19th.DIVE 神々の黄昏
ギャ、と地面が悲鳴を上げる。大沢さんは壮絶な蹴りで初速を得た勢いそのままに、大きく弧を描く薙ぎ払うような一撃が慎也に襲い掛かる。俺やどうやら慎也もこれまでの流れから言って伊織を狙うだろうと思っていたので、油断をしていたようだ。戦闘で楽観的になるのは愚か以外の何物でもない。慎也は防御に構えた長剣をあっさりと弾き飛ばされた。
カウントダウンはあと二秒。今すぐに何とかしなくては、と俺と伊織は同時に動いた。
横薙ぎにした銃身を同じ道筋で戻すように、横殴りにがら空きの慎也の胴を打ち据える。俺は人がくの字になる、という姿を初めて見た。文字通り吹き飛んだ慎也は二転三転して倒れる。
追い討ちとばかりに銃口を慎也に向ける直前に、俺のクナイと伊織のナイフが大沢さんに投げつけられる。同時に飛来したそれは大沢さんが一歩退いただけで避けられ、衝突音とともにそれぞれがぶつかって弾け飛んだ。
大沢さんは避けたが、しかしその動作は意外に策士だった一人の少女が仕掛ける罠の射程に足を踏み入れることだった。俺や伊織の攻撃を避けるならここだろう、と当たりをつけていたらしい萩山が腕を振ったのが見えた。
大沢さんが立つ地面が爆裂した。しかし、めくれあがる地面に混じって大沢さんは神懸かった反射神経を発揮し、直撃を防いで見せる。もしかしたら萩山の回避した先を爆発させる策略は読まれていたのかもしれない。
身を投げるような飛び込み前転で爆破を避けた大沢さんは起き上がり際に何かを握っていた。何かと思えばそれはクナイのワイヤである。切り落とし忘れたまま撃ってしまったようだ。
やばい、と思う暇もなかった。
思い切りワイヤを引かれ、なにもできぬまま右腕が引かれ大きく体勢を崩してしまう。やっとワイヤを切り落とし、顔を上げた俺の視界で銃口と目が合った。目ではないので合ったという表現は間違っているかもしれないが、銃の種類が種類なら装填されている弾丸が見えたのではないかというくらい見事に視線と合致した。
俺は、すぐに行動したはずだ。しかし、どう考えてもあの瞬間は全てに数秒かけていたのではないかと思えてしょうがない。これが漫画で言う『世界がスローモーション現象』というやつなのだろう。
この時にそんなことまで考えていたわけではもちろんなく、じゃあこの時はと言えばほぼ無心状態に近かったと言えるだろう。ただ意識が銃口から身を逸らせと喚き散らし、網膜に焼きついた情報を命のカウントダウンでもするように一コマ一コマ明確に記憶し、それ以外は俺の脳裏には何もなかった。
この嫌に明確な記憶はこんなものだ。
俺が身を逸らそうと体を動かそうとする。それより早く大沢さんの腕に力が入り、引き金に彼女の指が掛かる。指関節一つ一つが小さなトゲのような意匠になっているのが見えた。その引き金が撃鉄を解き放つほどまでの角度になる直前、大沢さんの指から力が抜けた。
彼女が身を逸らす、その体と紙一重の隙間を残し斬撃が振りぬかれた。燃え盛る炎よりも鮮やかな紅蓮の色をしたエインが大沢さんを襲ったのだ。ひどく冷静な大沢さんは俺と伊織のどちらを先に撃ち抜くか考え、そして決めた。
伊織が大沢さんを獰猛な目つきで捉え、ナイフを大きく振るう。その裏拳フルスイングとでも言うべき動きを文字通りくぐり、銃口が伊織の顎にぶつけられた。
ほとんどしゃがむような体勢の大沢さんは、そのまま引き金を、今度こそ引いた。
音はなかった。
ただ、伊織が大きく仰け反り、そのままその姿がかき消えただけだった。まるで彼女の存在は夢や幻だったとでも言うように、跡形もなく。
音はなかった。
伊織の取り落とした長銃が地面に落ちる音さえも。
その静寂を貫いたのは慟哭のような叫び。誰が叫んだのか、俺にはわからなかった。俺なのかもしれなかった。
「……――伊織ィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
嫌に明確な記憶は告げる。
伊織は、死んだ、と。
大沢さんは伊織を撃ち抜いたことを確認し、すぐに俺へと向かってきた。立ち上がりかけた俺の側頭部を無造作に蹴り飛ばす。視界が回転し、全身が横に大きく回って頭が地面にたたきつけられた。頭が割れるかのような違和感に呻く余裕もなく、明滅する視界を頼りに地面を押して、勢いを整え立ち上がる。
ふらつく足で立った事実を確認する前に顎を思い切り蹴り上げられたらしい。体が後ろに一回転して、腹から落ちた。反動でバウンドした隙間に膝を体と地面との間に差し込む。膝立ちになり、やはり来た頭を踏み潰そうとする大沢さんの足を左腕の籠手で受ける。
あまりの力に腕が折れるかと思う。受け流す方向へと誘導しようとか、そういう小細工など一切関係しない圧倒的な力だった。頭を左腕の下にやり、首で支えることでなんとか受け、力が弱まった一瞬に左足を滑らせる。大沢さんの軸足を払い、転ばせることに成功した。
大沢さんの頭に右腕を向けクナイを射出するが、銃身を盾にされ防がれる。どころかそのまま跳ね上がった蹴りに胸を打たれ、倒されかける。ステップを踏み体勢を立て直すも、大沢さんに立ち上がる隙を与えてしまった。
大沢さんは即座に踏み込んできて、右のフックを繰り出した。防御か回避を行えないかとその軌道に集中する。
衝撃。
「ぎ、……っが」
声が漏れた。右のフックはフェイントでがら空きの脇腹に膝を突き込まれたのだ。この人の体はどうなってるんだ、フックを繰り出す体勢を一切崩すことなく膝だけが浮いてきて打ち込まれたかのようだ。
よろめく俺に大沢さんは容赦なくハイキックを決めようとする。鞭のようにしなる強烈な一撃を、かろうじて腕でガードする。こんな防御を続けていたら腕がとんでもないことになりそうだ。
「笹田!」
白い影が視界をよぎり、大沢さんを背後から襲った。大沢さんは当然のように大型銃でその斬撃を防ぐが、直後、大きく身を逸らした。軽い銃声。
慎也の拳銃だ。かわした大沢さんを追って何発か発砲し、次いで片手持ちの長剣を振るい大沢さんに踊りかかる。大沢さんの銃が薙がれ長剣を弾いた。そして彼女は銃口を慎也に向ける。
ハッとして腕のカウンターを見た。ちょうど秒がゼロになる。
金属をぶつけ合う音がして、俺は慌てて顔を上げる。
「っは! 舐めんなよ!」
慎也が吠えた。
踏み込み続ける慎也が拳銃ごと左手を突き上げ、大型銃を跳ね上げていた。逸れた銃口は後方の建築物を向いている。
しかし近すぎる間合いで長剣は役に立たない。
「雑魚には雑魚の、意地が! あるんだよ!!」
慎也は微塵も迷う様子もなく長剣を捨てた。
拳を握り、それを大沢さんの頬に叩き込む。腰の入ったいいパンチだった。
よろめいて数歩後退りする大沢さん。なんと、あの伊織が傷つけることの敵わなかった彼女に最初にダメージを与えたのは、慎也だった。
彼の時間はまだ終わっていない。拳銃を大沢さんに向けて発砲、連射。大沢さんは銃身で防ぐが、撃ちながら近づいていた慎也がその大型銃を鷲掴みする。振り払われおまけに腹に膝を貰いながらも慎也は至近で発砲。決死の攻撃は大沢さんの反撃でぶれてしまったものの彼女の肩を傷つける。
と、視界の端で萩山のエインが慎也の捨てた長剣を拾って大沢さんに向かうのが見えた。俺も呆然と傍観している場合ではない、彼女に倣って慎也を援護すべく大刀を手に走り出す。
慎也はその間も無理矢理な攻撃を続けていた。バットのように振り抜かれた銃身にガードとして構えた右腕ごと頭を打たれながらも左手の拳銃は大沢さんへ向けて撃たれる。当たりはしなかったが大沢さんは苦々しげに舌打ちをした。
きっと、リズムが狂うのだろう。これまで戦っていた伊織は損害無く的確に相手を倒すことを目的に攻撃を仕掛けていた。その動きが激しかった分彼女は集中しなければならなかったはずで、そして今、反動として自分の身を省みず攻撃を仕掛けることそれ自体を目的とした慎也の動きに対応できずに居るのだ。
さらに、俺たちの中で一番の実力者である伊織を倒したということで、多少なりと気が抜けてしまったというのもあるかもしれない。人間は楽をしたがる生き物だ、集中しなくて良いと思ったときに集中を解いてしまうのは当たり前である。
それが俺たちの勝機になるというわけか。
慎也は面覆いがベコボコになっていても大沢さんを見て拳と拳銃を構えていた。拳銃を向けようと腕を動かした途端、大沢さんに弾かれる。続けざまに蹴りをもろに食らって一メートルほど吹き飛んだ。踏ん張ろうとする足がガクッと折れて、膝を突く。
萩山が声を上げようとした瞬間に、慎也は左腕を振った。拳銃を持ち替える。
「ヒャッホォ――――――――――!」
ヒャッホー投げ!?
説明すると、かつてとあるゲームで「ヒャッホー斬り」なる何を狙っているのか分からないネーミングの技を使ってくる敵が居て、慎也と馬鹿笑いしたのだが、実際なぜヒャッホー斬りなのかを話し合った結果掛け声に違いないという結論に落ち着いた。余談だが俺は「きっとヒャッホーな斬りかたであるに違いない」と言ったのだが一秒で却下された。ともかく、それ以来たまーに行動の掛け声として「ヒャッホー!」と叫ぶとそれは「ヒャッホーなんとか」となるという暗黙の了解が成り立っているのだ。
実例として物を投げる「ヒャッホー投げ」、平手でぶつ「ヒャッホー打ち」、ボケに突っ込む「ヒャッホーツッコミ」やテストの結果を見た際の「ヒャッホー悲鳴」などがある。
ともかく、神懸り的なインパクトを誇るヒャッホー投げに大沢さんは虚を突かれ、慎也の拳銃は防御に構えた銃身を叩く。そのこれまでの銃弾とは異なる衝撃に大沢さんは一瞬だけ戸惑った。
その隙を見逃す慎也ではない。今日の彼は軍神を宿した存在だ。
「萩山ぁ!」
萩山の名前を呼びながら身体全体でタックル。抱きつくようにして相手を押さえ込む。
……本人はべらぼうに必死でそんなことは全く考えていないことは明白なのだが、他人目線で冷静に見ると……その、なんだ。嫌がる大沢さん(女性)に無理矢理抱きつく変態に……いや、なんでもない。言わぬが花という言葉もある、気にするな。気にしてはいけない。
大沢さんは必死に振り放そうとするが丸腰の慎也は離れない。しかしやがて振り払われて足蹴にされた、直後。
「ヒャッホォ――!」
ちゃっかり魔方陣展開をしていた萩山が腕を打ち上げて火炎流を吹き上げた。これはまさか……ひゃ、ヒャッホー火炎……とか?
ていうか知りもしないのにノってしまう彼女は凄いと思うのだがどうか。
さておき火炎流は蛇のようにうねり慎也の頭上を飛び越えて大沢さんの身体を襲った。銃身を盾にしており大きなダメージは避けているものの、多少なりとも損害を与えたことには変わりない。
二人だけで過激にすぎる激闘を繰り広げていた伊織は、隙が無いがゆえに俺たちもついて行くことができなかった。むしろ慎也のように隙丸出しで向かっていくほうが俺たち……というよりも萩山が援護しやすいのかもしれない。隙を埋めるように変幻自在の火炎を差し込むだけなのだから。
伊織は強すぎたのかもしれない。失ったのがよかったなど間違っても言うつもりはないが。
大沢さんである濃灰のエインが、あちこち焦げ目をつけた姿で立ち上がる。意外にダメージを与えられたかもしれない。
「慎也くん、ほい」
萩山が長剣を慎也に手渡した。火炎流が猛威を振るっている間に拳銃も拾っていたらしい慎也は礼を言ってそれを受け取る。晴れて普段の彼のスタイルに戻った。
慎也は俺を見て強気に笑っているような感じで顔を傾けた。
「よし、一気に畳み掛けようぜ」
「……ああ、分かった」
伊織なしでも戦えることは分かったが、なんとかなるかというとそれは別問題だと思う。攻撃を当てられたからといって、俺たちが強くなったわけでも向こうが弱くなったわけでもないのだから、油断は禁物だ。
俺と慎也は大刀と長剣をそれぞれ手に、等距離で立った。
慎也が叫ぶ。
「発破!」
一瞬で脳裏に浮かぶ。
「六十四!」
慎也がそれを聞いて呼応する。
叫ぶ声は揃って。
『十文字斬り!』
同時に駆け出した。俺は陸上のハードル跳びをイメージして低く長く前へ跳び、その勢いを利用して横殴りに大刀を振るう。逆に慎也は滑り込むように体勢を低くして大沢さんの足を切り払おうとする。
結果。跳躍中の俺の足元を抜ける斬撃と、滑り込んでいる慎也の頭上を抜ける斬撃が同時に大沢さんを襲う。
大沢さんは跳んで慎也の攻撃を避けつつ銃身で俺の攻撃を防いだ。
俺は地面に脚を突き立てて制動し、慎也も大沢さんを挟んで反対側で体勢を整える。
「せーのっ」
『十文字斬り・リベンジエディション!!』
だってさっき十文字斬りって叫んでおいて全然十文字じゃなかったから。
俺は腰を支点に大刀を水平に振りぬき、慎也は大上段から垂直に剣を振り下ろす。
大沢さんは慎也の脇を抜けるように大きく跳び、退避した。しかし俺の剣尖が脇腹に引っかかったらしく、わずかな切り傷を与えた。
「お前、発破と来て六十四って莫迦じゃねえのか!?」
「ほっとけ、それで分かるお前も似たようなものだろ!」
体勢を整えつつ文句を言い合う。大沢さんは銃を構えてこちらに向き直る。
「次なにいく?」
「おケー決まった」
大沢さんが俺たちのどちらを先に潰すか決める前に行動を開始する。
俺が先行し、慎也がすぐ後に続く。俺が深く踏み込んで、大きく振りかぶって、足を踏み切ってバック宙で後ろの慎也を飛び越える。
「アークセイバー!」
慎也が巨大な弧を描くように剣を右から左へ振り抜く。が、大沢さんはいともたやすく後退して避けてしまう。
それが狙いだ。
慎也は右手に持っていた拳銃を突き出し、連射した。大沢さんが慌てて防ぐが二発着弾を確認した。
「セイバーと叫んでいながら発砲とはこれいかに。……まさしく『悪セイバー』。卑怯な技だよ、コイツは」
ふっ、と拳銃の硝煙を吹き散らそうとする慎也。しかしこの世界の体であるエインに口は無く銃口からの煙は変わらず上ったままだ。冴えない。あとネタが寒い。
「そろそろ悪乗りは自重したほうがいいな。油断してくれなくなるぞ」
「悪乗り技だと予測不能なようで可能に見えてやっぱり無理だからな……、長続きすると思ったんだが」
慎也が惜しそうに言う。黙って戦うよりも相手をこちらのペースに引き込みやすいので有用だが、一度気を引き締められると無駄な動きが多いだけで莫迦でしかなくなるのが難だ。
「甘く見てたわ。――安心して、もうヘマはしないから。スリルのあるバトルができると思うわよ?」
灰色のエインは銃口を下げたまま俺たちを見てそう言った。
これは本格的に、伊織と対峙したときぐらいの強さで来ると考えていいだろう。手加減に甘えて散々好き勝手してやったが……リバイバルさせることすら敵わなかったか。本当に、手加減して銃を撃たないようにしてくれている間に決めてしまいたかったのだが。
大沢さんは地面を蹴って接近してくる。慎也が拳銃で牽制し、俺は彼の元から散開する。
進路をぐるりと切り替えて、地を滑るように飛ぶ蛇竜がごとき勢いで銃身を叩きつけてきた。防ぐ腕がきしむ。かと思えば突然圧力が消えて、次の瞬間には脇腹を殴り飛ばされていた。
慎也が長剣で大沢さんに斬りかかる。横殴りに振るわれた銃に弾かれ、直後に慎也の顔面へとヘッドバッド。怯んだ隙に銃身で顎を打ち上げ、あまりの威力に浮いた身体へと蹴りが叩き込まれる。
「それ!」
ふと見れば萩山が火炎流を吹き上げていた。大沢さんの真上から吹き降ろす軌道。
退避しようとする大沢さんを見て、指を鳴らす。途端に火炎流が弾けとび、散弾のように火炎の雨と化した。大沢さんは落ち着いて強く高く跳躍し、火炎の雨を突き抜けた。
それを狙い澄ました、萩山の右手に構える火炎球。
だん、と余熱か反動かで半球状に陽炎の環を広げながら弾丸は飛び、空中の大沢さんを撃ち抜いた。
衝撃で吹き飛んでいるが銃身で防いだのだろう、目立ったダメージは見受けられない。
「慎也」
「おケー!」
着地時を強襲すべく即座に移動。大沢さんは銃口を俺に向けた。回避行動を取ろうかと思ったが、やめた。銃口をきつく睨んだまま駆け続ける。
「度胸があるのね!」
着地と同時に銃身を立てて俺の斬撃を防いだ。
「お褒めに預かり光栄です」
鍔迫り合いには持ち込まず、大刀を振り抜く。大沢さんはバックステップを踏み、銃口を俺に向けた。しかし慎也も襲ってきたために中断する。
大沢さんは銃把で慎也の籠手を叩き、胴に膝を入れる。俺が背後から斬りかかるがあっさり弾かれた。直後、後ろ回し蹴りが飛んでくる。延髄に直撃し一瞬だけ視界が真っ暗になった。気付いたら膝を突いていた。
慌てて立ち上がって大沢さんを見る。慎也も長剣を弾かれ横っ面を銃身で殴り飛ばされた。
舌打ちし、大刀を握り直す。振り返りざまに銃口を向けてくる大沢さん。それを大刀で逸らすと、そのまま手首のスナップを利かせて逆に俺の大刀を大きく逸らされた。そして銃身で殴りかかってくる。慌てて右手を離しガードとも呼べないような反射で盾とした。右腕ごと頭を殴り飛ばされるが、直撃より何ぼかマシだと思いたい。
大沢さんは殴った反動で大型銃を取り回し、脇をくぐらせ後ろに向ける。
右腕に表示されたカウントダウンタイマーが四十二秒を刻み始めた。
俺は跳ね起きて飛び退り、大沢さんと間合いを取る。大刀を構えなおして、周辺の地形をかるく確認したところで俺はふと気付いた。
「――え?」
慎也が消えていた。
大沢さんが襲い掛かってきた。銃身で殴りつけてくるのを大刀で防ぎ、弾き、蹴り飛ばされた。受身を取って立ち上がり、周囲を見回す。本当に居ない。
さっき後ろに向けて撃ったとき、あんな無造作な動きで討たれたのか? 慎也が?
「おいおい……冗談だろ」
と、見れば目前に迫った大沢さんが銃を振りかぶって殴りかかろうとしていた。
「馬鹿ハル! なにぼさっとしてんの!?」
突然頭上から突き立った槍が大型銃の殴打を防いだ。
見上げれば、必死の形相をしたスクルドだ。ペガサスに跨ったまま器用に槍を取り回している。槍を振り回して大沢さんを退けると足を振り上げて飛び降りた。両手に槍を構えた勇ましい姿は、もともと小柄なのに加えエインが高身長ということもありやっぱりチビッ子に見える。
大沢さんは意外そうな声を上げた。
「あら、スクルドも混じるの?」
「こっちはもう全然人員いないじゃない! こんなんじゃ対等に戦えないでしょ?!」
叫ぶなり地面を蹴って槍を振るう。大沢さんは銃身でそれを受け、いなす。スクルドは意外にも熟練した手つきで槍を取り回し石突きと穂先の二面を駆使して攻めている。
だが、動きはいいが戦いなれていない。大沢さんは柄を横殴りに弾いて銃身でスクルドの胸当てを打った。息を詰まらせたスクルドは大きく跳躍して間合いを取る。身軽だ。
「陽子! 悪いけど援護して! 春樹も、あたしが銃を捕らえるから……」
声を張り上げて萩山や俺に的確な指示を飛ばす。が、俺はそれを遮った。
「待て、落ち着けスクルド」
「何よ! 次弾が装填されるまでに攻めずしてどうするの?!」
それはもっともだが、しかしそれ以前の問題として一つあるのだ。
「お前が協力するのは良くない。それは、スクルドが俺たちと共闘するのはずるだ」
俺の言葉にスクルドは一瞬怪訝そうな顔をした後、目を見開いた。
「な……なに言ってんの? 三対一でようやく対等に戦えるぐらい、実力に差があるのよ? アンタ一人じゃ歯が立たないし、アンタとチーフがやりあってる間は盾にされるから陽子は魔法使えない……どう考えたって無理でしょうが! 大人しくやられるつもりは無いとか言ってたのは誰よ?!」
耳が痛いな。声が大きいということではなく、色々と図星だからだ。萩山は様子を窺うように俺たちを見ているが、特にどっちに傾いているわけではないようだ。いかなる状況でも自分の能力を最大限使うことしか考えていない彼女は、戦場において実に頼りになる。
だがしかし、
「お前の言うことはもっともだが……危機に陥ったから残機を増やすのはチートだ。始めにこのチームと決めたんだからな……この状況になっているのは俺たちの不手際だ。俺たち自身でなんとかしなけりゃならんだろう」
だから、お前に頼るわけにはいかない。そう言って聞かせた。
スクルドは納得がいかないような顔をしている。そんなスクルドを見かねたのか、大沢さんが口を挟んだ。
「別に私は入ったって構わないわよ? スクルドの言う通り、このままじゃ一方的じゃない」
それに反応して俺の顔を見上げるスクルドだが、俺は彼女を見ないようにして大沢さんの灰色をしたエインを見る。
「ずるしてまで負けるのは苛立たしく、ずるして勝ったところで嬉しくない。そういうものでしょう? それに俺は、一人になったところで最期の一瞬まで貴女の首を狙いますよ」
勝機の有無はともかく、ただ戦う意思を示して見せる。
大沢さんは肩をすくめた。
「そんなわけだから、悪いな」
スクルドを見下ろし、告げる。すると諦めたようにかぶりを振り、スクルドは俺を見上げて不敵に口角を吊り上げた。
「別にいいけど……そんな大口叩くなら勝たなきゃ許さないからね? せいぜい頑張んなさい。私はあんたが負けたとき用にドギツイ罰ゲーム考えておくから」
それは困る。なんとしても勝たなければ。
スクルドはペガサスに飛び乗り、上空に退避。再び傍観者と化す。
それを見送った上で、ふと振り返って萩山を見た。ちょうど彼女も俺に視線を移すところで、目が合った。俺は彼女に謝る。
「萩山も、悪いな。俺の感傷で勝機をさらに遠ざけちまって」
「……ま、別にいいよ。笹田君の話も一理あるし。どうにもここじゃあ後方支援の出る幕はないみたいだしね、あたしは何にも口出すことじゃないよ」
やれやれ、と首を振る萩山。言っておくが決してそんなことは無い。ついでだし俺は彼女に一つ協力を仰ぐことにした。
「その後方支援に頼みたいんだが……」
俺は慎也のヒャッホー投げを見た辺りからずっと暖めていた作戦を実行することにした。
「俺たちと萩山で戦ったときの、あの奥義……使えるか?」
萩山は途端に訝しげな顔になる。
「そりゃもちろん使えるけど……どうする気? あれは精密射撃苦手だし時間が掛かるから溜めてる最中に撃ち抜かれて終わると思うけど」
「身を隠せばいい。俺が頑張って引きつけるよ。あのときはどれくらい溜めた?」
「三セットだから、一分半くらいかな」
「じゃあ五セットもあればいいだろう。身を隠す時間を含めて三分だな」
「……完全に一人でそんなに耐えられる?」
伊織ですら三十秒持たせるので精一杯だったのに、俺ごときでは無理難題かもしれない。
しかし、幸いにも俺はまだリバイバルを使っていない。人間というやつは首を切られても十秒ほどは意識を保っていられるというのだ、意外に即死はしない。そもそもとして、
「なんとか、するしかないだろう?」
ごもっともで、と萩山が肩をすくめた。
と、大沢さんが声を掛けてきた。
「作戦会議は終わったかしら?」
「ええ。わざわざお待ちいただき感謝します」
「いいわ。これくらいのハンデをつけなきゃ、あの子に悪いでしょう」
声にはわずかにスクルドを加えなかったことを責める響きが含まれている。俺も申し訳なく思ってはいるんだが、ゲーマーとしての良心がちょっとね。
俺は萩山を促し、大刀を構えて大沢さんと対峙した。
大沢さんは去っていく萩山をチラリと見たが何も言わず、空に向けて銃を撃った。
「これで仕切り直しね。――始めましょう」
「そうですね。……頭上に注意したほうがいいですよ」
萩山が狙撃するということを暗に示しておく。注意を分散してもらえたら重畳だ。そんな腹など当たり前にばれているだろうが。
大沢さんは軽く笑みを漏らした。
三分だ。三分間生き延びさえすれば萩山の援護でおそらくうやむやになり、仕切り直しになる。いや、大沢さんの特性から言って、状況はこちらが有利になる。
だが、三分間は長い。同じ『長く感じる三分間』でもカップめんを待つのとは違うのだ。真っ向から挑んでいたらおそらく勝てない。……しかし、相手の弾速は秒速約三十万キロメートルだ。捉われたら終わる。逃げることで相手から離れたら、死角からドボンだ。
どうすればいい。
「なんだ、来ないのね」
大沢さんが呟き、地面を蹴った。豪速で叩きつけられる銃身。受ける大刀を支える腕がきしむ。
迷っている暇はない。
銃を弾き、大刀を振るった。斬撃をくぐられて銃身を顔面に横殴りに食らい、俺は吹き飛ぶ。片手を地面に突いて側転、大きく距離をとる。そのまま大沢さんを視界に捉えたまま跳躍、背後の建築物の窓枠らしき突起を足掛かりに再度跳躍。屋上に飛び乗った。
即座に追跡する大沢さんを視認し、俺は退避を続行する。
「悪くない判断だわ」
屋上に着地する大沢さんが言う。
「私のこれはパワー特化型のエインだから、逃げられたら追いつくのは困難。……でも、逃げてるだけじゃ勝てないわよ」
俺は彼女を背に、屋上から屋上へと飛び渡っていった。
この不毛な追いかけっこは、長く続いてくれない。俺の右腕に表示されたカウントダウンがゼロを示す。と同時に視界の端で大沢さんが銃を向ける。
「くっ」
俺は空中で身をひっくり返し、右腕を懸命に伸ばす。指先が屋上の縁をつかんだ。そのまま満身の力を込めてしっかりと右腕を固定。足を振り下ろして跳躍中の身体を建築物の隙間に押し込む。
向かう先の建築物にあった屋上の小屋――たぶん階段か何かだろう――が粉砕されたのが音で分かった。これであと四十二秒耐えられる。あと二分と少しだ。
俺は雨どいを蹴りつけて建築物の間を脱出、ベランダらしき柵を足掛かりにして再び屋上に飛び上がった。足下で破砕音。大沢さんの追跡を確認する。
俺は逃げ出さずに身を隠して大刀を構える。
俺を追って飛び上がってきた大沢さんを死角から斬りつけた。が、やはり銃身を盾に防がれる。小さな突起が溢れる屋上では機動戦がやりやすい。俺は屋上の縁の突起を蹴りつけて背後に跳躍、大沢さんの反撃をかわした。
が、大沢さんも即座に跳躍、上段から銃を振り下ろしてきた。
慌てて身を横に転がして回避。背中のすぐ横が銃身の打撃を受けて砕ける。怖。
脇腹を蹴りつけられるが俺自身横へと跳んでいたのでダメージは最低限に抑えられた。偶然だったのが何だが。
考えなしに跳んだので体勢がおかしいことになっている。両腕を振り上げ、というより逆立ち状態なので下ろし、再びビルの縁を両手で鷲掴みする。縮めた足を伸ばして勢いをつけ、エインの身体能力で強引にハンドスプリング。
向かいの屋上に着地……のはずが、距離がギリギリで縁から足を滑らせた。内側に滑ったのが不幸中の幸いで転落は避けられたが尻餅をついてひどい気分だ。慌てて立ち上がって大沢さんを肩越しに確認する。案の定当たり前にこちらに向かっている。
俺は屋上から踏み切り、大通りを挟んで向かいのビルに跳ぶ。さすがに屋上に着地することなど無理で、外壁にドロップキックをするように接地。その勢いで足と外壁の摩擦が生きているうちに壁を蹴って地面へと加速をつけた。身体を返して足から着地。
大沢さんは俺のように跳躍などせず、普通にビルを飛び降りる。その灰色のエインを見た瞬間俺は彼女に背を向けて、垂直飛びした。窓枠に足先をかけて跳び、もう一度窓枠に、今度は両指先で身体を持ち上げ、最後に右手を思いっきり伸ばす。なんとか屋上に手がかかった。壁蹴りと腕力で身体を持ち上げる。
背後を振り返ると、大通りを通り抜けてこのビルのふもとまで来た大沢さんと目が合った。
「逃げてばっかりはないんじゃない?!」
大分頭にきているようだ。しかし逃げの一手をやめるわけにはいかない。手元のウインドウで方位を確認し、再度俺は走り出す。大沢さんも屋上に着地した音を置き去りにするように、大きく幅跳びで跳躍した。
着地してすぐにビルを飛び降り、外壁を利用して進路を変更、器械体操をイメージした運動エネルギーの逃がし方などを駆使してなんとか大沢さんの視界から逃れようとするが、一歩離しては追いつかれるという逼迫した競り合いから脱せない。
腕のカウントダウンが再びゼロをさした。が、大沢さんは無駄撃ちを避けてすぐに銃を構えない。時間が稼げてラッキーと思うべきか、いつ来るか分からなくて警戒が解けず厄介と思うべきか。
大沢さんが背後のビルから跳躍したのを見て、俺は右手に飛び降りた。すぐそこの路地を左折。駆ける。
「いい加減に逃げるのはやめなさい!」
大沢さんが空から降ってきた。くそ、進路を誤ったか。銃を構える大沢さんへ俺は全速力で駆け寄って、銃に刀をぶつけつつ脇を抜けた。すれ違いざまに腹に拳を入れられて軽く足がもつれたが関係ない。再びビルの上へと跳び登り身を隠した。
大沢さんの舌打ちが聞こえた気がする。気まずくて申し訳なくて胃痛がしてくるが、こちらも全力で勝ちに行くと言った以上手段を選んでいられない。伊織みたいに実力があるわけじゃないのだから謀略で打ち勝つしかないのだ。
ようやく残り時間が一分を切ってくれた。後もう少し逃げ延びれば、状況は変わる。そのことを知っている俺が、変化に対応している最中の大沢さんを狙うしかない。
肩越しに大沢さんが見え、俺は至急進路を変更すべく跳躍する。着地し、再度の跳躍とほぼ同時に、
大沢さんが銃身をビルの壁に叩きつけ勢いを強引に殺し、身体を返して俺に銃口を向けた。真横からながら見事に俺の心臓が弾道に入るようにポイントされている。
「光速自重しろ馬鹿野郎!!」
全力で回避する!
空中で華麗にエビゾリ、背中の装甲を薄皮一枚分切り裂いて弾丸はビルに直撃した。このアクロバットを現実でやったらきっと背骨が哀れなことになっていたと思う。現に仮想現実ですら腰が切ない違和感に晒されている。
無理矢理な動きをしたために体勢が大きく崩れ、着地どころの騒ぎではない。外壁に蜘蛛のように張り付き、手足のバネを駆使して強引な跳躍。ビルの隙間を移動する。
肩を壁にぶつけ足を突起に打ち、きりきり舞いになりながらかろうじて着地した。つんのめった勢いで走り出し、駆ける。
あと十秒。方位を確認して、俺は角を曲がる。――よし。なんとか生きてたどり着いた。
と、横合いから大沢さんが飛び出してきて、顔面に殴打を見舞ってくれた。吹き飛び、二転三転、道路の端まで吹き飛ばされた。視界がぐらぐらと揺れて星が瞬く。おぼつかない足取りのまま足を止めないよう必死に走るが、大沢さんがすでに肉薄していた。
慌てて大刀を振り上げて防ぐ。その瞬間にウインドウが現れて萩山からの通信を知らせた。このときを待ちわびていた!
『準備完了したよ! 座標は?!』
その問いに俺は即答を返すことができる。
「萩山が離れたときと同じ場所で結構!」
逃亡はしたが、大きく回りまわって再び戻ってきたのだ。たびたび方位を確認して。そうでなければ身を隠した萩山が俺の居場所を捉えるのに時間が掛かってしまうから。
萩山はそのことを理解したのかそうでもないのか、はきはきと即答で返してくる。
『了解、初弾のあと修正を指示してね!』
ぼご、と顔面を銃身で殴り飛ばされる。会話に気を取られたのが災いした。たたらを踏むがすぐに体勢を整え、次の攻撃を大刀で受け止める。
鍔迫り合いで押し負けつつあるとき、大沢さんが声を掛けてきた。
「……何を狙っているの?」
俺は笑った。笑ったせいで力が抜け、力負けして尻餅をついたがそのまま笑っていた。
明瞭簡潔に告げる。
「状況の打開と、――勝利です」
ごうごう、と。
耳を弄さんばかりの燃焼音と同時に辺りが赤く赤く染め上げられた。
見上げればそこに、太陽と見紛うばかりの巨大な火の玉がこちらへと向かってきている。目をむいて硬直している大沢さんに、一つ、教えた。
「知ってますか、大沢さん。雨粒ほどの水滴は何年もの年をかけて滴り落ち続けることで――……、石に穴を開けるんですよ」
驚いてこちらを見る大沢さん。
しかし俺は、すでに回避行動に入っていた。当然だ。あんな火の玉が直撃したら、万に一つも助からない。
『メテオ・バーン!!』
また豪気な名前をつけたものだ萩山め!
着弾したそれは爆風と熱量で建築物をなぎ倒し吹き飛ばし蹂躙しつくす。着弾した周囲は一撃で焦土と化す。
爆発の衝撃やそれに吹き飛ばされた瓦礫などをなんとかやり過ごした俺は、同じくやり過ごした大沢さんを見る。驚愕から抜け出せていないようだ。
ウインドウから萩山の通信が声を張る。
『座標は大体あってるっぽいね? じゃあ残り一気にかますよ!!』
立ち上る、四つの太陽。否、それは太陽ではなく、先ほどと同等の火炎弾だ。それが四つまとめて降りかかってこようとしている。
立て続けに着弾、破砕。全てを薙ぎ払っていく。振り撒かれる粉塵、瓦礫、そして余熱により盛んに巻き起こる陽炎。周辺はもはや灰燼に帰したといっても過言ではない。
この通りの建物はみな半壊、一部直撃を受けたものはほぼ全壊している。改めて萩山という人間の恐ろしさを感じる。ウィザードのくせに軽くミサイル並の火力は卑怯だ。
種明かしをしてしまうと、これは小さな火炎を幾千幾万と束ねて作った火炎弾なのだ。まずその場に留まる火炎を一瞬で作れる最大威力で無数作り出す。あとはそれを繰り返し一つにまとめ続ける。こうして巨大な火炎にするのだ。
なんの影響力もないような雨粒ひとつも、数え切れないほど集まれば全て押し流す濁流へと成長するように。
そう、これを最初に見たのは伊織たちとの戦いでのことだった。慎也と二対一に持ち込んで圧倒的優位だと思っていたときにあの火炎を見せ付けられて、本気で泣きそうになったのは今でも軽くトラウマだ。
ともかく。萩山に最終奥義を使ってもらったはいいが、やはり大沢さんは生きているようだ。スクルドが戦闘終了をコールしていない。もっとも物陰に身を隠しただけの俺が生き残れる程度に見掛け倒しの威力なのだから当然かもしれないが。
立ち込める粉塵であたりは何も見えない。だが何が起こるか把握していた俺は身を隠して大沢さんの回避行動を見届けることができ、彼女を見失うことはなかった。俺はあらゆる戦術の用意を完了し、粉塵で己の身を隠しながら締めを開始する。
「……スゥ……」
熱く、腹の底から、朗々と叫ぶ。
「――……俺の右手が真っ赤に燃える!!」
『えッちょっ?!』
「なっ……??」
戸惑う萩山と大沢さん。それはそうだろう、突然この前口上は普通驚く。
それでいい。
「お前を倒せと轟き叫ぶ!!」
声は廃墟に反響し、どこから響いてくるのか分からない。粉塵に視界が遮られ、なおのこと居場所はつかめない。
「食らえ必殺!!」
大沢さんの上空、粉塵を割って大刀の白刃が振り落ちる!
が、寸前。
大沢さんが顔を上げて銃身を打ち上げて大刀を弾いた。攻撃は叶わずそのまま彼女へと落ちる――瓦礫。
「な!」
大刀をワイヤで固定してあっただけの瓦礫の塊を銃身で防ぐが、驚愕でしっかりと構えられなかったせいか質量に押し負けて銃が大きく外れる。
「ブレイン……」
足下。粉塵を掻き分けて滑り込んだ俺は、大沢さんを間合いに捉える。驚愕の体を見せる大沢さんの防御を縫って、
「……――ブレイカァァァァァ!!」
顔面を鷲掴みに捕らえる!
足をさばき、大沢さんの足より後ろに添えて、腕に全身全霊の力を込めて押し倒す。添えた足のお陰で大沢さんの体勢を整えようとする足の動きは阻害され、そのまま捕まれた頭から落ちる。
「……っか……ぁ……!」
声にならない声で悲鳴を上げる。頭から叩き落すのは申し訳ない気もするが、こっちも散々顔面をぶっ叩かれたのだ。文句を言われる筋合いはない。
ふと、そこで自分の息が切れていることに気がついた。そこまで激しい動きでもなかったはずだが……まあ、これを外したらもう為す術がないとまで思っていたから、緊張して当然か。
「これで……勝ったつもり?」
見れば大沢さんは銃口を俺の胸に押し当てていた。大型であることが災いしてか、右手で持っては俺に向けられないらしく左腕を右に回して構えている。これで引き金を引いて弾丸が撃ち出されたら、俺は一撃でアウトする。
「貴女、」
対して俺はほとんど馬乗りになって大沢さんの視界を大部分ふさいでいるものの、武器である大刀もない状態だ。叩きつける一撃で最初の慎也のように倒せなかったのはつらい。……そう、思われているのだろうか?
「貴女こそ。そんな脅しは無意味でしょう?」
再装填のカウントダウンはあと二十秒を示している。
粉塵で明確には見ることができなかったため、あの爆発の中どんな回避行動を取っていたか正確には分からない。……この銃を瓦礫の迎撃に使ったかどうか、本来なら分かるはずがなかった。
――スクルド様様だ。
「……チッ!」
盛大な舌打ち。同時に銃を棄て抵抗する動き。その機先を制して、
「くたばれ……!」
どっ、という鈍い音と同時に足元の存在が掻き消える。
カラン、という軽い音を聞いた途端、膝を突く。右手首を押さえ、その場に腰を下ろした。つま先があたり、もう一度カランと軽い音。
クナイだ。
俺の右腕には、ワイヤつきのクナイを射出する機構が備わっている。
途中から意識して使用を自粛していたため、大沢さんは上手いこと忘れてくれたらしい。俺のほうも、最後の最後まで大沢さんの視界を右手で隠すという念の入れようをしたのだ。ばれてもらっちゃ困る。
挙句、そう挙句にだ。ギリギリまで気付かせず騙し討ちを完遂するために、『右手を犠牲にしてやり遂げた』のだ。大沢さんからすれば俺の掌から突然クナイが飛び出してきたように感じるはずである。実際は甲から貫いたのだが。
やるんじゃなかった。
襲い来る違和感に耐え忍びつつ、顔を上げて暮れなずむ黄昏の空を見上げた。
「……ミッションクリア」
この充足感は、嘘ではない。
はい、強引な流れで戦闘終結です。
萩山の最終奥義と笹田の必殺技が炸裂し、華麗に勝利を収めました。
……ご都合主義とか言われないか不安です。
余談ですが、本編中で笹田君が「案外即死はしないものだ」とかなんとか言ってますが、首と胴体がオサラバしたら当たり前にアウトします。「死んだらアウト」ではなく「一定以上のストレスを感知したらアウト」なので。
よって的外れなことを自分に言い聞かせて無理やり安心しようとしているに過ぎません。
でもまあ絶望的な状況で「きっと助けは来るよ!」というのが自然なのと同じような感じだと判断しているので問題ないかな? ともかく一人称視点の性で、そういった誤りを地の文で指摘できないのです。蛇足臭い。
次回、戦後の風呂敷を包みます。
バトルはありませんし、感動的なラストはどうにもかゆくなるので苦手なのですが。
次回をお楽しみに!