものを召喚するなあああ!」


 俺の悲鳴を受けた萩山は得意げに笑うと炎の消えた両手で俺と伊織を示す。すると火竜は端から火の粉をこぼす口腔をあぐりと開けて、俺たちに向けた。

 伊織はすでに距離の詰まった俺にナイフを振るう。呆然としていた俺の大刀を両手で叩いて逸らすと、足を振り上げて両膝を俺の腹に叩き込んだ。勢いの止まった俺の体を思い切り足のうらで蹴りあげて、下方へと避難する。

 俺はそんな彼女の動作の反作用を受けて、宙にわずかとどまった。

 萩山がにやりと笑う。火竜の目が俺をにらむ。

 焼却確定であった。


「あ、お、おおおおおおっ!」


 俺は伊織に弾かれた大刀を、そのまま溜めとしてひねり、振りかぶる。火竜の口からビル一つ呑み込めそうなほどの莫大な火炎の奔流があふれ出してきた。大刀から滝のように溢れる紅い光を弾けさせ、俺は大上段からそのまま一回転できそうなほどの勢いで大刀を切り下ろす。


(かあああああっつ)!」


 火炎は切り裂き、俺を避けて二股に周囲を焼き尽くした。刀を振り切った俺がビルに着地した時、火竜の炎は尻すぼみに消える。肩で大きく息をしていると、その空隙にふと奇妙な感覚を覚えて顔を上げた。

 糸が切れたように静止する火竜と、それを操るはずの萩山。不審を覚えて見ていると、火竜に一線、紅い線が走っていることに気付いた。そこから溢れた火の粉がぽろりとこぼれ落ちて、消える。

 まるでそれを合図にしたかのように、縦一線から真っ二つに分かれて桜吹雪のように火の粉をばら撒いて火竜が散った。火竜が跡形もなくなってから、萩山がこみ上げるように肩を震わせる。


「ぅっく、くく……くはっ、はははははっ! すごいねえ笹田君! 私の火竜を一太刀で両断しちゃうのか! はははははっ! ……すごい、これでこそ、戦い甲斐があるってものだよ!」


 広げた両手から炎を吹き上げて、爆笑する萩山が踊りかかってきた。対して刀を半身に構えた瞬間、閃光が空を貫き、萩山にぶち当たる。両手の火炎で押し返そうとした萩山だが、1秒と持たず弾き飛ばされた。

 振り返ると、構えていた長銃を持ち上げた伊織が、澄ました声で言った。


「お返し」


 ……おっかない。


「隙ありぃっ! 白星は貰ったァァァァ!!」


 咆哮の方に顔を向けると白いエインが長剣を振りかぶって飛んできていた。俺は大刀を構えなおして小さく振り、剣先で大振りの長剣を払う。踏み込み、肘を慎也の空いた腹にねじ込んだ。


「うごふっ!?」


 勢いもあいまって深く響くような痛撃を与えた手ごたえがある。そのまま肘をかち上げて俺の背後へと慎也の体を投げた。

 そうやって身を捻った瞬間に目に入る、銃を構えた伊織の姿。頭から血の気が我先に下っていく感触がする。思い切り地面を蹴って跳躍、退避。その直後にビルに風穴が開いた。

 安心したのもつかの間、背後で燃焼音がする。嫌な予感に悪寒を覚えて宙で身をひねって振り返る。


「いらっしゃ〜い」


 両手に火を灯した萩山が屋上から俺を待ち構えている。両手を合わせてかめはめ波のようなポーズを取って俺を狙っていた。撃つのではなく、掌打。

 そんな攻撃で倒されてたまるか!

 体を捻った勢いで振り抜いた回し蹴りで萩山の両手を蹴り飛ばす。足の甲を焼く強烈な違和感に顔をしかめつつ、着地と同時に身をかがめて、萩山の灼熱を帯びた裏拳をかわす。俺は体を回して刀を振りぬいてやった。萩山の体を強く殴打して間合いを取る。

 ……殴打?


「峰かっ!」


 なんという失態か。格好のチャンスをみすみす逃してしまった。

 打撃でビルから投げ出された萩山は、すでにビルの陰に身を隠しており、追撃は困難以上に無謀だった。

 顔を上げて視界を巡らせる。慎也がしつこく追いすがり、俺に銃を向けている。


「ええい、俺ばかり狙ってくるな!」


 斬光を飛ばして牽制しつつ跳躍する。慎也は盾で弾きながらなおも追ってきた。


「ははは、あの二人に挑んで無事で居られると思うか!?」

「ヘタレが!」

「お前には言われたくねー!」


 銃撃を大刀で弾き、大振りに切り下ろされる長剣の一撃をバックステップでかわす。足を地面に叩きつけて勢いを止め、刺突の逆撃を試みた。


「っぶね!」


 切り返し切り上げる長剣が刀を弾き、同時に左足を踏み出して銃を差し向けてくる。

 見え透いた一撃だ。俺は踏み込みを早めて間合いをゼロまで詰める。同時に銃の射程からは逸れた。慎也の顎に肘を打ち込み、足を踏み変えて一回り。一瞬慎也に背を向けてから脇をすり抜ける。

 大刀を握りこみ、横薙ぎに慎也の胴を両断しようと構える。が、そのとき見えた。

 火炎を躍らせてこちらを狙う萩山と、銃を構えて照射しようとしている伊織。

 誰か一人をいちいち丁寧に相手していたら食われるか。舌打ちが漏れる。

 斬光を飛ばして伊織を牽制し、跳躍して萩山の炎の射線から逃れる。伊織の銃口は俺を追って移動している。周囲より背が低いビルの屋上へと跳び、縁を蹴って他のビルとの高度差を盾とする。飛び渡るビルの壁を蹴って、回りこむように移動。

 遮蔽物となっていたビルを抜けて、目抜き通りの、遮蔽物のない直線の空に躍り出る。同時に、俺は刀の先を後ろに流して構える。


 伊織と、構える銃と目が合う。

 斬光と照射が同時に飛び、宙で衝突した。均衡は一瞬、切り裂かれた照射は道路を焼き、切り裂いた斬撃は飛沫と消える。

 俺は目抜き通りを飛び越えてビルの狭間に着地。背後の道路を駆け抜けた照射に目もくれずコンクリートジャングルを走る。

 ビルの狭間から、一瞬空を駆け抜ける萩山の姿が見えた、直後。

 右手に聳え立ち影を落としていたビルが中ほどから爆砕した。貫いた閃光が対面のビルをも焼く。砕かれたビルは自重で下半分が崩れ、破片と噴煙がジェット噴射のように四方に吐き出される。上部からは砕けたコンクリ片が雨あられと降り注いで散弾のように道路を穿ち、やがてメキメキと倒れたビルが対面のビルに衝突。砕けて道路と言う隙間を埋めるように破片をばら撒いた。

 舞い上がる噴煙を貫くように、ほこりで白く薄汚れた漆黒のエインが飛び出し、手近なビルの屋上に着地した。

 背後に響く悪夢のような破壊の轟音を聞いて冷や汗をたらす。あと一瞬遅れていたら巻き込まれてただではすまなかった。単純に萩山を追おうと跳躍しただけなのだが、思いがけぬ僥倖だ。

 ドミノ倒しのように隣のビルの崩壊が始まっているのを尻目に、俺は大刀を構えて跳躍する。


 行く先には、格闘する萩山と伊織。

 伊織は長銃を二つに折りたたんで腰に下げている。代わりに持つのは拳銃のようなものだ。必要以上に大きい銃身にナイフがついているもの。

 対する萩山は手に渦巻く炎で戦っているようだ。しかしナイフを炎で受け止める辺り、ただの炎でもないらしい。

 ナイフを受けられた伊織は腰を下ろして右足を旋風のように薙ぎ払い足払い。萩山は即座に反応して跳んでかわす、だけですまさず、伊織の肩を蹴り飛ばして間合いを取った。僅かに体勢を崩された伊織はそのまま半身に構えて両手の拳銃を萩山に連射する。

 萩山は突き出した右手に渦巻く炎でその弾丸の全てを飲み込んだ。そのまま宙を蛇がうねっているかのように炎がするりと伸びて伊織へと向かっていく。伊織が照準を少し変えてその蛇の頭を撃ち抜き、続く弾でその胴体を吹き散らしていく。

 その間に萩山は間合いを詰めていた。燃え盛る炎を両手に構え、伊織に踊りかかっている。右手は渦巻いているが、左手に灯る炎は鋭く燃え盛っていた。

 迎撃しようと萩山を見た伊織の目が、ふと、かすかに揺れた。

 ……気付かれたか。


 俺は卑怯とは思いつつも散々されたお返しとばかりに斬光を横薙ぎに飛ばした。伊織はすぐに反応して萩山に牽制の銃撃を雨あられとばら撒きながら大きく跳躍する。萩山はまったく背後からの攻撃に気付くのが遅れ、なおかつ伊織の銃撃を捌いていたせいで決定的に反応が遅れた。斬光が跳ぼうとした萩山の足を傷つける。

 即座に間合いを詰めて袈裟に斬ろうと大刀を構えつつ駆ける。

 萩山の傷は見る間に修復されたが、さすがに体勢を整える暇は与えなかった。三歩で踏み込んだ俺は大きく振りかぶり、大刀を叩き下ろす。

 鈍い金属音。紅い光の飛沫と火の粉が飛び散る。


「……っ。そう、簡単には行かないよ」


 萩山はかろうじて掲げた左手に渦巻く炎を呼び出して俺の斬撃を受け止めた。だけにとどまらず右手を閃かせて炎を呼び出し、逆撃を加えようとする。

 しかし、その程度、折込済みだ。


「それは……」


 萩山の目が疑問の色をよぎらせつつも、腕に炎を安定させた時。

 受け止められたときにはすでに柄から外していた右の小手が展開し、紅い光を噴水のように噴き出した。

 光は、掌からも漏れている。


「多少手こずる程度、ってことか?」


 萩山の目に理解と恐れの色が宿り、慌てて右手を振るおうとするが、そのときにはもう俺の右手は彼女の顔面を掴んでいた。

 小粋か無粋か、いずれにせよジョークに富んだAIだ。笑いをしのびつつ、俺は告げる。


「ブレイン……ブレイカー!」


 ばふっ、と萩山の頭に紅い光が閃いた。

 まずは一人。


 しかし息を吐く暇もなく、伊織が飛んできた。隣のビルから跳んできたかと思えば両手に持った拳銃ナイフを嵐のように振り回し俺に一撃を叩き込もうとする。

 右からの叩き下ろしは大刀で受け止め、ついで振るわれる左の横殴りの一撃はバックステップで回避。直後打ち込まれる拳銃としての銃弾を、上体を傾けてかわし、追撃されないうちに逆に切り込む。伊織は両手のナイフを交差させて受け止め、直後垂直に足を突き出して蹴りを叩き込んできた。かわせず、直撃。一メートルほど吹き飛ばされた。

 両足を踏ん張って立ち直った、と思ったときには伊織がすでに肉薄している。一度回転し、全身を翻した勢いを乗せて思い切り両手の銃を叩き込んでくる。大刀を立てて受け止めるが、支持した左手がひどい違和感に苛まれるほど重い一撃。

 舌打ちして違和感を無視し、刀を持ち直して軽く切り下ろす。牽制にもならないような軽い一撃にもかかわらず伊織は体勢が悪く弾けない、後退してかわす。そこに踏み込み、正眼の刺突を差し込む。しかし伊織は体をひねってそれをも避けてみせた。そのまま右手を大きく振り、拳銃ナイフで刀身を殴って追撃を封じる。

 右足を踏み込んで弾かれた分を勢いに転化し袈裟切りを放つ。伊織はさらに低く早く後ろへと跳躍してかわした。さらにもう一度蹴って隣のビルにまで跳躍。


 そんなに間合いをあけてどうするのかと怪訝に思うのも一瞬。伊織が腰に構えた長銃を見てそれは丸ごと焦りに化けた。俺が立っているのは屋上のど真ん中、身を隠す場所などない。

 伊織は光を漏らす砲口を俺に向けた。弓の弦が引き絞られるような音を幻聴したが、その銃はまさしくそんなイメージだった。引き絞られ、限界まで威力を高めて、狙いすました一撃を飛ばす。

 知らず、俺は大刀を右後ろに流していた。足は左がやや前、肩を前に見せるように。両腕は自然に、かつ力強く。無駄な力が入らないように、込めた力が全て威力になるように。

 伊織の銃が閃き、視界を白く染める熱量が眼前に迫る。

 同時に俺の斬撃も放たれた。逆袈裟に斬り上げる。斬光が惜しみなく溢れ、弾け、飛沫が舞う。

 衝突。しかしぶつかり合うことはなかった。

 斬光は伊織の光線を切り裂きはしたが、打ち消すことはなく、伊織の銃と腕を切り裂いて消えた。しかし、切り裂かれた光線は大きく拡散することもなく、俺の体を焼き払った。

 俺は、銃口から真っ二つに断たれた銃を取り落として膝を突く伊織が悔しげに俺を見やったのを視界に収め、そのまま意識がホワイトアウトしていった。


 筐体がゆっくりと開き、視界に光が戻ってきている。まだ目に痛い光に目を細めながら筐体から起き上がった。もはや見慣れた伊織家の景色だ。スクルドの本体を中心にヴァルハラが四基広がっている。壁にはワルキューレのポスターが張ってあり、その下に倉庫然として雑多に物が積まれている。

 それらを見回して、ふと溜め息を吐いた。

 負けたか。まぁ、仕方のないことではあるのだが。位置取り、裏をかく技術など、実力で負けた。やはりまだ伊織は高い壁のようだ。

 もちろん、いつまでも負けたままでいるつもりもない。

 先に落ちていた萩山が俺を手招きしてスクリーン前に呼んだ。スクリーンではヴァルハラのようすを映す映像の脇にスクルドとワルキューレの顔を映す小窓がある。伊織と慎也がビル群を盾に銃撃戦を繰り広げて、時々思い出したように接近戦をしてはまた離れている。


「いやぁ、笹田くんも人が悪いね! こんなところにまであの騙し討ち技を持ち込んでくるとは思わなかったよ」


 萩山は後腐れもなく快活に笑いながら言った。俺は苦笑しながら答える。


「いや、俺が搭載したわけじゃないぞ。ワルキューレが仕込んだんだ」

『ええ。もう春樹さんといえばアレでしょう、と思ったので』


 いやその先入観はどうなんだ。

 と、話し込んでいるうちに決着がついたようだった。残りのヴァルハラ筐体も空気の抜けるような音とともに開き始めた。

 慎也が伸びをして脱力と同時に笑いを含んだ大声を出した。


「……っくぅあー、負けた! あと少しだったんだけどなあ、くっそー」

「うん、危なかった。一歩間違えば負けてたかもしれない」


 伊織にそこまで言わしめるほどの接戦だったのか。慎也のやつ、意外に強かったようだ。

 いつの間にかスクリーンをそれぞれの顔を映す二分割に切り替えたスクルドが、にやりと口の端を得意げに笑いながら尋ねてくる。


『で、どうだった? 普段とは違う無駄に大規模な戦闘』

「そりゃあ、面白かったに決まってるさ!」


 萩山が嬉しそうに答えた。提案したのは彼女だからもちろんだが、当然俺たちだって十二分に楽しんだ。

 慎也が胡坐をかいて座ったのに伴い、スクリーンを交えて車座になるようにそれぞれ腰を下ろす。


「でもさ、俺たちのエインの姿が変わってたのもポイントだよな。格好良かったぜ」

「ああ、確かに。大分変わったな。戦ってるうちに違和感も忘れてきたが」

『あれは私が設定したんですよ』


 ワルキューレが得意げに胸を張る。そうやって自己主張すると褒めてほしがっている子犬みたいで微笑ましい。

 スクルドも自分を褒められたかのように嬉しそうに笑いつつも、口だけは偏屈に、


『まぁ基本的な戦い方は今まで通りだものね。慣れたらそりゃ気にならないか』


 などと謙虚に努めた。これはこれで微笑ましい。

 ふと萩山が、あ、と声を出して身を乗り出した。


「ねぇ、一回私たちのエイン、スタイル変えてやってみない? 私笹田くんのエインみたいに超速いの動かしてみたい!」

「お、それいいな。俺もウィザードってどんな感じなのかって疑問に思ってたんだ、やってみたい!」


 早速盛り上がっている二人に対し、俺と伊織は顔を見合わせて、どちらともなく苦笑する。彼女の黒目がちの瞳は、とても楽しそうに緩みながらも、どうする?、と尋ねるように俺をうかがった。

 肩をすくめて顔を戻すと、萩山と慎也が俺たちを見ていた。


「じゃあ、俺は伊織のパワーと銃器を動かしてみたいな」

「私は、大沢さんのパワー特化と比べてみたいな。あ、ペガサスにも乗ってみたいかも」

『ペガサスに乗りたいだなんて図々しいことを言ってくれちゃって。あれは管理者の特権よ?』


 口々に希望を言った俺と伊織に、スクルドが楽しそうに口の端を吊り上げながら答える。しかし、早速設定を適用しているのだろう。動作がやや緩慢だ。


「……あれ、俺のエインになる人は?」


 慎也が未練がましく俺たちを見回してぽつりとつぶやいた。

 俺はみんなの顔を見回して、スクリーンを見上げるとそれぞれ苦笑と肩をすくめているのを見て、慎也に顔を戻した。


「だって、ナイトスタイルだし」

「無難だし」

「地味だし」

『もともと初心者用のクセがないスタイルですからね、みなさんが改めて体験してみるスタイルではありませんから』

『こいつらはクセがあるくらいじゃないと満足できないでしょーよ。だから妥当な結果よね』


 全員に口々に言われて、肩を落とす慎也。しかしまぎれもない真実であるだけに、慰めの言葉もない。

 スクルドが苦笑交じりに声を上げた。


『さ、設定は終わったわよ。もうパラメータは通常のヴァルハラに戻してあるから勘を間違えないでね』


 俺はみんなの、五人の顔を見回した。誰も彼も隠しきれない笑みを浮かべている。かくいう俺も、笑みがこらえ切れないのを自覚していた。

 萩山が音頭をとる。


「じゃあ早速、行ってみよっか! めくるめく戦いの館(ヴァルハラ)へ!」

 お久しぶりです、全五回の番外編。その最終章をようやくお届けすることができました。

 間が空いて久しい、というか何ヶ月も空いているのですが、それは実際忙しかったこと以上にこの話が難しかったこと、忙しい間のブランクによってヴァルハラの文章のリズムを忘れたことなどが上げられます。もうお詫びの言葉もありません(涙


 さて、今回は試みに「乱戦」という要素を交えてみました。隙あらば攻撃される、しかし攻撃しないことには勝てない……。でも、無理でした。難しすぎます。

 それから、超能力。偏見に満ち満ちた解釈で適当に済ませました。このジャンルが好きな人、申し訳ありません。


 何ヶ月も空けておいてなんだという感じではありますが、なんとなんとヴァルハラは今回で最終回となります。いえ、最終話だけ投降とか打ち切り間満々ですけど、実は初めからこの予定だったのです。

 でも最後なのに負けちゃったね、主人公・笹田。まあ、順番順番(ぇ


 最後らしくなく、やけに日常臭い番外編は、彼らの日常は描かれないだけでまだまだ続いていく、という雰囲気を出してくれたと思います。それでもまとめたかった私はつい萩山にそれっぽいセリフを吐かせてしまいましたが(笑


 最終回らしく長めの後書きですが、これまでの話はあまりそれっぽくないので、最後の後書きっぽい話を少し。


 この作品のタイトルであるヴァルハラ。オーディンの居城であり、ワルキューレに選ばれたエインヘルヤルが毎日戦いに明け暮れ、戦死者は日没とともによみがえり宴を開き、日の出とともにまた戦いを始めます。ラグナロクに備えて業を磨く……つまり<神々の黄昏>のその日まで毎日毎日戦わなければならない世界。

 それでもそこは楽園とされています。

 とある小説で、それはなんともつらい世界で、どこが楽園なのか、という独白を主人公がしていました。私はそれに真っ向から反対意見を突きつけたわけです。


 智謀の限りを尽くし、技の粋を極め、ただただ全力で相手とぶつかり、競う。それは戦士達にとって最高の喜びであるはず。しかし現世では極めたもの同士になるとその先に必ず死と言う終わりが訪れます。ですが、ヴァルハラにはそれがない。

 いつまでも、ずっと、ただ己の全てを込めた一撃を相手と競い、比べて、全身全霊で先を目指す。目指すことができる。

 その、なんと素晴らしいことか!

 きっと、戦乙女に選ばれるほどに骨の髄まで戦士である人々には、まさしく楽園というほかない世界であると思うのです。


 ヴァルハラというゲームはこれとまったく同じ構造になっています。

 プレイヤーはワルキューレに誘われて館に入り、戦い、腕を伸ばし、成績で強さを競います。インしている時間が日中に相当し、アウトした時間が日没です。慎也と笹田のようにエインの話で盛り上がるのは宴以外の何物でもありません。そしてまたインして戦いを繰り広げるのです。

 北欧神話での細かい点は抜きにして、ヴァルハラの概略だけなぞらえて生まれたのが、このヴァルハラというゲームのコンセプトでした。神話時代に楽しそうだと思われた世界が現代・未来にまったく通用しないとは思えません。だからマッドな世界での話ではなく、ヒット作になっているのです。


 まあ、中には気付いた人もいるかもしれませんが、上記とはまったく関係のない点で要素をいくつも盗用した作品があるのですけども。持ってきた要素が好きだったのに、その作者のストーリーラインではあまり重要なファクターではなかったようで、無念のあまり持ってきました(苦笑


 感慨深いあまり長々と失礼いたしました。これ以上長引くとせっかくの読後感を損なう気がしますので切り上げます。……もう手遅れのような気がしますが。

 それではまた、他の作品であいまみえることを祈って……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ