20th.DIVE ヴァルハラ
どうしよう。
筐体の隙間から差し込む光に目を傷める暇もなく俺は嘆いた。一体全体どういう奇跡が起こったんだ。なんなんだ、どういうことだ。どうしてくれよう。
「勝てちまった」
そんなバナナ。いや古いかこれは。
あの必殺技。ブレインブレイカー……脳みそ壊し手? は即興の技名だが、やはり前口上が効いた。あれのせいで、大沢さんは俺の右手に注意が行ってしまったのだ。そんな必殺技ができるはずがない、悪乗りと同じくただのフェイントだ。そう思う反面、俺の動きはある意味で通例の『右手で相手を掴むための動き』だった。だから俺の行動目的を最後まで見失い、まさか本当にするとは思わなかった顔面鷲掴みで半ば混乱に陥ったのだ。ばれるに決まっているブラフを使ってきたのがそのいい証拠である。
ところがどっこい俺の目的は掴んだその先のクナイであり、本来なら掴んだ瞬間に放ってもいいくらいだった。だがまあ、そこはそれ、驚くほど画策が上手くいったことで気が抜けてしまったのであり、仕方がないことだ。
俺は起き上がり立ち上がり、久方ぶりの気がしてならないヴァルハラカフェに足をつける。スクリーンで観戦していたらしい伊織と慎也、あと画面に映ったスクルドが微妙な顔つきで俺を見た。そりゃそうだ、負け戦のはずだったのにな。
「あー……お疲れ」
「……ああ、いや、慎也も惜しかったな。あんなところで落ちるとは」
俺はスクリーンを睨みつけている伊織を見る。
「何でわたしが真っ先に落ちることになるの。頑張ったのに」
怖。そんな鬼気迫った表情でスクリーンを見ていたら声も掛けられない。
スクリーンの中のスクルドが笑いをこらえるような困った様子で頬杖をついた。
『うーん、ワルキューレの戦力評価では伊織がSSクラスで、春樹はAAクラスなんだけどねぇ。ちなみに慎也はAクラスで、陽子はSクラス。大沢はSSSクラスにプラス入れたいくらいだけど』
「納得いかない」
むっつりへの字に唇を曲げて不貞腐れる。
と、そこに通信が入った……らしい。スクルドがつないでスクリーンに相手の顔が映される。髪に寝癖のついた大沢さんが困り顔で頭を掻いているのが見えた。
『あー、聞こえるかしら』
「聞こえてる」
伊織が答えた。大沢さんは頷き、微笑の色を濃くする。
『まさか負けるとは思わなかったわ。陽動が上手いわね……それで、ワルキューレだけれど』
唐突に本題に入り、全員が緊張するのが手に取るように分かった。そうやすやすと賭けていいものではないから、簡単に譲るはずはない。ではどうするのか、大沢さんの言動に注目が集まる。
『負けた物は仕方ない。譲渡するわ』
「え、えええええッ?!」
簡単に譲りやがった!?
『チーフ、いいの? そんな簡単に譲っちゃって』
俺たちの中で一番精神年齢が高そうな気がするスクルドが俺たちに代わって質問してくれた。大沢さんはスクリーンからの視線をちょっと斜め上に外して、
『いいわけはないけれど、逆に簡単に廃棄するには性能が良すぎるのよ。もちろん、いくつか条件はあるけどね』
まずはにやっと微笑んで、そして不敵に朗らかに。
『管理はそちらですること、インターネットを始めとしたネットワークに戦乙女をつながないこと、そしてこちらの依頼する作業には逐次受領し演算機能を貸与すること。最後のには見合った報酬を約束するけれど』
最初の件はこちらの勝手なのだから当たり前、次の件は『戦乙女』の存在が機密だったことを考えれば当然だが、最後の件が曲者だった。
つまり向こうとしては戦乙女を優秀なプログラマとして捉え、独占雇用権を獲得しているような物だ。ところが戦乙女の優秀さ加減はヴァルハラ全システムを実質一人でまかなっていたことから分かる通り半端ではなく、それを好き勝手依頼できる権利というのはなかなか便利な物だろう。
さてそうなると最初の件の意味合いも変えて捉えることができる。あの時見た通り戦乙女を維持するための空調設備とデータバンクの出費はじわじわと来る物があるはずだ。AIという性質上CD-ROMといった読み取りに時間のかかる記憶媒体では役に立たないため、尚更だろう。その維持費はワルキューレの賃金に含めるぞとだけ宣言して、あとはこちらに丸投げすることができるのだ。
なかなかどうして曲者の条件である。
伊織やスクルドが曖昧な笑みを浮かべているのを満足げに眺め回し、最後に大沢さんは優しく柔らかく微笑んだ。
『それじゃあ、ワルキューレのこと、任せたからね』
「任されたはいいが、なかなかどうして面倒だなこいつ」
辺りをのたくるコードで足の踏み場もない。非常電源とか言って不測の事態が起きて電気の供給が切れた際などに用いるこの蓄電池も地味に邪魔だ。あとこのサーバを置くとか言っていたパソコンラックも場所をとってしょうがない。
「文句言わない。あ、そのコードは注意してね。絶対に足に引っ掛けて抜いたりしないように」
「どれ。あ、このグレーで図太いやつね。で、このヘンな外部機器はどこに置けば良いわけ?」
正座で腰を曲げて大量の配線をどでかい本体に着々とつないでいる伊織が顔を上げ、ふいと壁際を指差した。
「そこのラックにでも置いといて。まだしばらくは使わないし」
「クソ、またコードの山をまたがなきゃならんのか。どっこい、せ」
引越しでもするかのような慌しさだ。いや、引越しというのはある意味間違ってはいないが。
階段を上ってきた萩山がお盆を持って部屋の入り口に寄りかかる。うち一杯を自分で飲みながら声を掛けた。
「イオ、お茶持ってきたけどー?」
「あとでいい。……こぼさないでね、精密機器なんだから」
「ほーい。どう? そろそろ終わりそう?」
「うん。もう終わる」
立ち上がって身を乗り出し、机の後ろから本体につながったコードを引き上げてディスプレイの背面とつなげる。そして身をかがめて本体のパワーボタンを押し込んだ。
ディスプレイがぶちっと音を立てて明かりを灯す。真っ青な画面だ。
「おーい、ワルキューレやーい。……大丈夫なのこれ?」
萩山が怪訝そうな顔で伊織を窺う。聞かれたほうはぴょんぴょんとコードの隙間を選んで跳び、フローリング敷きの床に戻ってきたところだ。
「大丈夫。今はこの環境と接続状況を確認してるだけ。セットアップにどれくらい時間掛かるか分からないけど、結構掛かると思う」
萩山の盆から麦茶を一杯とって一息に呑む。疲れたらしい。
「じゃあとりあえず、下で休むか」
「ん。そうだね」
伊織の同意を得て、彼女を促しつつ俺は萩山から盆を取って最後の一杯を頂戴する。
階下では慎也とスクルドが超改造PSPで通信プレイしていた。何を改造したのかというと、まあボタン入力をスクルドでも使えるように大幅に作り変えたのだ。
フレームがあるとなかなか上手くいかないため試作機では原形をとどめていなかったのだが、スクルドたっての希望により一部切り開かれてそこにスクルドが操作するためのコードがつながっているという形になっている。このコードが直接『ボタンを押したぞ』という信号を本体に送るという構造らしいのだが、まあ、遠目では触手が操作しているようにも見えるかもしれない。……素直に本体とロムのプログラムだけ吸い上げて、通信機能だけ外部機器として取り付ければ良いだろうに。
『あ、あー! 狩れない! こいつ狩れない! ちょっと早くペイントボール使ってよ逃げられたら終わる!』
「おう……うわー突進やめろグハッ! 轢かれた!」
なにをプレイしているのかは想像にお任せする。なんだか最近スクルドが楽しいやつになってきたんだがどうか。
現在どこにいるかは、スクルドがいる時点で語るべくもない、ヴァルハラカフェだ。結局なんでか知らないがごく普通の喫茶店として営業しているらしい。スクルドがいるこの部屋は二階以上が伊織一家の自宅となっているこの家屋の倉庫兼居間だ。今もここはコーヒーの匂いに満ちている。
楽しく悲鳴を上げ騒ぎまくる二人に、俺は伊織と目を合わせて苦笑した。萩山も向こうに混じるのか行ってしまった。俺も行こうか迷っていると、伊織に軽く腕を引かれる。
「なにか甘い物でも食べよう?」
特に異論はない。仮にもここは喫茶店なので軽食や甘味物が妙に旨かったりするのだ。そのぶん当たり前に料金を請求されるのが何だが。しかも値引きなし。……まあ、伊織だけでなくスクルド、加えてワルキューレも管理しなければならず、おまけに始めたばかりの喫茶店だ。色々と入用なのだろう。そう思うことにする。
小銭を数枚貯金箱(いちいち伝票を用意するのも面倒だからと俺たち用に設置された)に支払い、冷凍庫からアイスを取る。伊織も無性に腹が立つほど愛嬌を振りまく豚の頭に代金を支払ってチーズケーキを取った。実子にも支払いを要求するのはやりすぎじゃないかなと思う。月五千円貰ってその範囲で、ということらしいが。
店側へ出るのは迷惑なので奥でひっそりと食べる。来客と同じ料金支払いながらなんだか物凄い冷遇なんじゃないかと感じてきたが深く考えないほうが自分のためだ。なんていうか、精神衛生上。
「……ねえ。あの、ちょっと大事な話があるんだけど……いい?」
伊織が躊躇いがちに声を掛けてきた。何かと見返せば、言い辛そうに目を伏せてしまう。
おそらく、甘い物を食べようというのは建前で、こうやって二人きりで話すのが目的だったのだろう。俺はなるべく話しやすいように軽い調子で声を返す。
「いいけど、改まってどうしたんだ?」
「えっと、その。急に変なこと言うけど、気にしないでね。無理なら無理って言っていいから」
なんだなんだ。一体何が始まるんだ。
「……その、前から言っておきたかったんだけど……言い出せなくて。実は、その、……」
言いよどみまくっている。伊織らしくも無い。どうしたんだろう。
思い切りをつけるようにこっそり深呼吸して伊織は顔を上げた。
顔を紅潮させ、一息に言うが、声は尻すぼみに消えていく。
「お、お金を! 貸して、欲しいの……!」
「…………………………はあ?」
うつむいて、顔を赤くしたまま言い訳らしきものを呟く。
「ご、ゴメン。でも、ワルキューレは記憶を溜めるサーバがないと何にもならないし、でもあれ高いからウチじゃ全然無理で、だから安いのでもだましだまし使えばなんとかなるかもしれないからそれ買いたいんだけど、ちょっと厳しくて……」
……ああ……。
穴があったら入りたい。甘いのはこの手のアイスでも伊織の膝に置かれたケーキでもなく俺の脳みそらしい。ああ、シャベルがあったら。自分で穴作って入るから。
「……いいよ。いいっスよ全然。金は結構余ってますから」
伊織はぱっと顔を上げて、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「本当?! よかった、断られたらどうしようってずっと……ホントゴメンね。絶対返すから!」
うん、まあ。
生真面目な伊織だ、お金の貸し借りに不安を感じるのも無理のない話だろう。それこそそういう行為をすると思うと恐縮して恥じ入ってしまうのも当たり前だ。また、お金の話を大勢の前でするべきでないというのも全く同感で、二人きりになるのを狙うのもおかしいことではない。全くない。
ちくしょう。
「で。いくら入用で?」
「あ、うん。えっと、一万円もあればいいから」
「そう? いくらするの、それ」
「十万円くらいかな。あと陽子と……できれば慎也君にも借りれたらなんとかなると思う」
そうなのか。だがまあ慎也は当てにならないからな。
「一応聞くけど、一番欲しいほうのサーバっていくらするの?」
「え? うん、六十万もする。ワルキューレが上手く運用してくれるからこれ以上高いの買う必要性はないし。これくらいが一番いいんだけど、それでも高すぎて……」
「じゃあ俺は五十五万ぐらい出せばいいんだな」
は? という顔で伊織は俺を見た。
「え、なにいってるの?」
「……え? いや俺と萩山とかに数万借りて十万円の買うんだろ? というより伊織らの予算は五万円前後ってことじゃないのか?」
「それこそ『え?』なんだけど……なに、もしかしてそんなにお金あるの?」
ああ、疑問点はそこか。俺は頷いてみせる。
人類の敵を見るような目で見られた。
「ぶ、ブルジョアめ……!」
「や、待て待て違うぞ。紛れもなく俺自身が働いて手にしたお金だ」
疑わしそうな目で見てくる。仕方がないので詳細に話すことにした。
「ほら、俺は毎日日課があるって話しただろ。それが伯父さんのやってる工場の手伝いなんだ。自給で雇ってもらってて、平日は毎日五時から十時まで、休日は土曜が終日日曜午前を働いてたんだ。その金はほとんどヴァルハラにしか使ってない。強いて言えば文房具と買い弁にも使ったが」
まあ詳細な金額を言うのは避けるが、貯蓄をはたけば貸すのをやめて軽自動車を買うことも。免許ないけど。
伊織が愕然としているが、まあ無理もない。俺自身、自分の無趣味っぷりに呆れているのだから。そういえば妹の桜にせびられた時期もあったなあ。ことごとく断って一度殴り合いの喧嘩になったが。
「そんなに働いてるの?」
「まあ、全然簡単な仕事だし一度日課になればどうにでも」
俺は肩をすくめた。あまり自慢したい話でもない。伯父さんの温情で雇ってもらっているだけの身に過ぎないのだから。
「でも、いいの? そんな大金……」
「返してくれるんだろ? ならいいさ。そんなに気になるんなら利子つけようか利子」
「遠慮しとく。……うん、じゃあ今回は甘えさせてもらう。本当にありがとう」
気にするな、と呟いてアイスを食べきる。ふと伊織は自分のケーキを全然食べてないことに気がついて慌てた。
「ゆっくり味わって食べろよ勿体無い」
「う、うん……そうする」
「じゃ、俺はワルキューレの様子を見てくるわ」
伊織に見送られて廊下の隅を退去する。倉庫兼部屋では結局萩山も一緒になってゲームをしていた。っていうかヴァルハラが仕事のスクルドが他社のゲームをしててどうするんだという気がしないでもない。
この部屋にある階段を上ってすぐの小部屋、そこがワルキューレの新しい居場所だ。
画面は真っ青なまま、何も映ってはいない。普通のOSならセットアップの終了程度でも示すのだろうが、戦乙女はある意味で対人用のインターフェースではない。いや、インターフェースだが、ディスプレイによったものではない。それ故にディスプレイに表示させるような気の回し方は想定していないのだ。
『ああ、ディスプレイはこれですね。やれやれ、ずいぶん安い機械になった物です。記憶領域もまた少ないことで……あら?』
びっくりした。めちゃくちゃビックリした。
たった今まで青一色だった画面に突如ワルキューレの顔がアップで出てきた。向こうも向こうで驚いたような顔をしている。
「……お、おはよう? ワルキューレ」
『……………春樹、さん』
なんだか彼女の声を聞くのは久しぶりだ。懐かしさがこみ上げてくる。
ワルキューレは花の綻ぶように笑みを見せた。
『春樹さん。ありがとうございました』
「あー、礼なら伊織に言ってくれ。この配線は全部伊織が一人でやったんだぞ」
俺がそういうと、ワルキューレはちょっと困ったような顔をした。そうではなく、と前置きし、深く感じ入るように目を閉じる。
『あなたのおかげで私は今ここに居ることができるのです。また伊織さんや皆さんとお話ができるのが嬉しくて……本当に、ありがとうございます』
「……あー。いや、やっぱりそれは伊織に言うべきだ。特に彼女の両親に」
『え?』
「ワルキューレの受け入れ先として真っ先に立候補したのが伊織なんだ。俺なんか絶対無理だったしな」
いくらヴァルハラ開発スタッフだといえども、そこまでしてくれる必要はなかったはずだ。にもかかわらず快く場を提供してくださった伊織父母には何度礼を言っても足りないのではないだろうか。
するとワルキューレはなにか合点がいったような顔で頷いた。あっさりとした顔で言う。
『ああ、春樹さんは知らないのですね。私と伊織さんとの関係に』
「はい? ……関係?」
『AIとして人間性を出すための要はデータ量だ、という話をしましたよね。データ運用の基礎が出来上がってからは会話パターンの記憶と分析結果の統計を用意すること……要するに膨大な会話をして話すことを覚えさせる必要があったんです。そして、そのために協力してくださったのが、伊織さんなんです』
ワルキューレは昔を懐かしむように遠い目をして、淡い笑顔を浮かべた。
『こんにちはと伊織さんしか言葉が分かっていない、赤ん坊も同じだった私に、ずっと話しかけていろんなことを教えてくれて……少しずつ会話ができるようになったことを自分のことのように喜んでくれて。私にとって伊織さんは、そしてたくさんの時間を共有した伊織さんにとって私は……姉妹、みたいなものなんです』
……そう、か。
伊織のワルキューレに対する過剰なほどの思い入れは、こんなところに起因していたわけだ。窓口で見かけた親愛の情も、本当に深いつながりがあってこそのもので。そしてどうあってもワルキューレを助け出そうとしたのも、そんな関係が根底にあったのだろう。
『そもそも春樹さんは、AI戦乙女は機密だ機密だと言われておきながら伊織さんみたいなただの少女が知っているなんておかしい、って思わなかったんですか?』
「あ。そうかそんなヒントが」
盲点だった。
急にワルキューレが俺を見てどこか楽しそうに目を細めた。
『そうだ。いい機会だから言っちゃいますね。伊織さんは怒るかもしれませんが……奥手なのが悪いんです』
「いや、伊織を怒らせる真似はちょっと」
後が怖い。
『春樹さんも結構な奥手ですからね。ちょうどいいでしょう』
言われた。が、何の話だ。
『二つお話しましょうか。まず、私と伊織さんは姉妹に近いって言いましたよね』
「ああ」
『そんな私達はものの考え方捉え方はもちろん、趣味嗜好まで似通った部分が多くあるんです。まあ、私のほうが伊織さんをベースに人格を形成したんでしょうけど。私はきっと伊織さんの生まれ変わりみたいな物ですね』
マジか。それって地味に凄いことなんじゃないか?
『さて次です』
「え? 結局何が言いたいのか分からなかったんだが」
『それは次の話を聞いてから考えてください。……私がヴァルハラをクビになった理由についてです』
クビって……まあ確かにこれまで携わっていた事業から外されたから大きくは違わないんだろうが……。
「ワルキューレに問題が生じたからなんだろ?」
運用中止を報せる張り紙にはそんなことが書いてあったはずだ。
『ですから、その問題がなんだったのか教えるというんです。というか、その“問題”自体はもっと前から起こっていて、それが原因で一発やらかしちゃったから事実が露呈して問題だと認識されたんですけどね』
初耳だ。一体何が起こったというのか。
ワルキューレは神妙な表情を一瞬で崩して言葉を選ぶように視線を泳がせたが、すぐに視線を俺に向けた。
『えーと、アレです。恋というやつをしたんですよ』
「へえ、恋か! そいつはまた……へ、へえ……恋ッスか。マジか」
こ、恋か。最近のAIは進んでるなあ。
『ええ。ちなみに言っておくとあなたにですよ』
「へえ、あなたにか。……あなたって? ……………一応聞く。亜鉈さんとかじゃないのか?」
『なんですかそのステレオタイプなボケは。二人称代名詞に決まってるじゃないですか。春樹さんに、ってことです』
マジボケがありがちで悪かったな。動揺してるんだよ。何のギャグだこれは。
「なにこの急展開。俺にどうしろと」
『さあ? 受け入れてくれるんならそれはそれでオールオッケーですけど』
「それはいろいろと問題がある気がする」
『私もです。ですから別になにかして欲しくて言ったんじゃありませんよ。言ったじゃないですか、二つ話すって。この二つを話した理由を考えておいてください』
ああ、ヤバイ。後者のインパクトが不必要にでかくて一つ目の話忘れた。
と、廊下から無数の足音が聞こえてきた。密談はもう終了らしい。その前に、と俺はワルキューレにささやいておいた。
「……そのうち機会を見つけて伊織に伝える。それでいいんだろ?」
『ええ。お願いしますね』
にっこりと。真正の感情を得たワルキューレは俺に笑顔を見せた。
「どうよ、もうワルキューレ起動したー?」
「ああ。もう話せる状態だぞ」
「マジか! ワルキューレちゃん会いたかったぜー!!」
「終わってたなら呼んでくれればいいのに」
「ああ、悪い。つい話し込んでな」
「うっひゃあ、なんかスクルド慣れしちゃってると懐かしいねー。そんなに離れてたわけじゃないのにさ」
「陽子の気持ちすごく分かる。なんだか、懐かしい」
『あ、あー。皆さん、ちょっと言いたいことがあるんですがいいですか?』
ワルキューレが声を上げて騒がしい俺たちを制した。急に静まった部屋で俺たち一人ひとりを見回して、ゆっくりと口を開く。
『この度は私のために色々とご迷惑をおかけしました。おかげさまでこの通り廃棄を免れ平穏無事に日々をすごせることが確定いたしました。深く感謝しております、ありがとうございました』
「気にしないでいいよ、あたしたちが好きでやったんだからね」
萩山が声を掛け、ワルキューレが彼女を見返して嬉しそうに微笑む。
『それでも皆さんがここまで行動をしなければ方針は変わらなかったでしょうし、私はここにいませんでした。褒められた行動ではないところも多々見受けられましたが、それでも、お礼は言わせてください。そして、これはさっき春樹さんと話したときすでに言いたかったんですけど、やっぱり皆さんの前で言うべきだと思って我慢してました』
一旦口をつぐみ、ゆっくりと口を開く。そして、やたらと整った顔の全てのパーツを笑みの形にして、言った。
『――……ただいま!』
萩山と慎也が顔を合わせ、振り返って俺と伊織の顔を見る。俺と伊織も顔を見合わせ、萩山と慎也を見て頷き合った。
顔を上げて、四倍の笑顔で返してやる。
『おかえり、ワルキューレ!』
とある喫茶店の一室に、五人分の笑いが咲いた。
はい、強引な流れで終結です。
やっちまった間のあふれる仕様になりました主にワルキューレ的な意味で。でもまあこんなものでしょう。
やっぱり感動的なラストを狙おうとするとこんなものになりますね。ていうか完結させられたこと自体が珍し(ぉ
これにてヴァルハラの本編は終了ということに相成ります。綺麗に二十話で終われたのはなかなかに爽快ですね。一話一話がアホのように長いのですが。まあコレは次回作からの反省点です。
さて、本編終了ということは番外編があるということで、皆さんにはもう少しヴァルハラとお付き合いしていただきたいと思います。
次回をお楽しみに!