EX-DIVE 3th. 夏じゃないけど海だ! ビーチだ! 水着少女だ!!
『前回があんまりにもあんまりだったんで、今日は口直し兼ヴァルハラの性能を無駄遣いしてみよう!』
と、スクルドが宣言した。
俺たちは二階のワルキューレが置かれた部屋でぐだぐだしていたため、すぐに反応できなかった。顔を見合わせて、階下を覗く。
「何するんだー?」
『バカンス!』
俺は振り返って一同と顔を見合わせた。
なんのこっちゃ。
そして俺たちは今再びエインとなって結集していた。今度はスクルドがゲームマスターのままだが、ワルキューレも参加するため結局一階と二階を超ロングコードで結ぶことになった。昨日やったことなので手早い物だった。
しかし、何だ。ヴァルハラというものは改めてたいしたものだな、と感じる。
突き抜けるように広がる、青い空。水平線が曲がって見えるほどどこまでも広がる、青い海。とても細かくサラサラとした砂が陽光に照らされ輝く、白い砂浜。
一定のリズムで穏やかに繰り返される潮騒の音色も、遠く伸びて消えていくような海鳥の鳴き声も、肌を焼く日の光さえもリアルだ。だがここまで綺麗な砂浜だと逆に幻想的だ。
「海だ」
「海ね」
隣で遠い海を眺めていた伊織が答えてくれた。
当然ながら海水浴客なぞ居るわけもなく、完全にプライベートビーチである。これは確かに性能の無駄遣いかもしれない。
早速慎也と萩山が海に走り、「海だー!」「海じゃー!」と叫びあってじゃれあい始めた。元気な連中じゃのう。
「お待たせしましたー」
誰がいつから待っていたのか謎だが、ワルキューレがそう言いながら俺たちのほうに向かってきた。振り返った俺は、愕然とする。
「ぐはあ!!」
同じくワルキューレを振り返った慎也が死んだ。
「こ、これは……」
萩山もひるむ。傍らに立つ伊織は声も上げられず息を呑んでいた。
俺も、衝撃で身体が動かない。
「ふふ、どうですか? 似合います?」
ワルキューレがはにかみながらクルリと回って見せた。
その姿は、俗に言うビキニである。紐ビキニだ。
健康的に引き締まった身体、絹のように透き通った眩しく陽を照り返す肌は綺麗というほかない。サラサラと潮風に流れる髪と、恐ろしいほど均整の取れた身体。どうでもいいが、バストに比べてくびれがクッキリつきすぎである。モデル顔負けだ、これを見たグラビア女優はもう脱げないのではなかろうか。そんな体つきと対比して輝く深紅の水着が映えることこの上ない。なんというか、もう、どうしてくれよう。
ワルキューレ大好きな慎也が一瞥で轟沈するのも無理はない。
「くっ……!」
これ以上見ていたらもう離せなくなりそうだ。俺は顔を逸らして頭を抱える。
「卑怯者……」
伊織がボソッと呟いた。まとう雰囲気がちょっと怖いよ?
と、思ったらワルキューレも勝者の顔つきで笑顔を浮かべている。こいつもこいつだ。
「やっぱり海なんですから水着じゃなくちゃ雰囲気でませんよね。なんなら伊織さんも、陽子さんも水着着ますか?」
「……え?」
一オクターブあがった声で聞き返す伊織。復活した慎也と一緒にこちらへと歩いてきた途端名前が出た萩山が、あたしも? という感じで自分を指差す。そんな二人を見て満面の笑顔で指を鳴らすワルキューレ。
それと同時に伊織と萩山も水着姿になった。
俺と慎也は顔を海に向けた。
「なあ。……海は青いな、慎也」
「ああ。……海は広いな、笹田」
お忘れかもしれないが、ここはヴァルハラだ。プレイヤーの体はエインである。
身長二メートル強でスーパーガッチリした素晴らしい体格の、全身を鎧で固めた、エインヘルヤルなのだ。
その姿でビキニをまとってみろ……言わずもがな、そこには惨劇が展開される。
ブチリと紐を引きちぎる音がした。普段より一オクターブ低い声で伊織が呟く。
「……スクルド」
「ハイハーイ」
「ちょ、ハイって、なにをあっさり応えてるんですかスクルド! 一体何を、ってああ! 武器の使用許可!? ちょ、ちょっとふざけただけじゃないですか……だから、だからその手のナイフは仕舞いましょう! 海に似合いませんよ!」
「……………」
「無言で迫らないでくだああああ! 危ない! っていうか傷が、私の体に傷がっ……!!」
「自分で作ったくせに! 肌だけじゃなく、胸もっ、足もっ!」
「偉そうに! このきめ細かい肌を演出するのに、どれだけ苦労したと思ってるんですか! 胸だって足だって、黄金比を見つけ出すために一ミリ単位で試行錯誤して……許さない!」
キン、ガアンと激しい金属同士のぶつかり合う音がし始めた。勢いのある立ち回りで砂浜がかき回される。
それを背後に感じながら頑なに海を見続ける俺と慎也。ふと、足元に何か飛んできた。
見れば、それは本来胸を隠しているべきビキニの水着である。綺麗な群青のこれは伊織のか。
……いかん、泣けてきた。
「まあ、自業自得ね。ああいうのはほっといてさっさと遊びましょ」
俺たちの横を通って、スクルドがビーチボールにゴムボードとシャチ型の乗り物? をまとめて持ちながら浮かれた笑みを浮かべて海に入っていった。ちゃんと装備品を解除したらしい萩山も俺たちの背を叩いてスクルドを追う。
「……泳ぐか」
「それがいい」
男二人、頷き合って海に入っていく。海水がひやりと心地いい。俺の体がじゅうじゅうと音を立てるほどだ。
「……真っ黒だから熱を帯びやすいのね。色変える?」
ゴムボードにだらしなく両腕を乗せてプカプカ浮かんでいるスクルドが言ってきた。ありがたいが、黒以外の自分というとなんとなく気が乗らないので辞退する。ていうか色変えるくらいなら直射日光を受けて熱がこもりやすいというパラメータをこそ変えればいいのではないか。
「そんなの面倒臭いじゃん。それよりちょっと手伝ってよ、乗れない」
手招きするスクルド。小柄な彼女はここまで来るともう足がつかないのだろう。呆れつつ近づき脇を持って抱きかかえ、ゴムボードに乗せてやった。
「ありがと」
「どーいたしまして」
ごろんと横になるスクルドだが、さり気なく彼女もしっかりビキニ装備であることに気付いた。さっきはシャチを背負っていたりゴムボード引きずっていたりしてから気づかなかった。
ワルキューレと同じデザインのビキニだが色は黒だ。それが水に浸かっていたことにより艶めかしく光っている。ワルキューレよりは比べるべくもなく見劣りするバストだが、それ以外の部位は負けていない。特にしなやかに組まれた足の長さはワルキューレをも上回り、かなり優れた異国人クラスか。
「ん、なに?」
「あ、いや、何でも」
見てたことがばれて動揺する。が、これで終わっては青臭い中学生的なシャイ加減であることに気付き、俺は自分で自分をフォローした。
「……スクルドも、ワルキューレの肌使ってんのか?」
「ん、まあね。自分の素肌パラメータにパッチ当てるだけだからお手軽だし、せっかくよくなる物があるのに使わない理由ないでしょ。わざわざ自分を悪く見せるほうが変だし」
ごろりとうつ伏せになるスクルド。濡れて重くなったビキニの紐がその滑らかな背中に落ちる。
「どうせなら胸も貸してくれりゃあいいのに、やっていいのは公式設定に基づく身体パラメータを調整するだけだって言って貸してくんなかったのよ」
「まあ、まな板にりんご載せて気付かないやつは居ないしな」
ぎろりと睨まれるが、そんな生々しい話を聞かされたこっちが恥ずかしいのだ。皮肉の一つでも言ってやらんと気がすまん。
が、スクルドは意地の悪い笑みを浮かべてこちらに身を乗り出す。
「ふふん、照れてんでしょ」
「……悪いか。どうせガキだよ」
「青いわねー。海より青いわ」
多少の自覚はあるが……そんなにか?
と、そのとき彼方よりナニカが飛来してきた。
「へ?」
「ん?」
一緒になって見上げた空から黒い影が降ってくる。バアンと破裂する音とともに水しぶきが上がり、中途半端なスクルドの悲鳴が一瞬だけ響いて消えた。
「……ぷはっ!」
海中に沈んだ毛玉が浮かび上がって息をした。犬のように首を振って水気を飛ばした髪の隙間から現れたのはワルキューレの顔だった。
「あなたは、私が伊織さんと激闘を繰り広げてる間にドサクサ紛れでなんてことを……」
「沈んだまま浮かんで来ないが」
激しているワルキューレは固く握り締めた槍を持ったままそれきり黙り込んだ。その槍でゴムボートを刺したから破裂したのか。
とにかく俺は素潜りでスクルドを助けることにする。幸いにもエインでは常時ゴーグル状態なのか視界が大変クリアで、すぐに居場所を見つけ出すことができた。
スクルドは頭を下にしたままバタバタと暴れていて、なんだかすごく溺れている雰囲気だった。慌てて抱き上げて浮上する。
「ぶはあ! が、ごほ! げほ、ぐほ、……ぇほっ。かっ」
「大丈夫かお前」
「はあ、はあ。死ぬかと思った……えほっげほっ」
本気で咳き込んでいるスクルド。リアルに溺れていたようだ。カナヅチかよ。
すっ、とワルキューレが俺とスクルドの間に入り込むようにして自然にスクルドを受け持った。思わず離してしまったが、なにやらワルキューレは怒っていなかっただろうか。
「スクルド。あなたは私が伊織さんの斬撃から水着を死守している間になんていうことをして、挙句何といういい思いをしているのですか?」
「え、別になにか他意あってのことじゃ……ていうかそう思うんならわざわざ伊織にちょっかい出してないで真っ直ぐ目的に行ってればよかったんじゃ」
「とりあえずもういっぺん沈むのがいいと思います」
「ちょ、ちょまぼがあああああああああああっっ!」
死に至る悪ふざけだったのでワルキューレをど突いてスクルドを助ける。
「はー……はー……っ」
本気で苦しそうである。目がマジだ。
取りあえず背中を叩いて水飲んだのが楽になるようにしつつワルキューレを振り返る。
「やりすぎはまずいな、ワルキューレ?」
「……すみません」
さすがに反省したらしくシュンと頭を垂れるワルキューレ。やれやれだ。
と、そこで浮き沈みしている白い頭が視界の端を掠めた。改めて見ると、慎也である。
ふと見回してみる。バナナボートに肘をついている萩山ともばっちりと目が合った。萩山が片手を振ってあっさりと言う。
「……や、いいギャルゲー劇場だったよ?」
「喧嘩売ってるのかおどれは」
一旦海から戻って和やかに輪になってビーチボールで遊ぶ。
「ほら、伊織上げて!」
「うん!」
「あ、スクルド! 私とります!」
「お、うん! 任した」
「おお、上手いなワルキューレちゃん!」
「そういう慎也はどうなんだ? っと、ホレ」
「おわ。よっ、と。こんなもんさあ!」
「あ、伊織取れるよ! ……て、跳んだ!?」
「ふん!」
「うわっ! スパイクとか控えろよ!」
「おお! よく取ったな! 意外に上手いんだな笹田!」
「……ハッ!」
「痛あい! あたしは取れないわよ! もう、跳んでっちゃった」
「ていうかワルキューレのスパイクは容赦ないね……あれはあたしでも取れないかも」
「陽子、大丈夫。あれは普通無理」
「いくよ! そーれ!」
「ババ臭……ほい、っと」
「ナイストス笹田!」
とまあこんな感じで。概ね当初のしこりが取れたようで幸いである。
それにも飽きたころ、萩山が提案した。
「海でやるといったら、スイカ割りしかないでしょ!」
当然全員が賛成する。スクルドが笑顔でスイカをセットしバットと目隠しを持って戻ってくる。どこに持っていたかなんて質問は無意味だ。そのときに出しているのだから。
「まあ仮想現実だから食べることは出来ないけどね、当然」
「けど、その代わり確実に全員出来ますよ!」
まあ一長一短だな。無限スイカ割りと一回きりだが二度美味しいスイカ割り。
まずは言いだしっぺの萩山から。バット持って目隠しして十回転。
「さあ開幕! 制限時間は五分な」
「前前、まずは前!」
「おお、おおぉぉおぉおお?」
「ああ、ずれてるぞ萩山! 左、左!」
「とっとととぉ! 難しいもんだねこりゃ!」
それでも割りとスムーズに行って、無事にスイカを叩き割ることが出来た。さすがだ。
通算三回振り、三分半。
二番手は、名乗り出た慎也でゴー。
「とりゃああああ、あああああっ?」
「ああ、滅茶苦茶曲がってるし! 慎也くんやーい、もっと左だよ!」
「もう、行き過ぎてるわよ! ちょっと右!」
「また行き過ぎ! ちょっとだってば」
「ちょっとってどのくらいだよォ!」
どうなることかと思ったが、最終的にはキチンと破砕。よくやった。
通算六回振り、四分十秒ほど。
三番手は俺だ。くるくると回り、準備完了。
「……っとと」
「アハハ、出足でよろめいてんじゃないわよ!」
「ほら、前前!」
暗闇のなか頭がグラングランして、地面が激しく波打っているかのような足取りで歩む。くそう、ちょっと気持ち悪いぞこれ。
「曲がってる曲がってる! ちょっと左!」
「ひ、左?」
「そう。ああ、もう近いって! 行き過ぎ!」
分かるか! 一歩下がろうとするが踏ん張りどころを間違えてよろめく。
「なんで戻ってんだよ! 一歩進め一歩!」
「ちょい右だからね!」
ああもう喧々囂々とワケ分からん。
「今だ! 今! 行けー!」
とう!
「おおおおお! 割った! すげーな、一発か!」
目隠しを外して見てみる。バットの先端が当たったようでお世辞にも綺麗な割れ方ではなかったが、まあ、出来ただけいいか。
通算一振り、三分。
四番手は伊織だ。
「歩きにくい……」
「おおいいじゃんその調子その調子!」
文句を言っていても、ずれるたび自分で微調整してほぼ真っ直ぐに歩いている。いや、少しずつ右に傾いているか。ともかく俺を含めた他よりもよっぽど上手い。
「ちょびっと左行ってー!」
「スイカまであとちょっと!」
伊織はスイカの真ん前に立った。
「行けー!」
「っとう!」
べしっ。スイカに当たった。が、当たり所が悪く、表皮だけが剥がれ落ちるように割れた。
「……あー、惜しい。スイカが転がっちゃったから、少し右行って、そう、今」
二度目で割る。伊織は恨めしそうに砂浜に落ちているスイカの白い内側をさらす皮を見た。
通算二振り、二分。
次は一番鈍臭そうなスクルド。
「って、その評価物凄く納得いかないんですけど!」
「まあまあ。目隠しして、十回その場で回って。ずるいことすんなよ」
「分かってるわよ! いーち、にーい、さーん、しーい、っとと。ごーお、ろーく、しーちゃああ!」
始める前にコケるな。
「とにかく、行きまーす!」
「前前! って早速ほとんど真右向いてるし!」
「う、うそ! そんなはずは……きゃあ!」
「コケた! 立て、立つんだスクルド!」
「ちきしょー……とっとと、ひゃ、いったい!」
「立とうとして尻餅かよ! おいおい大丈夫か?!」
「もおお、絶対割ってやる!」
「待て、こっちくんな!」
「左! 左向け! ヒ・ダ・リ!」
とまあそんな感じで制限時間五分を華麗に迷走した。だが面白かったので続行し、結果なんとか割ることに成功。長かった、気がする。
通算九振り、七分。
ラストはワルキューレだ。
「ううんと、どのへんですかっ」
「いい感じだよ、いけるいける!」
「右右! ちょっと右!」
「み、右ですか?」
「あ、行き過ぎ! 戻って!」
「え、ええ?! こうですか?」
「ああ、今度は左に行き過ぎ! ちょっとだけ右!」
「……具体的にどれくらい右ですか! 一時? 二時? 何度何分なんですか?!」
「怒るなよ……。そういうゲームなんだ」
ともかく、槍を持って立ち回ったからかリーチを間違えて連打したりしたものの無事割った。
通算七振り、四分半。
「最優秀賞は伊織か。あと三十秒早ければ俺の勝ちだったんだがな」
「一撃で割りたかった……」
伊織が悔しがっているが、二分という驚異的速さの結果は誇るに値するだろう。
さて次は何をしよう。
という議題を募ったときにスクルドが頭の後ろで手を組んで、地味に艶めかしいワキをさらしながら言った。
「んー、といえども時間が迫ってきちゃってるわけだ」
「ああそうか、ヴァルハラだものな」
「さてそこでみんなに提案がある。花火しよう」
「花火とな?」
「うん。そりゃ」
スクルドが手を振ると同時に満天の星が瞬く夜空に早変わりした。見事なもんだ。
「ハイ皆一本ずつ持ってー」
と思ったら早速花火を配り始める。まあ時間に余裕がないのだから仕方ないか。それぞれ同じ花火を持つ。もうライターでいちいちつけて回るのも面倒臭いのか、手にした百円ライターをそのまま手の中で消して、宣言した。
「点火ぁー」
ぼわっ、と一斉に。
シュウウウウ、と燃焼音を立てて色とりどりの火花が勢いよく吹き出る。
「おー、おー、おーっ!」
「うは、やっぱ綺麗なもんは綺麗だねぇ!」
「おいおい、振り回すなよ」
「いーじゃん別にさ! こういう場所だから尚更! 出来るときにしないとずっとできないんだから! ……あたしは花火のとき必ずやってるけど。小5のとき弟を火傷させちゃってさアハハ」
「笑い事じゃねー……」
「時間が足りない! ガンガン行くぜ!」
スクルドがババっと色々スタンバイする。起爆スイッチを押すような仕草で一斉に点火した。
「必殺花火連鎖!」
ぶしゅ、と噴水のように火の粉が吹き上がる。それも無数同時にだ。そしてそれを背景にロケット花火が無数打ちあがった。甲高い音を上げて飛んでいくもの、次に打ちあがった一列のロケット花火はパパパン、と炸裂する。
「おおおおお……!」
噴水花火が納まると同時にもういっぺんロケット花火が打ち上がった。
バン、と爆音が鳴り、海上が明るく輝いた。海を見ていなかった皆は驚いて潮騒の止まない黒い海を見る。
「え?」
「おお、マジ打ち上げ花火?!」
驚くみんなに誇るように、スクルドは胸を張った。
「まさか。ささやかにやるのが海辺の個人花火大会でしょうが。これは海上花火っていうやつよ」
バン、とまた一つ。本場の花火大会に比べれば前座にもならないようなショボイ花だ。
「おおお、スッゲー!」
「おお、キレイ!」
しかし、スクルドの言うとおりささやかな花火会としては、メインを飾る派手な仕掛けである、と胸を張って言っていい。
明るく輝く花火はとても美しく、また夜の闇が自分らの体を忘れさせて本当に皆で遊んでいるような明るい笑いがしばし夜の海に響き渡った。
「……さて、締めはこれしかないでしょ。悪いけど一人一本ずつね」
スクルドの軽い字面とは裏腹な申し訳なさそうな声を萩山が肩をすくめて励ます。
「ま、しょうがないでしょ。時間もないし、グダグダやってたって感動が薄れるだけだしね」
スクルドの手ずから配られた、各一本の線香花火。
全員が持久戦に備えて構えを取ったのを確認し、スクルドは笑顔を浮かべて言う。
「よーし、じゃあみんな、一斉に火をつけるよ!」
「……あ、ついたぁ」
「やっぱ夏といえばこれだよな!」
「今は夏じゃないがな。……しかし、同感だ」
少しずつ大きくなる暖色のほのかな明かりが、みんなそれぞれの手元で静かな音を立てる。
……………。
「……急に静かになった」
「そんなものですよ。儚くて、とてもささやかで……でも、とても美しくて」
まるで私みたい、というセリフは全員が脳内で検閲削除した。冗談にしても時と場合が悪すぎる。
ひとり、またひとりと火が落ちていき、そして最後に残った伊織の花火が、音もなく砂浜に吸い込まれて消える。
「……あ」
「消えちゃいましたね」
「……あーあ、なんかしんみりしちゃったなあ! 終わった感がありすぎる!」
「締めの王道だしな。線香花火」
「やっぱいいね、花火って!」
「……うん、すごくよかった」
みんな立ち上がって適当に伸びをしたりしながら話し合う。俺も軽く屈伸して、一息吐いた。
「スクルド」
「ん、なに?」
「ありがとうな、花火。退屈じゃなかったか?」
スクルドは一度大きく溜め息を吐き、呆れたように俺を見上げた。
「……あんた、いくらあたしにだけ言うにしてもそういう空気読まない発言はやめたほうがいいと思うわよ」
「すまん。功労者に礼を伝えないのは俺の礼儀に反するからな」
肩をすくめて、スクルドは皆のほうへと歩いていった。手を打ち、声を張る。
「さーみんな、感傷に浸ってるところ悪いけどそろそろアウトの時間だよ」
「うーす」
「いやー今日は楽しかった! 大したことやってないけどたくさん遊んだ気になるね!」
「ふふ、なんなら毎日でも来れますけど?」
「そんな莫迦なこと誰もしないよ。分かってて言ったでしょ」
「ええ。実際に皆さんの口から聞くと感慨もひとしおなんですよ」
「いいこと言うなあ、ワルキューレちゃん」
「さーて、それじゃあ皆。アウトするよ! それ!」
視界が反転する。
現実に戻ったときすでに外は日が暮れていた。みんなで後片付けをささっとこなして感動が冷め止まぬうちに解散と相成った。
その帰り際、俺がカバンなど持って帰り支度を整えていると伊織がそばに寄ってくる。
「結構、楽しかったね。海」
「そうだな。過ぎ去りし夏を追体験できて感慨深いものがあった」
俺はもっともらしく頷いて言う。あの日差しや海の空気感など、夏の海岸そのものだった。ヴァルハラ性能の無駄遣いとはよく言ったもので、あの再現度の高さは脱帽だ。
伊織は目を細めて頷く。
しかし俺は彼女の態度から奥歯に物が挟まったような微妙な違和感を覚えた。さり気なく水を向ける。
「伊織は、どうだった?」
「うん、もちろん楽しかったし、ワルキューレやスクルドとも遊べて嬉しかったかな」
口元に浮かぶ笑みは本心のそれで、これは率直に言っているものだと思われる。
他に水の向け方が思いつかず、俺は内心で首を傾げる。はてさて、どうしたものか。
などと考えていると慎也が「笹田ぁ、帰ろうぜー」と空気の読めない発言をのたまってくれたので仕方なく返事を返し、思索を斬り捨てる。
伊織を振り返って、
「まあ、機会があれば実際にみんなで海に行きたいな。ヴァルハラだと冗談になってしまうが、伊織の水着姿を拝めなかったのが心残りだ」
軽口を残して軽く手を振り、伊織宅を後にする。
停めていた自転車を押そうとしたら、背後ですごい勢いで扉が閉まり、おまけに鍵をかける音が立て続けに響いた。チェーンロックをかける音まで聞こえた。
自転車にまたがった慎也が驚いた顔で俺を見る。
「なんなんだ?」
俺は軽くへこんでいてそれどころではないのだが、友人のよしみで答えてやる。
今にも死にそうな声が出た。
「……下卑た冗句は好かないらしい」
第三回番外編、海水浴をお送りいたしました。
作品内で季節を設定してないため、今回の話がいつなのか決まってません。とりあえずいつだったとしても対応できるようにするつもりが、なんか夏ではないということになってました。
ちなみにスイカ割りなんて実際にやったことないので、どれくらいの成績なら優秀なのか分かりません。適当に決めました。
なんか締まりのない話になってしまいましたが、こういうグダグダも青春の一ページですよ……(言い訳
ヤマも意味もオチもなく、始まっては終わる番外編。
次回をお楽しみに!