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EX-DIVE 1st. はじめてのヴァルハラ

「えー。どうも、兄がいつもお世話になってます。隠れヒロインのウワサが立たない笹田桜です」


 ぺこり、とセミショートの髪をした少女が礼をする。ついでにウワサが立っていないなら報告する必要はない。

 桜は今、ヴァルハラ筐体のすぐ隣に立ってレポーターを気取っている。


「さて、今回は二十回突破記念兼隠れ設定紹介兼本編終了祝いとして、ヴァルハラのチュートリアルを行いたいと思います」


 めでたいので桜は色々とぶっちゃける仕様になっている。ま、どうせ脇役だし。


「では、能書きもこのくらいにして、早速実際にやってみたいと思います。どっこらせ」


 ババ臭い掛け声とともに桜はヴァルハラ筐体の座席に腰を下ろす。

 ヴァルハラ筐体は斜めに傾いだ座席とそれを覆うカバーから成る。カバーは趣味の悪いことに頭の上にヒンジを置き開閉する仕組みになっている。完全遮光性のカバーを閉じれば、真っ黒い繭のような感じになるだろうか。

 また座席のクッション部分だがマッサージチェアを思い浮かべてもらえばいい。生憎とマッサージ機能はついちゃいないが、見かけはそんな感じが近いだろう。リラックスできる傾斜がデフォルトの、リクライニングシートである。


「おお。なんか革張りのソファみたいな質感を演出してるんですね。座り心地がやたらいいです」


 これはゲームの性質上最長で三十分微動だにせず身体を預け切るため、身体が変に凝らないよう配慮してこのようになっている。同時期にリリースされた物でここをケチったために『このゲームは楽しいけど終わった後疲れる』といってファンが離れていったものもあったのだから、賢い選択だったといえる。

 ふかふかぁ、と遊んでいる桜だったが、しばらくして満足したのかポケットから財布を取り出した。


「さて、いい加減に怒られそうなので始めようと思います。料金は五百円です。高いですね〜、設定を見直したほうがいいです」


 兄である笹田春樹は『確かに性能や面白さ、サービスの充実にさらには必要器材の経費等々の観点から見ればその金額は妥当である気がしないでもない』とその料金設定に納得していたのと対照的に、桜は文句を言いながら五百円硬貨を投入口に押し込んだ。ちなみに硬貨投入口とデータカード挿入口、カバー閉鎖ボタンはすべて右肘掛けの下、背もたれに寄りかかっているとギリギリ届かないぐらいの位置に取り付けられている。少々不自由な気もするが、これも誤って押してしまうことを防ぐためだ。

 座席の正面に据え付けられた観客及び宣伝用のスクリーンにヴァルハラのロゴが表示される。


「おお、なんか期待」


 桜が見つめる目の前で画面が切り替わり、ヴァルハラ筐体に座る衝突実験用の人体模型みたいな映像が表示された。無彩色の画面だが人体模型の手元にあるらしい丸くて大きいボタンが赤く示されている。スクリーンの脇に隠されたスピーカーがアナウンスした。


『カバー閉鎖ボタンを押してください』

「ああ、これがそうなのね。ぽちっとな」


 桜が押したのは紛れもなくスクリーンの映像が示しているボタンである。そこを押してきっかり二秒後、カバーがゆっくりと下りてきた。

 スクリーンの人体模型が動いた。桜同様右手でボタンを押し、カバーが降りてくるヴァルハラ筐体にリラックスした感じで深く身を預ける。


『座席に深く座って、しばらくお待ちください。手荷物は抱えるようにして、床に置かないようにしてください』


 あのようにしろ、ということだ。桜は素直に従う。ちなみに手荷物の件はプレイ中半分意識がないような状態であるため、床に置くと盗まれたことに気づかないからだ。

 カバーが下りきって足元までしっかりと覆われる。外から中の様子は見えないし、中から外を見ることは出来ない。


「おお、真っ暗になりますね。目なんて開いてるのか閉じてるのかすら分かりません」


 完全に遮光された筐体内は暗闇に包まれる。これは、脳に直接送られる視覚情報を違和感なく受け入れるための設備だ。これがなければ二重視界の違和感によって個人差はあるが凄まじい吐き気に襲われる。

 そして、その脳に情報を送るための端末が桜にも取り付いた。


「お? なんでしょう、首筋と頭をなにか……そう、緩衝材っぽい質感のやつで覆われました。あ、プチプチ楽しいアレじゃないほうの緩衝材ね。なんか髪が乱れそう」


 髪型の心配をする桜は、兄が脊髄や脳みそに電極でも打ち込まれているのではと想像しておののいたことを知らない。


「……あれ?」


 そして桜は発光する線が床に碁盤目状に引かれている暗い空間にいた。

 まさしく瞬きの間に、というやつで、桜は自分の目を疑う。呆然と床の薄明かりに照らされる自分の手を確かめるように眺め、そのとき初めて自分が普通に立っていることに気付いた。顎に手をやって眉間にしわを寄せる。


「うーむ、これはなかなか自分の常識が覆された気分になりますね。瞬間移動したような気分です、いつ立ったのか記憶にないのに普通に立っているという……」


 逆にその場に座り込んでみたりしたが、その感触も普段の生活するうえで感じるものと遜色ないことを確認した。全身を眺めまわしてみる。

 もう一度立ち上がり身体を動かす感じが本当に普段通りなのを確かめるつもりでラジオ体操第二をやってみたりしていると、


「ヴァルハラにようこそ。初めてのお客様は初期設定を行い、データカードを作成してください。以降、データカードをスロットに入れるだけでプレイデータは記録されるようになります」

「うわあっ油断した!! ナニヤツ?!」


 ワルキューレが前触れなくそこに現れアナウンスした。桜が驚くのも無理はない。まばたきをした一瞬のうちに自分の対面にワルキューレが立っていたのだから。ラジオ体操第二で足をガニ股に開いて両腕を振っていたところだったのが彼女の不幸である。

 ワルキューレはそんなことに頓着せずニコとたおやかに微笑む。


「こんにちは、当チュートリアルのガイドを務めさせていただくヴァルハライメージキャラクタのワルキューレです。よろしくおねがいします」

「あ、ど……どうも」


 焦って頭を軽く下げる桜を微笑ましそうに見つめるワルキューレはすごい笑顔であらかじめ用意してあったような滑らかさで言葉を紡ぐ。


「事前に連絡は受けています。春樹さんの妹さんなんですって? こんな可愛い女の子がご家族なんて春樹さんも随分と果報者ですね」

 にこにこ、にこにこ。

「見たところスタイルもいいですし、運動神経もよさそうですね。さぞ男子が放っておかないでしょう。本当にこんな子が私の妹だったらいいですね。ちょっとお義姉さんって呼んでみて……」

「ちょっと!!」


 ビックリしている桜の死角からワルキューレに似た容貌の女の子が飛び出してきた。ワルキューレよりほんの少し小柄で、鎧が色違いになっている。桜は気付かなかったが細部のデザインもさりげなく異なっている。

 少女は(まなじり)を吊り上げてワルキューレに詰め寄る。


「アンタはドサクサ紛れになんちゅーことを企んでるのよ。そのポジションは伊織に譲る的なこと言ってたでしょ」

「あらスクルド。確かに言いましたが、だからって狙っていないとまで言った覚えはありませんよ? あと勝手に出てこないでください」

目付役(チーフ)が居ないからなんかやらかすんじゃないかと思って監視してたら案の定じゃない。人間味溢れるAIって売り文句だけど、それじゃ溢れすぎてて逆に怖いわ」

「あーあー。話が進まないから帰ってくださいお邪魔虫」


 ワルキューレがパチンと指を鳴らすとスクルドの姿が掻き消えた。ヴァルハラを制御していた上位プログラムの名は伊達じゃない。


「アンタ、いくらこの企画のために……またヴァルハラ管理してるからって調子に乗りすぎ……ええい、回線遮断はやめろと……」


 虚空から響いてくるノイズ交じりの声はワルキューレが手を振るとブヅッと音を立てて消えた。

 静寂の訪れる仮想現実世界。

 にっこりと笑顔を浮かべるワルキューレが桜と目を合わせた。


「さて! 個人情報(なまえ)の入力などが本来ありますが桜さんのことはもう知っておりますのでここでは端折りますね」

「え、え? さっきのなんだったの?」

「気にすることはありません。今は私がアクセス権限を握ってますから。さ、サクッとエインヘルヤルの設定に入りましょう」


 本編で出番が少なかったために隠されていた本性が頭角を現しつつあるワルキューレが切り出し、桜の手元にウインドウが現れた。桜はちょっと驚いたあと厚さのないその画面を触れていじくり回しながら桜は感嘆の溜め息をついた。


「なんか革新的な感じ。すごい近未来っぽいね」

「そんなコンセプトで作ってありますからね。さて、早速肝心のエインを解説しますね」


 ワルキューレが視線を向けた先に、いつの間にか個性的な武器を構えていたり躍動感のあるポーズを取ったりしているエインが数体現れた。


「エインヘルヤルは武器や戦術に応じたパラメータの傾向『スタイル』と、それに加えてそのスタイルでもどの方面に秀でているかを決める『タイプ』があります。伊織さんならウォーリアスタイルのスピードタイプですね。後から窓口を使えばいつでも変更できますが、スタイルが変われば運動性能が大きく変わるので頻繁に変えることはオススメできません。それから、外観は大変広い選択肢の中から自在に設定できます」

「へえ……自由度高いんだねー」

「それはもう。最初から容姿を詳細に決めるわけにはいかないので完全ランダムで選ばれた候補から選択か、曖昧表現でカテゴライズされたモデルから選ぶか、スタイル・タイプに対応して用意されたモデルからランダムで選ばれた候補から選択かで決定されます。曖昧表現というのは要するに印象ですね。『カッコイイやつ』から『特撮スーパー戦隊モノ風』までいろんな要望に応えられるようになってます。私と伊織さんで完成させた自然言語インターフェースは伊達じゃありません」


 聞きながらウインドウをいじってみる桜。そのウインドウに第三選択肢としてのモデルが数体標示された。選択中であるものがくるくると回っている。選択肢を一通り回して見てしきりに感心する。


「ほー。すごいねえ。でもどれも(いか)つくない?」

「あ、それは企画部でも話題になったんですけど……これを見てください」


 顔を上げた桜は金切り声を上げた。後退りしつつ叫ぶ。


「ここここ、怖ッ!?」


 女の子向けの人形がそのままそこに立っていたのだ。驚くほど不気味な微笑を浮かべている等身大サイズでフリフリドレスを着たそれが滑らかな動きで走りだす。と、唐突に跳躍。怪物じみた運動能力で跳ね回る。

 青い顔でそれを見る桜にワルキューレが苦笑を浮かべて話した。


「生憎と表情をつけると重くて敵わないので、仮面のように曖昧な微笑を浮かべた人形が激しく動き回る図になってしまうんです。ちなみにこれほど怖いのは多分光源が足元にあるこの部屋のせいですが……明るいところでも十分に不気味だったので、不採用になりました」

「うん、これは使いたくない。怖すぎ」


 何度も首を縦に振る桜は人形を見たまま目が離せていない。ワルキューレが肩をすくめてその人形を消した。


「まあ……映画とかでも人形が動くのはファンタジーではなくホラーになるのと同じことなんでしょうね」


 女性のファンが付きにくくて難儀します、と苦笑するワルキューレ。しかしイメージキャラクタである彼女がこてこての美少女であることから男性対象になっているのが分かるのではないだろうか。


「それはさておき、今回桜さんには申し訳ありませんが初心者に推奨されている『ナイトスタイル・アタックタイプ』を使用してもらいます」


 これです、とばかりに手を横へ出した先にいつの間にか漆黒のエインが立っていた。同じ漆黒でも春樹のようなのっぺりとした仮面をつけたような空寒さを感じさせる無機質さはなく、抜き身の刃物のようなクールで鋭利な印象を受ける。


「ほほう。これは、なかなか……」


 桜は気に入ったらしい。

 ワルキューレはにっこりと満足そうに笑って、


「武器は主要武器が扱いやすい片手剣、補助武器がスローイングナイフになっております。さあ、いつまでも話ばかりというのもなんですし、身体を動かしてみましょう!」


 桜が顔をワルキューレに向けたのと同時に、まばゆい光が辺りを包み、桜は思わず目を瞑る。

 次に目を開いたときは、どことも知れない高層ビル群に挟まれる車道のど真ん中に立っていた。驚いて辺りを見回す、桜のその身体はすでに漆黒のエインだ。


「い、いつの間に……。ていうかホント普通の身体と変わんない感じで動かせるんのね」


 両腕を交差させたり回してみたり色々試してみる桜に、傍らから声が掛けられる。


「どうですか、特に異常は感じられませんか?」

「あ、うん。すごい自然。自分の身体を見なかったら仮想現実だって思えないくらい」


 身長や体格が大きく違うから違和感がありそうなものだが、その調整こそがヴァルハラのヒットの秘訣である。仮想現実ゲームはこのような細やかな気遣いが明暗を分ける分野であるといえる。アイデアだけでは生き残れないのだ。

 ワルキューレは笑顔を浮かべて頷き、促すように道の先へと手を向けた。


「では、まずエインの運動能力を知るために駆けっこでもしてみましょうか。私はこう見えて身体能力に補正をバッチリかけているのでエインとさほど変わらない運動性能を誇っているんですよ」

「マジですか。走るだけ?」

「ええ。こういう日常の動作で違いが大きく現れますからね」


 言われて、桜はトットッと走り出した。こういっては何だが、遅い。スピード重視型エインの春樹はおろかウィザードスタイル・アタックタイプである萩山よりも大きく劣る。

 だがそれはまだちゃんとエインを動かせていないからだ。


「桜さん、普段の力を出そうとすれば普段通りになりますが……思い切り踏み切ってみてください」

「え? えーっと、ふんっぬ!」


 ダン! とコンクリートの地面を踏み切って桜のエインは跳んだ。慌てた桜は片足が地面に突くとたたらを踏んでブレーキをかける。

 エインの身体能力は主に『上限の拡大』といった感覚で行使することになる。現実での本気よりも力を入れればそのレスポンスが返ってくる、という感じだ。小難しいがこれは感覚の問題なので慣れればなんと言うこともない。ちなみに体力は無尽蔵に溢れてくるので気にすることはないが、緊張すると疲れやすいのと同様、精神面の影響で息切れしたり疲れたりすることはある。


「いいですよ。その調子でガンガン飛ばしていきましょう。全力疾走ですよ!」

「お、おう?」


 ワルキューレが涼しい顔で世界記録など超越した速さで走っていく。振り返って桜を手招きした。桜もクラウチングスタートの構えを取って、駆けた。


「おおおっどあああ! は、っはは! あっはははは! すごい、すごい!!」


 普段の五倍も十倍も歩幅を広げて、まるで飛ぶように走る。面白いぐらいの速さで景色が流れていく、この疾走感!


「いいですね。その調子ですよ」


 笑顔で賞賛するワルキューレだが、それに対し走ったまま困ったような声で話しかける桜。


「ね、ねえ。なんかちょっと急に身体を動かしづらいんだけど」

「ああ、運動矯正ですね。なるべく身体から余計な力を抜いて、その変な感触に従うように身体を動かしてみてください」


 運動矯正とは、跳躍や走るような単純な運動はもちろん蹴りや殴り、武器の扱いなどの『よりよい体の動かし方』のヒントを示す機能のことだ。見えない手か何かで軽く身体を押さえられるような感覚としてプレイヤーに感じられる。無視することもできるが素直に従ったほうが力を入れやすく、また力を発揮しやすい。どんな初心者でもある程度の動きができ、プレイを重ねて慣れれば誰もが一定の実力まで上がることができる理由がこれである。

 伊織などのレベルになるとこんな物に示されなくても最大の力でエインを運用することができる上に相手の裏をかいた動きなどをする際にかえって邪魔になる機能だが、春樹や慎也レベルのものではまだまだお世話になることの多いありがたい機能である。


 このプレイヤーのしたい行動を的確に判断しどのように補助の機能を行使するか決定できるのは、ひとえに人心が分かるワルキューレのお陰であり、ヴァルハラでしかできないステキサポートであると言えるかもしれない。

 余談だがワルキューレが居なくなった今のヴァルハラでも、それまで補助し続けていたワルキューレの経験を凝縮した『補助までの流れ』を体系化しプログラムにまとめたものを彼女自身が作成したために不自由になったということは全くない。

 さておき、本来ならありえない丁寧な指導を受けている桜だが、矯正機能通りに身体を動かそうと頑張っていた。


「結構コツがいるね……こんな感じかな……?」


 すう、とこれまで併走していたワルキューレを追い越す。

 感激している桜の身体には今、矯正機能が綺麗に働いていない状態になっている。どの動きをする場合でもこのように一切機能が働かないようになることが理想であるがそう上手くいくものではないもので。


「おお、すごい」

「上手いですね! じゃあ、今度は跳んでみましょう!」

「オッケー!」


 ワルキューレに言われ幅跳びをしようとするが、途端に受けた矯正機能に調子が狂う。始めのうちはまずこれが働くこと自体になれる必要があるかもしれない。

 もう一度、今度も補正に従うように力の入れ方を工夫して、踏み切った。


「ぃいやっほぉぉぉおぉぉぉぉぉぅぅぅ!!」


 数メートル、下手をすると数十メートル近く跳んだ。エインの身体能力はそれだけ優れているのであり、上級者同士の戦いはこの身体能力をフルに使う物になるので見ているだけでも大変面白い。


「お見事。上手ですね、才能あるんじゃないですか?」

「そうかな。ありがと」


 照れ笑いする桜だが、ヴァルハラの本番はこれからである。

 ワルキューレが標的を示す円環がついたエインを召喚した。ギョッとする桜に笑顔で告げる。


「さ。早速実戦といきましょうか。大丈夫、要領は走ったりするのと同じです。どう動こうか考えて、動いていると運動矯正が働くのでそれに従って体の動きを修正するだけ。簡単でしょう?」

「って、そんな簡単に言われても困るよ!」


 桜は文句を言いつつも腰に帯びた剣を抜いた。構える時点ですでに矯正機能が働いていることに焦った。


「さあ、サクッと一度交えてみましょうか」


 敵エインが剣を抜いた。オーソドックスなロングソードである。持ったが早いか早速斬りかかってきた。


「おおマジすか!?」


 マンガやらアニメやらの動きを思い浮かべながら相手の斬撃を受け流そうと剣を振るう。相手の剣を横合いから払い除けて逸らした。

 腕に感じる矯正の感触。これほど振り抜く必要はない、と言っているようだ。桜はその通り腕を戻すついでにそのまま一回転した。


「どっせえええええい!!」


 回りながら振り上げた足の、回転の勢いを惜しみなく利用した踵落としが敵エインの額に直撃する。敵は吹っ飛んでぶっ倒れた。

 さりげなく矯正機能はほとんど働かない見事な一撃であったことに本人は気付いていない。

 ワルキューレが驚いた顔で桜を見る。


「本当に上手いですね。この程度の動きじゃ相手になりませんか。もっとレベルを引き上げますね」

「えっ? ちょ、待ってよさっきの結構いっぱいいっぱい……」


 起き上がった敵エインが斬りかかってくる。桜はとっさに剣で受け止める。体重を乗せてくる相手に対し、身体の軸をずらしてうまく受け流した。後方に跳躍して間合いを取る。


「勘弁してよ……」

「桜さん。補助武器のスローイングナイフも使ってみてください」

「へ? このナイフ投げるったって当てらんないでしょ。刃が回っちゃって」

「大丈夫ですよ、こっちで補正しますから」


 そう言うなら物は試しだ、とばかりにナイフを手に持ってオーバースロー。

 指を離したはずがほんのわずか指先にナイフが吸着しているような感触、肩の動きが普段より強い矯正機能により勝手に微調整され、そしてナイフが手を離れた。

 投げたナイフはくるくる回って飛び、相手の胸のど真ん中に突き立った。


「うおっ」

「あら。ええと、まあこれが命中精度補正って言って、どんなノーコンでも気にせず上手に投擲することができるんです」

「うーん、確かにスゴイね。あんな見事に当たるとは思わなかった」


 感心して頷く桜。運動部に所属しているが実は物を投げるのが下手である。

 ワルキューレが桜に向き直った。


「さて、残念ですが標的エイン撃破がゲーム目的ですので、これでこのプレイは終了です。ヴァルハラのことは分かっていただけましたか?」

「あ、もう終わり? うん、色々分かったよ。結構感覚で出来ちゃうもんだね」

「そうでなければ仮想現実ゲームである理由がありませんから。では、今日はこの辺で。また遊んでくださいね」

「兄ちゃんがお金をくれたら来れるね」


 桜の軽口にワルキューレが笑いをこぼしたのと同時に、桜の視界は暗転した。




 これでヴァルハラの基礎は終了である。あとは桜のようなけち臭いことを言わずに積極的に挑戦していけば身体が慣れてくるというものだ。分からなかったところがこれで解決したなら幸いに思う。以上。


 今回から番外編となります。

 三人称視点で書いたのは補足が異常に多い話だったためで、また一人称を務める笹田も伊織も出ない話だったためです。次回からはいつも通りになります

 番外編ということでかなりフリーダムに書いていこうと思ってます。ちなみにそれぞれ一話完結で全五話です。


 と、いうわけで。

 次回をお楽しみに

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